クモをつつくような話 2022 その2
6月1日、午前1時。
肉団子をもぐもぐしているオニグモのサツキちゃんに体長7ミリほどの甲虫をあげてみた。すると予想通り、ゆっくり近づいて脚でチョンチョン。さらにしばらく様子を見てから牙を打ち込んで捕帯を巻きつけ始めた。なんとも消極的な狩りである。ガのように急いで牙を打ち込まないと逃げられてしまうような獲物ではないしな。
去年、オニグモのデンちゃんが住居にしていた金具の陰を覗いてみたら、残されていた卵囊が小さくなっていた。その側には体長4ミリほどのヒメグモの仲間らしいクモがいて、小さな卵囊も1個あった。どうも、この子がデンちゃんの卵囊を食べているのらしい。クモの糸はタンパク質でできているので栄養豊かなはずなのだが、クモ以外は食べないようだ。鳥などにとっては食べにくいのか、あるいは消化し難いのかもしれない。
午後6時。
ゴミグモ母さんともう1匹、体長8ミリほどのゴミグモ(「ゴミグモ姉ちゃん」と呼ぼう)に体長5ミリほどの甲虫を羽を広げた状態にしてからあげてみた。結果は2匹ともほぼ同じで、何度もつま弾き行動をしながら獲物に歩み寄り、さらに直接脚先でチョンチョンしてから捕帯を巻きつける、だった。今のところ、先に牙を打ち込むか、捕帯を巻きつけてから牙を打ち込むかの判断基準は獲物の体重にある、と言えそうだ。
面白いのはその先で、ゴミグモ母さんは仕留めた獲物をホームポジションに持ち帰って食べ始めたのに対して、ゴミグモ姉ちゃんはその場で食べる様子を見せたのだった。重いので運びたくなかったのか、あるいは、人間が空腹のあまり立ったまま鍋から食べるようなものだったんだろうか?
午後3時。
光源氏ポイントにジョロウグモの幼体らしい体長3ミリほどのクモが1匹だけいた。
近くの車道では体長35ミリほどのスズメバチがうろうろしていた。車にはねられたのかもしれない。轢かれるとかわいそうなので、バンダナでガードレールの外へ掃き飛ばしておく。
午後8時。
また外した。住居にこもっているオニグモの姉御の隣に脱皮殻があったのだ。このところ、予想する度に外しているような気がする。もう予想するのはよそう。〔…………〕
姉御の体長は変わっていないようだが、頭胸部が一回り大きくなったかもしれない。これでお尻が大きくなれば体長30ミリに達するかもしれない。〔予想してるじゃねーか〕
しかし、ただ脱皮するだけにしては絶食期間が長すぎるような気もする。「あんまり早くオトナになってもいいことないから成長を一時停止するつもりで絶食してたんだけど、気が付いたら脱皮しちゃってたの」とか?
作者が手を出しているので、姉御は完全な野生状態とは言えないのだが、こういう場面でも使える奥の手があれば、より多くの子孫を残すことができるのかもしれない。
6月2日、午後2時。
車にはねられたらしい体長20ミリほどの細身のガを拾ったので光源氏ポイントまで持って行った。円網に卵囊を1個取り付けているゴミグモにこれをあげると、この子はしばらく様子を見てから駆け寄って、ガの翅の先端に取り付き、翅の縁沿いに移動してガの胸部に牙を打ち込んだようだった。その後、この子は翅の面積の広さに苦労しながらもDNAロールまで使って捕帯を巻きつけ、最終的にはインドのナンのような形にしてホームポジションに持ち帰った。オニグモのように住居に持ち帰って食べることまで考慮しなくていいのなら棒状に整形する必要はないわけだ。
そして、捕帯を巻きつけると獲物が横糸の粘球にくっつき難くなるんじゃないかという気もする。牙を打ち込まれて動きを止めた獲物の抵抗を封じる必要はないだろうし、ジョロウグモが捕帯を巻きつけずにホームポジションへ運ぼうとした獲物が横糸にくっついてしまって、仕方なくそこで食べ始めたという観察例もあるし。
6月3日、午前2時。
ゴミグモ母さんとゴミグモ姉ちゃんがぺったんぺったんと卵囊を造っているところだった。
なお、この時間のゴミグモは上を向いていることが多いようだ。もしかすると夜露で水分補給をしているのかもしれない。ただし、観察例が少ないのですべてのゴミグモに共通する行動だとは言えないし、連続的に観察しているわけでもないから何時頃上向きになって、何時頃になったら下向きに戻るのかもわからない。
午前6時。
廃屋ポイントで円網を張っている体長3ミリほどのジョロウグモの幼体を数匹確認した。
6月4日、午後2時。
光源氏ポイントにいるゴミグモの1匹はすでに2個の卵囊をゴミに紛れ込ませているのだが、その円網の隅に雄が1匹いる。これはどういうわけだ? この雄は妊婦が好きなのか? それとも産卵した分貯精囊の精子が減るので補給するために控えているのか? わからん。
午後4時。
涸沼の近くで体長2ミリくらいの子グモのまどいを見つけた。で、数センチ離れたところには脱皮殻も数十個あったのだ。画像はブレブレで確認できないのだが、ジョロウグモの子どもたちなのかもしれない。
6月5日、午前1時。
オニグモのサツキちゃんは円網を回収しようとしているようだった。
ゴミグモ姉ちゃんに体長5ミリほどのかなり弱った甲虫をあげてみた。姉ちゃんはつま弾き行動をしながら慎重に甲虫に近寄って、さらに何度もチョンチョンしてから牙を打ち込んだようだった。その後も少しずつ位置を変えながら牙を打ち込んでいるようだったから牙で貫ける場所を探っていたのかもしれない。今回も最初から諦めて獲物を円網から外すだろうと予想していたのだけどなあ。あまり暴れないから仕留める気になったのか、それとも、危険を冒しても狩りをせざるを得ないほど空腹だったのかわからん。野生のクモの場合、同じ条件で実験できないのがつらい。
