二十話 氷室がして欲しい事
「じゃあ、私の事も名前で呼んで欲しい」
「名前で?」
「そう、鈴音は私の事名前で呼んでくれるし優佑も鈴音の事名前で呼んでる。だから私の事も名前で呼んでほしい」
「……いいんだな?」
「私から頼んでおいてダメなんて言わない」
何をすればいいのかと思えば、名前で呼んで欲しいなんてそんな簡単な……簡単? 果たしてそう言えるだろうか。
名前で呼んでいる鈴音は妹だ、小さい頃から名前で呼んでいたから別に緊張することも何もない。
だが氷室はどうだろうか、最近はかなり仲良くなってきているという自覚はあるし、良き友人だとも思っている。
しかしそれでも氷室が美少女な事に変わりは無く、何なら鈴音以外だと隼人くらいしか名前で呼んでいる人は居ないくらい俺の交友関係は狭い。
そう考えるとやっぱり名前で呼ぶというのは思った以上にハードルが高いような――
「やっぱり、ダメ?」
俺が頭の中で言い訳ばかりしていると、氷室は俺が名前で呼ぶのを嫌がったと思ったのか少し寂しそうな目でこちらを見ていた。
「いや、ダメって訳じゃないんだ。ただ俺の中で整理がついてなかっただけで……」
(ええい、とっとと覚悟を決めろ)
ふぅっと息を吐き出し覚悟を決める。
「あ、有栖……これでいいか?」
「うん!」
いつもよりテンションが高くなっているのか、氷室……いや、有栖の声は弾んでいる。
それに加えて普段より口角も少しだけ上がっているような気がする。
「そうだな、他にも何かして欲しいとかしたい事とかあるか? 無理ない程度で叶えるけど」
「んー……じゃああれやってみたい」
有栖が少し悩んで指を指したのは、ゲーム機だった。
普段は自分の部屋に置いていたのだが、鈴音とやるために持って来たままになっていた。
「いいよ、どんなのがやってみたい?」
「私全くやった事ないから簡単なのがいい」
「なら……ちょっとミニゲームはあるけどそんなに難しくないし、すごろくのゲームにしようか」
「ん、楽しみ」
俺がチョイスしたのは、某有名なキャラクターが出てくるスターを集めていくパーティゲームだ。
ミニゲームも見たら分かるような物しかないので、初心者でも楽しめる事だろう。
「……で、何でこんなに差がついたんだ」
「優佑って運悪い?」
一ゲームが終わったところで、そう言われても仕方がないくらい俺と有栖のスコアには差がついていた。
CPUを二人追加して、合計四キャラクターでゲームを進めていたのだが、有栖はダントツの一位。そして俺は簡単設定にしていたCPUにすら差をつけられての最下位になっていた。
何がダメだったのかと言えば、実力が絡むミニゲームこそ有栖といい勝負をしたものの運要素が絡むミニゲームは全滅。サイコロも基本的に赤マスばかり踏む目ばかりが出たりと、散々な結果だった。
「まあ、こういう日もあるよな」
「ん、次やったら分からない……多分」
「ボソッと言ったのも聞こえてるからな?」
「ふふっごめん、でも優佑のやられっぷりはあまりにも面白かった」
俺も最初こそ運のなさに多少イライラしていたが、途中からはそういうのを通り越して笑えて来るほどだった。
有栖にも面白かったと言ってもらえるなら運が悪かった甲斐があったというものだ。
「今日は負けたけど、今度やる時は運が必要無いゲームにしようか」
「む、それは大人げない」
「冗談だよ、次は協力ゲームとかにしよう。俺の運のなさをカバーしてくれ」
「うん、任せて」
しかしなんやかんや楽しい時間は早く過ぎるもので、普段ならそろそろ帰る時間になっていた。
「ゲームしてて本を選ぶ時間無かったから、次読みたくなりそうな本は、明日有栖が家に来るまでにいくつかピックアップしとくよ」
「ありがとう」
「――よし、それじゃあ帰る支度も済んだことだし送っていくよ」
有栖が持って来ているものはほとんど無いが、今日は俺が渡したぬいぐるみがある。
有栖はその二匹を胸に抱えるように持っているので、代わりに俺が有栖の鞄を持って帰り道を歩く。
「そういえばそろそろテスト期間にも入るけど、どうする?」
「どうするって?」
「流石に勉強しない訳にはいかないから、放課後家に来るのは一旦中断するかって話だ」
「……一緒に勉強するのは、ダメ?」
いわゆる勉強会というやつだろうか、確かに有栖と一緒になら静かだろうし捗るだろう。
「じゃあテスト前に一緒にやろうか。って言っても学年一位の有栖に教えられる事なんてほとんど無いと思うけど」
有栖より先輩ではあるが、平均より少し上くらいの学力しか持っていない俺では手助け出来るような事はほとんど無いだろう。
先輩の威厳も何もあったものではないな……
「んーん、一緒に勉強してくれるだけで嬉しい」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
そんな事を会話していると、もう有栖の家の前まで到着した。
「じゃあまた明日」
「ん、また明日」




