二四話 近い距離
「なあ優佑、俺に隠してる事は無いか?」
「なんだよいきなり……」
朝学校に着くなり、隼人がいきなり変な事を言い出した。
別に隼人に隠している事なんて、隼人が実は彼女の前では甘えん坊な事を知っているくらいで他には……
「……あ」
「やっぱりあるんだな?」
「いや違う違う、別に隠さなきゃいけない事なんて無いって」
「……まあそれならいいんだけどさ」
口は禍の元とはよく言うが、一文字言葉を発しただけで勘繰られてしまうのは勘弁してほしい。
(まあ実際のところ、有栖と仲が良い事を隠してるんだけどさ……)
「それはそうと優佑、昨日は一人で家に帰ったか?」
「なんだよその質問、昨日は委員会仕事があって遅くなったから一人で帰ったに決まってるだろ?」
「なら俺が見た昇降口から一緒に出ていく優佑と女子生徒は見間違いだったって事か?」
「見間違いだろ、例え一緒に出てきてたとしても偶然タイミングが合った時を見ただけじゃないのか?」
それ程度では確証に至る事は無さそうなのでホッとする。
しかし現実はそこまで甘くなかった。
「まあそう言うならそうかもしれないが……図書館のカウンターで座ってる氷室有栖さんとの距離はなんだか距離が近かった気がするけどな?」
「は?」
隼人は少しニヤニヤとした表情でそんな事を言うので、思わず動きが止まってしまう。
昨日のアレを見られていたという事だろうか。確かに生徒や先生なら誰でも通る事がある場所でアレは少し迂闊だったかもしれない。
「優佑にもようやく春が来たか」
「そんなのじゃない」
「そうか? でもそうじゃなきゃ人に興味が無いって言われてる氷室有栖さんと肩がくっつくくらい近くに座ってるなんて有り得ないだろ」
「……見間違いだろ」
隼人にホントの事を言ってもどうせからかわれるだけなので、ここは知らぬ存ぜぬを貫き通す。
「……言いたくないならこれ以上俺は何も言わないが、気を付けろよ? 今回は他に誰も気づいてなさそうだから良かったけど、見られると結構めんどくさい事になるぞ」
「……」
「――それはそうと優佑はテスト勉強進んでるか?」
……やっぱり俺は友人に恵まれているようだ。友人の数こそほとんどいないが狭く深くが俺には合っている、そう思えた。
「……学校では少し距離を置かないか?」
今日隼人に指摘された事もあり、放課後家に来た有栖に早速提案してみた……のだが……
「……やっぱり私の事嫌?」
「違う違うそんな事ないよ、ただ学校で昨日みたいに仲良くしてると他の人にバレそうになってたから」
「バレたらダメなの?」
「ダメ……というか、バレるとお互いに大変になるというかなんというか」
「……?」
有栖は自己評価が低いが、相当の美少女である。そんな有栖と、特に目立ったところのない俺が仲が良いと校内に知れ渡れば、間違いなく嫉妬されたり質問攻めされたりする事になるだろう。
……あれ? 大変になるのは俺だけ、か。
いや、有栖だってもしかしたら俺と付き合っているなんていう不名誉な憶測が飛び交うかもしれない。
そうなれば、なんであんな奴と――というような事を何度も質問される事になる。人と関わる事が苦手な有栖に急に大量の人が来たら、それはしんどいだろう。
「――という訳なんだけど」
「……優佑はバレたくない?」
「出来れば穏便な学生生活を送りたいかな」
「……分かった、じゃあ学校はあんまり優佑に近づかないようにする」
「助かるよ」
これで俺の学生生活は守られたという訳だ、めでたしめでたし。
「その代わり学校以外なら問題ないよね」
「まあ、そうだな」
「じゃあ――」
じゃあ早速、といわんばかりに座っている距離を近づけてくる。
「満足そうだな?」
「優佑成分が補給できる」
「……鈴音から悪い影響を受けてないか?」
どう考えても鈴音から聞いたのだろう。そうでなければ有栖が急にそんな変な事を言う訳が無い。
後で鈴音にはお説教のメッセージを送ることにしよう。
「でも鈴音は優佑の傍に居ると落ち着くって言ってた」
「それは鈴音限定だろ……」
「ん? でも私も落ち着くよ?」
「…………好きにしてくれ」
急にドキッとするような事を言わないで欲しい。
全くもって有栖にそういう意図は無いのであろうが、俺だって男なのだ。そんな事を言われたら変な勘違いをしてしまいそうになる。
「でもやっぱり優佑と鈴音は仲良しだね」
「どうしていきなりそんな話になるんだよ」
「だってほら、鈴音が優佑にチューしてるの見せてもらった」
そうしてこちらにスマホの画面を見せてくる。
そこに映っていたのは、まだ小学校低学年の頃に鈴音が俺の頬にキスをしている写真だった。
「んなっ、有栖、その写真どこでっ……」
「鈴音が昨日送ってきてくれた」
「っぐ、あいつ後で覚えとけよ……」
これは後で追加のお説教が必要そうだな……
「ふふっ」
俺の反応が面白かったのか、有栖は少し笑っていた。
その表情を見て先程まで溜まってきていた鈴音への怒りも少し収まってくる。
(まあそれでも鈴音に文句は言わせてもらうけどな)