午前6時。
オニグモのサツキちゃんの円網の直径は約40センチ。横糸の間隔も広めだった。いかにも食欲がなさそうな円網だ。もっと早い時間帯に張り替えるようになるまで獲物をあげないようにしようかと思う。
6月7日、午前10時。
ゴミグモ母さんは小さめで横糸の間隔が広めの円網を張っていた。昨日は1日雨だったせいなのか、あまり空腹ではないということなのかもしれない。
6月8日、午前11時。
オニグモの姉御が住居にいなかった。いつまでもお婿さんが現れないので、夫を求めて三千里の旅に出てしまったのかもしれない。あるいは、作者が頻繁にライトの光を当てていたので「もういや! 出て行くわ」ということなのかも。野生動物の観察ではよくあることである。
サツキちゃんも糸1本だけしか残していないから引っ越した可能性がある。
昨日は雨だったせいか、ゴミグモ母さんも円網を張り替えていない。冷蔵庫の中のガの在庫が無駄になってしまいそうだ。
午後2時。
光源氏ポイントには体長7ミリほどのナガコガネグモの幼体が現れていた。隠れ帯は楕円形とI字形の複合型だ。
6月9日、午前11時。
ゴミグモ母さんの卵囊が2個に増えていた。横糸も円網の中心近くまで張ってあったので、食欲はありそうだと判断して冷蔵庫の中で力尽きていた体長15ミリほどの細身のガをあげてみる。ゴミグモ母さんにとっては大型の獲物だが、力尽きているという点で相殺できるだろうという判断である。
ゴミグモ母さんは最初は知らん顔をしていたのだが、ふいにガの方を向くと、慎重に近寄ってガの胸部に牙を打ち込んだ。さすがにこれだけ大きな獲物だと捕帯を巻きつけるのにも苦労している様子だったが、一通り捕帯を巻きつけると、ガをそこに置いたままホームポジションに戻って休憩し、それからガをホームポジションに持ち帰ったのだった。
午後2時。
光源氏ポイントにいたコガネグモ(今年の「コガネちゃん」と呼ぼう)は体長12ミリにまで成長していた。円網の直径は20センチ強で、隠れ帯は左下に一本だけ。体長4ミリほどのアリをあげると、素早く近寄って捕帯を巻きつけ、獲物をそこに置いたままホームポジションに戻って休憩を始めた。やはり捕帯を巻きつけたら一休みというのがコガネグモ流の狩りの作法であるのらしい。これでは大暴れする獲物には逃げられてしまうと思うし、実際、去年のまん丸お尻ちゃんはハチに逃げられていた。それでもこういうやり方をするということは、大暴れするような獲物には逃げられてもいいという考え方をしているのかもしれない。あるいは、獲物がもがくことで体力を消耗すれば、より安全に仕留められるということなのか、だな。
気が付いたら足元で体長3ミリほどのジョロウグモが腰を振っていた。小さくてもこういうところは一人前である。
午後10時。
倉庫の換気口の奥にオニグモのサツキちゃんらしいシルエットが見える。引っ越したのではなく、絶食しているだけなのかもしれない。
6月10日、午前6時。
ゴミグモ母さんとゴミグモ姉ちゃんにガガンボをあげてみた。ところが、2匹とも飛びついて牙を打ち込んだのはいいとして、捕帯を巻きつけるのに苦労しているのである。翅は脚で押さえながら捕帯を巻きつければいいのだが、やたら長い脚まで巻き込もうとするので「脚の先端はどこなのよー」ということになるのらしい。円網の上をウロウロしながら「手際がいい」とは言えない狩りをしていた。ガガンボの脚などほとんど食べるところがないのだから噛み切って捨ててしまえばいいだろうと思うのだが、それはそれで円網から脚を外すのに手間がかかるし、かといって、円網に脚が残ったままだと獲物がかかったことを感知し難くなるということなのかもしれない。ゴミグモにとってはあまりありがたくない獲物のようだ。ただし、見ていて面白いので脚を外してからあげるということをするつもりはない。
6月11日、午後2時。
光源氏ポイントのコガネちゃんはまた数十センチ引っ越していた。円網のサイズはほぼ同じで、隠れ帯も左下の一本だけと変わっていない。
そのコガネちゃんには体長20ミリほどのガガンボをあげてみた。結果はというと、先に捕帯を巻きつけてから牙を打ち込む、だった。オニグモやゴミグモであればまず牙を打ち込むであろう、体重が軽くて翅を持つ獲物だったのだが、どうしても捕帯を巻きつけたいということらしい。それでも休憩せずに牙を打ち込んだということは、獲物が軽いので、より積極手的な手順に切り替えたということなんだろうかなあ。
去年から目を付けていたナガコガネグモの卵囊(直径約15ミリ)を回収した。直径1ミリほどの穴が2個開いていたので出囊済みという判断である。
午後8時。
廃屋ポイントにあったナガコガネグモの卵囊(直径約10ミリ)も回収した。穴は1個。
そうなると困るのが去年の6月に回収したおかみさんの卵囊(直径約17ミリ)で穴が見当たらない。おかみさんはだいぶ長い間獲物を食べることもせずにお婿さんが現れるのを待っている様子だったのだが、結局交接できずに無精卵を産んだのかもしれない。越冬できないクモが成長に手間取るとこういうリスクもあるのだな。合掌。
6月12日、午前3時。
