第16話 飲み会は無礼講で
「――では作馬との初! 飲み会を祝して」
「祝してー!」
「「かんぱーい!」」
「……おお」
二人が大声でジョッキを掲げてきたので、とりあえず合わせる。
ここは桐村が推していた居酒屋だ。店内には人がいて賑やかだが、声を張らないといけないほどの雑多さじゃない。あくまで話す邪魔にならない程度。
桐村と飴屋がビールの減ったジョッキを置いて、二人して俺に満面の笑みを向けてきた。
「作馬、何食べたい? 今日は好きなの頼んでいいぞ!」
「先輩! おしぼり平気ですか!? 飲み物足りなくなったら言ってくださいね!」
「……お前らのテンションはなんなんだよ」
二人がやけに優しくて気持ち悪い。目の輝きが子供の世話をする親戚のそれだ。
ビールに口を付ける俺に隣の席の桐村が肩を組んできた。
「ちゃんと妹さんには連絡したか? 今夜は寝かさないぜ?」
「二時間くらい飲んでから帰ると連絡した」
夕月にはさっき連絡済みだ。『了解。遅かったら寝てる』と来た。
そこに、どん! と目の前に空になったジョッキがテーブルに叩きつけられる。
見ると、既に顔が赤らみ始めて胡乱な視線の飴屋がいた。
「じゃーせんぱい……きかせてくらさいよ! いもーとさんのことぉ!」
「……飴屋はもう酔ってるのか?」
「飴屋ちゃんはめちゃくちゃ酔うの早いんだよ」
健康が不安になる酔い方だ。
空っぽのジョッキをいじりながら、俺に向けて手をふらふらさせる。
「せんぱい最近あれはなんれすか……あのおべんとは……これみよがしに」
「弁当って……俺が食ってる弁当の話か?」
「それ!」
ぴっ、と指さされた。先輩に指を向けるな。
最近、たまに俺の昼食はお弁当になっている。気が向いた時だけ夕月が作ってくれているのだ。いよいよ頭があがらなくなってきたなと思っている。
飴屋がテーブルに伏せて泣いていた。
「おいしそうなんれすけどぉー! わたしもおべんとうたべたいよぉー!」
「……コンビニに売ってるだろ」
「ちがうわ! てづくりにきまってんでしょうが!」
「……そうか」
どうして俺は後輩に怒られなきゃなんないんだ?
「まあまあ飴屋ちゃん落ち着いて。作馬の目が死んできてる」
「きりせんもひとごとみたいなかおしてますけどねえ……」
「なんだい飴屋ちゃん」
「このまえおべんとうもってましたよねえ! しかもなかみハートだったし!」
「はっはっは。――飴屋ちゃんもう一杯飲む?」
「のみます!」
「作馬は?」
笑顔の桐村。間違いなく話を逸らそうとしている。
「桐村って彼女とかいるのか」
「あー……まあ、うん、話の流れ的にそうなるよな。……まあ、そうだな、同棲してて。弁当は最近作ってくれてんだ」
「へー……」
「うわ、興味なさそうな声」
「まあ……」
そうだったのか、とは思うが同棲しててもさほど意外ではない。桐村は無駄に察しが良すぎると思っているが、周りからは気が利くとも見えるのだろう。職場にも桐村の視線を飛ばす女性はけっこう多い。
「うわっ……! きりせんもやることやってんすね! さすが! チャラい! いろおとこ!」
「サンキュー飴屋ちゃん。ビールでも飲みな」
「ありがとうございます!」
飴屋は店員が置いてくれたビールを両手で抱えて大事そうに飲みだした。
「でも今日は俺の話より作馬のことだろ? なんでまた飲み会なんて言い出したんだよ」
「たしかに! ろうしてれすか!」
そうだ。飴屋の勢いで忘れるところだった。
「写真撮ってくれって言われてたんだ」
「しゃしん?」
「外での俺の様子というか……そういうのがあればいいらしい」
「ほぇ……なににつかうんれすかね……じゅぎょうでそんなのやったかな……」
授業で俺の写真が使われたくはないな。
そういうわけではないが、一旦使い道は置いておこう。夕月のことはややこしいから話しづらいのだ。
「とりあえず適当に一枚撮ってくれないか。俺だけ映ってればいいから」
「いやいや! わたしたちもうつりますよぉ!」
「そうだな。みんなで撮ろうぜ」
「ええ……?」
「撮るぞー」
桐村が流れるようにスマホを出し、画面を横に倒して上に掲げた。タップして、ぱしゃりと一枚シャッターが押される。飴屋が「え!」と叫んだ。
「きりせんちゃんとあいずくださいよ! なんもポーズしてない!」
「はいはい。じゃもう一回行くぞー。はいチーズ」
ぱしゃり。桐村がカメラロールを見せてくれる。
きりっとした笑顔の桐村と、ピースを顎に当ててる飴屋と、怪訝な顔の俺が映っていた。
「おい作馬も笑顔とか作れよ!」
「なにひよってんれすか! いもうとさんがっかりしますよ!」
「いや普通にしてたらいいだろ……?」
「せんぱい手をかしてください。まず手をグーにしてからこの二つの指をですね……」
「……お前俺がピースの作り方知らないと思ってるか?」
「わはははは!」
桐村が大ウケしていた。大ウケした勢いでまたシャッターが切られる。
「変なの撮れたけど……ま、いいか!」
「そうれすね! もうてきとーで!」
ぐだぐだ撮影会が開始され、飴屋と桐村が好き勝手にぱしゃぱしゃ撮り始めた。
もうなんでもいいかと諦めて、俺は店員に追加で枝豆を注文する。
それからしばらく経った後に酔ってきた桐村がふと手を掲げた。
「そうだ! 作馬に質問!」
「うおーっ!」
「なんだ酔っ払い共……」
「結局、妹さんってどんな子なの?」
「ききたーい!」
少しふわふわしてきた頭で夕月のことを思い出した。初めて会った日のこと。風邪を引いた日に看病をしてくれたこと。テーマパークに行った時のこと。朝起こしてくれる時。食卓に座る時。夕月の姿を思い浮かべる。
段々、近くにいることが普通になってきた義理の妹。
あいつはどんな子なんだろう。
「そうだな――」
そんな話をしつつ、俺には珍しい賑やかな夜を過ごした。