四三話 怒る事もある
そんなこんなで帰り道、今日一日で色々と楽しい事や驚く事があった話をしながら有栖と歩いていたが、やがて話題は猫カフェの時に出会った豊谷さんの話に移った。
「――俺も人のこと言えたもんじゃないけど、クラスで一人くらいは話せる人作っても良いんじゃないか?」
「……なら優佑が一緒のクラスだったらよかった」
「そりゃあ俺ももしそうだったら嬉しいけど、もしそうだったとしてもパッとしない俺なんかが有栖と話すのは絶対に反感買うし残念だけど無理なんだよな」
「……」
最近でこそ学校外で一緒に居る事に慣れてきたが、それは同級生や学校の人達がすぐ近くに居ないからだ。
今回の豊谷さんはそういった事は何も言ってこない人だったし、そういう人達だっていっぱいいるだろうが、俺が有栖と学校で隠しもせずに仲良くしていたら沢山の男子から、調子に乗っている、何でお前なんかが……と反感を買う事は間違いないだろう。
俺がイケメンであれば問題ないのかもしれないが、残念ながら俺の顔は可もなく不可もなく少し目つきが悪いだけで普通だ。
特に取り柄のない俺なんかが関わってしまえば、もしかしたら有栖まで悪く言われてしまうかもしれない。
「それに俺なんかが――」
「――優佑」
「ん、どうした?」
「それ以上言ったら私怒る」
それは静かな圧。
普段と変わらない決して大きくない声だったが、それでも有無を言わさぬ声だった。
表情は普段以上に動きが無く、こちらからは何を考えているか全く分からない。
「えっと、ごめんなさい……」
「なんでか分かってる?」
「……分かりません」
もうすぐ有栖の家にたどり着きそうだった二人の足が止まる。
「……私も人の事言えないかも知れないけど、優佑は自分で自分の事全然分かってない」
「……」
「さっきから「俺なんかが――」って自分の事を卑下してばっかり。優佑がなんでそんなに自分に自信が無いのか私にはまだ分からない、でも私の大切な友達を悪く言うのは私が許さない」
「…………」
確かに今までを振り返れば自分の事を卑下したような発言は多々あった。
意識してやっていたというよりは無意識にやってしまっていたという方が正しいだろう。
いつからそうなっていたかは覚えていないが、もしかしたら自分を卑下するのはある意味癖になっていたのかもしれない。
有栖の言う通り、自分の大切な友達が悪く言われていたら俺だって間違いなく怒る。
それが他者から言われたものではなく、自分で自分の事を卑下していたとしても、だ。
もし有栖が「私なんか」「私なんて」などと言い出したら、そんな事は無いと否定するし、そんな事を言うなと怒るかもしれない。
つまり有栖が言っているのはそういう事なのだ。
「――ごめん、俺が良くなかった」
「分かってくれたらいい」
俺が反省したのが伝わったのか、その時には既に有栖は普段通りに戻っていて、再び歩き出した俺たちは少しの間無言であったが、気まずいと思う事はもうなかった。
「……なあ有栖、明日って時間あるか?」
「ん、朝からいつでも大丈夫」
「じゃあ明日の朝、家に来て欲しい」
「分かった」
その約束を取り付けた時にはもう有栖の家までたどり着いていて、俺と有栖はそこで今日は別れた。
家に帰ってからは特に普段とそこまで変わった事も無く、時間も無いので夕飯を買ってきて食べ、風呂に入り、テレビをボーっと見て、ゲームを少しプレイして、布団に入った。
「……ふぅ」
さっきまでは何かしら行動していたから悩みを頭の隅へと追いやることができていた。
しかし布団に入り目を閉じれば、少しの恐怖と不安が襲ってくる。
俺は明日、有栖に過去を打ち明けるつもりである。
有栖なら絶対にそんな事は無いと分かっていても、幻滅されないだろうか、嫌われないだろうか、キモがられないだろうかという気持ちがどうしても心の内から湧き上がってくる。
有栖の過去を俺が知った時の有栖も今の俺と同じような事を思ったのだろうか。
怖い、今の心地良い関係性を壊してしまうかもしれないという事が。
もし、万が一、億が一にでも有栖が離れて行ってしまったらと思うと、やっぱり打ち明けるのは止めてしまおうかと考えてしまう。
……でも、有栖は過去を話してくれて、俺はずっと話さないというのは何だか不公平だと思った。
有栖は俺の為に本気で怒ってくれた。
……有栖は俺から離れないで居てくれるだろうか。
有栖は俺の事を大切な友達だと言ってくれた。
有栖は……有栖ならきっと大丈夫、信じられる。
そんな事を考えていた俺は、気づいたら睡魔に負け眠りについていた。