ゴミグモ姉ちゃんがお尻でぺったんぺったんしていた。卵囊らしいものは見えないからこれから産卵するんだろう。それにしても、どうして卵囊を作るときだけ大きくお尻を上げてぺったんぺったんなんだろう? 例えば、しおり糸を円網などに固定する時にはチョン程度の動きで十分なのだ。それなのに卵囊の時にはお尻を60度以上にまで振り上げて打ち下ろすのである。勢いよくお尻を打ち付けることにどんな意味があるんだろうか? あり得る可能性としては、大きな動きによって卵囊の強度が上がるのかもしれないということくらいだが……。
午前11時。
産卵を終えたゴミグモ姉ちゃんは横糸が五本しかない円網にしていた。出産祝いはもう少し後でということにしよう。
ゴミグモ母さんは横糸を張っていなかった。
廃屋ポイントのフェンスの鉄棒の間にはジョロウグモの子グモが少なくとも51匹いる。体長3ミリほどの子が2匹で、他は2ミリクラスである。
6月13日、午前6時。
ゴミグモ姉ちゃんが横糸を張っているところだった。ゴミグモが日の出から二時間以上も経っているこの時間に張り替えを終えていないのは珍しい。待つ気にもなれなかったので体長20ミリほどの羽ばたけないほどに弱ったガを未完成の円網に投げ込んだ。姉ちゃんは驚いた様子でゴミの中に逃げ込み、ガードを固めたのだが、しばらくしてから見に行くとDNAロールで捕帯を巻きつけているところだった。DNAロールは幼体を含む小型のコガネグモ科のクモが大型の獲物を仕留める時によく使われるテクニックなのだが、ゴミグモでは初めての観察例かもしれない。ゴミグモが「手に負えない」と判断した場合には、獲物が円網から外れて落ちるように強いつま弾きをすることが多いのだ。どうしても仕留めたいと思うほど空腹だったのかもしれない。
スーパーの東側には引っ越してきたらしい体長10ミリほどのゴミグモが現れた(この子のゴミはテントウムシ1個だけ)。ここに居着いてもらいたいので、体長5ミリほどの弱らせたアリをあげておく。
ところで、中平清著『クモのふるまい』(昭和58年発行)の「ゴミグモ」の章には「何かの都合で止むを得ず移転する時にはリボンを運んで行く」(この「リボン」とはゴミのリボンのこと)という記述があるのだが、作者はゴミグモのそういう行動を見たことがない。ゴミグモの生息密度などの理由で作者がまだ出会っていないだけのことなのか、あるいは、中平先生は高知県の方らしいので茨城県のゴミグモとでは習性に違いがあるという可能性もあるだろう。
午前10時。
今朝アリをあげたゴミグモの姿が見えない。アリもかかった場所に固定されたままだ。夜行性のゴミグモなんだろうか? オニグモの霊にあやつられている、とか?〔んなわけあるかい!〕
午後2時。
アジサイが見頃になりつつある。
光源氏ポイントのコガネちゃんはまたまた数十センチ引っ越していた。円網の隠れ帯は下二本と右上一本。X字形になるまでは食欲があるのだろうという判断で、ほとんど力尽きているガガンボをあげたのだが、知らん顔をしている。ゴミ判定をされたのかと思ってツンツンしてみたのだが、それでも反応しない。と思っていたら、ふいにガガンボの方を向き、ゆっくり近寄って牙を打ち込むと、強引に円網から引き抜いてホームポジションへ持ち帰ったのだった。今回も捕帯を巻きつけてから休憩するのだろうと予想していたのに、またまたハズレである。
これは体重が増えた分、積極的な狩りができるようになったということなのか、あるいは、あまり空腹ではないので、捕帯を使ってまで確実に仕留める必要はないという判断なのかもしれない。いずれにせよ、観察を続けるしかないようだ。
光源氏ポイントにいるナガコガネグモの最大の幼体は体長10ミリ弱に達していた。ジョロウグモは最大でも4ミリ弱だからだいぶ差が付いている。ナガコガネグモは大型の獲物でも、まず捕帯を巻きつけることで抵抗を封じてから牙を打ち込んで仕留めることができる。ジョロウグモも薄い捕帯を持ってはいるが、獲物を仕留める時は直接牙を打ち込むことが多い。実際、ジョロウグモが諦めてしまうような大型の獲物でもナガコガネグモなら仕留めてしまうことがよく観察されている。この時期の体格に差が付いてしまうのはそのためだろう。まあ、大事なのは子孫を残すことであって、成長が早いか遅いかではないのだろうが。
午後2時。
光源氏ポイントで体長15ミリほどのイオウイロハシリグモを見つけた。ハエトリグモなどまで含めて徘徊性のクモは待ち伏せ型に比べて、より多くの酸素を取り込む必要があるはずだが、どんな呼吸システムを持っているんだろうかなあ。
6月16日、午前6時。
ゴミグモ母さんに体長20ミリほどの細身のガをあげてみた。ゴミグモ母さんは積極的にガの翅につかみかかって、翅伝いに胸部に近づこうとしたのだが、ガが羽ばたき始めると振り回されて翅の先端の方にずれていってしまうようだった。やがて翅がボロボロになったガは穴だらけの円網から外れて落ちてしまった。ゴミグモの短い脚では広げると70ミリ近い幅になる翅を抱え込むのは無理だったようだ。
観察例は少ないのだが、今のところクモに対するガの武器は鱗粉と羽ばたきであると言えそうだ。オニグモもガに対しては胸部に牙を打ち込むのと同時に翅を抱え込もうとするしな。
午後1時。
光源氏ポイントのコガネちゃんの隠れ帯が四本になっていた。とは言っても上側2本はハーフサイズだが。そして画像を拡大してみると、頭胸部の辺りにもごくわずかに隠れ帯のような白いものがあるようだ。腹面側からやって来る獲物に対する警告用だろうか?
