三六話 旅行も終わり
「――優佑、通話終わった」
「はいはいじゃあそっちに戻って大丈夫だな」
「ん、……それと鈴音が『兄さん、次会った時背中蹴るね』って言ってた」
「いや、なんでだよ。……もしかして有栖が鈴音になんか言ったか?」
そう聞いた瞬間、有栖はプイッとそっぽを向いた。
「何言ったんだ……もしかして俺何か悪い事でもしたか?」
「そういう訳じゃない、でも……やっぱりなんでもない」
「……確実に何かありそうなんだけど……、まあ言いたくないなら俺もとやかくは言わないけどさ」
改善出来る事ならしたいが、有栖が言いたくないなら仕方ないだろう。
「それはそうと時間も結構も遅くなってきたし、温泉入りに行かないとな」
「……ん」
「今日は有栖に鍵を預けとくよ。もし温泉から出た時に俺が居なかったら、そのまま部屋に戻ってくれていいからな」
「……分かった」
絶対に昨日と同じような失敗はしたくないので、事前にしっかりと決めておく。
昨日の様に長風呂をするつもりもないので、早めに出て有栖を待っておくつもりだが、もし先に有栖が出てきてもいいように鍵も有栖に預けておけばひとまず安心だろう。先に帰ったのなら連絡を貰えば一人で待ち続ける事も無い。
そもそもあんなに強引にナンパしてくる人が居なければ、何も問題ないのだが……
「流石に早過ぎたか?」
別に焦って出てきた訳ではないのだが、三十分も経たないうちに俺は温泉から出てきていた。
しっかり湯船にも浸かってはいたが、昨日よりは早く出ようと心掛けていた結果思っていたよりも早くなっていたようだ。
せっかくなので近くにある自動販売機でコーヒー牛乳を買って、有栖が出てくるまで待つことにする。
そういえば先程鈴音は何のために連絡してきたかというのを全く分からなかったのでこの時間を使って鈴音に聞いてみる事にする。
『結局さっきの連絡って何の用だったんだ?』
それだけ打って返事が返ってくるまではのんびり待っておこうかと思ったら、即既読が付いた。
『有栖ちゃんの連絡先聞いてなかったから、教えてもらったの』
『そういう事だったのか。ならなんで俺に内緒だったんだよ』
『それはまた別の話だよ、女の子には秘密の話がいっぱいあるんだから』
『なるほど? まあ二人が楽しいならそれでいいんだけどさ、背中蹴るのは止めてくれない?』
背骨がグキッっといってしまいそうなので是非とも止めて欲しい所なのだが……
『それは兄さんが悪いからどうしようもないかな~』
『そこをなんとか……』
『んー、じゃあ次会う時までに何が悪かったのか、兄さん自身で分かってたら止めてあげる』
『寛大な心、感謝します』
とは言ったものの一体何が悪かったのか、今の所皆目見当もつかないのだが……
『私は今から友達と遊ぶ約束してるからまたね』
『ああ、じゃあまたな』
鈴音とのメッセージのやり取りも終え、再び有栖を待とうとしたとき、すぐ左に誰かが居る事に気が付いた。
「終わった?」
「おわっ!? いつからそこに」
「ついさっき」
「そ、そうか、なら良かった。じゃあ部屋に戻るか」
「ん」
今日は特に何事も起こらなかった事にホッとしながらそのまま部屋へと戻る。
なんやかんや旅行も明日で終わりを迎える。
昨日は海、今日は屋台に花火大会と、かなりこの旅行を満喫できたのではないかと思う。
明日はここをチェックアウトしてそのまま家に帰るだけなので、この旅行の大きな日程はほぼすべて完了したといってもいいだろう。
部屋に戻ってきてから歯磨きをしたり布団を敷いたりしていると、時刻はもう23時近くになっていた。
「儂はもう寝るが二人はどうする?」
「俺も疲れて眠くなってきたので寝ます」
「……私も」
「そうか、じゃあおやすみ」
「「おやすみ(なさい)」」
今日は疲れていたからか、それとも心配するような事も無かったからか、俺はすんなりと眠りに就いた。
「楽しかった」
「ああ、色々あったけど全部楽しかったな」
チェックアウトも終わり後は家に帰るだけとなったが、全員満足して車に乗り込んだ。
アクシデントもあったが、それ以上に海や花火大会は楽しかったし、有栖も落ち込んでいる様子は全く見られない。
英一郎さんも海や花火大会にこそ行かなかったが、日頃の疲れが取れたと言ってとても嬉しそうにしていた。
俺も家族旅行以外で遠出する事は全く無かったが、こうして有栖英一郎さんと一緒に色々出来てとてもいい思い出になった。
「そういえば二人は夏休み中に出されてる課題は終わっておるの?」
「はい、早めに終わらせてます」
「そうかそうか、それは良いことじゃ。そこで成績が良い二人を見込んでなんじゃが……一つアルバイトをしてくれんか?」
「アルバイト、ですか?」
うちの高校は進学校ではあるがアルバイトなどは禁止されていない。
俺もしようかと迷ったこともあるが、毎月のお小遣いで事足りていたので今までにそういう事はした事が無い。
「どんなアルバイトなんですか?」
「儂の弟の孫なんじゃが、その子らは今中学三年生でな、受験勉強で躓いているから家庭教師を雇いたいとのことなんじゃ。そこで優佑君と有栖はどうか、という話になったんじゃが……どうじゃ? やってみんか?」
家庭教師――果たして上手くできるかは未知数ではあるが……
「有栖はどうする?」
「…………ちょっと怖い、けど、優佑もやるなら一緒にやってみたい、かも?」
「……なら、やってみてもいいですか?」
「ありがとう、そう言ってくれると助かるわい。ならば、今週中には二人と会えるよう言っておくぞ」
「分かりました」
「……ん」




