十三話 一緒に本を読む
『明日の放課後家に行ってもいい?』
そんなメッセージが送られてきたのは、家で晩御飯を食べ終わった直後の出来事だった。
『いいけど……英一郎さんは了承してるのか?』
『ん、夕飯までに帰ってくるならって言ってくれた』
『この前の続きが読みたいんだろ? 言ってくれたら貸したのに』
『本は読みたいけど、それはダメ』
何故ダメなのだろうか。本が読みたいのであればそれが一番合理的だと思うのだが……
『まあ来たいって言うならそれでいいけど、学校から一緒に帰るのは無理だからな?』
『どうして? 昨日は一緒に帰った』
『そりゃあ昨日は他に人が居なかったからな。もし周りに生徒がたくさんいる中で一緒に帰ったりでもしたら、俺が一躍有名人になっちまう。それもあまりよくない方に……』
この前の図書委員の集会ですらかなり悪目立ちしてしまったのだ。
もしそれに加えて一緒に帰るような事があれば、面倒くさい事になるのは間違いないだろう。
『むぅ、優佑に負担はかけたくないから別々にする』
『助かるよ』
『じゃあ明日お願い』
『はいよ、おやすみなさい』
『おやすみ』
というわけで明日氷室が家に来ることになった訳だが……
「そんなに部屋が汚いわけではないけど掃除しとくか」
思ったよりも掃除が捗ってしまい、1時間近く経ってしまった事は黙っておこう。
「そういえば俺が帰るのが遅いと氷室は待つことになるのか」
そんな重大な事に気づいたのは、今日の授業が終わった直後だった。
氷室とは学年が違うのでいつ帰るのかが分からない。
流石に10分以上違う事は無いだろうが、それでも待たせてしまうのはあまり良くない。
「優佑、今日時間あるか?」
そんな時に話しかけてきたのは隼人だった。
「悪い、今日は予定があってな。何か用だったか?」
「そうか、別に今日じゃないといけないことはなかったんだが久しぶりに優佑か俺の家でゲームでも……と思ったんだが、まあまた空いてる日があったら教えてくれよ」
「了解、ていっても俺に予定なんてそうそうないからどちらかと言うと生徒会長な隼人の予定調整の方が大変かもな」
「そうかもな」
ハハっ、と笑ってそう言いながら隼人は帰っていった。
心配せずとも俺に予定なんてほとんど無いし、今週の休日にでも遊ぶことになるだろう。
「さて、俺も早く帰らないとな」
普段よりも少し早足で帰路を辿る。
あと少しで家に着くというところで、少し先に見覚えのある背中が見えて駆け足に切り替える。
「待たせてすまなかったな」
「んーん、今着いたところ」
「とりあえず鍵空けるよ。入って」
「おじゃまします」
この前の突発的な訪問とは違い、昨日の時点で来ることが分かっていたので昨夜買っておいたお菓子とオレンジジュースを用意する。
「本はこの前と同じやつの続きでいいか? それとも他のでもいいけど」
「じゃあこの前の続きが読みたい」
「了解、適当にお菓子は食べてていいからちょっとだけ待っててくれ」
「お願いする」
自室のドアを開いて、この前氷室が読んでいた本の2巻と3巻、そして自分が読みかけの本を持って階段を降りる。
意外なことに氷室が読んでいたのはファンタジー系のライトノベルで、なんでもゲームで決まる世界が題材のものだった。
「お待たせ、これで良かったよな?」
「ん、これ」
「じゃあ俺もここで本読んでるから、なんかあったら言ってくれな」
「分かった」
それだけ言葉を交わすと、それぞれの本を読み始める。
普段、人と本を読むことなんて全く無かったので集中して読めるか少し不安もあったが、これが思ったよりも集中できた。
お互いに何も話す事なくたまにページをめくる音だけが聞こえる。
そんなこんな本を読み進めて、丁度読み終えた頃には1時間半近くが経っていた。
一息つこうと顔を上げると、氷室も丁度きりが良い所まで読み終えたのか顔を上げたところに目が合った。
「結構時間経ったけど帰る時間は大丈夫か?」
「んー、じゃあそろそろ帰る」
「そしたらまだその本読みかけだろうし一旦持って帰って読むか?」
「それはヤダ、ここに来たときに読みたい」
昨日もそうだったが、何故持って帰る事を頑なに拒否するのだろうか。
例え少し汚されても文句を言うつもりはないし、氷室としても俺の家に来る手間が省けていいと思うのだが。
「まあ持って帰りたくないって言うならそれでもいいけど」
「その代わり明日もここに読みに来て良い?」
「あ、明日もか?」
「もちろん嫌ならいい」
嫌という訳ではないが、そんなに俺の家に来ても楽しい事なんて何もないだろうに……
「来たいなら来てもいいけど、待たせることがあるかもしれないから次は一旦家に帰ってからにしないか?」
「じゃあ優佑が家に着いて私が来てもよくなったら連絡して欲しい」
「分かった、じゃあとりあえず今日のところは送るよ」
「ありがとう」
ちなみに送っていった際、英一郎さんからは「悪いことを何もしなければ儂から文句を言うことは無い」とだけ言われた。