関わりたくない者は向こうからやってくる
あの救出劇から一週間程経った。
結局、あの後すぐに仲間と合流し後の事は全部親父が済ませた。小耳に挟んだ話だとあの少女達はこの森を領地に持つマイゼン辺境伯の元へ送り届けられたらしい。
マイゼン辺境伯―――ベルダット・マイゼンの名前は俺にとって……いや、エンシェントストーリーをプレイした人間にとって非常に印象深いものだ。
「まさか現代の五本指に入る剣聖が管理してる森だとは思わなかったな……というか、半信半疑だったけどコレでこの世界が“エンシェントストーリー”だと確信が持てたな」
ベルダット・マイゼン。二つ名は【黎明の剣聖】。
この人物を語るにはまず剣聖について語らなければならない。剣聖とはファンタジー世界で大きな意味を持つ称号だが、例に漏れずにエンシェントストーリーでも大きな意味がある。
全世界で剣術において五本指に入る人物。そして、独自の“奥義”を生み出し多大な功績を上げた人物にのみ与えられる“最強”の称号。剣聖は一人いるだけで他国に対して大きな抑止力となる。ただ、全国に一人ずつ居るわけではなく、所属国は結構偏っていたりする。
まず、この魔の森を保有していて俺が居るシルフィード公国の《黎明の剣聖ベルダット・マイゼン》。
次に一言で言ってしまえば脳筋の集まりであり、幼き皇帝が治めるフレイザ帝国に所属している《豪勇の剣聖エンドーズ》と《黒鉄の剣聖ファリン》。
あとは天使教の総本山であるセラフィム神聖国に所属する《天光の剣聖カーリス》。
この世界には大きな国があと何個かあるが、剣聖が居るのは上記の三国しかない。え? あと一人足らないって? 別に欠番とかじゃない。ちゃんと存在はしている。ただ……最後の一人は少し特殊でどこで何をしているのかわかっていない。
「《放浪の剣聖》か……」
ゲーム内でその姿が完全に見れるシーンは存在しない。
いつもボロボロの外套を身に纏い、左腰にロングソードを一本差した姿がデフォルトだった。
顔はフードで完全に隠れていて一切見えず、声は一応付いていたがゲーム一本全てを通しても10個にも満たないセリフしかない。
そもそも、出てくるのが本当に稀だ。ルートによっては出てこない事さえあるプレイヤー間でも謎の人物として疑問視されていた。
まぁ、本編内に存在する小さな欠片を集めてプレイヤー達が考察等を交えて導き出した事は以下の通り。
・男
・年齢は主人公と同じくらい。
・一部剣聖の話からかなり強いらしい。
・何か目的があって行動してるらしい。
・使う剣術が《黄昏の剣聖》と似ているらしく、血縁者疑惑がある。
これくらいだ。
本編に深く関わってこない以上、そんなに気にしなくていい存在なのかもしれない。
「もしも敵対するような事があったら……」
俺は剣聖最強と謳われる人物に勝てるだろうか?
そう思いながら毎朝の日課を開始した。
△
▽
毎朝の日課となっている自主訓練を終えた俺は陣地の端にある人気のない場所までやっていた。
そこで身体強化・改を発動する。
今ではスムーズに発動出来るようになったソレは日々の自主訓練も相まってかなりの効果を期待できる程になっている。
目を閉じ、全身を意識する。感覚としてはこの身体を流れる血液を意識するのと似ている。じんわりと暖かく、流動するソレを認識する事が魔力を正しく認識するコツだと流れの魔術師が言っていた。
「よし……」
魔力のコンディションを確認し終えた後に目を開いて左腰に差した直剣――アーミングソードを抜く。
全長約90cm程の直剣はロングソードと違って軽量であり、片手で使う事を主目的として作られている。いくら鍛えていると言ってもまだ幼いこの身体ではロングソードを片手で振るような事は出来ないために、こういう剣を使っている。
「コイツとも長い付き合いになってきたな」
この直剣を造ってもらったのは今から三年前。
1から素材を集めて完成したコイツを始めて握った時の何とも言えない感動は今でも忘れられないし、実戦で何回も命を助けられた。
「ふぅ……」
息を吐いてゆっくりと相棒を握り直す。
右腕を前に出し、左腕を曲げて前腕で口元を隠すように構える。
この世界に転生し、身体を鍛えながら数々の剣技を見てきた。
元の世界では才能という才能が無かった俺だが、新たな人生ではこの世界でかなり有用な才能を持っていた。
人間、生まれながらにして一個は才能を持っていると言う。もしも、この才能が転生前の物だとしたら……あの平和な世界で気づけなかったのも無理はない。
俺が持っている才能――それは“一度見た剣術をある程度再現出来る”という物だった。
勿論、再現するには相応の練習が必要だがこの目は一度みた剣術を解体し、理解する事に長けているようで思い出す事に苦労するという事はなかった。それに加えてある程度戦いに精通している今ならば前世に見たエンシェントストーリーの剣術もそこそこ再現出来る。
まぁ、流石に剣聖の技やキャラクター固有の物は無理だが……話が逸れたな。俺は再現出来た剣術の中から自分に適している物を選び自分の剣術を作り出した。
ソレがこの構えだ。
本来であれば左手にも剣を持つのだが、今は一振りしかないから無手だ。適当な剣を持ってもいいがソレに慣れ過ぎて重心に変な癖が付くのは頂けない。
ちなみに、この構えはゲーム内に出てくる攻略不可の人気キャラクターである『アイリ・マイゼン』の物を丸パクリ……もとい、参考にさせてもらっている。
彼女はこの先の時代で【黄昏の剣聖】として名を馳せる少女であり、灰色の髪と舞うように戦う姿、それに加えてどこか憂いを帯びた表情が人気のキャラクターだ。
その戦いぶりを見れるのはとあるヒロインのルートのみでしかも一瞬だが、そのインパクトは一度見たら忘れられない程だった。
「色々と試してみたけど、コレが一番しっくり来るんだよな……」
一度目を閉じて集中。
この構えで重要なのは右手と左手の比率だ。二刀流というのはかなり難しく、どちらかに攻撃の比率が寄ってしまえば攻撃を読まれやすくなる。それに俺が開発している剣術は左手の剣がかなり重要になっている。
「そういえば……黎明の剣聖が戦死するのは一年後か……」
この世界で初めに起こる大きな事件であり、物語開始の二年前に位置する重要な出来事――帝国進行が始まれば公国は波乱の時代へと突入する。
今の俺に出来る事はそれまでに力を付ける事。どうせ―――
「黎明の剣聖なんて大物に会う事は無いんだしな」
貴族になんて関わりたくもない。
いくら、俺が三番目に好きなキャラクターであるアイリの父親だったとしても、貴族である事には変わりないし、今の俺であの戦いに介入できるとも思わない。
そう、この時の俺は思っていたのだが……。
二か月後、俺は父親に連れられてベルダット・マイゼン辺境伯の屋敷へと来ていた。