体長10ミリ弱のナガコガネグモは3匹に増えていた。より小型の個体は数え切れないくらいいる。
低木の葉の上に体長5ミリほどのナカムラオニグモらしいクモがいたので、その近くにあった円網に体長4ミリほどのアリを投げてあげた。この子はいったんホームポジションに戻って、つま弾き行動をしてからアリに駆け寄って捕帯を巻きつけていた。いかにもオニグモの仲間らしい狩りである。
6月17日、午前6時。
光源氏ポイントのコガネちゃんはX字形の隠れ帯を完成させていた。というわけで、持って行ったアリなどはナカムラオニグモやゴミグモたちにあげてしまう。
6月20日、午前6時。
光源氏ポイントのコガネちゃんの脚が長くなったような気がする。そこで17日に撮影した画像と比べてみると第三脚の先端の位置がお尻の後方にまで伸びている。円網も張り替えていないようだし、脱皮したのだろう。脱皮したのなら3日以内に隠れ帯を外すんじゃないかと思う。〔ほらまた予想してる〕
もしかすると、17日に隠れ帯を完全なX字形にしたのは脱皮の準備だったのかもしれない。脱皮するためには現在の外骨格の下に隙間を作らなくてはならない。絶食する必要がある時に獲物がかかっても迷惑なだけだろう。しかし、こうなってみると二日間観察をサボったのは失敗だったなあ。
I字形の隠れ帯の下側を二本にしているナガコガネグモの幼体(いずれも体長12ミリクラス)を3匹見つけた。よほど食欲がないと見える。
光源氏ポイントのナガコガネグモで最大クラスの3匹は15ミリを超える体長になっていた。
6月21日、午前6時。
ゴミグモ姉ちゃんが円網の横糸を張っているところだった。この子は割と遅めの時間帯に円網を張り替えることにしているようだ。今朝捕まえたチャバネゴキブリを少し弱らせてからあげると、いったんはゴミの中に逃げ込んだものの、すぐにつま弾き行動をしながら獲物に近寄って、慎重にチョンチョンしてから牙を打ち込み、それから捕帯を巻きつけ始めた。これは軽めの獲物を仕留める時の手順だ。チャバネゴキブリは体長の割に軽いのかもしれない。
ゴミグモ母さんには体長5ミリほどのアリ。こちらはまず捕帯でぐるぐる巻きにしてから牙、だった。
午前7時。
光源氏ポイントのコガネちゃんは20センチほど引っ越して円網を張っていた。直径は約40センチで隠れ帯は下側にハーフサイズを二本。今までとは違って、上下左右が開けた場所に張っている。いかにも食欲がありそうな様子である。体長10ミリ弱のアリをあげると積極的に飛びついて捕帯を巻きつけていた。アリをホームポジションに持ち帰ってから体長8ミリほどの甲虫もあげておく。
体長20ミリほどの新たなコガネグモも現れた(今年の「オオガネちゃん」と呼ぶことにしよう)。この子はコガネちゃんから約二メートルの位置に直径約60センチの円網を張っている。隠れ帯は下側二本。オトナになったので、「卵を造るために積極的に食べるわよ」という意思が感じられる円網である。ちょうど交尾中だったカメムシ2匹をまとめてあげると、やはり積極的に捕帯を巻きつけて、一塊にしてからホームポジションに持ち帰っていた。
なお、ここにいるジョロウグモの幼体で最大クラスの個体は体長4ミリほどだった。
午前11時。
今日は燃えるゴミの日だったので、集積所でカラスが穴を開けたゴミ袋に群がっていたハエを4匹捕まえた。食べ盛りのコガネグモが2匹に増えたし、オニグモのサツキちゃんもおそらく7月始め頃には円網を張るだろうし。
6月22日、午前11時。
ゴミグモ母さんの卵囊は4個に増えていた。出産祝いに体長4ミリほどのアリをあげると、母さんはすぐに駆け寄って捕帯を巻きつけていた。そこで気が付いたのだが、母さんのお尻の腹面がぺったんこになっている。産卵しただけで娘体型に戻ってしまうのである。卵と卵囊用のタンパク質がぽっこりお腹になるほどに詰まっていたというわけだ。
そしてもうひとつ、円網に付けられているゴミリボンの位置が下がっている。今現在、母さんはゴミリボンの上端にいる、というか、上端がホームポジション近くまで下がっている。画像がないのだが、以前はゴミリボンの中央辺りにいたはずだ。中平清著『クモのふるまい』の「ゴミグモ」の章には「クモは、このリボンの上端に、リボンを見守る形で止まっている」とう記述があるのだが、そういう状態に近い(ただし、『クモのふるまい』に掲載されている写真のゴミリボンはゴミグモの上の方まで伸びている)。卵囊の重さで下がってしまうのか、あるいは、リボンの上の方のゴミを外して卵囊のカモフラージュに使っているのかもしれない。
6月23日、午前7時。
光源氏ポイントのコガネちゃんはまた20センチくらい引っ越して、より開けた場所に円網を張っていた。その隠れ帯は下側二本のままだが、少し長めになったようだ。冷蔵庫の中で力尽きていたハエをあげると積極的に飛びついてくる。ハエの在庫はまだあるので、間を開けてもう1匹あげておく。早ければ明日には隠れ帯が三本になるだろう。
円網を張り替えた様子がないオオガネちゃんにもハエを2匹。二匹目に対しては知らん顔をしているのでハエをツンツンして「早く仕留めないと逃げちゃうぞ」アピールをする。おまけにそこらにいた体長40ミリほどのあまり元気そうではないトンボも1匹あげておく。できればここで産卵して欲しいのだ。
体長5ミリほどのナガコガネグモには体長10ミリほどのカメムシをあげてみた。ゴミグモやジョロウグモなら手を出さないような体格差だが、幼体でもさすがはナガコガネグモ。獲物の下に入り込んで捕帯を投げ上げる……のだが、カメムシの右側の脚三本にしか届かない。当然カメムシは残りの脚でもがき続けるわけで、そのうちに円網の上を転がって左側が下になった。するとこの子は、カメムシの左側の脚にも捕帯を投げ上げてから、カメムシの左上で円網を切り開いた。宙吊りになったカメムシをDNAロールでぐるぐる巻きにして完全に動きを封じると、カメムシの腹部腹面と頭部の付け根の背面側に牙を打ち込む5ミリちゃんだった。指をカメムシ臭くしたのに見合うだけの観察ができたと思う。
体長17ミリのナガコガネグモは円網を張り替えていない。それどころか、横糸を1本も張っていない。脱皮するつもりだろうか?
