「帰れない家」(不条理)
扉を開けると、**家族がいた**。
母がキッチンに立ち、父が新聞を広げ、妹がソファで足を揺らしている。
それは何の変哲もない、よくある家の光景だった。
だが――
**俺は、この家に帰った記憶がない。**
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### **1. 違和感**
「おかえり」
母が笑う。
エプロンの紐を結びながら、まるで毎日見ているかのように俺を迎える。
だが、俺は――
**この家がどこなのか、思い出せない。**
「……ただいま」
口をついて出た言葉は、なぜか自然だった。
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### **2. 変わらない日々**
それから、家での日々が始まった。
朝になれば父は新聞を広げ、
母は食事を作り、
妹はテレビを見ながら足を揺らす。
俺も学校に行き、帰ってくる。
だが、ある日気づいた。
**日付が、変わらない。**
カレンダーは、**5月17日** のままだった。
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### **3. 繰り返される会話**
俺は妹に聞いた。
「なあ、今日って何日?」
「5月17日」
「昨日は?」
「5月17日」
「明日は?」
妹は不思議そうに首を傾げた。
「そんなの、5月17日に決まってるじゃん」
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### **4. 消えていく記憶**
俺は何かがおかしいと感じ、部屋の中を探した。
アルバムを開くと、家族の写真が並んでいる。
だが――
**俺の姿が、どこにもない。**
いや、違う。
よく見ると、アルバムの隅に、かすかに消えかかった俺の手だけが写っていた。
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### **5. 逆行する時間**
次の日、父が新聞を読んでいた。
しかし、新聞の日付が **5月16日** になっていた。
その翌日は、**5月15日**。
**時間が、逆戻りしている。**
俺は母に尋ねた。
「なあ、昨日って何日だった?」
母は微笑んだ。
「昨日? そんなの、なかったわよ」
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### **6. いなかった存在**
ある夜、俺は妹の部屋に忍び込んだ。
彼女の日記を見たかった。
ページをめくると、そこには――
**「お兄ちゃんと遊んだ」**
**「お兄ちゃんが帰ってきた」**
だが、その文字は、日を追うごとに薄れていった。
そして、最後のページには、こう書かれていた。
**「お兄ちゃんなんて、最初からいなかった」**
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### **7. 家が俺を忘れる**
翌朝、家族が俺を見て、不思議そうな顔をした。
「あなた……どちら様?」
母がそう言った。
妹はソファで足を揺らしながら、俺を見つめる。
父は新聞を広げたまま、まるで俺が透明人間であるかのように無視した。
そして、母が笑顔で言った。
「ごめんなさいね。うちは、3人家族なの」
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### **8. 帰れない家**
俺は家を出た。
知らない町を歩く。
記憶が曖昧になり、俺はどこから来たのか分からなくなっていく。
ふと振り返ると、**家がなかった。**
いや、そもそも――
**最初から、そんな家は存在しなかったのではないか?**
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### **9. そして、誰かが帰ってくる**
ある日、その家の扉が開く。
少年が立っている。
母が微笑む。
「おかえり」
少年は、戸惑いながら言う。
「……ただいま」
その瞬間、時間が動き出す。
カレンダーには、**5月17日** と書かれていた。