第8話 テーマパークにお出かけ。前編
翌朝、七時にアラームに叩き起こされた。
「日曜なのに……」
目をこすりながらカーテンを開ける。今日は陽射しが強い。まだ夏にはなってないはずだが、だいぶ気温は高そうだ。
本日の予定は、主に夕月の立てた計画表に準じて行動することになっている。
まず七時起床。それから準備。
……とりあえず顔を洗って目を覚まそう。
寝室から出ると、洗面台の方から水の流れる音がした。パジャマ姿の夕月が顔を洗っている。
近寄っていくと、タオルを口に当てたまま喋られた。
「おふぁよ、にーさん。かおあらう?」
「……おはよう。そうする」
返事が一拍遅れる。
家に他人がいることへの違和感があるのだ。
泊まったのだから当然だが、翌朝になっても夕月がいる。
家に誰かがいることに慣れるには、まだ少し時間が必要かもしれない。
◇
準備を終えた俺たちだったが、意外と電車の時刻がギリギリだったことに気づいて慌ただしく家を出た。優雅に朝のニュースを見ている場合では無かった。
駆け足で駅へ向かい、なんとか到着。
予定通りの電車に乗り込んで二人でほっと一息ついた。
朝早い電車なので、人もあんまりいない。隅の二席に並んで座る。
「はー、危な。もう汗かいたんですけど……ねえ今日暑くない?」
夕月は昨日服装に悩んでいたが、なんとなく洒落た格好になっていた。なんとなく、というのは俺が服装に疎いからだ。ワイドパンツに半袖のシャツ。足元はサンダル。被っていたキャップは手に持って、うちわみたいにして扇いでいた。雰囲気としてはボーイッシュな感じにまとまっている。
スマホの天気予報を見ながら答えた。
「三十度近いっぽいな」
まだ夏では無いはずだが、今日は夏日らしい。
夕月が熱さで赤らんだ顔で、「うわ」と呟く。
「ま、いっか。暑い方が水浴びても気持ちよさそうだし」
「そういえば水かかるアトラクションに乗るんだったか」
「そうだよ、兄さん計画覚えてる?」
「……そこそこは」
「なんか怪しい」
昨日は夕月と俺で……いや、ほぼ夕月の進言で計画を練った。七時に起きたのもその一環だ。そのために昨日はだいぶ早く寝たのだ。本当はもっと早起きさせたかったらしいが、手加減してくれたらしい。
「まぁ計画なんて混み具合でけっこう変わるから、ある程度でいいけどね。乗りたいのがいくつかあるから、そこだけ外さないようにしたい感じ」
「……なら最初の奴は外していいんじゃないか?」
「それはだめ」
そっと提案してみたが、即座に却下されてしまう。
計画の内、俺が若干気の乗らないスポットが一つあるのだ。
しかし夕月はどうしても最初に俺をそこへ連れて行きたいらしい。
悪戯っぽい笑みを浮かべながら夕月が言う。
「楽しむためにはまず形から入らなきゃ」
すなわち、グッズ売り場である。
◇
「……に、兄さん可愛い……! それめっちゃいい……!」
「…………おい」
無事辿り着いたドリームランドの中。
予想通り、俺は夕月の着せ替え人形になっていた。
「これは本当に俺を楽しませるためにやってるんだろうな?」
「そりゃ……ぷふ……当然じゃん!」
隠せてないぞ。
ドリームランドに着いて、俺たちは真っ先にグッズ売り場にやってきた。ここには色んなアイテムが並んでいる。その中にはもちろん服やら帽子やらサングラスなんかもある。
その辺の身に着けられる物から夕月が持ってきた物を俺は身に着けていた。
上にはマスコットキャラがデカデカとパッチワークされたオープンカラーシャツ。それからキャップに、サングラス。なんでここのグッズは帽子も眼鏡もどれも耳が生えてるんだ?
「サングラスはいらんだろ……」
「なんで? 今日は陽射し強いから目は守らなきゃ」
「じゃあなんでお前は付けないんだよ」
「え? じゃあ私が付けたら文句ないの?」
そう言うと夕月は俺と同じサングラスを取って目に掛けた。
「どう? ほらこれでおっけーじゃん」
「……鏡にすげー陽気な二人組が映ってるな」
バカップルみたいだ。断じてカップルではないが。
「あ、ほんとだ。じゃあキャップも一緒にしようよ」
「なんでだよ」
夕月は俺の声など聞こえてないかのように、滑らかな動作で諸々のグッズを買い物かごに入れた。ツッコミを入れても止まらない。小さく鼻歌すら歌っている。ドリームランドのテーマソングだろうか。今日の夕月はテンションが高そうだ。
俺の試着していた服たちもまとめて一緒にカゴに入れ、レジへと向かう。
「ちなみにお金はお母さんからもらってるから平気だよ」
「雪子さんから? ……いや、こんな所で使えないだろ。生活費なんじゃないのか」
「お小遣いだって言ってたけど」
……用途が限定されているわけではないらしい。でも一緒に着いてきている以上ここで金を使わせるわけにはいかない。俺は保護者なのだ。
「……俺が出す」
「え? いいの?」
「……もうここまで来たんだから全力で楽しむことに決めた」
「へー、兄さん。意外とノリいいね」
「諦めがいいと言ってくれ」
そうして、ドリームランドには首から上だけペアルックの兄妹が爆誕した。