「物語を食べる店」(不条理)
私は、小さな店を営んでいる。
ここでは、食べ物は売っていない。提供するのは、**「物語」**だ。
「いらっしゃいませ」
訪れる客は様々だ。退屈そうなサラリーマン、人生に迷った若者、秘密を抱えた老婦人。彼らは一様に、求める。刺激を、感動を、時には絶望さえも。
「今日のおすすめは?」
客が尋ねる。私はメニューを開く。そこには、ジャンルや展開、余韻の種類まで細かく書かれている。
「そうですね、本日は“希望のある結末”が人気ですが……」
客は少し考え、やがて決断する。
「じゃあ、**『ありふれた日常が崩れる話』**を一つください」
「かしこまりました」
私は奥の棚から、一冊の本を取り出す。客に手渡すと、彼はその場でページをめくり始めた。
——ある男が、毎朝通る道に、見覚えのない看板を見つける。**『物語を食べる店』**と書かれたそれは、昨日まで存在しなかった。興味を引かれた男は、店の扉を押す……。
客の目が見開かれる。
「え?」
ページをめくる手が震える。物語は、まさに今の状況を描いていた。
——店主は微笑みながら、目の前の客に話しかけた。「いらっしゃいませ」
彼は息をのむ。
「まさか……?」
私は静かにうなずく。
「ご注文の品は、もう召し上がっていただいております」
男は周囲を見回す。店の壁、机、棚に並ぶ本。全てが、違和感に満ちている。自分の座る椅子さえも、どこか現実感がない。
「……これは、一体?」
「物語の結末を迎えたお客様は、この店の一部となるのです」
男の視界が歪む。手が、体が、紙のように薄くなっていく。
——店主は、静かに本を閉じる。
「ごちそうさまでした」
新たな物語が、本棚に収められる。
次の客を待つために——。