十八話 お見送り
鈴音がこっちに来たのがまだ数日前のように感じられるが、時が経つのは早いもので向こうに帰ってしまう時がもう明日にまで迫っていた。
「荷物は大体こんなもんで大丈夫か」
「うん、手伝ってくれてありがとう」
「そういや母さん達へのお土産は買ったのか?」
「……あ」
鈴音はそれを聞くと、ポカンと表情をした後手に持っていたパスポートを落とした。
「兄さんヤバイよ、何も買ってなかった」
「……最悪明日空港で買えなくもないけど、バタバタするのも嫌だし今日はまだ時間あるから一緒に買いに行くか」
「近くのショッピングモールに行く?」
「んー、それもいいけど海外に持っていくなら日本っぽいものが良いだろうし隼人の家にしようか」
隼人の家は和菓子屋をやっていて、家に遊びに来るときにはよく持って来てくれる。
そのとき食べたものはかなり美味しかったので、お土産にも丁度いいのではないだろうか。
「そうと決まれば出発だね」
「ってもう玄関まで行ってるのかよ」
(相変わらず行動の速いことで……)
家と隼人の家は学校を挟んで反対側にあるので意外と距離がある。
徒歩だと30分くらいかかってしまうのでいつも近くを走っているバスに乗って向かう事が多い。今日も例に漏れずバスに乗ってそこまで向かった。
「到着ー」
「さて、母さん達が好きそうなやつは俺が選んどくから、鈴音は友達用のを選んどいていいぞ」
「はーい」
「あ、ただある程度日持ちするやつを選んどけよ」
「うん」
まず最初にお土産として思い浮かぶのは羊羹や大福などだが……そういえばあられせんべいなんかは小さい頃よく食べていた気がする。
(小さいせんべいの色んな種類が入った袋なんかもあるのか……これもありだな)
ぐるっと店内を一周して良さそうなものをいくつかピックアップする。
量が多すぎても持って帰るのが大変になってしまうので、買えるものにも限度がある。
色々考えた結果、母さん達へのお土産は色んな種類の小さいせんべいが入ったものにすることにした。
「俺は決まったけど鈴音はどうだ?」
「私も決まったよ」
「よしじゃあ会計済ませて帰ろうか」
会計も済ませて帰ろうとした時、丁度見覚えのある顔がお店に入ってきた。
「む、優佑君じゃないか?」
「……英一郎さん? 奇遇ですね」
「うむ、儂はこの店の羊羹が好きでなよく買いに来るんじゃ」
まさかここによく来ていたとは思わなかった。
隼人に会うときにも、もしかしたら知らず知らずのうちに何度か会っていたかもしれないな。
「……という事は横の子はもしかして妹の?」
「はい! 鈴音って言います。有栖ちゃんとは仲良くさせて貰ってます」
「そうかそうか、有栖も鈴音ちゃんの話を家で嬉しそうにしてくれたよ。でもそろそろ海外に戻るとも言っていた、もしかして今日はその土産でも買いに来たというところかな?」
相変わらず鋭い方である。まさかそれだけでこの店に来た理由が分かるとは……
鈴音もそれだけで当てられるとは思わなかったのか、目を見開いて驚いている。
「図星の様じゃな?」
「ええ、明日には飛行機に乗って帰る予定です」
「そうか……良かったら見送りに有栖も連れていってくれんか?」
「こっちとしてはとても嬉しい申し出なんですが、有栖さんの予定は大丈夫なんですか?」
氷室が見送りに来てくれるなら鈴音も嬉しいだろう。
どうやら二人は連絡先を交換するくらい仲が良くなっていたようなので、来てくれるに越したことはない。
「そうじゃな帰ってから優佑君か鈴音ちゃんが連絡してくれるか? 儂が言うと無理を言ってお願いしたと思われて遠慮したらいけないからな」
「分かりました、連絡しておきます。確かに氷室は遠慮する事が多いですからね」
「助かるよ」
「それではこの辺で失礼しますね」
英一郎さんとの会話を切り上げて俺達はお店を出た。
「有栖ちゃんの事大好きなおじいちゃんなんだね」
「……ああ、過保護すぎるくらいにな」
最初の頃はかなり怖かったが、最近は優しくなってきたと思う。
もちろんもし俺が氷室に悪い事でもしようものならまた最初の頃に逆戻りする事になるだろうが……
次の日、鈴音の見送りのために空港まで氷室も一緒に来ていた。
国際線は保安検査や手続きなど、色々と飛行機に乗る前に必要な事が多いので長い間一緒にはいられない。
それを見越して早めに来てはいるが、何十分もここでで会話している余裕はそこまで無いだろう。
「もう忘れ物は無いな?」
「うん、朝何回も確認したもん」
「……また寂しくなるな」
「ホントにそう思ってる? そう言って前は全然連絡してこなかったよ?」
それは一週間に2.3回はそっちから連絡が来て、特にこっちからするほど何もなかったからなのだが……
「今回は俺からもするようにするよ」
「約束だよ?」
「ああ、約束な」
「ん」
鈴音はそう言って小指を突き出して来たので、俺も小指を出して鈴音の小指に絡める。
「指切りげんまん噓ついたら私が飛んでくる、指切った!」
「そこは針千本じゃないんだ」
「だってそれは痛いでしょ?」
「な、なるほど」
この約束の仕方をして本当に針千本飲んだ人なんていないと思うのだが、まさか噓をついたらホントに飛んで帰ってくるのではないだろうか。
連絡するのを忘れないようにしないと……
「有栖ちゃんも来てくれてありがとう」
「また会える?」
「もちろん! それまで兄さんが悪い事しないように見張っててね?」
「うん」
(おい待て俺の事を犬か何かだと思ってんのか?)
目を細めて鈴音の方を見ると、ニコッと返された。まあいいんだけどさ……
「それじゃあ私行くね」
「元気でな(ね)」
「うん、いってきます」
「「いってらっしゃい」」
そうして鈴音は名残惜しそうにゲートをくぐっていった。
「次会うのは正月くらいになりそうかな」
「ホント?」
「ああ、両親も帰ってくるってこの前言っていたし、鈴音だけ向こうに残るとは思えないしな」
「じゃあそれまで優佑を見張っておかないと」
「それ冗談だからな!?」