体長10ミリほどのゴミグモにガガンボをあげてみると、まず捕帯を巻きつけて、それから牙を打ち込んでいた。活きのいいガガンボだったから、まず牙を打ち込むという手順を予想していたのだけどなあ……。
午前11時。
スーパーの東側にナガコガネグモとジョロウグモの幼体が現れた。ナガコガネグモは1匹だけで体長4ミリほど、ジョロウグモ2匹は体長2ミリほどだ。
ついでに廃屋ポイントにも寄ってみたのだが、体長4ミリクラスのジョロウグモは見当たらなかった。街中だと獲物が少ないとかで成長が遅くなるのか、あるいは、出囊するのが遅かったのかもしれない。
6月24日、午前11時。
オニグモのサツキちゃんが住居にしている換気口のルーバーの隙間からクモの脚が1本垂れ下がっていた。脱皮したんだろう。
午後2時。
光源氏ポイントのコガネちゃんは円網を張り替えなかったようなのだが、昨日捕まえた体長20ミリほどのガをあげてみた。コガネちゃんはガに駆け寄ったのだが、結局は逃げられてしまった。昨日ハエを2匹あげたばかりだし、あまり空腹ではなかったのかもしれない。しかし、ゴミグモだと「慎重」というイメージなのに、コガネグモだと「鈍くさい」という感じになってしまうのは何故なんだろう? 大柄なせいだろうかなあ……。
オオガネちゃんの円網もかなり汚れていたのだが、隠れ帯は外してあった。食欲はあると判断していいんだろうか? 肉団子をもぐもぐしていたから食べ終わってから円網を張り替えるのがコガネグモの作法なのかもしれない。体長40ミリほどのトンボを円網にくっつけておく。食べたくなったら食べてくれればいい。
体長10ミリほどのナガコガネグモの1匹は脱皮の途中だった。「生着替え」である。〔こらこら〕
午後3時。
用水路脇の枯れ草に白い糸の塊がいくつも付いていたので、その一つに近寄ってみると、その表面に体長5ミリほどのお尻が三角形のクモが取り付いていた。触肢が太いようだからナカムラオニグモの雄だろう。もちろん糸でできた住居の内部には同じくらいの大きさの雌らしいクモがいる。雌がオトナになるまでそこで待つつもりらしい。これこそが雄のあるべき姿だと作者は思う。地球の生物の雄にとって大事なことは子孫を残すことだけだ。人間の雄のように地位や財産を求めるのは邪道だろう。
「なぜ? 誰が世界をこんなふうにしてしまったのでしょう」
6月25日、午前11時。
十王ダム経由で一一五キロ走ったら腰にきた。
「認めたくないものだな。自分自身の老いたがゆえの衰えというものを」〔そのギャグは二度目だぞ〕
6月26日、午前1時。
夜中だというのに気温が下がらない。
十王ダム付近を飛んでいるところを捕まえたカゲロウが冷蔵庫の中で力尽きていた。24時間も経っていないのに、なんと短い命であろうか。
ひんがしの
野にカゲロウの
飛ぶ見えて
捕まえたるも
命はかなし
甲虫は冷蔵庫に入れても比較的長期間生きていてくれるのだが、飛行を主な移動手段としているハエやガはすぐに力尽きてしまうようだ。ポリ袋に入れたままで冷蔵しても羽ばたき用の筋肉を使ってしまっているのか、あるいは体重が軽い分、耐久力も弱いのかもしれない。
午前7時。
光源氏ポイントのコガネちゃんは五メートルほど引っ越したらしかった(別のクモという可能性も否定できないが)。体長は22ミリほど。オオガネちゃんと遜色ない体格になっている。円網の直径は約80センチで隠れ帯は向かって左下の1本だけ。
オオガネちゃんの円網は直径約60センチで鱗粉らしい汚れが付いているし、穴もいくつか開いている。相変わらず隠れ帯はなし。もしかしてこの子は隠れ帯を使わずに円網を張り替えないことで獲物がかかる量をコントロールするつもりでいるんじゃないだろうか? すでにどすこい体型になっているので、獲物を投げてあげても「やれやれ、どっこいしょ」という様子で歩み寄っていく。
第三、第四のコガネグモも現れた。体長はどちらも17ミリくらい。隠れ帯は下側2本。いったい何が起こっているんだろう? 今年はコガネグモの当たり年なのか?
で、当たり前のように第五のコガネグモも現れるんだ、これが。この子は体長12ミリほど。直径約40センチの円網には隠れ帯が付けられていなかったので、食欲はあるんだろうと判断して体長40ミリほどのトンボをあげると、すぐに飛びついて、捕帯をこれでもかこれでもかとばかりに巻きつけていた。コガネグモならば食欲があるかないかはだいたいわかるようになってきたと思う。オオガネちゃんは例外だが。
ナガコガネグモはすでに体長15ミリになっている子が数匹いた。
ジョロウグモの最大クラスは体長8ミリほどの子が2匹だ。で、そのうちの1匹に体長4ミリほどのアリを弱らせてからあげてみた。ジョロウグモにとって体長で二分の一の獲物というのは、うかつに手を出せない大きさである。食べなければ成長できないが、逆襲されて大けがをしたり、殺されたりというのでは本末転倒というものだ。さあどうする?
この子はアリに駆け寄ったのだが、そこで獲物の重さに気付いたらしくて脚先が届く間合いには入ろうとしない。それでもアリの抵抗が弱いので円網の端やホームポジションに避難することもない。アリまであと半歩という間合いでしばらくの間様子を見て、「イケる」と判断してから踏み込んで、牙を打ち込んでいた。ジョロウグモは強力な捕帯で獲物の抵抗を封じてしまうということができないので、その分高度な判断力が要求されるのである。しかも、こんな幼体のうちから。
午前11時。
作者の自宅の玄関には体長2ミリほどの多分オオヒメグモが居着いているのだが、この大きさだとカメラのオートフォーカスが効かない。その上、すぐに物陰に潜り込んでしまうのでまだ撮影できていない。なかなかやっかいな子である。
※後でわかるのだが、この子はマダラヒメグモ。
6月27日、午前4時。
オオガネちゃんは円網の下の草の葉の上にいた。何があったのかまではわからない。危険を感じたので避難したのかなあ。しばらくすると円網に戻ったから、たいした問題ではないのだろう。
よく見ると、オオガネちゃんの薄汚れた円網には隠れ帯が付けられていた。下側の左右に点が一つずつだから「帯」とは言えないかもしれないが。というか、まだまだ食い足りないのかよ!
