九話 意外な接点
「待っておじいちゃん」
「有栖、まさかとは思うがこの男に変なことをされて無いだろうな?」
恐らくここで俺が何を言ったとしても全面的に否定されるだけだと思うので、氷室に何としてでも誤解を解いて欲しい。
「そんなことない、私が家の鍵を忘れてたからおじいちゃんが帰ってくるまで家に入れてくれてたの」
「……」
おっと、雲行きが怪しくなってきたな。先程よりもこちらに向けられる視線が厳しくなってしまった。
「……とりあえず礼を言っておこう。孫を外で立たせっぱなしにさせないでくれてありがとう」
「……」
今度は俺が黙る番だった。
というより正直、まさか最初からお礼を言われるとは思わなかったので、驚いて声が出なかったという方が正しい。
「意外そうな顔をしておるな」
「……えっと……はい。少しだけ」
「じゃろうな。そりゃあ儂も有栖の事が一番大事だと思っておるが、だからといって疑わしきは罰する訳じゃあない。現に有栖はとても楽しそうな目をしていた。不埒な事をされていたとすれば、こんなに楽しそうに儂に話す事は無いじゃろう」
それに、と間をおいて彼は続ける。
「昨日あれだけ儂が怖がらせておいたのにも関わらず、お主は有栖を送ってくれたしな。やましい事があればそんなことはせんじゃろ?」
「あ、ありがとうございます」
「まあそれはそれとしても、会って間もない孫を家に連れ込んだのは許し難い事ではあるがな」
「……すみません」
「冗談じゃ」
どう考えても冗談とは思えなかった声色だったが、彼的にはジョークだったのだろうか。
正直なところかなり怖かったので、冗談ならもう少し冗談ぽく言ってほしいところだ。
「――そういえば自己紹介をしておらんかったな。儂は氷室英一郎、知っているじゃろうが有栖の保護者じゃ」
「えっと……木戸優佑といいます。昨日から氷室……有栖さんと仲良くさせていただいてます」
「ふむ、木戸優佑とな……もしかしてお主の父親の名前は拓真じゃったりするか?」
「そうですけど……どこかで会ったことありましたか?」
俺の記憶では英一郎さんに会ったような記憶は無いので、恐らく父親が会った事があってその時に俺の名前を出したのかもしれないが、だとしても英一郎さんと父親の接点がパッと思い浮かばない。
「確か7年くらい前じゃったかな。儂の妻が大病を患った時に担当してくれたのが拓真君でな、その時は凄くお世話になったよ」
「そうだったんですね」
「うむ、妻は去年旅立ってしまったが、先生にはとても感謝しておった。良ければ帰ったら儂と妻が感謝していたと伝えてもらえるか?」
「……分かりました、今両親は仕事で海外に出ていて家を開けていますので、電話する時に伝えさせていただきますね」
まさか親同士にそんな繋がりがあったとは思いもしなかったが、世間は意外と狭いものだなと実感する。
「と、悪いが店の予約の時間が迫っているからここら辺で失礼させてもらうぞ。有栖も準備するんじゃ」
英一郎さんが腕時計をぱっと見てからそう言う。
思っていたよりも話し込んでしまったので、ここに着いてから15分以上経ってしまっていた。
「分かった……優佑、また明日ね」
「ん、了解。また明日」
これ以上俺がここに居ても時間を取ってしまうだけなので、英一郎さんにも挨拶をしてから家に帰る事にした。
晩御飯を食べ、明日までにやっておくべき事も一通りやり終えたところで、さっきの英一郎さんが言っていた話を思い出したので久しぶりに両親に連絡をすることにする。
日本と時差はあるが、恐らくこの時間なら向こうでは朝の7時~8時頃なので問題ないだろう。
父親の携帯に電話をかけると、3コールくらいしたところで応答があった。
「もしもし?」
「…………おはよう!! 兄さん!!!」
「っ……」
最初声が聞こえなかったので音量を少し上げたところに急に大きな声で喋られたので、耳がキーンとなる。
(こいつ俺の耳を壊す気か……)
父親の携帯に出ることが出来てこんなに元気があって、なおかつ俺の事を兄さんと呼ぶやつは一人しか思い浮かばない。
というかこんなにうるさい奴が複数人いたらたまったものではない。
「鈴音……もう少し声量を考えてくれ。耳が死ぬ……」
「だって久しぶりに兄さんから連絡がきたんだもん」
「だもん、じゃねーよ……あとこっちは夜だから」
「そっか、そういえばそうだったねー。それで? どうして連絡してきたの? やっぱり私の声が聞きたくなっちゃった?」
こっちにいた頃と変わらず鈴音はかなりグイグイとくる。
元気なのは良いことだが、ここまで元気すぎるのも少し考えものだ。
「ちょっと父さんに聞きたいことがあってな。てかこれ父さんの携帯なのになんで鈴音が出てるんだよ」
「そりゃあ兄さんの名前が見えたからね。出ない訳にはいかない訳よ」
「うん、それで父さんは?」
「ブー、そんな簡単に流さないでよー。――まあ冗談は置いといて、丁度お父さんがトイレに行ったタイミングでかかってきたから電話を取った訳よ。あ、お父さん帰ってきたから代わるね!」
なんとも騒がしい奴だったが、相変わらず元気そうにしていて良かった。
「もしもし? 久しぶりに連絡してきたと思ったら鈴音から優佑が何か用があるって聞いたけどどうかしたのか?」
「ああ、実は――」
とりあえず今日英一郎さんに会った事、そして彼らが感謝していた事を伝えた。
「…………そうか、こちらこそありがとうございました。また今度飲みに行きましょう。と今度伝えておいてくれ」
「分かった」
「まあそれはそれとして……優佑にもやっと春が来たか」
「……は?」
今の話のどこにそんな要素があったのだろうか。
英一郎さんの話こそしたが、氷室の話は1ミリたりとも出していないはずなのに……
「いや、だって普通に考えて優佑と英一郎さんに急に接点ができる訳ないだろ? 前に優佑と1歳差の可愛い孫娘がいるとよく自慢してたからな。同じ高校だと言っていたし、その子と仲良くなったって家に行ったってところかな?」
「……」
こんな馬鹿な事を言っているが、これでもこの父親、医者をやっているだけあって相当頭が良い。
この推理もほとんど当たっているので、普通に笑えない。
断じて俺と氷室は邪推されるような関係ではないと言い切れるが、かと言ってここで何か言い返しても父さんの思う壺だろう。
「まっ、高嶺の花だろうが頑張れよ」
「おい……って切りやがった…………」