六十話 文化祭1日目が終わって
朝からなんやかんや大変な事もあったが、文化祭1日目は大成功に収まった。
うちのクラスの喫茶店は、イケメンメイドがいると噂になって急に女性客が大量に押し寄せてきたり、男子の一人がシフトの時間になっても戻って来ず仕事量を増やされたりと大変だったが、出し物としては成功に終わったと言っても良いだろう。
ただそれでも少し物足りなさを感じたのは、有栖が横に居なかったからだろうか……
「一日中ボーっとしてる事が多かったな? まあ理由はなんとなく予想がつくけど」
「別に、思ってたよりも仕事が忙しくて疲れただけだ」
「そうかぁ? 俺はてっきり、一緒に回る約束をしていた氷室さんが文化祭に来てないからかと思ったけど?」
ニヤッとした表情で「どうだ、図星で言葉も出ないだろ」と言ってくる隼人。
実際、間違ってはいないので否定の言葉を出せなくて、隼人に言い当てられたのがムカついた。
「……まあ、それもあるかもだけど」
「お、デレた」
「隼人、明日の文化祭には出たくないみたいだな?」
「冗談じゃないか、じょ・う・だ・ん」
俺が握りこぶしを作ると、「どうどう、落ち着いて」となだめようとしてくる隼人にイラッとしたので、本当に明日来れなくしてやろうかとも思ったが、俺の良心がギリギリ留めてくれた。
隼人は俺の良心に感謝してほしい。
「それで、氷室さんは何かあったのか? ……まさか、優佑がいきなり襲い掛かってきてショックで寝込んじゃったとか」
「んなわけあるか! ……有栖は昨日から熱出して休んでるんだよ」
こいつの腹なら一回くらい殴っても誰にも文句は言われないのではないだろうか。
……川口さんに後で許可を貰って殴らせてもらおう、そうしよう。
「なるほど、それで文化祭が終わった今からお見舞いに行こうって思ってるわけだ」
「……ああ、今朝はしんどそうにしてたからマシになってるといいんだけど……」
「今朝? ……まさか…………同棲?」
俺は学校を出て有栖の家に向かっていた。
隼人? そんな人は知らないが、もしそんな名前の人が学校にいたとしたら、今頃はお腹をさすりながら帰っている事だろう。
大丈夫、運動も特にしてない俺の拳なんて、毎日腹筋をしていると豪語していた隼人にはそう効いてはない。
そんな事はさておき、有栖の家に来たのはもちろんお見舞いに来たのもあるが、もう一つ用があるからだ。
有栖を置いて出て来た時に鍵を閉めるために借りているので、それを返しに行かなくてはならない。
「熱下がってると良いけど……」
今朝は無理をしたせいか、かなりしんどそうにしていたので心配だ。
勝手に鍵を使って家に入って良いとは言われたが、それはなんだか憚られるのでインターホンを押す。
……が中から反応は無い。という事はおそらく有栖は寝ているか、出られないほど症状が悪化しているか……
後者ではない事を祈りながら鍵を使って家に入る。
家の中はしんとしていて、人が行動している様子はない。
だとしたら寝ている可能性が高そうだ。
問題なのはここで有栖の部屋に寄ってから帰るかどうか……
俺が部屋に入れば起こしてしまう可能性は高いし、今朝の事故の二の舞を演じる事になってしまうかもしれない。
単純に少し気まずいというのもあるが、果たしてどうするべきか……
そんな事で迷っていると、二階の方から足音が聞こえてくる。
その足音はトン、トンとゆっくりこちらの方に向かって来ていて……
「……優佑?」
リビングにやってきた有栖は今朝に比べて顔色が良くなっていて、足取りもしっかりしていた。
「あ、有栖起きてたのか。……体調はどうだ?」
「……結構元気になってる、と思ったから体温計取りに来た」
「それは良かった……計り終えるまで俺もここいても良いか?」
有栖はこくりと頷いてくれたので、リビングの椅子に座って待たせてもらう。
熱を計っている間会話は無く、二人の間に沈黙が訪れた。
どうか平熱にまで下がっていて欲しくて、たった数分で計り終えるはずなのにソワソワしてしまう。
ピピピピッという体温計の音が数分の静寂を切り裂いた。
「……!」
「どうだった……?」
「……ん」
こちらに体温計を嬉しそうな顔で向けてくれる有栖。
そこには……37.2°と表示されていて、平熱とまではいかないが、確実に熱が下がってきていることを示していた。
「おお、良かった……」
「ん、明日は大丈夫そう……かも」
確かにこのまま熱が下がってくれれば、病み上がりになるとはいえ明日文化祭に出ることも可能だろう。
二人してホッと一安心していると、どこからか『くぅー』という音が聞こえてきた。
一体何の音だろうと辺りを見てみると、何故か有栖の顔が赤くなっている。
熱はあるにしても先程までそんなに赤くなっていなかった事と、今日一日中寝ていた事を考えると……
「……お腹、空いたのか?」
「…………ん」
朝は食欲がないと言っていたし、おそらく今日はほとんど何も口にしていなかったのだろう。
熱も下がってきてホッとした事もありお腹が鳴ってしまったのも仕方がない事だ。
「なにか作ろうか? お粥とかうどんとか」
「……お粥、食べたい」
「了解、じゃあキッチン借りるよ」