さて困った。この季節にはまだイナゴの成虫がいないのだ。大きめのワラジムシを集めようかなあ……。
コガネちゃんの円網は直径約60センチ。どうしてコガネグモは円網を一気に大きくするんだろう? オトナになる時期が近づくと開けた場所へ引っ越していくから、大きな円網も張れるようになるわけだが……産卵に備えて食いまくろうということなんだろうかなあ。すでにどすこい体型だというのに。
殻の長さが40ミリほどのサワガニが車道を歩いていた。水田の中の農道では十数匹のアメリカザリガニが車に轢かれていた。
6月28日、午前6時。
光源氏ポイントのコガネちゃんの円網の隠れ帯は下側にフルサイズ2本になっていた。どうも獲物を食べてから2日くらい経つと隠れ帯に変化が現れるような気がする。冷蔵庫の中で力尽きていた体長50ミリほどのトンボと体長20ミリほどの細め体型のガをあげておく。
オオガネちゃんは円網ごと姿を消していた……と思ったら、数メートル離れた場所のススキの葉の下で体長22ミリほどのコガネグモを見つけた(円網はなし)。もしかしたら、この子は産卵を済ませてお尻が細くなったオオガネちゃんではあるまいか? 昨日見た時に円網から離れていたのも産卵前の異常行動だったのかもしれない。
※ウィキペディアの「コガネグモ」のページには「メスは卵を糸でくるみ、卵囊にして網の片隅にぶら下げる」と書かれているのだが、作者はそういう卵囊を見たことがない。いままで見てきた中で一番円網に近かったのは、コンビニの駐車場のフェンスの近くにいた個体で円網の面から10センチくらいの場所にヒメグモ科のような不規則網を張って、そこに卵囊を吊していた(その他に円網からそれぞれ数十センチのところに2個)。後は円網から約50センチ、糸伝いに歩くと二メートルくらいの位置に1個だけ取り付けていた子が1匹である。検索してみても、円網の端の卵囊の画像は見当たらなかった。これはただ単に、ウィキペディアに書き込んだ人が観察した個体だけが適当な産卵場所がないので仕方なく円網に取り付けてしまったという程度の話なんじゃないか? これもまた、クモ学の世界ではよくある、たいした根拠のない古い言い伝えなんだろう。
体長8ミリほどのジョロウグモの円網に50ミリほどもあるトンボがかかっているのも見つけた。よくもまあ、バリアーをすり抜けられたものだ。ジョロウグモはもちろん円網の隅に避難している。念のためにトンボをツンツンしてみたのだが、まったく反応がない。トンボのツルツルした羽は横糸の粘球が効きやすい。べったり貼り付いてしまうと、いくらもがいても逃げられないのだろう。しかし、こんな巨大な獲物を食べようという気になれるんだろうかなあ……。
午前7時。
光源氏ポイントから数キロ先の道路標識にも体長22ミリほどのコガネグモがいた。円網の直径は約70センチ。隠れ帯は下側2本である。その下の草地には体長40ミリほどの細い体型のバッタの子虫がいたので、この子にあげておく。
6月29日、午前6時。
光源氏ポイントのコガネちゃんは直径約70センチの円網を張っていた(隠れ帯は右下1本)。今回はまず体長20ミリほどのガをあげて、それに捕帯を巻きつけてホームポジションに固定したところで体長10ミリほどの甲虫をあげてみた。すると、コガネちゃんはすぐに甲虫に駆け寄って捕帯を巻きつけ始めたのだが、これがなかなか終わらないのだ。ガは腹部の模様が透けて見えるくらいなのに、甲虫には真っ白なミイラになってしまうほど巻きつけたのだった。強い脚を持つ甲虫なのだからそれが正解なのだが、どうしてそれが甲虫だとわかったんだろう?
オオガネちゃんはもともとの円網の位置から二メートルくらいの場所に直径約70センチの円網を張っていた(隠れ帯は下側2本)。出産祝いということで体長10ミリほどの活きのいいワラジムシを2匹あげておく。
オオガネちゃんの円網からさらに三メートルくらいの位置にも体長22ミリクラスのコガネグモがいた(円網は長径60センチ、短径40センチくらい)。さて困った。発見順でいけばこの子は4番目なのだが……ええい、「アスカちゃん」と呼ぶことにしよう。「カヲルくん」は男だし、使徒だし。〔古いって〕
ちなみに3番目と5番目の子の姿は見えない。旅の途中でキャンプしていただけだったのかもしれない。
アスカちゃんはコガネムシを食べていた。帰宅してから調べてみると、コガネムシの成虫の活動時期は4月末から10月初旬らしい。ということは、コガネグモのメインターゲットはコガネムシなのかもしれない。ああっと、だから「コガネグモ」……。〔んなわけあるかい!〕
そう考えると、オトナのコガネグモがナガコガネグモよりも高くてオニグモよりも低い位置(ツツジの梢くらい)に円網を張ることを説明しやすいかもしれない。大型のクモたちは下から順にバッタの類を狙うナガコガネグモ、コガネムシなどをねらうコガネグモ、ガを狙うオニグモ、小型の飛行性昆虫を狙うジョロウグモというように棲み分けが行われているんだろう。釣りでいう外道でも仕留められるサイズの獲物なら食べるようだが。
体長8ミリほどのジョロウグモの円網にかかっていたトンボはなくなっていた。ざっと見たところ下には落ちていなかったが、丸1日で食べきれる大きさでもあるまい。円網の糸を切って地面に落とされた後、シデムシなどに食べられてしまったのかもしれない。
体長20ミリほどになったナガコガネグモの1匹の円網には、脚だけが長い小柄なナガコガネグモがいた。どうやらこれが雄で、雌がオトナになるのを待つつもりらしい。
6月30日、午前11時。
買い物帰りに体長20ミリほどのバッタを見つけたので捕まえたのだが、思ったよりも外骨格が柔らかくて内臓がはみ出してしまった。そこで近くのツツジの植え込みを探してみると、体長7ミリほどのナガコガネグモたちがいた(隠れ帯はほとんど全員楕円形)。その中の1匹を選んで円網に落としてあげることにした。
