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第5話 二人で過ごす夜

 風呂からあがると、テーブルには夕月が用意してくれた料理が並んでいた。

 立ち止まっていると、席に着いている夕月が不思議そうに口を開いた。


「食べないの?」

「いや、食べる。これ夕月が作ったのか?」

「そうだけど。……なに?」


 睨むような顔をされて「いやいや」と慌てて首を振った。


 並んでいる料理は鶏肉と野菜やきのこを合わせて炒めた物だ。綺麗に切りそろえられた具材はきらきらとして見えて、オイスターソースの匂いが食欲をくすぐる。隣には茶碗によそわれたご飯と、湯気の立つ味噌汁があった。


 たぶん初めて、うちのテーブルにこんな綺麗な食事が並んでいるのを見たからびっくりしたのだ。


「ありがとう。美味そうだったから」

「そ。……食べてみても感想が変わんなかったらいいけど」


 素直に言うと、まんざらでもなさそうな表情が返ってくる。

 いただきますと手を合わせて、炒め物を口に運んだ。


「……美味い」


 なんというか、安心する味だった。夕月の好みなのか、味付け自体はさっぱりしている。でも疲れてそこまで食欲がない口にはこのくらいがちょうどよかった。ご飯と味噌汁も昨夜にインスタントで食べたものよりも、数段美味しく感じられる。


 昼間、桐村に連れて行ってもらった定食屋も美味かったが、俺には夕月の作る物の方が好みかもしれない。


「……夕月の分は?」

「私はもう食べた。兄さん遅かったし」

「……今日は連絡できなくてごめん」

「いいよ。残業だったんでしょ」


 多少怒られるかと思っていたら、あっさりと返されて拍子抜けした。

 夕月が小さく眉を上げる。


「なにその顔」

「なんか……優しいなと思って」

「普段は優しくないみたいな言い方やめてくれる?」

「すまん」

「別に……兄さんも残業して疲れてるんだから、色々言われたくないでしょ」


 配慮されてたのか。そりゃ何も言われないに越したことはないけど。でも高校生に気を使われているというのは、なんとなく居心地が悪い。


「心配しなくても今日の分はまた今度言うから」


 そうですか。


「お手柔かに頼む……」

「別に普通のことしか言わないし。……あ、そうだ」


 早速何か言われるのかと身構えたが、言われたのは別の事だった。


「兄さん、この家ってもう一つ布団とかある?」

「布団? ……一応あるけど」


 おかずを口に運びつつ、クローゼットの奥を頭に思い浮かべた。一つだけ、布団のセット一式が眠っている。俺が用意したのではなく、父さんが勝手に買って送ってきたのだ。「俺が泊まりに行くからな」とか言っていたが、今のところその機会はないから箱に入ったままだ。


「じゃ、私今日それで寝るから」

「え」


 一瞬、箸を取り落としそうになる。


「泊まっていくつもりか?」

「今から帰るのだるいじゃん。普通に夜遅いし」


 だるいかはともかく、夜遅いのはたしかにそうだった。

 気が回っていなかったが、いつの間にか電車も既に終電近い。


「学校は? ……ああいや、そうか。休みか」


 そういえば今日は金曜だ。夕月が頷く。


「ちゃんと着替えとかもあるし、お母さんとお義父さんにも言ってあるよ」


 思いつく前に先に言われる。抜かりが無い。用意も周到だ。というか元々泊まることも想定していたのかもしれない。


(……断れないよな)


 俺は夕月が用意してくれた夕食をもう食べてしまっている。遅くなったのも俺が連絡し損ねたのが原因だ。初めから、交渉の場としてはだいぶ不利なところに立っている。


「……わかった。うちの家は好きに使ってくれ。布団はリビングに敷いとくから」


 もうどうにでもなれと頷くと、夕月が小さく笑った。



 ◇



「兄さん、暇なんだけど」

「……勉強とかしろよ」

「兄さんって暇なとき何してるの?」

「……犬の動画見てる」

「へー。なんか、限界って感じだね」


 寝る準備まで整えてリビングに布団を出してやると、夕月はジャージ姿ですぐごろごろと転がりだした。なんとなく猫を思い出す。うつぶせでスマホをいじりながら、他愛ないことを色々と聞いてきた。


「限界ね……」


 俺はテーブルに座ったまま夕月の質問に答えている。さっきから夕月が絶え間なく話しかけてくるので、寝室に逃げる隙が無い。もう少し時間さえ経てば、そろそろ寝るぞとか言えるんだが。


「あ、ゲームあるじゃん」


 夕月がのそりと起き上がった。テレビ台の棚の中に、いくつかのゲームハードが入っている。俺が実家から持ってきたものだ。


「これやろうよ、兄さん」

「ええ……?」

「なにその声。このまま一生私に適当な話させるつもり?」


 そういうわけではない。というか勝手に話してるのはそっちだ。

 とは思ったが、視線の圧に屈して立ち上がった。少しくらいなら会話のネタにもなるからいいか。

 ゲームをテレビに繋いで、電源を入れる。テレビ画面も、このゲーム機も、久しぶりに起動した。

 ソファに座ると、夕月が隣に座ってくる。


「あ、懐かしいゲームあるじゃん。私も昔やってた」

「どれ?」

「この戦うやつ」


 細い指に刺されたのは、昔出た人気の対戦系ゲームだった。意外なチョイスだ。学生の頃に好んでやっていたのは男子ばかりだった気がするし、そもそも夕月がゲームをするというイメージも無い。


