城郭都市
父親に「出かける準備をしろ」と言われ、急いで鞄に荷物を詰め込み剣の状態をチェックし、馬に乗って母親に涙ながらに見送られて野営地を出発したのが二週間前。
その時は「どこかに遠征でも行くのか?」と思っていたが、途中で森から離れて行っている事に気づいた。そこで俺は遠征が目的ではないという事に気づいた。
緑と土。そこに獣臭と血の匂いが若干混じった世界から一変して土を踏み固めて作られた長い道には人間の匂いが多い。馬の上から周囲を見渡してみれば、前世の駅前とまではいかないが近所にあった商店街の早朝くらいには人が同じ方向に向かっている。
馬車、徒歩、馬……身なりはそれぞれだが、一番多いのは商人だろう。
全員が目指しているのは今まさに遠くに見える防壁。この辺境で森に一番近い城郭都市。マイゼン辺境伯――ベルダット・マイゼン。またの名を【黎明の剣聖】が管理する都市だ。つい最近まで貴族とは絶対に関わりたくないと思っていたはずなのに、一体全体どうしてこうなってしまったのか……。
大門に付いた俺と父親はほぼ顔パスで都市の中に入る事が出来た。
あまり気にしてこなかった……というか、ゲーム内で一切語られる事がなかった父親だが、どうやら有名人らしい。
そんな父親についてしばらく歩くと城郭都市の中央にある領主館に付いた。
「ゴード様ですね? 主がお待ちしております。おや? そちらのお子様はもしや……」
「ああ。俺の息子のコウだ」
門の前に門兵と共に立って俺たちを向かい入れたのは燕尾服を身に纏った白髪の男性だった。一見すればただの執事だが、その背筋はピッシリと伸びていて何より左腰に二本の剣を差している。
馬を降り、二人の会話を父親の後ろで聞いていた俺に視線が向けられた瞬間――ピリッとした空気を感じたのと同時に、右手が自然と左腰の剣へと伸びていた。
「なるほど。どうりで」
俺の手が柄を握る前に執事から発せられていた威圧感が霧散する。
チラリと執事の顔を見てみれば、そこには人好きしそうな好々爺が浮かべる微笑みが浮かんでいた。
(試された……?)
まさか、父親が暗殺者を雇ったとでも思われたのか? いや、そんなはずはない。ウチの傭兵団はマイゼン辺境伯直々に依頼されてあの森で魔物を間引いている。報告は月に一回あり、父親とマイゼン辺境伯の仲は良好だと傭兵団のみんなも言っていた。
ならば……何故だ?
(考えても答えは見つからない……情報が少なすぎる。しかし……残念だな――――あと少し踏み込んで来てくれたなら“戦えた”のに……)
そう思った瞬間、俺は内心で溜息を吐いた。一体何を思っているのか。剣聖の執事ともなればその腕は相当な物のはずだ。そんな人と戦いたいなんて思うなんてどうかしている。
(長旅で疲れたか……?)
もう一度内心で溜息を吐きながら、剣の柄を左手でそっと撫でた。
△
▽
「俺は領主様と話してくるから、コウは待っていろ」
「ならば、私がご案内しましょう。お子様も森から出たのは初めてでしょう。この屋敷を案内するだけでも見識を広げる事になりますよ」
「ふむ……なら、頼めるか?」
「ええ。もちろん」
と、先ほどの執事と父親が俺をそっちのけで話を進め、現在こうして二人で屋敷を歩いている。
前を歩く執事――ディノンと名乗られた――からは一切隙が見当たらない。時折立ち止まって色々と説明してくれるのだが、その立ち姿からも隙がない。
剣聖……とまでは行かなくても剣豪くらいはありそうだ。それにしても……ディノンという名前を俺は知らない。どれだけ記憶を掘り返しても、ゲーム内でその名前が登場する事はなかった。
「コウ様。大丈夫ですか?」
「え、あ、大丈夫です。すいません、少しボーっとしていたかもしれません」
「それはそれは……私の配慮が足りていませんでしたね。少し休憩されますか?」
「そうで――」
返事をしようとした所で、ふと視界の端にある建物が気になった。
円形の建物……この広い領主館の敷地内にある一際大きな建物だ。
「あの、アレは……?」
「アレは兵士達の訓練場ですね。見に行ってみますか?」
「ええ。是非」
この世界が『エンシェントストーリー』だと8割くらい思っているが、知らない人物も居る。目の前を歩いているディノンだって明らかに腕が立つ雰囲気なのに名前が出ていない。ならば、俺が知らない剣術も存在しているはずだ。
兵士の訓練場という事は、今も訓練している人間がいるはずだし……そこで、俺が知らない剣術を見る事が出来たらこの先大きな経験となるだろうと思っての行動だった。
案内されて訓練場に入った時に感じたのは熱気。中はわかりやすく言えばコロッセオのようになっていて中央の広場で戦っているのを周囲から見れるようになっていた。
聞けば、たまに人を招いて試合をする事もあるらしい。
「どうですか?」
「何というか……凄いですね。圧倒されてます」
刃は引いてあるであろう模擬剣で打ちあう甲高い音。それぞれが強くなるために訓練しているのが伝わってくる熱気。
その中で俺は色んな兵士に目を向けていく。
(アレは公国流……あっちは帝国流か? いや、公国流も少し混じっているから我流かも。流石に公国王室剣術は居ないか。アレは近衛騎士とかしか使えないし……お、アレはセーディス流じゃん! 確か南の国で伝わってるやつだよな……)
知っている剣術でも、モニターで見るのと実際に見るのでは違う。やはり、この目で見た方が理解度が上がる感じがしていた。
甲高い音が響く度に胸の奥――そう、魂が震えている気がしている。何か、俺の最奥にある物が呼び起されているような―――――
「……?」
ふと、そこで視界の端に灰色の糸が見えた気がした。
俺の隣に立っているディノンのさらに奥。そこに何か―――
「コウ様」
「あ、はい」
正体を探ろうと視線を強くしようとした所でディノンが声を掛けてくる。
顔を見上げてみれば、そこにはいつも通りの笑顔を浮かべた執事が立っていた。ただ……その目だけがギラリと閃いた。
「よければ、お手合わせをして頂けないでしょうか?」
「……!?」
予想だにしていなかった突然の申し出。
一瞬驚きが勝ったが、次第に胸の奥にあった熱がじわじわと全身に行き渡っていく。
「勿論。よろこんで」
なんでそんなことを提案してきたのかはわからないが、自分の力を試すのに付き合ってもらおう。
俺の返事を聞いたディノンは微笑みを浮かべたまま、中央に向かって歩き出した。
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