さすがに体長で3倍近い大物では、ナガコガネグモでもすぐに飛びついては来ない。隠れ帯の中でしばらく様子を見ていた7ミリちゃんは、さほど危険な獲物ではないようだと判断すると、慎重に歩み寄って捕帯を投げ上げ始めた。しかし、体格差が大きいので捕帯はバッタの脚までしか届かない。それに気が付いた7ミリちゃんは獲物の周囲で円網の糸を切り、必殺のDNAロールに切り替えてバッタの全身に捕帯を巻きつけるのだった。体長7ミリでもナガコガネグモなのである。
それにしても、この子たちは光源氏ポイントのナガコガネグモたちと比べると成長が遅い……というか、光源氏ポイントにも7ミリクラスの子はいるから、少し早めに卵囊を出たグループがいたというだけのことなのかもしれない。
7月1日、午前6時。
光源氏ポイントのコガネちゃんの円網は直径60センチ弱で隠れ帯は左下に1本だけだった。コガネムシをあげると、今回もていねいに捕帯を巻きつけたのだが、それでもコガネムシは捕帯の下でもがき続けている。なるほど、強力な捕帯が必要になるわけだ。
オオガネちゃんの円網の隠れ帯は右下に1本だった。コガネムシよりもやや小型の甲虫をあげておく。
アスカちゃんの隠れ帯は下側2本に右上1本、左上の1本はハーフサイズだった。そしてこの子はコガネムシを2匹まとめて食べていた。その上、円網にはデザート(?)らしいコガネムシの半分くらいの大きさの獲物まで固定してある。〔主食もデザートも肉かよ〕
コガネグモの場合、円網を張る場所が数メートルずれただけで獲物の量がこれだけ変化してしまうのだな。
午後2時。
光源氏ポイントのコガネグモ3匹は全員円網を離れていた。コガネちゃんはクズの茎の下にいるし、オオガネちゃんとアスカちゃんも日陰に入っている。
ナガコガネグモやジョロウグモ、そして時にはゴミグモも真夏の晴れた日にはお尻の後端を太陽に向けて、日光を受ける面積を最小にすることがあるのだが、コガネグモのお尻は丸っこいので向きを変えてもあまり効果はない。どうしても暑い時には日陰に入るしかないのだろう。この暑さでは活動できる獲物も少ないだろうしな。
体長20ミリほどのナガコガネグモの雌と7ミリほどの雄(6月29日に見つけたカップル)は円網を挟んで見つめ合っていた。〔クモの眼では腹面は見えないぞ〕
「ナガオ君、わたし、あなたが好きよ」
「ぼ、ぼくもです。ナガコさん」
という雰囲気である。今夜辺り交接するのかもしれない。くそったれ! お前らなんか、とっとと幸せになっちまいやがれ!〔クモに嫉妬するなよ〕
雄が近くにいるナガコガネグモの雌が円網を張り替えていなかったり、糸1本だけにしていたりというのを観察するのは少なくとも二回目である。作者が近づいていくと雄は避難するのだが、雌はじっとしているというのも何年か前に見たカップルと同じだ。交接の時期には雄を食べてしまったりしないように、のんびりした性格にするホルモンでも出ているんじゃないだろうか? そういうシステムの発動は、おそらくクモの異常行動という形で現れているはずだ。今のところは後になってから「ああ、あれが予兆だったんだな」とわかる程度なので異常を感じたら観察回数を増やすようにしてはいるのだが、なかなかうまくいかない。もっとも、クモのすべてが理解できたらクモ観察などやめてしまうだろうが。
体長4ミリほどのコガネグモの幼体を2匹見つけた。今年になってから卵囊を出た子たちだとすると、産卵から出囊まで1週間としても母親が産卵したのは6月中旬ということになるんだが……。去年の秋頃に出囊していて、ただ単に成長が遅いだけという可能性もあるかなあ。
7月2日、午前6時。
光源氏ポイントにコガネグモの4番目ちゃんと5番目ちゃんが帰ってきていた。今はコガネちゃんからそれぞれ二メートルと四メートルの位置に円網を張っている。隠れ帯はどちらも下側2本。
4番目ちゃんには体長15ミリほどのコメツキムシらしい甲虫をあげておいて、それをホームポジションに持ち帰って食べ始めてから追加で体長50ミリほどのトンボをあげてみた。すると4番目ちゃんはトンボに飛びついて胸部に牙を打ち込み、それからトンボの脚に捕帯を巻きつけた。そこでホームポジションに戻り、何事もなかったかのようにまた甲虫に口を付けるのだった。うーん、甲虫の方が好きなのか、それとも仕留めた順に食べようというのかわからない。追試の機会があったらトンボを先にしてみよう。〔ちゃんと計画を立ててから実験しろよ〕
それは無理。どんな獲物が手に入るかはそこに行ってみないとわからないのだ。
コガネちゃんにはショウリョウバッタの子虫をあげたのだが、怖がって円網の外まで逃げてしまった。こういう場合は待つしかない。
しばらくしてホームポジションに戻ったコガネちゃんは「獲物なんかかかってないもん」とばかりに知らん顔をしている。ここまでは想定内である。そこで、こんなこともあろうかと用意しておいた枯れ草の茎でバッタをツンツンしてやる。するとバッタは横糸の粘球にも負けないほど強力な後脚で暴れ始める。つまり「ほらほら、とっとと仕留めないと逃げちゃうぞー」というメッセージである。これを何回か繰り返すと、さすがにコガネちゃんもその気になって、そろそろとバッタに近寄って脚先でチョンチョンする。ジョロウグモの場合だと、ここまで来ても獲物が大きすぎて危険だと判断すると諦めてホームポジションに戻ってしまったりするのだが、コガネグモ科のクモならだいたいこれで食べてもらえるのである。人間の女の子もチョンチョンだけでその気にさせられるのなら楽でいいのだけどなあ。〔女の子はもっと大事にしろ!〕
脚まで朱色のカラオニグモ(体長5ミリほど)もいたので、体長4ミリほどの甲虫をあげてみた。するとこの子は、お尻を左右に振りながらのバーベキューロールで捕帯を巻きつけたのだった。
コガネグモ科のクモのように先に捕帯を巻きつけて獲物の抵抗を封じてしまえば、後は好きなように牙を打ち込める。それなのに、ジョロウグモはいきなり牙を打ち込むのだ。何故こんな無茶な狩りをしているのに繁栄できているんだろう? 小物狙いと体型の幅広い変異と糸用タンパク質の節約だけで説明していいんだろうか?
