「壊れたオルゴールと海の絵」(ヒューマンドラマ)
幼い頃、母がよくオルゴールを鳴らしてくれた。優しい音色を聴きながら、僕は母の膝の上で眠りについた。オルゴールは、母との温かい思い出が詰まった、大切な宝物だった。
しかし、僕が七歳の時、母は病で亡くなった。父は悲しみに暮れ、家の中は重苦しい空気に包まれた。オルゴールは、母の遺品として、僕の部屋に置かれた。
ある日、僕は誤ってオルゴールを落として壊してしまった。ネジが外れ、音が出なくなってしまった。壊れたオルゴールは、まるで僕の心を映し出しているようだった。僕は、母を失った悲しみと、オルゴールを壊してしまった罪悪感に苛まれた。
父は、僕が母のことを忘れられないように、毎年、母の命日に海へ連れて行ってくれた。母は、海が好きだった。波の音を聴きながら、僕は母との思い出を語り合った。
高校生の頃、美術部に所属した。絵を描くことで、心の痛みを紛らわすことができた。特に、海を描くのが好きだった。青い海、白い砂浜、輝く太陽……キャンバスに広がる海の景色は、僕に安らぎを与えてくれた。
ある日、僕は、街角で偶然、オルゴールの修理屋を見つけた。壊れたオルゴールを修理してもらおうと思った。店主は、年老いた女性だった。彼女は、オルゴールを丁寧に調べ、修理を始めた。
「これは……ずいぶん古いオルゴールですね」
店主が言った。僕は、オルゴールの由来を話した。母のこと、オルゴールを壊してしまったこと……すべてを打ち明けた。
店主は、静かに話を聞いてくれた。そして、修理が終わったオルゴールを僕に手渡した。オルゴールからは、以前と同じ、優しい音色が流れてきた。
「お母様は、きっとあなたのことを……見守っていますよ」
店主の言葉に、僕は涙が溢れてきた。母を失った悲しみは、完全に消えることはないだろう。しかし、僕は、前を向いて生きていこうと思った。
大学に進学し、美術の勉強を続けた。卒業後、僕は画家になった。海の絵を描き続け、個展を開くまでになった。僕の絵は、多くの人々に感動を与えた。
ある日、個展会場で、一人の女性が僕の絵に見入っていた。彼女は、どこかで見たことがあるような気がした。話しかけてみると、彼女は、あのオルゴールの修理屋の店主だった。
「あなたの絵は……お母様の優しさを……思い出させますね」
女性が言った。僕は、驚いた。彼女は、僕の母を知っていたのだろうか?
女性は、微笑んで言った。
「あの時は言えませんでしたが……私は……あなたのお母様の……友達でした」
その瞬間、すべての点が線で繋がった。母との思い出、壊れたオルゴール、海の絵……すべてが、一つの物語として繋がっていた。そして、僕は、母との絆を再び感じることができた。
僕は、海の絵を描き続けた。それは、母への想いを込めた、永遠のラブレターだった。そして、オルゴールの音色は、今も僕の心に優しく響き渡っている。