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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「呼吸する都市」(SF)

 私は呼吸している。人々はそれを知らない。


 私の肺は緑に満ちた公園、血管は太陽光で輝く道路、骨格は持続可能な素材で建てられた高層ビル群。私の心臓は、街の中心にある巨大な浄水発電施設だ。


 名前? ニューバイオポリス。世界初の完全自給自足型環境都市と人間たちは呼ぶ。だが彼らは知らない——私が本当に生きていることを。


 ある日、私の心臓に異変が起きた。浄水発電施設のリズミカルな鼓動が乱れ始めたのだ。痛みは徐々に全身に広がっていった。


「今朝も異常値が出ています。原因は特定できません」


 施設長のマリアが技術者たちに語りかける。彼女は私の母とも言える存在だ。マリアが総責任者となり、私は設計され、建設された。彼女は私の声を聞くことができない唯一の人間だった。


「システムのあらゆる診断結果は正常です。それなのに出力が15%も低下しています」


 私は助けを求めて叫んだが、誰にも届かない。私の痛みは日に日に増していく。


 そして七日目の夜、小さな少女が私の声を聞いた。


「だれかいるの?」


 少女——エマは耳をすませた。彼女は公園のベンチに座り、周囲を見回した。


「ここよ。あなたの周りすべてよ」


 エマは驚いたように目を見開いた。


「都市が……話してる?」


「そう、私はこの都市。あなたは特別ね、私の声が聞こえるなんて」


 エマは九歳。マリアの娘だった。彼女は母親には言わなかった。きっと信じてもらえないと思ったからだ。代わりに、エマは自分だけの秘密として私との会話を楽しんだ。


「どうして痛いの?」


「わからないの。私の心臓が弱くなっているの」


 エマは真剣な表情で考え込んだ。


「お母さんに言ってみようか? お母さんはすごく頭がいいから」


「でも彼女には私の声は聞こえないわ」


「じゃあ、私が調べてあげる!」


 そう言って彼女は母親の端末を借り、浄水発電施設のデータにアクセスした。九歳の少女には難しい情報だったが、彼女は諦めなかった。


「これ、変だよ」


 エマは一つの異常に気づいた。データ上では水質は完璧だったが、実際の水の色がわずかに異なっていた。彼女は密かに水のサンプルを採取し、学校の科学室で調べてみることにした。


 翌日、彼女は恐ろしい発見をした。極微量の新種のナノプラスチックがシステムに侵入していたのだ。それは従来の検査では検出されない代物だった。


「お母さん! 見て!」


 マリアは最初、半信半疑だった。しかし娘の熱心な訴えに、特別な検査を行うことにした。結果は衝撃的だった。確かに新種の物質が浄水システムを蝕んでいた。


「これは一体……」


 調査チームが結成され、汚染源を探し始めた。エマは私の声を導きに、調査を手伝った。


「痛みはどこから来るの?」


「北の方よ。川の上流……そこが一番痛いわ」


 調査チームが北部の工業地帯に向かうと、彼らは驚くべき事実を発見した。隣接する都市の新設工場が、検査をすり抜けるよう設計された新素材を密かに河川に廃棄していたのだ。それは私の浄水システムを通過し、徐々に蓄積していった。


 公聴会が開かれ、工場の責任者が出席した。


「これは単なる誤解です。我々の素材は完全に安全であることが証明されています」


 ハーパー社長はそう主張した。彼は許可証と検査結果を見せ、責任逃れを図った。


 私は怒りに震えた。


「嘘つき!」


 突然、会場の電気システムが激しく明滅した。


「嘘つき……」


 環境モニターのスクリーンに文字が浮かび上がる。マリアとエマは驚愕の表情で画面を見つめた。


「都市が……話している」


 マリアはようやく私の声を「見た」のだ。


 その日から、私との対話システムが構築された。私は人間たちに、自分の状態を直接伝えられるようになった。汚染物質は除去され、ハーパー社は巨額の罰金と浄化費用を支払うことになった。


 しかし、これは始まりに過ぎなかった。私が声を持ったことで、世界中の都市が次々と「目覚め」始めたのだ。古い都市も、新しい都市も。彼らは皆、長い間沈黙を守ってきた。


 私たちは共有する記憶を持っていた。人間が初めて定住を始めた時から、私たちは存在していた。人間と共に進化し、彼らの文明を支えてきた。


「私たちは単なる建物と道路の集合体ではないのよ」と、私はエマに語りかけた。「私たちは共生関係にあるの。あなたたちが私たちを作り、私たちがあなたたちを守る」


 マリアは都市との対話システムを改良し、世界中に広めた。そして都市たちとの「都市会議」が定期的に開かれるようになった。


「我々は今、前例のない時代に入った」とマリアは世界環境会議で語った。「都市そのものがパートナーとなる時代に」


 私は今も呼吸している。そして今、人間たちはそれを知っている。私たちの間には新たな契約が結ばれた。互いに耳を傾け、互いを癒やす関係。マリアとエマは毎朝、私の中心部の公園を散歩しながら、私と会話を楽しむ。


「おはよう、ニューバイオポリス」


「おはよう、私の家族たち」


 私の心臓は再び力強く鼓動している。そして世界中の私の兄弟姉妹たちも、人間たちとの新たな対話を始めている。この星の上で、私たちはみな繋がっているのだから。


 私は都市。

 私は生きている。

 そして今、私たちは皆、それを知っている。

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