「リペア」(SF)
修理屋には、朝から人が並ぶ。
生身の人間はほとんどいない。並んでいるのは、**パーツの交換が必要な人間たち**だ。
肘関節が錆びついた男、視覚ユニットの色味が狂った女、指の一本を落とした少年。皆、ここに来る。
俺の仕事は、彼らの**部品を取り替えること**。
朝の客がひと段落すると、店のドアが開いた。
入ってきたのは、華奢な体つきの少女だった。
「どこを修理したい?」
俺が尋ねると、少女は真剣な顔で答えた。
「心臓を交換してください」
俺は手を止めた。
「心臓?」
「そう。機械の心臓にしたいんです」
この社会では、四肢や内臓を人工物に交換することは珍しくない。より強靭な腕を求める者、老化を遅らせるために内臓を取り替える者、痛みを感じない皮膚にする者。
だが、心臓は違う。
生身の心臓を持っている人間は、それを交換することを嫌がる。**完全な機械の心臓にすると、感情が変質する**と言われているからだ。
「君、まだ若いんだろう?」
少女は静かに頷いた。
「だからこそ、交換したいんです」
「どうして?」
少女は少し俯いてから、言った。
「……もう、何も感じたくないから」
俺は答えに詰まった。
**「何も感じたくない」**
修理屋としての俺は、「交換してほしい」と言われれば機械的にパーツを取り替える。けれど、心臓だけは……簡単に交換すべきではないような気がした。
「何があった?」
少女は長い沈黙の後、小さな声で答えた。
「怖いんです。喜ぶのも、悲しむのも」
「機械の心臓にすれば、もう何も感じなくなる?」
「……そういう噂を聞いた」
俺は工具を握りしめたまま、しばらく考えた。
この社会では、人間はどこまで機械になれるのか。どこからが人間で、どこからが機械なのか。
「君は、本当に何も感じたくないのか?」
少女は微かに唇を噛んだ。
「……わからない。でも、今のままでは生きていけない」
俺は少女を見つめた。そして、決断した。
「わかった」
俺はカウンターの奥から、ある部品を取り出した。
それは、最新型の**"擬似心臓"**。
普通の機械の心臓とは違い、**人間の心の動きを模倣するプログラムが組み込まれている**。
痛みを鈍らせることも、感情の波を抑えることもできる。
しかし、完全に「何も感じなくする」ことはできない。
俺はそれを少女に見せた。
「これは、普通の機械の心臓じゃない」
少女は不思議そうな目でそれを見つめた。
「完全に何も感じなくなることはない。でも、必要以上に苦しまないようにもできる。……どうする?」
少女は迷った。
そして、震える声で言った。
「……それで、お願いします」
手術はすぐに終わった。
少女は胸に手を当て、ゆっくりと息をした。
「どうだ?」
「……まだ、よくわかりません」
少女は少し考えてから、言った。
「でも、心臓が動いているのがわかります」
俺は頷いた。
少女はゆっくりと立ち上がり、店の外へ向かった。
ドアの前で、一度だけ振り返った。
「ありがとう」
その声には、確かに**微かな温度**があった。
(了)