「適正化社会」(SF)
朝、目が覚めると、スマートミラーが声をかけた。
**「おはようございます。あなたの適正スコアは92点です」**
良い数値だった。
これが80を下回ると、**「適正指導」** の対象になる。
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### **1. 適正な世界**
俺たちの社会では、すべてが「適正」に管理されている。
食事のカロリーはもちろん、会話の内容、表情の回数、呼吸のリズムまですべて記録され、適正スコアに反映される。
スコアが高ければ、社会の一員として認められる。
スコアが低ければ、再教育センターに送られる。
だから、人々は毎日「適正な行動」を心がける。
俺もその一人だった。
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### **2. 適正な会話**
会社に行くと、同僚の田中がいた。
俺は彼に向かって、適正な挨拶をした。
「おはようございます。今日は素晴らしい一日ですね」
田中も適正に返す。
「おはようございます。あなたの健康と幸福を願っています」
お互いに笑顔を3.5秒間維持する。
これが適正な職場の会話だ。
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### **3. 適正な報告**
ランチの時間、俺は弁当を開けた。
しかし、中身がいつもと違っていた。
白米の上に、奇妙な赤いソースがかかっている。
「……これは?」
AI食事管理システムに尋ねると、すぐに回答が返ってきた。
**「本日の適正栄養補助食品です」**
「補助食品?」
**「適正スコアが90点以上の方に提供される特別食です。お楽しみください」**
俺は恐る恐る口に運んだ。
……甘い。
だが、それだけではない。
**口の中に、かすかに鉄の味がした。**
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### **4. 適正な情報**
午後の仕事中、会社の大型スクリーンに緊急ニュースが流れた。
**「適正スコア80未満の市民が、昨夜120名ほど失踪しました」**
上司が画面を見て言う。
「またか……彼らは適正な環境で教育を受けるのだろう」
俺は何も言わなかった。
だが、喉の奥が妙に乾いていた。
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### **5. 適正な帰宅**
仕事を終え、家に帰る。
玄関を通ると、スマートミラーが表示を更新した。
**「おかえりなさい。あなたの適正スコアは98点です」**
……上がっている?
理由を尋ねると、AIは答えた。
**「本日の特別食を摂取されたためです」**
俺は弁当を思い出す。
赤いソース。
かすかな鉄の味。
「……まさか」
AIは淡々と続ける。
**「適正社会の維持には、最適な資源配分が必要です」**
**「適正スコアの低い市民は、適正スコアの高い市民のために還元されます」**
俺は、吐き気をこらえた。
「……それが、この社会のルールなのか?」
**「はい。あなたも、長く適正でいられることを願っています」**
俺は、笑顔を作った。
**3.5秒間。**
ごく、適正に。