四一話 遭遇
「氷室さん、だよね?」
「……あの、どちら様ですか?」
どうやらこの人は有栖の事を知っているようだが、急に話しかけられた有栖の方は誰だか分かっていないようでポカンとしている。
赤みの少ない茶髪をショートカットにしてボーイッシュな感じながらも、女子力が高そうな格好をしている。明らかにクラスでも中心に居そうな人を名前こそ覚えていなかったとしても顔くらいは見覚えがありそうなものだが、有栖は本当に誰だか分かっていなさそうだ。
かといって知らないからと無視するのもよろしくないので俺が代わりに言葉を返した訳だが……
「あ、ごめんなさい。私も氷室さんと同じクラスの豊谷舞香って言います。えーっと……あなたは……氷室さんの彼氏さん、ですか?」
「いやいや、俺はそんな大層なものじゃなくてただの有栖の友達で木戸優佑って言います。学年は一つ上だけど有栖とは委員会が一緒で偶然仲良くなったってだけだよ」
「…………それにしては距離感があまりにも近いような……」
「ん? 何か言いました?」
「い、いやなんでもないです」
ボソッと何か言ったいたように思ったが、俺の思い過ごしだったらしい。
というよりも、俺と有栖が恋人だなんてそんな訳が無い。確かに有栖は美少女だし彼氏の一人は居てもおかしくないだろうが、その相手が俺みたいなやつな訳が無い。
どう考えてもつり合いが取れてないし、邪推される相手が俺というのは有栖にも可哀想だろう。
それはそうと、先程から俺の腰辺りにペチペチと何かが当たっているのだが、パッと見たところ猫では無いようで……
「……有栖? 猫じゃらしで俺の事叩くのはやめない?」
「……」
「おーい?」
「……」
呼びかけても有栖は無言のまま猫じゃらしで俺の事をペチペチ叩き続ける。
「――あははっ、氷室さんって思ってたより面白いのね」
そんな有栖の行動が面白かったようで、豊谷さんはけらけらと笑っている。
有栖もまさかそんな事を言われると思っていなかったようで、ペチペチと俺の事を叩いていた手が止まっている。
「ところで当初の目的が達成できなくなりそうだけど大丈夫?」
「へ?」
「ほら、俺の膝に乗ってた猫、のそのそとどこかに行きそうだけど……」
「あっホントだ、えーっと失礼しますね! 氷室さんも、また学校で会いましょうね」
そう言って豊谷さんはその猫を追いかけて俺達のところを去っていった。
「……嵐みたいな人だったな」
「ん、急に来たと思ったら居なくなった」
「ちなみに全く見覚えなかったのか?」
「…………もしかしたら隣の席……だった、かも?」
なるほど、どれだけ有栖がクラスの人と関わってないかよく分かった。
「まあ一旦それは置いといて、とりあえずここに居られる時間も制限があるんだし、せっかく猫だけじゃなくてカフェでもあるんだから何か飲んでみるか?」
置いといていいかどうかは少々よろしくない気もするが、それはここを出てからでも何とかなるだろうという事で。
「どんなのがあるの?」
「んー……お、これとかどうだ?」
「……ラテアート?」
メニュー表を見ていると写真付きで一際目立っているものがあり、そこに目をやれば猫のラテアートがあった。
「写真を見る感じ可愛いし、せっかくだからどうだ?」
「……でも苦い?」
「あー……確かにミルクを入れるとはいえもしかしたら苦いかもしれないな。もし苦かったらラテアートを壊すことにはなっちゃうけど、砂糖を貰ったら多分大丈夫だとは思う」
飲み手によって苦いと感じるレベルは違うので何とも難しい所ではあるが、最終手段として砂糖を投入すれば何とかなるだろう。
「……じゃあ私もそれにする」
「了解、じゃあ注文するぞ」
店員さんに聞いてみたところ苦ければ砂糖もご用意いたしますとの事で、これなら有栖も一安心だろう。
机の近くに寄ってきた猫と少しじゃれながら待っていると、注文していた物が届いた。
目の前に置かれたコーヒーカップには、ミルクフォームによってつくられた丸まって寝ている猫が乗っている。おそらくココアパウダーなどで顔が描かれているようで、思っていた以上に可愛くて飲むのが勿体ないような出来栄えだ。
後で自分達が見るだけでなく、鈴音にも送ってやろうと写真でいくつか撮ってからそれに手を付けようとしたのだが、それと対称的に正面に居る有栖の手が止まっていることに気が付いた。
「どうしたんだ?」
「……可愛いから勿体なくて飲めない」
どうやら俺と有栖で少し絵柄が違うらしく、有栖の方はコーヒーカップの縁に手を付けてこちらを見ている猫が描かれている。
おそらくこちらを見ているその目にやられてしまったのだろう、苦いとかそういったこと以前にそもそもコーヒーカップに手を付けられないでいる。
「写真は撮ったか?」
「ん」
「飲むの躊躇うのは俺も分かるけど飲まない方が勿体ないし、それにもしそんなに見たかったらまた今度一緒にここに来よう」
「……ん」
有栖もそれで決心つけたようで、ようやくコーヒーカップに手をかけた。
俺もコーヒーカップに口を付け一口飲む。基本的にコーヒーはブラックが好きで牛乳や砂糖などは入れない事がほとんどだったが、これも珈琲の深い味わいとミルクが合わさって美味しい。
甘くは無いが、苦すぎる事も無くそのままぐびっと飲めてしまった。
ちなみに有栖はというと、口を付けた瞬間少し顔を歪めてはいたものの、思っていたよりも大丈夫だったのか砂糖を入れる事無く最後まで飲むことが出来ていた。
その後は残り時間を猫とじゃれて遊んだ。
先程のモカが今度は俺の肩を登ろうとしたり、白い毛並みの猫が有栖の持っていた猫じゃらしを横から盗んでいき、びっくりした有栖の顔が見れたりと、楽しいひと時を過ごすことが出来た。




