十一話 今日何食べる?
「じゃあ何を食べるか決めようか、ショッピングモールの中だけでも結構色んなお店があるからそこから選んでもいいし、他に近くのお店に行ってみるのもありかな」
「どんなのがあるの?」
「この辺りなら結構なんでもあるかな、肉系でも魚系でも麵類でも揚げ物でも――なにか食べたいものはあるか?」
「優佑は食べたいものは無いの?」
もし氷室が食べる前に家に帰るのであればラーメンでも食べて帰ろうと思っていたが、流石に女性をラーメン屋に連れていくのはダメではないだろうか。
もしかしたらそういったものに抵抗が無い人も居るだろうが、氷室がそうであるかどうか分からない以上第一案としてはあまり得策ではないだろう。
かといって、直ぐに食べたいものが他に思い浮かぶかというとそういう訳でもない……さて、どうしたものか。
「あー……氷室は少しこってりしたものって大丈夫か?」
「食べ過ぎなければ大丈夫」
「嫌なら全然断ってくれていいんだが、ラーメンはどうだ?」
「ラーメン……」
「やっぱり他が良いよな、ちょっと考えてみるから――」
やっぱりラーメンはダメだったか、と他にこの辺りで美味しかった店を思い返そうとして、それを氷室に止められる。
「そうじゃない、お店でラーメンを食べたことが無かったからちょっとびっくりしちゃっただけ。嫌とは言ってない」
「……なら行ってみるか?」
「ん、楽しみ」
まさか店ラーメンを食べたことが無いとは思わなかったが、この近くにはかなりおいしいラーメン屋があるので初めて食べるなら丁度よかったとも言えるだろう。
ショッピングモールを出ると太陽はほとんど顔を隠して、丁度仕事終わりの人や部活が終わって帰る学生が多いのか、駅前は結構な人で賑わっていた。
不意に服の後ろが引っ張られたので何かと思って振り返ると、氷室が控えめに俺の服をつまんでいた。
「何かあったか?」
「人が多かったから……」
「確かにはぐれたら大変だし、しっかり掴んでもいいんだぞ」
「……分かった」
するとあろうことか氷室は俺の手首を握ってきたではないか。
俺はてっきり服をもう少しちゃんと掴んでてもいいぞという意味で言ったつもりだったのだが、まさか手首に触れられるとは思っていなかったので心拍数が一気に上がる。
「ひ、氷室さん? なぜ俺の手首を……?」
「服は掴むと伸びちゃう……手は嫌?」
「嫌というよりむしろ……じゃなくて氷室は抵抗無いのか? 手首とはいえ男の体に触れる事に」
「む、確かに言われるまで考えてもなかった。でも気付くとちょっと恥ずかしいから、やっぱり服でも良い?」
「ああ……そうしてくれ」
恥ずかしいと言っていた割に氷室の表情はほとんど変わっていない。
さっきまで男として認識されて無かった事を悲しむべきか、それとも今は俺を男だと認識してくれた事を嬉しむべきか……
「さて、目当てのラーメン屋はここだ」
「おー、なんかすごい」
「なんかってなんだ……まあとりあえず入るか」
「ん」
扉を開ければ、ラーメン屋特有の香りと少しの熱気が頬を撫でる。
時間帯のせいかそこそこ席が埋まっている事もあり、俺と氷室はカウンターの席に座った。
「俺は醬油ラーメンを食べようと思ってるけど氷室はどうする?」
「私はよく分からないから優佑と一緒のにする」
「了解。注文いいですか? えっと、醬油ラーメンの大を一つと――」
「同じのの並を一つ」
「両方とも固めでお願いします」
個人的にラーメンは醬油一択なのだが、やはり好みはあるだろう。
氷室は自分の好みが決まっていないだろうから、ここで醬油派に是非とも引き入れたいところだ。
コホン、まあ冗談は置いておいたとしても、醬油はオーソドックスだし食べやすいから問題ないだろう。
「……今日はありがとう」
「どうした? いきなり」
「私、友達と外で一緒に買い物したりご飯食べたりするのが初めてで迷惑かけたと思うけど、優佑は何も文句を言わなかった」
「それを言うなら俺だってこんな経験今までに無いさ、それに迷惑をかけられた記憶なんて無かったと思うけど?」
そもそも友達は迷惑をかけてなんぼな関係なのではないだろうか。
今まで友達が片手で数えられる程しか居なかったのでなんとも言えないが、少なくとも迷惑すらかけられないような相手の事を友達とは呼べない気がする。
まあだからこそ友達というのは面倒なものでもあり、ありがたいものでもあると思う。
「……また一緒に行ってくれる?」
「いっぱいは大変だから偶にならな」
「ん、やっぱり優佑は優しい」
人付き合いは面倒だと、そう思っていたが氷室はそう考えてそれを拒んでいる俺の心の隙間をスルッと抜けて入ってきた。
関わりこそまだたったの数日でしかないが、裏表が無いというか、内心では悪口を言うような性格ではない氷室だからこそ、他の人に比べて一緒に居ても苦にならない……気がする。
「っと、せっかくラーメンがもうきたんだし、伸びないうちに食べるぞ」
「ん、いただきます」
「……いただきます」
少しくらい人と一緒にご飯を食べるのも悪くないなと、そう思った一日だった。