四五話 優佑の過去
小学生の頃はどちらかというと明るい方だったと思う。
運動はそれほどこの頃から特筆したところは無かったが、頭は良くて授業中はよく手を挙げたり、分からない子に教えてあげたりもしていたし、交友関係もそこそこ広く、放課後は友達と外に遊びに行く事も何度もあった。
我ながら今では考えられないようなアグレッシブさがあったと思う。
あれは確か6年生の2学期が始まった頃だった。
学年で一番可愛いと噂されている子、仮にAさんとでも言おう。そんな子に放課後に呼び出されたことがある。
Aさんとの関りは数回勉強を教えたことがある程度で特段仲が良いという事も無かった。
その当時は、何か分からないところでもあって聞きたいのかな? なんて思いながらその子が指定した場所に向かっていたと思う。
告白された。
人生で初めて異性から好きだと言われた。
まさかそんな事を言われるなんて全く思っていなかった。
自分の容姿に自信があった訳でもないし、何よりAさんに好かれるような事をした覚えは全くなかった。
そしてその時、俺はミスをしてしまった。
Aさんの事は確かに可愛い人だとは思っていた。でも、内面を知るほど関わりも無かったし、そんな事を考えたことが無かった当時の俺は付き合いたいと思わなかった。
「ごめん」と、そう一言だけ言ってしまった。
するとみるみるうちにAさんの目尻には涙が溜まっていき、遂にはその場で泣き出してしまった。
あの時、断るにしても言い方をどうにかしていれば良かったのか、それとも付き合っていれば良かったのか……今になっても正解はよく分からない。
ただ、その事を目撃していた人が居たのか、はたまたAさんが言いふらしたのか。
次の日には、俺がAさんをこっぴどく振って泣かせたという話だけが広まっていた。
そこからはAさんが正義で俺が悪という簡単な構図が出来上がった。
元々人気がとても高かったAさんだ、そんなAさんに告白された挙句振って泣かせたのだから、男子からも女子からも言われる批判は凄まじいものがあった。
ちょっと勉強ができるだけで調子に乗っている、元から気に食わなかった、何でお前なんかが……等々日頃の鬱憤を晴らすかのごとく、散々な言われようだった。
ちなみに当事者のAさんはというと、それを否定する訳でもなく肯定する訳でもなく、俺のことは話したくないとだんまりを決めていたそうだ。
まあそれも後から隼人に聞いた話だが……
その出来事以来、いじめとまではいかないが無視されるようになった。
すれ違えば舌打ちをされるし、睨まれるような事は多々あったが、暴力や物を壊されるような実害が無かっただけまだましだと言えるだろう。
学校での居心地は正直言って最悪だった。
先生もこの事には誰も触れないし、俺もこれを大ごとにして家族に心配をかけたくなかったから、誰かに助けを求めるような事はしなかった結果、卒業するまでこれが改善される事も無かった。
今まで仲良くしていた人も、無視したり明らかに敵意を見せたりしてくる人もいれば、気まずそうに顔をそらす人も居る中、唯一関わりを絶たないでいてくれたのは隼人だけだった。
隼人が言うには「どう考えても話が盛られ過ぎている、俺は優佑を信じる」との事。
そればかりか、隼人は俺のある程度の頭の良さを見込んで自分と同じ中学受験の道を示してくれた。
このまま中学校に進学すれば、この状態が更に3年は続くことになる。俺としてもそれは避けたかったので、両親に無理を言って猶予は半年も無いが受験することを決意した。
俺が本当の意味で人と関わりを絶たないで居られたのは、隼人という友人の存在があったからだ。
もし隼人が居なかったらどうなっていたかなんて考えたくもない。
受験はというと必死に頑張った成果もあり、隼人と共に合格。この劣悪な環境から抜け出すことが出来た。
といっても中学では無意識に周囲と壁を作っていた事もあり、友達と言える人は誰一人として作る事も無く、恐らく誰の記憶にも残ることのない生徒Yとして卒業したが。
「――後は知っての通り、高校では有栖と友達になるまで特になんにも無かったかな」
「……」
「過去の事はまったく気にしてないって言ったら嘘になるけど、でも今はあの頃とは違って凄く充実してるって思うし、何より大切な友達も増えたしな」
今日有栖が家に来たときの不安な気持ちとは裏腹に、今はなんだかスッキリとしていた。
なんならそういえばこんな事もあったな、と懐かしんで話していたくらいだ。
「……優佑は、辛くないの?」
「んー、確かにあの時は結構ショックで落ち込んでたけど……でもこれのおかげで本当に大事にするべき友達は見つかったし、アレ以降上辺だけの友達を作らなくて済んだって考えると、今なら良かったんじゃないかって思うよ」
これは紛れもなく本心だ。
そういう意味では、関わりを持つべき人をふるいにかけられたという点であいつらに感謝してもいい。
「……嘘」
「嘘じゃないよ、今じゃ何とも思ってない」
「嘘、じゃあなんで優佑は苦しそうな顔してるの?」
「……え?」
そんな指摘をされて咄嗟に手を頬にやる。
そして無意識のうちに歯を食いしばっていた事に気付かされた。
「……は? なん、で……」
「辛くない訳ない。優佑、今までこの話誰かにしたことある?」
「……無い」
こんな話、誰にでも言える訳が無い。
「もう全部、吐き出していいん、だよ?」
「……」
「我慢しなくていい、私は優佑の力になりたい」
そこまで言われて、俺の気づかぬうちにギリギリまでいっぱいになっていた感情ダムは決壊した。
――ただ告白を断っただけじゃないか――
――向こうが告白してきておいて悪者になるのが俺だけなんて意味が分からない――
――調子に乗ってるってなんだよ、俺は何も悪い事なんてしてない――
――――俺は告白されることなんて別に望んでなかった…………
――――――誰にも本心が打ち明けられなくて辛かった………………
――――――――もう少し楽しい学生生活が送りたかった……………………
「…………なんで、俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ……」
全部言い切った時、俺は柔らくて優しい温もりに包まれた。
一瞬理解が追い付かなかったが、どうやら俺は有栖の胸に抱き寄せられたようだ。
「……小さい頃、何かあったらいつもママがこうしてくれた。――優佑はすごく頑張った、だからもう我慢しなくていい」




