四四話 不慮の事故
今日は生憎早朝から雨が降っていた。
有栖には10時頃に家に来てもらう予定であったが、雨なので迎えに行こうかと提案したところ大丈夫だと断られてしまったので、当初の予定通り家で待つことになった。
10時に近づくにつれて少しずつ鼓動が早くなってきている気がする。
早く有栖に来て欲しいようでまだ来て欲しくないという矛盾に陥っていると、玄関のインターホンが鳴った。
玄関へと向かい、鍵を開けて、一つ息を吐いてからドアを押し開けるとそこには……びしょ濡れの有栖が居た。
「へ?」
素っ頓狂な声が出てしまったのも仕方ないだろう。
なにしろ緊張した状態で今から過去を打ち明けようとしていた相手と対面するかと思いきや、その相手が水浸しになっているのだから。
一瞬思考が停止していたのも束の間、このままでは有栖が風邪をひいてしまう事に気が付く。
「何があったのかは後で聞くから、とりあえず早く入ってシャワー浴びてくれ」
「……ごめん、ありがとう」
差してきたであろう傘は致命的なダメージを負っている様子もなく、ならばなぜこんな事に……と思ったが原因究明よりもまずは体を温める方が先だ。
廊下が濡れたのは後で拭くとして、すぐさま有栖を風呂場へ直行させる。
先程までソワソワする気持ちを紛らわせる為に何となく風呂掃除をやっていて正解だった。
お湯は、流石にこんな事が起こると予知できるわけも無く溜めてないので湯船に浸かる事はできないが、びしょ濡れになってからそう時間も経っていないだろうし、しっかりシャワーを浴びて体を冷やさないようにすれば風邪をひく事も無いだろう。
「……服どうしたらいい?」
「あー……俺のやつで良かったらサイズは大きいだろうけど貸せるけど、その…………下着は無事か?」
「……ん」
「じゃあ服は素材とか大丈夫ならネットに入れて洗濯機を回すから、……残りは俺に見えないところの棚にでも置いておいてくれ。後でタオルと着換えだけ持って脱衣所に行くから」
「……ありがとう」
お互いに顔が見えない状態で良かったと心から思う。
そうでなければこの気まずさに耐えられなかっただろう。
とりあえず足早にこの場を離れてバスタオルと着替えになりそうな服を取りに行く。
とりあえず家に居る間だけ着られれば問題ないので、着やすそうなパーカーとウエストが絞れるズボン、そしてバスタオルを手に取る。
後は心を無にしてそれを脱衣所にまで持っていくだけだ。
「かごに全部入れとく、シャンプーとかボディーソープとか自由に使ってくれてもいいから」
とだけ言って、なるべく何も見ないようにしながらシャワーの音が聞こえる脱衣所から全速力で逃げる。
「はあ……」
なんだか一気に疲れた気がする。
静かにしていると奥の方から雨の音か、それともシャワーの音か分からない音が聞こえてきて落ち着かないので、普段家では使わないイヤホンをスマホに差してうるさいくらいの音量でラジオを再生する。
有栖が家に来るまで感じていたドキドキが、違うドキドキに変わってしまった気分だ。
「――シャワーありがとう」
「え、ああ」
ほどなくしてだぼだぼなパーカーと何度も裾を折ったズボンを着た有栖が出てきて、俺が座っているソファーの横にちょこんと座った。
有栖の方からふわっと家で使っているシャンプーのような匂いが鼻をくすぐるのがどうにも落ち着かなくて、とりあえず話をを振る。
「寒くないか?」
「ん、大丈夫」
「なら良かった、……それにしてもここに来るまでに何があったんだ?」
「……優佑の家に着くちょっと前にトラックが私の横にある水溜りの上を通ったの」
「……ああ」
つまりその水溜りからしぶいた水が不幸にも有栖を直撃してしまった、という事だろう。
「ごめんな」
「……どうして?」
「だって俺が有栖を家に呼んでなければこんな事にならなかっただろ? せめて日を変えてれば……」
「それは優佑のせいじゃない、それに……優佑の服が着られたのは新鮮で楽しい、よ?」
とにかく俺が悪くないという事を言いたかったのだろう。
余った裾を顔まで持って行ってすんすんと匂いをかぎながらそう言う有栖に、俺はなんだかいたたまれなくなった。
「……えーっと、とりあえず温まる飲み物持ってくる」
「ん、分かった」
都合のいい言い訳を探して、キッチンにまで逃げる。
今までにも家に有栖が来る事は何度もあったのに、今日は初めて家に有栖が来た時よりも緊張してどうにかなりそうだ。
果たしてそれが過去を打ち明けようとしているからなのか、それとも有栖が自分の家でシャワーを浴びて自分の服を着ているからなのか……
「……深く考えるのは止めよう」
一人でいろいろ考えていたらなんだか良くない気がしたので、サクッとココアを2つ作ってキッチンからリビングに戻ることにする。
「ココアで良かったか?」
「ん、ありがとう」
「結構熱いから火傷は気を付けてな」
片方のマグカップを受け取った有栖は、ふうふうと息を吹きかけ少し冷ましてからひとつ口を付ける。
「……おいしい」
「そりゃあ良かった」
「……不慮の事故もあってちょっと遅くなっちゃったけど、今日元々予定してたこと、聞いていい?」
「そうだな、じゃあつまらないかもしれないけど聞いてくれ――」




