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五九話 看病と事故



 いくら有栖と俺の家が近いとは言っても、歩いて5分程度かかる道を誰にも見られずに通る事は休日の朝であっても難しい。

 現に犬の散歩をしているおばあさんや、ジョギングをしている男の人、小さい頃何度か遊んでもらったことのある近所のおじいさんとすれ違い、全員からもれなく微笑ましそうな視線を頂いた。



「……優佑、やっぱり恥ずかしいから降ろして」

「こうしないと逃げちゃうかもしれないだろ?」

「……今日は、絶対休む」

「約束な」


 熱のせいか、それともこの状況があまりにも恥ずかしかったのか、有栖の顔は真っ赤になっていた。


 自分にお姫様抱っこされるのが嫌だったのだとしたら申し訳ないし、有栖のいう事を信じてそっと腕から降ろす。

 しかし上手く力が入らなかったのか、有栖は降ろした瞬間に足がよろけて俺の方にもたれかかる。



「嫌じゃないなら俺の方に体重預けて楽にしてくれていいぞ」

「……ごめん」

「病人なんだから無理しなくていいんだ、ほら後少しで家に着くから頑張れ」




 家に着いてドアを開けると、有栖は限界だったのかそのまま玄関で座り込む。


「自分の部屋までは頑張れ、もう動けないっていうなら靴も脱がすし、運んでやるから」

「……ん」


 頑張って靴を脱いだ後に座ったまま両手を広げる有栖、運んでくれという事だろう。


 まるで親に抱っこをねだる子供のように見えたが、前から抱っこする勇気は俺にない。

 有栖に背を向けてかがんでやると、首の前に手が回されて背中に重みが乗っかってくる。



 背中に熱を感じながらゆっくりと落とさないように階段を登って、この前入った有栖の部屋までゆっくり歩いて扉を開ける。

 部屋の中はこの前と全く変わっていなかったが、今朝まで着ていたであろうパジャマだけが床に落ちている。


 とりあえずさっきよりもかなりしんどそうにしている有栖をゆっくりとベッドに降ろしてやる。



「朝の薬は飲んだか?」

「……まだ」

「どこにある?」

「……リビングのつくえ」

「食欲はあるか?」

「……今は、ない」

「了解、じゃあ俺は薬と飲み物取ってくるから、有栖は服だけ着替えて寝ててくれ」



 俺は薬と飲み物を取ってくるだけなので時間は全然かからないが、あの様子だと着替えるのに少し掛かるだろう。


 とりあえず待っている時間に自分が学校に遅れる事を担任に連絡しておく。

 本当ならこのまま看病したいところだが、そうするとシフトの関係上クラスメイト全員に迷惑が掛かってしまう事になる。

 しかし幸いにも俺のシフトはもうしばらく後からなので、少し遅れる程度なら問題ない。



 担任の先生から遅れる事への了承を得て、薬と水の入れたコップを持って有栖の部屋の前へと戻る。


 コンコンとノックするも中からの返事は無い。

 万が一着替えの途中に鉢合わせてはいけないので、もう少し待ってからノックをする……が返事は無いし、扉越しではあるが物音も中から一切しない。



(……はて、入っていいものか……)


 一応部屋を離れてからもう10分は経過しているし、流石に着替え終わっていると思いたいが……



「……入るぞ」


 有栖にとって最悪の事故が起こらないようにそーっとゆっくり扉を押して中を見る。



「寝てる、のか」


 家に返って来た時点でとっくに限界だったのだろう。制服は床に脱ぎ散らかされていて、布団もかぶらないままに有栖はベッドに横になっていた。

 


「布団かぶらないと冷えるぞ……っ!?」



 暑いかもしれないが身体が冷えて悪化してはいけないので、布団をかけようと有栖に近づいたことによって……ボタンが途中までしかが止められていないパジャマの隙間から、俺には見えてはいけない水色の布が見えてしまった。


「悪いっ……」


 すぐさま目を思いきり閉じてその場を飛びのく。


 有栖が寝ていて聞いている訳でも見ている訳でもないし、俺だって故意に見ようとしたわけでもない。それでも見えてしまった事には変わりないので独りでに謝る。



 今度は横を向きながら、絶対にそちらを見ないようにして布団をそっと肩までかけて、事なきを得た。

 


「……なんかドッと疲れたな…………」


 今日はまだまだこれからだというのに、一日中動き続けたような疲れがやってきた。

 壁に掛けてある時計を見ればもう8時半を過ぎようとしていて、ここから急いで学校に向かってもスタートには間に合わないのは確実だ。



「起きた時に経口補水液とか汗拭く用のタオルとかあった方が良いよな……」


 恐らく英一郎さんが昨日の間に準備していると思うが、勝手に人の家を物色するのも憚られる。



「どうせこれ以上遅れても、俺が出し物回る時間が減るだけだし買ってくるか?」



 どうしようかと、とりあえず床に落ちている制服を畳みながら悩んでいると、俺の独り言がうるさかったのか、それとも単純に寝心地が悪かったのか、有栖が「……んんぅ」と小さく声を出しながら目を開けた。



「ごめん、起こしちゃったか」

「……んーん」

「今のうちに何か欲しいものあったら買うかとってくるけど、何かあるか?」

「…………水、欲しい」

「それならさっき薬と一緒に持って来てるから……ほら」


 邪魔にならないように横の机にどけていた水の入ったコップと薬を、ベッドの横に持って行く。


 そして有栖はそれを飲もうとベッドから起き上がって……


「……!?」


 またしても事故が起きた。


 







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