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六七話 大好きだから



 頭の中が真っ白になる。

 有栖は今何と言ったのだろうか……そして俺は今何と言葉を返しただろうか。




「優佑ボーっとしてどうしたの?」

「どうしたって……その、有栖は俺の事が好き、なんだよな?」

「ん、好き。大好き」

「お、おう、ありがとう」


 急に好意を口に出されると、もちろん嬉しいが少し反応に困ってしまう。


「えーっと、つまり、これからはお付き合いさせて頂けるという事でよろしい、んです、よね?」


 お互いに好き合っているというのは分かったのに、どうにも緊張して変な敬語になってしまった。


「……お付き合い?」

「ち、違うんでしょうか」


 お付き合いの意味をはっきりと分かっていないのか、有栖はこてん、と首をかしげる。


 それとももしや有栖の好きはloveではなくlikeの方で、俺は一人でぬか喜びをしていただけというオチだったのだろうか。

 しかし俺のその考えを否定するかのように、有栖は口を開く。


「お付き合い? の意味はよく分からないけど、私が小さい頃にママが「将来、有栖が大好きな人を見つけて、その人も有栖の事を大好きだと言って有栖の事を大事にしてくれるのなら、ママとパパみたいに幸せな結婚をするのよ」って言ってたの。だから、私は優佑と結婚したい」

「けっ……結婚!?」


 考えていなかった訳ではない。もし、自分達が大人になって、それでもお互いが好き合っているのであれば、結婚出来たらそれほど嬉しい事は無いと思っている。


 有栖はこういう事に疎いからこそ、子供の頃に母親から聞いた大好き=結婚が普通だと思っているのだろう。

 もちろん俺からしても断る理由なんてどこにもないのだが……


「……有栖、結婚はもう少し大人になってから考えないか?」

「え……?」

「誤解されないように先に言うけど、俺は有栖の事が大好きだし、大人になったら結婚出来たら嬉しいなって思ってる」

「……今じゃ、ダメなの?」


 先程までの幸せそうな表情とは打って変わって、少し不安げな表情をした有栖が上目遣いで聞いてくる。

 そのしぐさと表情が可愛すぎて、「やっぱり今すぐにでも……」と言いたくなるところをグッとこらえて話を続ける。


「結婚って人生の中でも凄く大事なことだと思うんだ。でも俺は子供で、有栖を養ったり守ったりする力がまだ全然無い……だからさ、他の誰でもない有栖の為にも結婚の話はもう少し待って欲しいんだ、そして大人になったら今度は俺から言わせてほしい」

「……ん」


 会社や企業に就職するのか、それとも自ら会社を企業するのか、はたまた自営業を営むのか、それはまだ分からない。

 

 これは自分のちっぽけなプライドなのかもしれない。

 だけど、親の手を借りずに二人で生活していける確証を得てから結婚出来たらなと思っている。


「だから……って言ったら変だけど…………結婚を前提に恋人としてお付き合いさせて下さい」

「ん、よろしくお願いします」












 あの後、文化祭の閉会を告げるチャイムが鳴り、俺も有栖も浮足立つ気持ちを抑えながら一度クラスへと戻った。

 クラスに戻ると隼人からは散々茶化された後に何も言っていないのに祝福され、何故かすごく腹の立つ顔をしていたのでさっき助けてくれたことも差し引いて足の小指を踏む程度にしておいた。


 そんな隼人の小指事情はさておいて、全員で教室の装飾や道具の片づけを済ませたり、校長先生の文化祭終わりの挨拶を聞いたりしていると、あっという間に下校する時間になっていて、俺は普段通り(・・・・)有栖と共に帰路についていた。




「――恋人って何するの?」


 大きく関係性が変わったはずなのに、普段と変わらない日常に有栖がそうつぶやいた。


 先程、有栖をこういう事に疎いと言ったが、俺もこういった経験は全く無いためどこまで距離を詰めていいのか、何をすればいいのか全然分からない。

 もちろんいきなりあれこれしたいなんて思わないし、有栖が少しでも嫌がるような事は絶対にしたくない。


 しかしだからといって何も進展が無く、それにがっかりした有栖に愛想を突かれるなんて事にはなりたくない。


「……手、繋がないか?」

「手?」

「これまでははぐれないようにとか理由があった時だけだったけど、そうじゃなくても繋ぐっていうのは……どう、かな」

「ん、繋ぎたい」


 このくらいなら前にも繋いだ事があるし、恋人であるなら普段から手を繋いでいても全くおかしくない。

 我ながらこの案を直ぐに思いついたのはナイスだと褒めてやりたい。

 

 左手を有栖の方に差し出すと、有栖は嬉しそうにその手を掴んで……そのまま指を絡めてきた。


「……あ、有栖さん?」

「これダメだった?」

「ダメじゃない……けど」

「ママとパパと手を繋いでた時こうするとあったかくて心地いいって思ってたから、優佑ともそうしたかったの」


 そもそも嫌な訳がなく、まさかいきなり恋人繋ぎ(・・・・)をされると思っていなくて心の準備が出来ていなかっただけだったのに、そんなことまで言われてしまってはなんだかむずがゆくて仕方がない。


 少し横に目をやれば、繋がっている手を見て幸せそうにしている有栖と目が合った。

 目が合った途端、にこっとこちらに微笑みかけてくれる有栖にドギマギさせられながらも、ここにある幸せを実感する。


 これまでもこれからもずっと自分の心を揺さぶってくる。

 ああ、これは一生勝てないなと思わされる笑顔がそこにあった。










次回、最終回です。

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