第17話 帰宅後のこと
「兄さんおかえり……あれ?」
「ただいま……」
家に帰るとまだ夕月は起きていた。俺の姿を認めて心配そうに眉を上げる。
「大丈夫? ちょっとふらふらしてんじゃん。水とか飲む?」
「……飲む」
夕月がコップに水を注いでくれたので、席についてちびちびと飲む。
テーブルにはノートや問題集が広がっていた。勉強していたらしい。
こういう面を見ると、夕月もやっぱり高校生なのだと再確認する。食事やら何やら面倒を見られているせいで、なんとなく年齢の境が曖昧になる時がある。俺の方が世話のかかる人間であることは間違いないが。
「飲み会どうだった? ちゃんと喋れた?」
「……ふつうに……喋ったよ」
「兄さん酔ってる? 顔もちょっと赤いね」
「多少酔ったな……」
酔っていない、とは思わない。足は少しだけ地に足がついてない感じがするし、頭もふわふわしている。
「写真……一応撮ってきたから」
「ほんと? 見せて」
飴屋も桐村も、写真は後で送ると言っていた。
LINEを確認してみると、新たに三人のグループができていて、そこに写真がアルバム機能にまとめられていた。
……薄々思っていたが、膨大な数だ。百枚くらいはある。ここから見せるものを厳選するのは辛い。
「……大量にあるから適当に見てくれ」
スマホごと雑に手渡すと、夕月は意外そうに目を丸めた。
「勝手に見ちゃっていいの?」
「……別に見られて困るものはないし……夕月も変なところは見ないだろ」
「うん、まあ、そうだけど……まあいいや」
夕月が目を逸らして髪の先をいじる。なぜか口元をむずむずさせていた。
そうして俺のスマホをスクロールしていた夕月だったが、不意に表情がむすっとしたものに変わる。
「……なんか変な写真でもあったか?」
気になって尋ねると、おもむろに一つの写真を俺に見せてきた。
「……この女の人、可愛いね?」
写真の中では、赤ら顔の飴屋がへらっと笑ってピースをしている。
夕月の真顔になんとも言えない圧を感じて、ちょっと回答に詰まった。
「……そう、かもな。まあ一般的には可愛い顔かもしれない」
「兄さんも可愛いと思う?」
「俺……? まあ、普通に後輩だなって感じだけど」
「ふーん……誤魔化す感じか」
許されたような許されていないような、なんとも微妙なラインを辿った感じがする。
「……何の話だ」
「ま、それは置いといていいから。……あれ兄さん。ここ一個だけ動画あるんだけど見ていい?」
飴屋が可愛かったからなんなんだ。
よくわからないが、夕月はこの話を続ける気はないらしい。
「動画……? まあいいけど」
「見てみるね」
アルバムに紛れていた動画を夕月がタップする。画面には俺が映っていた。店内の賑やかさの中で、俺たちの声が聞こえる。
『そうだ! 作馬に質問!』『うおーっ!』『なんだ酔っ払い共……』『結局、妹さんってどんな子なの?』『ききたーい!』
「……待った。これは見なくていい」
(桐村あいつ、勝手に撮りやがったな)
桐村から急に夕月について尋ねられた場面だ。
タップして止めたら、夕月に不審そうな目を向けられた。
「なに? 見られて困るものはないんじゃなかったっけ?」
「……まあ、困るというわけではないけど」
「私のことなんて言ったの?」
低い声で睨まれてしまう。いや、まあ、別に、変なことを言ったわけじゃない。……とは思う。ただ夕月をどう思うか尋ねられて、言える範囲で言っただけだ。それだけ。
それならまあ……見せてもいいか。
「……見ていいです」
「うん」
夕月はご丁寧にも時間を少し戻してからスマホをタップした。
桐村たちの声が流れ出す。
『結局、妹さんってどんな子なの?』『ききたーい!』『そうだな……』
外から撮られた自分の声を聞くのは、だいぶむずがゆい。画面の中の俺は桐村に尋ねられて、考えるように少し黙った。目線が壁に向いてる。どこを見てるんだ。というか、思ったより長く考えていたんだな。
『気難しいし、何考えてるのかわからないし、たまにお節介だなって時もあるけど……』
「……兄さん?」
「いやその先もあるから」
ぎろりと睨んできたので続きを見るよう促した。画面の俺が続ける。
『でもそれも、俺のことを思って言ってくれてるんだってわかる。ほんともったいない、よくできた妹だよ』
桐村がぽつりと加える。
『かわいい妹さんなんだな』
『ん、ああ。そうだな。かわいいよ』
そこで動画は終わっていた。
最初はひやりとしたが、纏め方としては無難なところに落ち着いたのではないだろうか。このくらいなら別に聞かれてもいい。
そう思って夕月を見ると、なぜか頬が赤くなっていた。
「……兄さんさぁ」
夕月が呟く。表情を隠すように口元を手で覆っている。
「ここはなんで素直なの……」
「ん……?」
ぼそぼそと何かを喋っている。聞き返そうと耳を向けたら、急にしっしっと追い払うように手を振ってきた。
「……兄さんちょっとしばらくシャワー浴びてきて」
「なんだよいきなり……」
「いいから」
なぜか唐突にリビングを追い出されて首を捻った。
もしかして失言だっただろうか。
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