表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/237

「時の庭」(SFヒューマンドラマ)


 その庭には、いつも朝露の香りが漂っていた。


 リクは、ゆっくりと小径を歩く。木漏れ日が足元に揺れて、空気はどこか懐かしい匂いを含んでいる。風が吹くたび、庭の奥に立つ大きな時計塔の鐘が微かに鳴った。


 いつからここにいるのか、よくわからない。ただ、この庭はどこか温かく、心を落ち着かせる場所だった。


 ふと、小さな声が聞こえた。


「おはようございます」


 振り向くと、少女がいた。白いワンピースを着た彼女は、にこりと微笑む。


「ここは、時の庭。あなたの時間を育てる場所です」


「……時の庭?」


 少女は頷き、リクの手をそっと握る。その瞬間、庭の景色が柔らかく滲んだ。


 ――どこかで見たことがある風景。


 暖かな午後、母の手を引かれて歩いた公園。

 夕暮れの帰り道、友達とふざけあった記憶。

 夜の静けさの中で、誰かの優しい声が響いていたこと。


 リクは思い出す。この庭は、自分の記憶の断片でできているのだと。


「ここは、あなたの時間が流れ続ける場所。でも、ずっと同じ時間にいるわけではありません。どんなに大切な時間でも、形を変えながら、少しずつ消えていくのです」


「……消えてしまうの?」


 少女は、わずかに寂しそうな表情を浮かべた。


「時間は、留めておくことはできません。でも、その代わり――」


 少女が指差した先に、一本の木があった。リクは見覚えがあった。


 子どもの頃、家の庭にあった木だ。そこには、小さな傷が刻まれている。


「これは……」


「あなたが大切にしていた時間は、ここで形を変えて生きています」


 リクはそっと木に触れる。指先に、やわらかい温もりが伝わる。


 ――この木は、かつて祖母の家にあった木と同じ感触だった。


「時間は、ただ消えるわけじゃない。変わるだけ。だから、あなたはまた新しい時間を育てていくのです」


 少女は穏やかに微笑んだ。鐘の音が響く。リクは目を閉じ、静かに息を吸い込んだ。


 次に目を開けたとき、庭は少しだけ違う風景になっていた。


---


 リクは、「時間はただ消えるのではなく、形を変えて続いていく」ことを知る。

 この庭は、彼の記憶が織りなす空間であり、新たな時間を育てる場所だった。


 そして――物語は、また始まりへと戻る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