二二話 有栖の過去
結局俺は勉強会が終わった後に有栖の家で晩御飯までご馳走になった。
特に英一郎さんが作ってくれた肉じゃがは絶品だった。是非とも今度レシピを教えてほしいものだ。
晩御飯を食べ終わりしばらく有栖と会話しながらのんびりしていると、時間的にもそろそろ帰るころになってきた。
だがその前にさっき英一郎さんに呼ばれていたので有栖に断りを入れてから英一郎さんの部屋に向う。
コンコン、とノックをすると「入ってよいぞ」と聞えたのでゆっくりと扉を開ける。
英一郎さんの部屋は壁一面が本棚で埋め尽くされており、その中には様々なジャンルの本が所狭しと並べられている。
有栖が本を好きなのは英一郎さんから引き継がれているのかもしれない。
「さて、とりあえず来てくれてありがとう」
「いえ――それで俺に話しというのは……」
「そうじゃな、でもその前に……」
「?」
そこで英一郎さんは妙に言葉を溜める。
「名前で呼ぶようになったんじゃな?」
「……へっ?」
急にそんな事を言われるもんだから、変な声が出てしまう。
「有栖が誕生日の日、帰って来た時に嬉しそうに言っておったわい」
「……」
「有栖が選んだ友人じゃ、そこについてとやかく言うつもりはないが――変なマネはするなよ?」
「ハイ」
言われなくともそんな信頼を裏切るような事をするつもりは一切ないが、この言葉を心にとどめておこう。
「っと、話しがそれたな。こんな冗談を言うために呼んだわけではない。――お主は有栖と関わっていて何かおかしいと感じたところはあるか?」
英一郎さんが真剣な表情へと変わり、そんな事を聞いてくる。
(有栖がおかしいと思うところ……)
「……友達、というものにあまりにも慣れていないところでしょうか」
「うむ、それも今回話そうとしている事に関係がある事じゃな。他に思い浮かぶか?」
「………………英一郎さん以外の家族の話をしない、そして両親の姿が見えない」
よくよく考えてみると、有栖と出会って約二か月。この家に居るのはおそらく有栖と英一郎さんだけで、有栖の両親と思わしき人の影は見えない。
俺の両親のようにどこかに出張しているのかもしれないが、だとしても今まで有栖が両親の話を全く話題にも出さないのは少し違和感があった。
「よく見ておるの。――そうじゃ、今回お主に話そうとしておるのは有栖の両親について、そして有栖が歪んでしまった事についてじゃ」
「……一つ、いいですか?」
「なんじゃ?」
「この話を俺にするのは、有栖さん。いえ、有栖は納得しているんですか?」
今まで姿が見えなかった両親の話だなんて、どう考えてもデリケートな話だ。
それに加えて有栖が異様に人との関わり方に慣れていない話についてなんて、正直本人以外から聞くのは良くないように思える。
「お主は有栖の事を大事に思ってくれておるのだな」
「……大切な友人ですから」
「じゃがそれについては問題ない、むしろ有栖から言われたのじゃ。私から崩れずに言う自信はないけど、でもお主には知って欲しい。とな」
「そう、ですか」
有栖が勇気を出してくれたのだ、ならば俺が聞かない訳にはいかないだろう。
「話は有栖がまだ五歳だった頃にまで遡る。有栖の両親は有栖の事をそれはそれは大事にしていた、それもあって有栖は両親の事が大好きでいつもべったりじゃった。しかしそんな幸せは長く続かなかった……運が悪かったのだ、丁度有栖と遊園地に行こうとしている時、交通事故に遭ったのだ。幸いにも有栖は軽い骨折だけで助かったが、二人は即死じゃったと聞いておる」
「……」
「それから有栖は塞ぎ込んでしまった、いつもニコニコと母親の横をついて行っていた頃は見る影もなく、表情もほとんど変わらなくなってしまった。更にそれに追い打ちをかけるかのように小学校では両親が居ないことをいじられるような事があったらしい。流石にそれは儂も耐え切れず学校に抗議しに行ったが、その結果有栖は学校にも行かなくなってしまった」
どれだけ辛かったのか俺には分からない。物心がまだつき始めたばかりの頃に大好きな両親を失って、それに追い打ちをかけられるような事があれば誰だって塞ぎ込んでしまうだろう。
有栖が人と関わるのが苦手になっているのは、こんな辛い過去から来ているとは思いもしなかった。
「有栖は小学校、中学校には行かなかった、というよりトラウマで行けなかった。その分有栖はあった時間を勉強に充てていたから学力だけは相当のものになったがな。転機が訪れたのは中学三年生の夏頃じゃ、有栖が唐突に高校受験がしたいと言ったのじゃ。正直儂は嬉しさよりも心配の方が勝った、長い間人と関わる事を避けてきた有栖が果たして大丈夫なものかと……じゃから学校はせめて儂の目が届くようにと、儂が理事長をやっているこの学校に入学してもらう事にした。もちろん贔屓などはせずに実力で首席合格したがの、そこからはお主も知っての通りじゃ」
「……すみません、ちょっと整理が追い付かなくて……」
「まあ無理もない、儂から言えるのはここまでじゃ。色々と思うところもあるじゃろう、じゃが一つだけ言わせてほしい。最近の有栖は楽しそうにしておる、それが誰のおかげかは言うまでもないじゃろう。そのことは忘れないで欲しい」
それを言うと、今日はもう遅いからと俺は家に帰らされた。
家に帰ってもグルグルと頭の中を占領しているのは今日された話で、なんともやるせない気持ちになった。
明日どんな顔で有栖と会えばいいのだろうか……でもおそらく有栖は同情して欲しくてこの話を俺にしたわけではないだろう。
英一郎さんにこの話をしてもらったのはきっと途中で辛くて言葉が詰まってしまうから。
なのに俺に過去をさらけ出してくれたのであれば……
ならば俺が明日有栖と会った時にすべきことは――




