第9話 テーマパークにお出かけ。中編
夕月と二人でアトラクションまでの道を歩いていく。
俺はさっき買ったシャツにキャップとサングラスまで身に着けていた。
……周りからずっとちらちら目を向けられているような気がして落ち着かない。
「……この恰好、ドリームランドでは普通なんだよな」
「変じゃないよ。普段の兄さんからは考えられないくらいファンキーに見えるけどね」
「……それは大丈夫なのか?」
「あ、ちょっとマップ見るね」
やや不安を感じる会話を一方的に打ち切られ、夕月が道の端によってスマホを開く。
このテーマパークはたいへん広い。マップが無いと間違いなく迷いそうだ。俺も昨日入れさせられたアプリで、マップやアトラクションの待ち時間を眺める。……次はどこだ?
「兄さんこっち。はぐれないでね」
「……はい」
母親が子供にかけるようなことを言われているが、あまり洒落にもならない。俺一人だと普通に迷いそうだ。こんなアウェーな空間、絶対一人で迷子になどなりたくはない。
早歩きで、手招きする夕月の方へ歩いていった。
◇
「丁度いいタイミングで着けたかな」
夕月の案内もあり、比較的に待ち時間が短いアトラクションにたどり着けた。係員の指示に従って二列に並ぶ。
夕月はサングラスをキャップの上に持ち上げ、入口で貰ったマップとスマホを見比べていた。横にいる俺に体を寄せて、アプリに表示されたアトラクションを見せてくる。
「見て兄さん、次のとこもけっこう待ち時間丁度良さそう。これ」
夕月の口調は普段と比べて少し明るい。やっぱりテーマパークでテンションが上がっているのだろう。
しかし、見せられたアトラクションの名前を見ても俺にはよくわからない。ちょっと申し訳ない気持ちになりながら夕月に尋ね返す。
「……どんなやつなんだ?」
「ジェットコースターみたいなやつだけど……だいぶ有名だよ? 兄さん、本当にドリームランドのことなんにも知らないんだ」
「悪いか」
本当に自慢でもなんでもないが、テーマパークなんてほとほと縁がない。
俺とはかけ離れた人間が行く場所だと思っていたから、知識だって仕入れてないのだ。
「別に悪くはないけど。なんか機会なかったの? 恋人とデートとか」
思わずげんなりした顔をしてしまう。
「……なぜそんなわかりきったことを」
「え?」
「……恋人なんていたことない」
「あ、そうなんだ。意外」
「逆にそう思われる方が意外だ」
俺は不愛想だし、話し相手すら数少ないタイプの人間だ。他人からの評価はだいたい取っ付きにくそうな人に落ち着く。そんな面白味のない人間なのに。
「へー、いなかったんだ」
そんなまじまじ全身を見ながら繰り返されても困る。
いたたまれないので話題をなんとか考えて切り出した。
「夕月は来たことありそうだな」
「うん、ある。けど友達……というか後輩と一回来ただけだよ。他の情報は色々ネットで見た」
「お前こそ彼氏とかいたんじゃないのか」
「いたことない」
「そうなのか」
軽い調子で恋人の話なんてされるから、夕月はいるのだと思っていた。
「まあ私は彼氏なんて作る気ないから」
「へえ」
そこで、ふとわずかに緊張した面持ちで口を開いてくる。
「……結婚は、したいと思ってるけど」
結婚。そう言われると、昔に女の子から言われたことを思い出す。三十歳で独り身だったら結婚してくれると言っていた女の子。……ただ、そんなこと向こうが覚えているわけもない。なんとなく印象には残っているが、期待もしてるわけじゃない。
そんなことを思い出していたら夕月への反応が遅れた。
結婚はしたい。けっこうなことだ。ただ、その辺の話は俺ではうまい助言なんかもできそうにない。
「……へえ」
「……ねえなにその返事。興味無さそうなんだけど」
「恋愛トークを俺に求めるな」
俺の人生には恋愛のれの字もない。俺には到底無理だろうと諦めている。そんな人間に彼氏だの結婚だの言われても、お好きにどうぞくらいの事しか言えない。
「仲良くなったらしようよ、恋バナ」
「気が向いたらな」
夕月も意外に恋バナをしたい年頃らしい。微笑ましい一面だが、それは同じ年頃の面々でやってもらった方が良さそうだ。俺では適切なアドバイスができそうにない。
少し気まずくなって、ふと列の外に目を向ける。
すると通りがかる人が時折、視線をこっちに向けるのがわかった。なぜか俺と目が合ってから逸らされる。何かと思ったが、少し観察してわかった。どうも、夕月を見ていたらしい。
(ああ、なるほど)
夕月は可愛い。客観的に見てもたぶんだいたいの人は可愛いと言うと思う。一見すると無愛想だが、気が抜けると意外と柔らかい表情が出てくる。今はテンションが高いのか、そんな無防備な表情が現れていた。
……人によってはこういう風に見られるのが嬉しいタイプもいるだろうが。
俺はじろじろ見られてたら良い気はしない。夕月がどんなタイプか知らないが、保護者としては不躾な視線なんて向けられて欲しくない。
「……夕月。場所変わってもらってもいいか?」
「え。なんでよ」
「日を浴びたい」
「……植物か何か? いいけど」
夕月と位置を入れ替わる。夕月は壁際だ。人が通る道からは、俺が視線を遮るような形になった。
不審そうな目を向けられている。
「今陽射し浴びるくらいなら普段からもっと外出るべきじゃない?」
「……行くとこないしな」
「散歩とかしなよ」
夕月の呆れた視線を受けつつ、並んでアトラクションの順番を待つのだった。