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五十話 有栖と豊谷さん



 その日を境に俺は同じクラスの人に話しかけられるようになった。

 男子からはどうやって仲良くなったのかだとか、付き合っているのか、等々思っていた通りの質問ばかりだった。

 少し意外だったのは女子の方で、基本的に好印象を持っている人が多く、なんなら応援までしてくる人が出て来たくらいだ。


 もちろん全員が全員そういう訳ではなく、こちらを睨んでくるような人や、明らかに陰口を言っている人も見かけた。



 しかし今の所実害が出ている訳でもなく、以前と違って味方も一人だけではない。

 そもそも今まで学校ではモブのような存在だったので、話しかけられる回数が増えただけで特に困るような事も無かった。




「なんで思ってたより大丈夫なんだろうな?」

「んー、あれじゃないか? 今まで無表情を貫き通していた氷室さんが、偶にとはいえ優佑と話してたら表情変えてるし、それが見れて嬉しいとか? まあ俺もよく分かんないけど、最悪の方向に向かなくて良かったじゃないか」

「それもそうだけど……心配なのは有栖の方なんだよな、絶対色んな人から話しかけられると思うし……」

「そんなに心配なら会った時に聞けばいいだろ? というかそこまで心配するならとっとと告白しろ、女々しいぞ?」



 そんな事言われなくても……と言いたいところだったが、俺が日和っているのは間違いないし、言い返す言葉も無かった。







 昼休み、恒例となった食堂に俺は一人で向かっていた。

 というのも隼人は生徒会で何かあるらしく、別に一緒に来ないといけないルールも無いので、まだ有栖が来ていないいつもの席に一人で座った。


 そのまま少し待っていると、有栖……と豊谷さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えてきた。


「私もお邪魔していいですか?」

「まあ有栖が良いなら」

「じゃあ今日から偶に来るのでお願いします」

「こちらこそお願いします?」


 お願いしますというのも変な気がするが、有栖が良いというのなら問題ない。

 しかしその肝心の有栖はなんだかムスッとして機嫌が悪そうに見えるのだが……


「もう何かあったのは気付いてると思いますが、少しクラスで揉めまして有栖さんの機嫌が悪いんです。私が仲裁してなんとかその場は収まりましたが、有栖さんの機嫌までは直せず……木戸先輩どうにかなりませんか?」

「どうにかなりませんかと言われても……そもそも状況もよく分かってないんですけど……」


 やはり思っていた通り有栖の機嫌は斜めの様だった。


「そうですね、クラスの空気の読めない調子に乗った男子がつい先ほど有栖さんに話しかけたんです。「あんな奴より俺と友達にならないか」と」

「あー……なるほど」

「もちろん有栖さんはそれに対して怒りまして、それで……」



 ……仮にも先輩の事をあんな奴というような人と有栖が仲良くしたいと思う訳もなく、下心で近づいてきた男子を、いつもに増して無表情で一刀両断したのだろう。何となくだがその光景が目に浮かぶ。


 

「――優佑の事を何も知らないのに悪く言うような人は嫌い」


 どんまい、名も知らぬ後輩よ。君の一目惚れ(勝手な想像だが)はたった今終わった。


「その程度俺は全く気にしないからいいんだけど、むしろ有栖は大丈夫だったか? 逆ギレされたり変な事されたりしなかったか?」

「……ん、舞香が間に入ってくれたから」

「そっか、ならよかった。俺の事で怒ってくれるのは嬉しいけど、そういう事言ってくる人にわざわざ怒ったりしなくてもいいからな?」

「でも…………分かった、次からは相手しない事にする」


 理解してくれたようで良かった。

 それにしても分かっていたことだが、やはり俺のせいで有栖に厄介な人が寄ってきてしまった。

 顔は変えられないにしても、もう少しオシャレに気を遣ってみるべきなのか……




「というか豊谷さんの事名前で呼ぶようになったんだな」


 さっきは会話の流れを切らないために反応していなかったが、有栖は豊谷さんの事を「舞香」と呼んでいた。

 逆も然り、豊谷さんも有栖の事を氷室さんではなく「有栖さん」と呼んでいた。 


「ん、多分悪い人じゃないから、ちょっとお話するようになった」


「多分悪い人じゃないって……そこは言い切って欲しかったなぁ」

「だってまだ全然話したこと無い」

「そ、それはそうだけど……」


 この様子なら二人は仲良くなっていきそうだ、変に有栖の事を傷つけるような事も無さそうだし、クラスで孤立するような事も無さそうなのでひとまず安心できる。


「有栖の事お願いします……って俺が言うのも変な話ですけど」

「お願いされました、木戸先輩がいない時は私が有栖さんを守ります」



(こうして有栖にも同級生の友達が出来たと思うと少し感慨深いものがあるな……)



「むぅ……」

「どうした?」

「……二人で楽しそうに話してるのズルい」


「ごめんね有栖さん、私邪魔だったかしら……」

「そうじゃない、けど――」



 わざとらしく「ヨヨヨ……」と泣きまねをする豊谷さんに、少しあわあわとしてさっきの言葉を否定する有栖。

 


 そんなこんな仲良くしている二人を見ていたら、昼休みはあっという間に終わっていた。








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