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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「最後のページ」(サスペンスホラー)

 僕は今、()()()()()()()()()()()


「彼は本のページをめくるたび、自分の人生が少しずつ消えていくことに気づいていなかった」


 その一文を目にした瞬間、背筋に冷たいものが走った。手元の古ぼけた文庫本。古書店の奥の棚で見つけたそれは、タイトルも著者名も記されていない、ただの茶色い革表紙の本だった。


 最初はただの小説だと思っていた。主人公の名前が自分と同じだとしても、それは単なる偶然だろう。ページを繰るうちに、主人公の住む街、通う大学、友人関係——すべてが僕のものと一致していることに気づいてゾッとした。


 しかし本当の恐怖はそれからだった。


「彼は古書店で見つけた奇妙な本を読み始める。その本には彼自身の人生が書かれていた」


 まるで僕の行動をリアルタイムで記録しているかのような文章。動揺した僕は本を閉じて窓の外を見た。雨が降り始めていた。再び本を開くと、次のような文が書かれていた。


「動揺した彼は本を閉じて窓の外を見た。雨が降り始めていた」


 これは冗談なのか? 誰かの悪ふざけ? だがそんなはずはない。この本には、数日前の出来事まで克明に記録されていた。


 試しに突拍子もない行動をとってみる。コーヒーカップを床に投げつけ、割ってみた。


 恐る恐る本のページをめくると——。


「彼はこれが現実か確かめるため、コーヒーカップを床に投げつけた。陶器の破片が散らばる様子を見て、彼の恐怖は確信に変わった」


 息が詰まりそうだった。この本は何なのか? 僕の人生を先取りして書いているのか? それとも……この本に書かれていることが僕の運命を決めているのか?


 ページをめくるのが怖くなった。先を読むということは、自分の未来を知ることになる。そして今、この本を読み終えたとき、僕の人生も終わるのではないかという恐ろしい考えが頭をよぎった。


 本の残りのページを数えてみる。あと三十ページほど。僕の人生もあと三十ページなのか?


「残されたページを数えた彼は、自分の命の残り時間を実感して震えた」


 ページをゆっくりめくる。僕の日常が淡々と描写されている。明日の予定、明後日の約束。すべて僕が計画していたことだ。一週間後のページには、友人との旅行の様子が書かれていた。


 しかし……もしこのまま読み進めなければ? もし本を捨ててしまえば? 運命から逃れられるのではないか?


 そう考えた瞬間、風が吹いて勝手にページがめくれた。


「彼は本を捨てることで運命から逃れようと考えた。しかし、それは物語の一部にすぎなかった」


 恐ろしくなって本を閉じ、ゴミ箱に投げ入れた。心臓が早鐘を打っている。深呼吸をして落ち着こうとする。単なる偶然の一致だ。気味の悪い偶然が重なっただけだと自分に言い聞かせる。


 しかし翌朝、目覚めると枕元にその本があった。


 誰が……? いや、もしかしたら自分で無意識に……?


 震える手で本を開く。次のページには見覚えのある文字が並んでいた。


「翌朝、彼は枕元に戻ってきた本を見つける。逃れられないと悟った彼は、残りのページを一気に読もうと決意した」


 そこで僕はハッとした。この本の「物語」に従っている限り、僕は本の展開通りに行動することになる。だったら——物語を書き換えればいい。


 ペンを取り出し、次のページに自分で文章を書き加えた。


「しかし彼は気づいた。この物語は彼自身が書き換えることができると」


 インクが紙に染み込むのを見ながら、僕は希望を感じた。しかし、次のページをめくると、そこにはこう書かれていた。


「彼はペンを取り出し、物語を書き換えようとした。『しかし彼は気づいた。この物語は彼自身が書き換えることができると』と書き加える彼を、本は静かに見つめていた」


 血の気が引いた。それでも諦めず、何度も何度も物語を書き換えようとした。しかし、次のページをめくるたびに、僕の行動はすでに物語の一部として記されていた。


 残るページはどんどん少なくなっていく。ついに最後の数ページとなった。そこには僕の最期が書かれているのだろうか? 読むべきか迷った。


 しかし好奇心が恐怖を上回った。恐る恐る最後のページをめくる。


 そこには——何も書かれていなかった。


 真っ白なページ。


 安堵のため息をつきかけた瞬間、僕は気づいた。空白のページに、文字が浮かび上がり始めている。インクが染み出すように、ゆっくりと。


「彼は最後のページが白紙であることに安堵した。しかし、その瞬間、文字が浮かび上がり始めるのを見た。それは彼自身が今考えていることだった」


 本を投げ捨てようとしたが、手が離れない。


「パニックになった彼は本を捨てようとしたが、手が本から離れなくなっていた」


 これは悪夢なのか? 現実なのか? もう区別がつかない。


「彼はこれが夢か現実か区別がつかなくなっていた」


 最後のページには、まだ数行分の空白がある。これから何が書かれるのか? 僕の最期は?


 その時、驚くべき考えが浮かんだ。もしこれが僕の物語なら、作者は誰なのか? 誰が僕の人生を書いているのか?


 そして突然、理解した。


「彼は突然理解した。自分こそが物語の作者であり、読者でもあることを」


 僕は物語を読むことで、物語を作っていた。読むという行為が、物語を生み出していた。


 最後の行が浮かび上がる。


「彼はペンを取り、最後の一行を自ら書き記した——」


 僕はペンを取り、最後の一行を書く。


「そして彼は本を閉じ、新しい物語を始めることにした」


 本を閉じる。表紙を見ると、タイトルが浮かび上がっていた。


『最後のページ』


 著者名の欄には、僕の名前が記されていた。


 僕は微笑む。そして新しい本を手に取り、最初のページを開いた。

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