表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/237

「通りの向こう」(ホラー)


 その男を最初に見かけたのは、仕事帰りの夜だった。


 職場の近くの横断歩道で信号待ちをしていると、向かいの歩道に立つ奇妙な男が目に入った。古びたスーツに、少し大きめの黒い帽子。顔の輪郭がはっきりしない。街灯の下にいるのに、妙に影が濃かった。


 だが、その時は大して気にしなかった。疲れていたし、見知らぬ誰かの風貌など、普段なら気にも留めない。


 信号が青に変わった。俺は歩き出した。


 と、その瞬間——向かいの男もまったく同じタイミングで歩き出した。


 まるで鏡のように。


 俺はほんの少しだけ足を速めた。男も同じように速めた。


 逆に足を遅くした。男もまた遅くした。


 ぞくりと背筋が粟立つ。


 目を凝らして男を見つめた。その顔が……妙だった。確かに鼻も口もある。けれど、どこか曖昧で、ピントが合わないような違和感がある。


 ——俺は、こいつを知っているのか?


 そんな気がしてならなかった。


 横断歩道を渡り終えた瞬間、男はすっと角を曲がって見えなくなった。


 俺は胸を撫で下ろし、家路を急いだ。だが、その夜、どうしても眠れなかった。あの男の顔が、まぶたの裏にこびりついていた。


 


 次の日も、同じ場所で、あの男がいた。


 そしてまた、俺の動きに完璧に呼応するように歩き出した。


 違う道を選ぼうとしたが、なぜか足が動かない。まるで見えない糸で操られているようだった。


 胸が締めつけられるような感覚の中、俺は横断歩道を渡る。男も渡る。


 このままでは、奴とすれ違う。


 交差点の中央で、俺は思い切って目をそらさずに男を見た。


 ——瞬間、俺は息を呑んだ。


 男の顔が、俺だった。


 


 俺は悲鳴を上げ、思わず後ずさる。


 男も全く同じ動きをした。


 そして、俺が目を見開いた瞬間——


 俺の身体が、崩れた。


 


 気がつくと、俺は向かいの歩道に立っていた。


 黒い帽子をかぶった、古びたスーツの男として。


 目の前の横断歩道では、俺——いや、新しい「俺」——が青信号を待っている。


 俺は静かに、彼の動きを見つめていた。


 ——信号が青に変わる。


 


(了)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