三三話 翌朝
朝、目を開けるとなにやら腕の中に普段は無い温もりを感じる。
そういえば昨日は有栖と手を繋いで寝たなと思い出しながらも、ならなぜ手のひらではなく腕に温もりが……とここら辺で段々と意識が覚醒してきてようやく今の状況を理解し始める。
「……ッ」
俺の腕の中で有栖が寝ているのである。
咄嗟に声が出そうになったのを我慢できたのはファインプレーだっただろう。
しかし一体なぜこんな事になっているのだろうか……
俺が寝ている場所は昨日と変わらないので、おそらく有栖が寝ている間にこちらに近づいてきてこうなったと思うのだが、それにしてもピンポイントすぎる。
そんな状況に寝起きとは思えないほど、心臓は早鐘のようにバクバクと音を立てている。
しかし俺のそんな状況を知らない有栖は、スヤスヤと安心しきった表情で俺の胸へと気持ち良さそうに頬ずりをしていた。
昨日早めに寝れたお陰かまだ時刻は六時を少し過ぎたところで、気持ち良さそうに寝ている有栖を無理に起こす必要はない。必要はない、のだが……
「……心臓に悪い」
至近距離に居るせいで有栖からはいい香りがしてくるし、そもそも有栖は俺の左腕を枕にして寝てしまっているため、俺は反対側を向くことすらできない。
無理に腕を引き抜けば有栖は起きてしまうだろう。そんな事で可愛らしい顔で寝ている有栖を起こしてしまうのは気が引けた。
はてさて一体どうしたものか、とりあえず有栖が起きるまで待つしかないかもしれないな、と考えていた時だった。
有栖が腕の中でもぞもぞとし始めたかと思うと、有栖は寝返りを打とうとしたために少し体制(体勢)が上向きになった。
「!?!?」
別にそれだけならよくある事だろうが、その……有栖の服の胸のあたりが少しはだけてきていたのだ。
誓って良くない物は何も見ていないと誓うが、少しだけ……ほんの少しだけパジャマとは違う布のような何かが見えた気がしないでもない。
それで動揺してしまった為か、後ろの壁にゴンッと頭をぶつけてしまい悶絶する。
「……んぅ」
大きな音を出したしまったからか有栖を起こしてしまったようで、目を何度かパチパチさせた後に焦点がまだ合ってない目でこちらを見た。
「えっと……おはよう」
「おは、よう」
「と、とりあえず俺顔洗ってくる」
「……いってらっしゃい」
まだ眠たそうにしている有栖の頭の下から素早く腕を引き抜いて洗面所へと駆け込む。
顔に冷たい水をかけて、未だにバクバク言っている心臓を落ち着かせる。
「……無防備過ぎる」
有栖が俺の事を一番信頼寄せている友達だというのは分かっている。
もし俺の性別が女だったら何も問題は無かっただろうが、どうあがいても俺の性別は男なのだ。
もちろん有栖の信頼を裏切るような事は誓ってしないが、それにしてもあそこまで無防備なのは困る。
結局心臓を落ち着かせるまでに三分近くかかってしまい、戻ってきた時には有栖は再び夢の世界へと旅立っていた。
「――昨日はすまんかった、つい調子に乗ってお酒を飲み過ぎてしまったわい」
英一郎さんは起きて早々に昨日の失態について謝ってきた。
「いえ、全然大丈夫ですよ」
「……でもいびきうるさかった」
そのまま何も問題なかった方針でこの話を終わらせようとする俺とは裏腹に、有栖はグサッと英一郎さんを刺しに行く。
有栖の事を溺愛している英一郎さんの事なので、もちろんこれはクリティカルなダメージが入る。
「本当にすまんかった、次から絶対に飲み過ぎないように――」
「冗談、別に怒ってない」
有栖はクスリと笑って英一郎さんに怒っていなかった事を示す。
おろおろと有栖に許してもらおうとする英一郎さんだったが、有栖のその様子を見てホッとしているのは少し面白かった。
「夜の花火大会までどうしますか?」
朝ご飯を食べ終えてひと段落すると、今日の予定は花火大会以外に決まってはいなかったのでこれからどうするか考えなくてはならない。
昨日の内は今日も海に行くという選択肢もあったが、昨日はしゃいだせいで思ったより筋肉痛がきている。
俺だけなら我慢して行く事もできたが、有栖も筋肉痛だと言っていたので海は却下となった。となると今日の半日は特にする事が無くなってしまった訳だが……。
「ここでのんびりするのは?」
「それもいいな、下の売店でトランプとか売ってたからそれをやるのも面白いかもな」
「ん、おじいちゃんとも遊べる」
確かに昨日はここに来てから英一郎さんは宿で待っていただけなので一緒に何か出来ていない。
どうせ二人共筋肉痛で過度に動き回る事は出来ないのだし、ここでのんびり過ごすのも悪くないだろう。




