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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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138/237

「ゼロカウント」(ボクシング)


 試合開始のベルが鳴る。


 その瞬間、すべての音が消えた。


---


### **1. ファーストブロー**


 相手の拳が、頬をかすめる。


 皮膚が焼けるように熱くなり、血の匂いが立ち上る。

 観客の歓声が遠くに響いている。


 拳を握る。


 打ち返す。


 腕がしなり、拳が肉に沈む感触。

 骨が軋み、空気が裂ける音。


 **一撃、入った。**


 しかし、相手は倒れない。


---


### **2. 闘争の正体**


 ボクシングは、ルールのある殺し合いだ。


 殴って、倒す。

 それだけのことなのに、なぜこんなに理屈をつけるのか。


 美しいスポーツ?

 駆け引き?

 技術のぶつかり合い?


 笑わせるな。


 結局、人間は「殴る理由」が欲しいだけだ。


---


### **3. 10カウント**


 試合は第9ラウンド。


 息が上がる。

 視界が霞む。


 対戦相手も同じだ。


 互いに、ほぼ限界。


 ……しかし、**ここからが本当の戦いだ。**


 人間には、肉体的な限界がある。


 だが、それとは別に、**精神的な限界もある。**


 「もう無理だ」と思った瞬間に、負ける。


 10カウントの前に立ち上がれないのは、肉体の問題じゃない。


 人間の脳は、本能的に「限界」を作る。

 それが、自己防衛機能だ。


 だが――


 ()()()()()()()()()()()


---


### **4. 本能の破綻**


 「お前、やっぱりおかしいよ」


 セコンドの声が聞こえる。


 俺は、生まれつき「()()()()()()()()()()()()」が欠落している。


 つまり――


 **俺の身体には、ブレーキがない。**


 「人間は、限界があるから倒れるんだ」


 「でも、お前は倒れない」


 「それが、どういう意味か分かるか?」


 俺は、黙って拳を握る。


 セコンドは、苦い顔をして言った。


 「お前は負けられないんだよ」


---


### **5. ゼロカウント**


 第10ラウンド。


 相手の拳が、俺の顔面を捉えた。


 歯が砕ける音。

 頭蓋が揺れる衝撃。


 普通なら、ここで倒れる。


 だが――


 俺の脳は、「限界」だと判断しない。


 俺は、立ち続ける。


 **限界がないなら、人はどこまで戦い続けるのか?**


 答えは、簡単だ。


 **死ぬまでだ。**


---


### **6. 終わらない試合**


 観客が叫ぶ。


 審判が止めようとする。


 しかし、俺は動く。


 殴る。

 殴る。

 殴る。


 相手は、すでに意識を失っている。


 だが、俺は止まらない。


 なぜなら――


 **俺には、倒れることができないからだ。**


---


### **7. そして、誰もいなくなる**


 試合は続く。


 相手は何度も変わる。


 俺は何度も勝つ。


 だが、誰も俺を倒せない。


 世界チャンピオンになった。

 だが、誰も挑戦してこなくなった。


 最終的に――


 **俺は、リングに独りぼっちになった。**


---


### **8. 最後のカウント**


 俺は、自分の拳を見つめる。


 殴る相手がいない。


 なら、俺は何のために生きている?


 そのとき、俺は気づいた。


 **俺が倒れるには、自分で倒れるしかない。**


 俺はゆっくりと膝をつき、マットに横たわる。


 審判はいない。

 観客はいない。

 誰も、カウントを数えない。


 だが――


 俺は自分で数える。


 「ワン……ツー……スリー……」


 誰も言わない、**ゼロカウントの終焉**。


 俺は、ついに倒れた。


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