六二話 執事服を
「頼む優佑、20分、いや15分だけでも接客に回ってくれないか」
文化祭2日目の自分のシフト時間もそつなくこなし、これから有栖と合流して出し物を見て回ろうと思っていた時、入れ違いでやってきた隼人にそんなお願いをされた。
「……え、嫌だけど」
「そこをなんとか……急な生徒会の呼び出しで対応しないといけないことが出来てさ……」
「なら残念だが他の人に頼んでくれ、俺は今から有栖と文化祭回る予定があるんだ」
「じゃあ、その氷室さんに許可が取れたら良いか?」
「え?」
何故有栖に、と思ったのも束の間、気づけば俺の横にはクラスの出し物のシフトが終わったであろう有栖が来ていて、何やら隼人が有栖に話しかけていた。
「おい、一体何を吹き込んで――」
「――優佑、接客やって」
「……それは何故?」
なにやら期待の眼差しで俺の方を見ながら、接客をして欲しいと言う有栖。
「優佑の執事服見たい」
「……隼人?」
「いやいや、俺はただもし優佑が接客をやるのなら執事服を着る事になるし、氷室さんがお客さんとしてきたら接客くらい優佑がしてくれるかもね。っていう話をしただけさ」
「お前なぁ……」
有栖に接客をして欲しいと言われてしまっては俺が断りづらい事を分かっていて、わざわざその話を有栖に聞かせたのだろう。
全く厄介なことをしてくれたものだ。
「……だけど衣装が無いんじゃないか? 隼人が執事服を着ていたならまだしも着ていたのはメイド服だろ? まさか俺にメイド服を着ろと?」
「ああ、それなら心配いらないさ。ちゃんと執事服はある」
「……それはどこに」
「簡単な話さ、もし当日に衣装が使い物にならなくなったら大変だろ? だから予備があるのさ。少し大きめに作っておいて、後は着る人に合わせて裾を上げて縫うだけ、それなら急な事にも対応できるだろう?」
「……それはまた準備の良い事で」
最初から逃げ道は用意されていなかったようである。
これ以上何か言い合っていても他の接客担当の人の負担が増えてしまうかもしれないし、この無駄な時間を過ごすだけ文化祭を回る時間も減ってしまう。
「…………やればいいんだろ、やれば」
「さっすが優佑、お前ならやってくれると信じてたぜ」
「逃げ道を断っておいてからよく言うよ。それで、着替えは?」
「話は聞かせて貰いました、後は任せて下さい」
どこからともなく衣装担当のクラスメイトが出て来たかと思えば、裏方の方に連れて行かれる。
吞気に「頑張れよー」なんて言って手を振っている隼人には、後で何か奢ってもらう事にしよう。
有栖は……まあ喜んでくれるならいいかな。
「……それで、なんで俺に執事服を着させる事に前向き何ですか? 作業が増えて大変なだけでは?」
「いやいや、校内でもトップクラスの容姿にして成績も学年トップ、更には理事長の孫である氷室さん。そんな人と唯一仲良くしている人物が気にならない訳が無いでしょう? そんな人と少しの間でも関われるのであれば、このくらいはやります――じゃあこれ着てもらってもいいですか?」
当り前じゃないか、といった表情でそんな事を言う彼女。
言っていることは分からないでもないが、有栖は相変わらず芸能人みたいな扱われ方をされているのだなと実感する。
渡された執事服は確かにサイズが大きく、裾もダボダボだった。
それを彼女は器用に折り畳んで長さを調節すると、そこを糸でささっと縫い合わせる。
「20分程度ならこれで問題ないでしょう。さて、この状態で違和感なく歩けますか?」
「ああ、多分大丈夫です。ありがとう」
想像以上の手際の速さに少しびっくりしたが、どうやらこのクラスの手芸部員はレベルが高いらしい。
「いえいえ、彼女さんもお待ちですから早いに越したことはないでしょう」
「……彼女」
「あら、違いましたか? お会いした感じとてもお似合いですし、お付き合いされているのかと思いましたが……」
「……そうだと良いんですけどね」
自分でも弱気なのは分かっているが、かといって自分は有栖の横に相応しい人物だと言い張る自信も傲慢さも無い。
「気づいてないかもしれませんが、木戸さんと氷室さんはお似合いだと思って氷室さんを諦める人も多いんですよ? 月並みの言葉ですが自信を持ってください、そうでないと氷室さんも木戸さんも他の人に見つかってしまうかもしれませんよ」
「……それって?」
「いえ、なんでもありません。ほら、接客に行ってください、お待ちのお客様がいますよ」
「え、ちょっと、まだこの格好で人前に出る心の準備が……」
しかしそんな俺の言葉は届かず、お店である教室へと押し出されてしまった。
「お、木戸君の執事服似合ってるね、じゃあ早速だけどあそこの席の接客よろしくね」
そうしてクラスメイトに指示されたテーブルにはもちろん有栖……そしてそれに加えて瑠奈さんと麗奈さんまで一緒に座っていた。