「やろうよ、一対一。ぼこすから」

「もう少しお淑やかな語彙があるだろ」


 まぁ、ゲームならなんでもいいのだ。ご所望なら異論はない。何戦かやって、最後に負けて終わろう。

 コントローラーは昔に色々と使いやすい物を試していた影響で複数持っている。適当なやつをお互い手に取って、キャラを選んで、対戦を開始した。

 開始して早々、いきなり脳内で立てていたプランが崩壊するのを感じる。


「……上手くないか?」

「やってたって言ったじゃん。舐めプやめてよね」


 倒れ伏す俺のキャラ。完璧なコンボを決められて一気に体力を持っていかれた。夕月がどうだと言わんばかりの顔をしている。その顔をするだけの実力はあった。俺も昔はそこそこのランク帯を維持してたのに。


「……ちゃんとやろう」

「本気じゃなかったとか言い訳やめてよ」


 頷いて、ゲーム画面に集中した。

 集中しても夕月の動かすキャラは一筋縄ではいかない。反撃の隙が少ない技を基本に、俺のキャラを近づけないよう上手く立ち回っている。……ほんと、なんでこんなうまいんだよ。


 普通にやってると突破口が見えないから釣る動きをすることにした。わざと隙の大きい技を振って、夕月の動きを誘う。思惑通りに乗ってきたのでそこにコンボを決める。


 一本取り返した。


「ま、次だよね」

「そうだな」


 二本とればこの試合は勝ちだ。

 一本ずつで挑んだ最終試合。お互い集中して無言だった。夕月はさっきのような釣りにはもう簡単に反応しない。お互いに細かい体力の削り合いを続けて――最後、ぎりぎりで俺が勝ち切った。


「あっ……ぶな……」

「あー負けちゃったかー」


 はあと息を吐いて、体をソファに倒した。ずいぶん久しぶりにやったが、面白かった。仕事をしていると、こういうゲームはやらなくなる。やれば楽しいんだが、物事を始める気力が薄れている。


 でも夕月のおかげで久々に楽しかった。


 そう言おうとして隣に目を向けた瞬間――夕月の横顔につうっと涙が流れていて目を剥いた。


「え……?」

「……あ、やば。なんか、涙が」

「わ、悪い夕月。すまん。俺が大人げなかった」

「ううん、そうじゃなくて。そうじゃないんだけど……」


 夕月が首を振りながら、流れ出る涙を袖で拭う。泣かせてしまったんだろうか。どうすべきか迷い、とりあえずゲームの電源を消してティッシュケースを差し出した。夕月がティッシュで鼻をかんだ。ティッシュケースを手に、夕月の様子を窺う。


 夕月が鼻声で謝ってくる。


「ご、ごめん。兄さん。なんか急に」

「だ、大丈夫か? ……なんか必要な物とかあるか?」

「じゃあ……ちょっと兄さんを抱きしめてもいい?」


 一瞬、困惑して固まった。


「……は?」


 夕月が鼻を啜って、冗談っぽくするように軽く言う。


「……ごめん。変なこと言った」

「いや。別に……駄目という……わけでは……」

「いいの?」


 まっすぐに見上げられる。頷いたのか、声を漏らしたのか、自分でもよくわからないが、混乱している内に夕月が薄く笑みを浮かべた。


「じゃあ、失礼します」


 さらっとした断りと共に体に腕を回された。俺はぱっと両手を上げた。なんとなく後ろめたいような感覚を覚えて、俺は手を上にあげたまま固まっていた。降参のポーズみたいだ。人一人分の温度が、じわりと服の上から通ってくる。俺は何をしてればいいんだろう。この暖かくて、血の通っている、小柄な生き物をどう扱えばいいんだろう。


「…………ありがと」


 数十分にも感じるような何秒かの後に、すっと夕月が体を離した。そしてソファからごろごろと転がるように降りると、布団に潜りこんで頭から被った。


「じゃ、私寝るから!」

「ええ……?」

「おやすみ、兄さん!」


 俺は布団を見下ろしたまましばらく硬直していた。


 ……本当にわけがわからない。何がどうなってどうなったんだ。でも聞いても答えは帰ってこないだろう。どうしようもない。回答はたぶん、夕月の中にしかないのだ。


「……おやすみ。電気は、消しとく。リモコンは布団の横に置いとくから」


 リモコンで常夜灯まで明かりを落として、夕月の傍に置いた。頭のあたりがもぞもぞと動いたのは、たぶん頷いたんだと思う。


(……なんなんだ、本当に)


 溜息を吐いて、寝室のベッドに入った。


 ……まぁ、考えても仕方がない。


 寂しいとかきっとそういう類なんだろう。

 今日が終われば夕月は帰る。そして、数ヵ月に一度会う程度の関係に戻るだろう。

 今日できっと仲直りはできたと思う。今度の連休は実家に帰ってもいいかもしれない……。


 そんなことを思いながら眠りについた。


 眠りの中、俺は夢を見た。

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