「最後の花火師」(ポストアポカリプス)
世界が灰色に染まってから十年が経った。空には常に厚い雲が垂れ込め、太陽の光はかすかにしか地上に届かない。そんな世界で、私は最後の花火師として生きている。
かつて人々を魅了した打ち上げ花火は、今では禁止されている。明るい光と大きな音は、地上に残された凶暴な生物たちを引き寄せてしまうからだ。
「おじいちゃん、本当の花火って、どんなだった?」
孫娘の美咲が、作業場で古い花火の設計図を眺めながら尋ねた。
「そうだな……夜空いっぱいに広がる光の花のようだったよ。見る人の心に、一瞬で春を咲かせるような……」
私は懐かしい記憶を手繰り寄せながら答えた。美咲は生まれた時から、この灰色の世界しか知らない。
作業場の奥には、最後の打ち上げ花火が眠っている。十年前、世界が変わる直前に作り上げた特別な花火だ。普通の火薬ではなく、特殊な化学反応を利用して光を放つ。音も最小限に抑えられている。
「もう一度だけ、本物の花火が見たいな。」
美咲の言葉が、私の心に深く刺さった。
その夜、私は決心した。地下シェルターの天窓から、最後の花火を打ち上げることにしたのだ。危険は承知していた。しかし、美咲に本物の花火を見せたい気持ちが勝った。
「美咲、目を覚まして。」
真夜中、私は孫娘を起こした。シェルターの天窓の下に、最後の花火がセットされていた。
「でも、おじいちゃん……」
「大丈夫。この花火は特別なんだ。」
私はスイッチを入れた。火薬に着火する代わりに、化学反応が始まる。ゆっくりと、しかし確実に、花火は上昇していく。
そして――。
漆黒の空に、青く輝く光の花が咲いた。音もなく、ただ美しく。その光は、まるで月光のように優しく地上を照らした。続いて、紫や緑、そして金色の光が、次々と夜空に描かれていく。
「きれい……!」
美咲の目が輝いていた。その瞬間、シェルターの中に春が来たような温かさが広がった。
しかし、その美しい光景は長くは続かなかった。最後の光が消えると同時に、遠くで獣たちの唸り声が聞こえ始めた。
「さあ、行こう。」
私たちは急いでシェルターの扉を閉めた。外では獣たちが集まってきている。しかし、私たちの顔には笑みが浮かんでいた。
それから一週間、獣たちが去るのを待った後、美咲は私にこう言った。
「おじいちゃん、私も花火師になりたい。」
私は黙ってうなずいた。この灰色の世界でも、光は必ず必要とされる。そして、その光を作り出せるのは、私たち花火師だけなのだから。
作業場の隅には、まだ使っていない特殊な化合物が残されている。美咲と一緒に、新しい花火を作る時が来たようだ。