三五話 花火
焼きそばにわたあめ、りんご飴やたこ焼きなど、色んなものを食べ歩きながら気付けば後十分くらいで花火が始まる時間になっていた。
「ここだと人が多すぎて見えにくいだろうし、どこかいい場所探さないとな」
「ん、ここじゃ花火じゃなくて人しか見えない」
「……といっても既に前の方は人が沢山いるだろうし……」
「――あそこは?」
二人できょろきょろと辺りを見回した後に、有栖は少し離れた場所にある神社を指差した。
「確かに、人は居るだろうけどここよりは確実に少なそうだな」
「高いしよく見えそう」
「だな、ちょっと歩くけど行ってみるか」
花火が打ち上がる方向に向かう人達の流れに逆らいながら、その神社を目指す。
三分くらい歩いたところでその神社の階段の前に到着した。階段にはチラホラと座っている人達がおり、おそらくここから花火を見るつもりなのだろう。だが、間違いなく先程の場所よりは人が少ない、やはりここに来て正解だった訳だ。
「どうする、一番上まで行ってみるか?」
「……こんなに階段上がるの疲れる」
「それもそうか、それじゃあちょびっと上がった所で見ようか」
「ん、そうする」
石段を少し上がってから、人の邪魔にならないよう端っこに避けて二人で腰を下ろす。
「……疲れた」
「お疲れ、そこそこ歩き回ったからな」
「ん、それに人がいっぱい居た」
「確かにここまでの人混みに入ってたと思うと俺たち凄いな」
先程まで歩いて来たところをここから見ると、道いっぱいに沢山の人が居る。
普段あまり外に出歩かない二人からすると、ただ歩いた以上に体力を消費する事になっただろう。
「――って、それまだ食べてたのか」
「……ちょっと食べづらい」
「確かにりんご飴は無理やり食べると口ベタベタになりそうだもんな」
「美味しいけど、時間かかる」
ウエットティッシュでも持っていれば多少の汚れは妥協して食べられない事も無いが、今はそんなものを持ち合わせていない。
しかし持っている手はしんどくなるかもしれないが、時間はかかっても持って帰ればいいので何とかなるだろう。
「優佑も食べる?」
俺がりんご飴を見ていたからだろうか、有栖がそんな提案をしてくれる。
「じゃあ……い、いや、やっぱり遠慮しとくよ」
「そう?」
(あ、危なかった……)
「っと、そろそろ花火が打ち上がる時間じゃないか? ほら」
丁度空を見ると、下から花火が打ち上がる軌道が見える。
ヒュー、という音とともに大きな花火が空に広がって、ドーンッと大きな音が辺りに響き渡った。
「……綺麗」
「ここからもっと上がるらしいから楽しみだ」
「――最後は圧巻だったな」
「ん、後ろの空が見えないくらいいっぱいだった」
「それじゃあ屋台も花火も満喫したし、これ以上遅くなったら英一郎さんも心配するだろうからホテルに戻るか」
長いこと石段に座っていたからか、それとも昨日の海で遊んで筋肉痛になっていたからか、はたまた人混みを歩き回ったからか。おそらくそのすべてが原因になってしまったのだろう。
帰るために石段から立ち上がろうとした時だった、有栖の足がもつれてバランスが崩れてしまった。
有栖の口から「あっ」と声が漏れ出た瞬間、俺は有栖の腕をとっさに掴みこちらに引き寄せた。
「足、大丈夫か?」
「……う、うん」
「くじいたならホテルまでおんぶするけど」
「だ、大丈夫。ちょっともつれただけ」
そう言って立ち上がってみせる有栖は特に足を痛めた素振りもなく、本当に問題なさそうだ。
「それなら良かった、じゃあ帰ろうか」
「……ん」
その後帰るまで有栖からは妙に視線を受けながら帰った。
果たして何かおかしなことでもしただろうか……
ホテルに戻って来た頃、鈴音から『旅行はどんな感じ?』というメッセージが届いた。
楽しめているというメッセージを送り返すと、唐突にスマホの着信音が鳴り響いた。
何事かと画面を見れば、鈴音からではないか。なぜ急に、と思いながらも通話に出ると、相変わらず元気な声が聞えてくる。
「兄さん兄さん」
「はいはい、なんだ?」
「兄さんの近く有栖ちゃん居る?」
「ん? 有栖なら今横に居るけど、どうかしたか?」
急に通話をかけてきたかと思えば要件は俺ではなく有栖らしい。
「兄さんの話もすっごい聞きたいんだけど、今だけ有栖ちゃんに代わってもらっていい? それと兄さんは話してるとこ聞かないでね」
「……なんだそれ、まあいいけど」
「有栖、鈴音が話したいって」
「ん? 分かった」
「じゃあ俺は向こう行っとくな」
スマホを有栖に渡してからその場を離れる。
一体何を話すのか些か不安ではあるが、鈴音を信じるしかないだろう。
ホント、何話すつもりなんだ……




