第15話 会社の様子も見てみたい
夕月の後輩、紬さんと昼食をとった日の夜のこと。
今日の夕食はアスパラの肉巻きだった。アスパラに豚バラ肉が斜めに撒かれ、茶色く光るタレが絡んでいる。ご飯も進む適度な味付けだ。やっぱり夕月の作る料理は美味い。
など思いながらもぐもぐ食べていたら夕月がふいに質問してきた。
「気になったんだけどさ。兄さんって会社でどんな感じなの?」
「……なんだよ急に」
会社のことを聞かれるのは初めてだ。何か気になることでもあったのか。
「……別に。私の方だけ紬が来たから兄さんに色々知られてるじゃん? だから兄さんも会社ではどうなのかなと思っただけ」
「特に変わらないと思うけど」
「喋る相手とかいるの?」
「母さんかよ」
職場でのことまで心配されると大人としては立つ瀬がない。
「一応、話し相手はいるにはいる」
「へー、どんな感じの人?」
「顔だけいい男と、元気な後輩だな」
「二人もいるんだ」
「……たしかに。二人もいるんだな」
「なんで兄さんがびっくりしてんの」
言われてみれば驚きの状況だ。本当は職場でも今まで通り一人でいるつもりだったのだ。でもなんやかんやで桐村や飴屋とは話をする仲になっている。他の人間には避けられているから、きっとあいつらがおかしいのだろう。
「社会に出ると変人が沢山いるってことだろうな」
「なら、私も変人の枠?」
「いやそういうわけでは……」
首を傾げられて答えに困った。なぜちょっと嬉しそうなんだ。
「そうだ。兄さん、写真とか無いの?」
「え?」
「その話し相手の人とかさ。ちょっと気になるし」
「……俺が撮ってると思うか?」
「もちろん思わない」
即答される。慧眼で何より。
「だから撮ってきてよ」
「え? ……俺が?」
「他に誰がいるの」
嘘だろ、と変な顔になってしまう。
「……職場で写真なんて撮れんだろ」
「なんか出かける時とか飲み会とかさ、そういう普通の時間無いの? いつでもいいんだけど」
夕月に軽く言われて、そういえば先日、飴屋に飲み会に行こうと言われていたことを思い出した。
……なんてタイミングがいい。
「たしかに飲み会をやりたいとは言われてたな」
「じゃあちょうどいいじゃん、そこで撮ってきてよ」
「なぜ俺が……」
「じゃあ代わりに私も撮ってこようか? 写真あげる、サイン付きで」
「いらないが」
そしてここまでの流れはもう終わったとでも言うように、「ごちそうさま」と手を合わせて立ってしまった。
「……おい、夕月?」
「よろしくね兄さん。私お風呂まだだから入ってくる」
呆然とする俺だけが食卓に残される。
(写真……写真?)
カメラ機能なんて、使ったことない気がするが。
◇
翌日。
出社したはいいものの、昼が過ぎても飲み会のことはうまく切り出せない。
(思えばそういう遊びをした経験が全くない)
学生時代から俺はだいたい一人だった。サークルにも入ってなかったし、ゼミも交流がある場所じゃなかった。そうだとしても、こんな愛想の悪い人間を誘いたくはないだろう。飲み会経験はゼロだ。
(……一回、桐村に誘われた時に行っておくべきだったか)
昔、桐村や飴屋には飲み会に行こうと何度か言われている。
ただ、今日いきなりそれを望むのは難しいだろう。
隣の席を横目で見れば、今日の桐村は忙しそうにPC上での打ち合わせを続けている。
「はぁ……」
後で俺から提案するしかないか。
そこで打ち合わせが終わったらしい桐村が、ヘッドセットを外しながら顔を向けてくる。
「作馬さぁ。今日はどうしたんだよ。俺の顔見て溜息吐いてさ」
「…………」
「え。黙るなよ。俺の顔なんか変?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
また溜息を吐く。タイミングはここしかないか。
ぺたぺた顔を触りだす桐村に向けて、重たい口をこじあけた。
「……お前今日、暇か?」
「…………え?」
絶句されている。
まあこういう反応をされるだろうと予想はしてたが、本当にされると逆に面白い。
「もしかして、飲みに誘われてる?」
「忙しいなら別にいい」
「いやいやいや全然忙しくない。……どうした? この前といい今日といい……作馬のドッペルゲンガーじゃないだろうな」
「事情がある」
「もしかして妹さん関連?」
つい顔をしかめてしまう。この男は毎度毎度、なぜ無駄に鋭いのか?
「いやそんな嫌そうな顔されても。現状だと妹さん以外に選択肢ないだろ」
たしかに、職場と夕月以外では俺のコミュニケーションは存在しない。
……もしかして、ここ最近の俺は夕月に振り回されすぎか?
俺が眉間の皺を押さえているところに、今度は飴屋もやってきた。
「先輩方、何の話してました?」
「作馬が飲み会するって」
「ま……まじですか!?」
飴屋もあんなに飲み会がしたいと言っていたのに、まず信じられないような顔をされてしまった。
俺が今までどんなキャラだと思われていたか、身につまされるものがある。
「ま、せっかく作馬が乗り気なんだ。今日は残業もいらなそうだし、付き合うぜ」
「私も! ……ちょーっと仕事あるけど、絶対置いてかないでくださいね!」
「……飴屋、無理はするな。というか溜めてるタスクがあるなら回してくれ」
「い、いいんですか! ありがとうございます先輩様……!」
「変な敬称はいらない」
とりあえず、当初の目的通り無事飲み会は開催されることになった。