四話 友達ということ
「……全然人来ない」
「まあ今日は委員会やってるし、終わっても帰るか部活があるって人が多いんじゃないかな。まだテストが近い訳でもないし、しばらくは本が好きな人以外は来ないと思う。あくまで去年からの経験則だけど」
「じゃあしばらく暇?」
「そうとも言うね」
しかし去年と違うのは1人じゃなくて2人でこれをやっているという事。
人と会話しながらだと全くと言っていいほど面倒くささが違う。これなら2時間程度ならなんとかなるだろう。
「……ふぁ」
「眠いの?」
そういえばさっきまで色々あったせいで忘れていたが、今日は寝不足気味だったのだ。
周りからの鋭い視線がなくなった事と寝不足だったことを思い出したことによって眠気が一気に襲ってくる。
「ちょっと昨日寝るのが遅かっただけで特には問題な――」
「嘘」
「……だとしても学校から帰るまでは大丈夫だから」
「今日は人ほとんど来ないなら寝ても大丈夫。来ても私が起こす」
でも初日から先輩である俺が寝る訳には……
そう口に出そうとして、そこで俺の意識はプツンと切れた。
わぁ、知らない寝床だぁ……
「――って馬鹿か俺は」
「ん、起きた?」
どうやら俺はカウンターに突っ伏して寝ていたらしく、窓から差し込む光はもうオレンジ色になっていた。
「あー氷室、俺はどのくらい寝てた?」
「あと1分で最終下校時刻になるくらい?」
「……ごめん」
2時間も後輩の前で、しかも仕事途中に爆睡をかましてしまったという途轍もない大失態を犯してしまうとは……
流石に恥ずかしいを通り越してひたすらに申し訳ない。
「人来なかったから大丈夫」
「でも――」
「本読んでたから暇じゃなかった」
でも2時間も暇だったんじゃないか――と言おうとして、そう被せるように言ってくる。
「……そっか、ありがとう」
「? 別にお礼を言われるような事はしてない」
「俺がただ言いたくなっただけだから」
「そう」
(後輩に気を使わせてしまったな……)
本来ならこの時間でカウンターに座る以外にやる事も教えるつもりだったのだが、時間的にそれも叶わなくなってしまった。
これでは去年俺が3年の先輩にされていた事とほぼ変わらないではないか……
などと考えていたら、校内にあるスピーカーからチャイムの音が響き渡る。
「まずい、もうこんな時間か」
「今日は帰る?」
「本来ならこれの15分前には出るくらいなんだ……」
「じゃあ次はそれまでに起こす」
寝る前提で話すのはやめてくれ……と言おうとしたが、ついさっき寝た手前信憑性が全くない事に気づきその言葉を飲み込む。
もう二度と後輩の前で寝るような失態は起こさないように気を付けようと心に誓った瞬間だった。
小走りで児童玄関を抜けて校門前にいた生活指導の先生に次は無いぞと言われながらも、今回はなんとか何もお咎めなしで学校を出た。
しかしさっきまでギリギリ見えていた太陽はすっかり顔を隠したことにより、空はほとんど黒く染まっている。
「……もう暗くて危ないから送っていくよ」
「別に転ぶ事は無い」
「そうじゃなくても変な人に見つかったら危ないだろ」
「でもそうしたら優佑が帰る時間が遅くなって優佑のお母さんとお父さんが心配する」
「それなら俺は一人暮らししてるから問題ない」
俺の父親はそこそこ腕の立つ医者で今は海外に長期出張してる。母親と妹もそれに同行して、俺だけが日本に残って一人暮らしをしているという訳だ。
だから少し帰りが遅くなったくらいで心配するような事は何もない。
晩御飯も、今日は自炊ではなくどこかで食べるかデリバリーすれば特に問題はないだろう。
「……実は少し友達と一緒に帰るのに憧れてた。――だから、お願いしてもいい?」
「もちろん」
「じゃあこっち」
「お、奇遇だな。俺の家もそっち方向だ」
どうやら反対方向に行って、帰るのが相当遅くなることはなくなったようだ。
俺も彼女も徒歩なのでお互いの家がそう遠い事もないだろう。
2人並んで帰路についたはいいのだが、如何せん話題が無いので無言になってしまう。
微妙に気まずいので、なにか良い話題は無いものかとうんうん考えるがなかなか思いつかない。
普段からいろんな人と関わっていればこんな事にはならないのだろうが、あいにくと俺はほぼボッチなのだ。これまではそれについて特になんとも思っていなかったが、今初めてそのことに後悔した。
「……ふふっ」
そんなことを考えている途中、急に横から笑い声が聞こえる。
「どうかしたか?」
「ソワソワしてる優佑を見てるとなんだか面白くて」
「そうかい……あ、ところで今日は俺が寝ちゃってたせい言えなかったんだけど、図書委員で他にやる仕事を教えるのは来週の当番の日でもいいか?」
「? 別にこの後とか明日じゃないの?」
俺が来週と言った意味が分からなかったのか、彼女は首を少し傾けながら聞いてくる。
「だって氷室にも色々用事とかあるだろ? たかが俺に会うのに時間を使うのは勿体ない」
「……優佑って私以外に友達っている?」
――唐突にグサッっと心臓を鋭利なもので刺された。
さっき少し悩んでいた事に対して、これほどダメージを与えてくる言葉は無いだろう。
「……多分1人はいる」
隼人とは、友達というよりは腐れ縁といった方が正しい関係な気もするが、友達と言っても差支えは無いだろう。
まあ本人の前では絶対に言わないが。
「よく遊ぶの?」
「…………学校以外だとあんまり遊んだりする事は無いな」
「私が言うのもあれだけど、友達になったという事を何も分かってない」
「と言いますと」
氷室の過去に何があったのか分からないが、先程の彼女は友達になる、相手との関係性が近づく、という事を恐れていたようなそんな感じがした。
(俺が言う友達と、氷室が言う友達はもしかしなくとも重みが違うのかもしれないな)
「私は会ったり話したりするのが嫌な人とは絶対に友達にはならない。迷惑をかけるものだってさっき優佑も言ってたよね、だったら私からじゃなくて優佑からでもいい。友達は一方通行なものじゃない」
「……ごめん、確かに俺が勝手に氷室の気持ちを決めつけてたな。次からは気を付ける」
「ん、分かってくれたらいい。――という事で私の家はここだから優佑も入って」
「…………え?」