光源氏ポイントには、もう7月だというのに卵囊が1個だけという体長10ミリほどのゴミグモもいる。その近くにいるゴミグモたちは5個以上が普通だ。体が小さいのだけが理由なんだろうかという点が疑問だったので、体長4ミリほどのアリを少し弱らせてからあげてみた。ストップウォッチを持ち歩いているわけでもないのだが、この子は獲物に対する積極性が他のゴミグモより劣っているようだった。ただし、作者はそれが悪いことだとは思わない。積極的に多数の子孫を残すのもいいだろうし、慎重に確実に少数の子孫を残すというやり方をしてもいいと思う。形質の幅が広ければ環境の変化にも対応しやすいだろうし。
ナガコガネグモのカップルは張り替えていないらしい円網で同居していた。さっさとやっちまえばいいだろうに。〔こらこら〕
午前7時。
体長20ミリほどのガを7匹捕まえた。今日は捕虫網を持ってこなかったので、サイクリングジャージをガに投げつけ、飛べなくしておいて手づかみである。捕虫網と違ってガが見えないので、慎重にめくっても半分近くは逃げられてしまった。ガを捕まえるなら捕虫網に限るな。〔当たり前だ!〕
ジャージが鱗粉まみれだ。帰ったら洗濯しなくちゃ。
午前8時。
サドルバッグの下に取り付けておいたコンパクトカメラ用のバッグが垂れ下がっているのに気が付いた。タイラップが切れてしまったらしい。帰って修理しよう。タイラップでは切れてしまうとなると、ナイロンベルトに替えるようかなあ。
7月3日、午前6時。
光源氏ポイントから数十メートル離れた水田の横でコガネグモを見つけた。体長20ミリほどとやや小柄で、直径約60センチの円網に隠れ帯は付けていない。
光源氏ポイントのコガネちゃんは円網を回収しているところだった。コガネグモとしては遅めの時間だと思うが、ショウリョウバッタの子虫を食べきるのに時間がかかったということなのかもしれない。
オオガネちゃんはコガネムシを食べていた。
アスカちゃんも肉団子のようなものを咥えている。
なお、コンパクトカメラ用のバッグはナイロン製のひもで吊り下げることにした。繊維の束なら一気に切れることはないだろう。
午前7時。
コガネちゃんは横糸を張り終えた後、ホームポジション辺りにお尻で何回かタッチしていた。脚先の爪を引っかけやすくなるように糸を張り回しているらしい。
それが済むと、肉団子を口に咥えて左下方向へ向かい、お尻を左右に振りながら隠れ帯を1本だけ取り付けた。どうして隠れ帯を付ける前に肉団子を咥えたのか、その理由はわからない。
そして、コガネグモにしろナガコガネグモにしろ、隠れ帯は下側のものから付けるようだ。これを排斥説で説明するならば、これらのクモは頭胸部を下に向けて待機しているので「弱点に向かって獲物が飛び込んで来ないようにするためだ」というところかなあ。
昨日見かけたナガコガネグモのカップルはいなくなっていた。交接が済んだので引っ越したのだろう。その代わりに(と言っていいのかどうか疑問だが)新たなカップルが誕生していた。やはり体長22ミリほどの雌と7ミリほどの雄の組み合わせなのだが、この雄がやたら元気でそこら中を駆け回っている。途中で体長8ミリほどのナガコガネグモの円網を横切ってしまって、驚いた8ミリちゃんはしおり糸を引いて下の草むらの中に避難するというありさまだ。
それでも、しばらくうろついた後はちゃんと雌の円網の上方の隅に腰を落ち着けた。こういうのを観察すると「雄は雌の所へ歩いて行く」と言いたくなってしまいそうだが、飲まず食わずで歩き続ける(雌の円網にかかっている獲物を盗み食いする奴はいるようだが)スタミナという点では大柄な雌の方が優れているような気がする。ちゃんとした比較実験は行われているんだろうか?
ジョロウグモの最大の個体は体長10ミリ弱ほどになっていた。体長4ミリほどのアリを少し弱らせてからあげると、積極的に駆け寄って脚先でチョンチョンした後、牙を打ち込んで仕留めていた。
ライムグリーンのお尻に輪郭がぼけた黄色い三日月が付いているサツマノミダマシ(体長7ミリほど)がいたので撮影したのだが、アップで撮ると太くて長い棘のようなすね毛が目立つのだった。〔「すね毛」呼ばわるするな! 感覚毛のような重要なものなんだぞ、多分〕
午後11時。
スーパーの東側の植え込みにいるナガコガネグモたちのうちの体長4ミリクラスの2匹が楕円形の隠れ帯の中に白い塊を置いていた。どう見ても繊維質のものではない。正体不明である。そもそも二個体だけというのはどういうわけなんだ?
7月4日、午前4時。
スーパーの東側の植え込みでは体長5ミリから6ミリくらいのオニグモの仲間が円網で待機していたので、6ミリの子に体長20ミリほどのガをあげてみた。この子はゴミグモ母さんと同じようにガの羽に取り付いたのだが、ガの羽ばたきに振り回されながらも胸部にたどり着いて牙を打ち込んだ様子だった。観察例は少ないのだが、今のところガを仕留める能力はオニグモの方がゴミグモよりも上だと言えそうだ。
体長5ミリほどの別のオニグモの仲間にはそこらで捕まえたガガンボをあげてみた。するとこの子はガガンボの上で糸を切って円網に大穴を開けてから捕帯を巻きつけた。うーん……飛びついて牙を打ち込むというパターンを予想していたのだけどなあ……。厄介な鱗粉を持つガではないのだから、胸部に取り付いて牙を打ち込むという仕留め方をする必要はないわけだ。ガ以外の獲物に対しては各自の判断で手順を決めればいいということなのかもしれない。
体長6ミリほどのサツマノミダマシには体長10ミリほどのアリを少し弱らせてからあげてみた。この子は素早くアリの下に入り込んで捕帯を投げ上げ、さらにバーベキューロールでぐるぐる巻きにしていた。
今年のスーパーの東側にはサツマノミダマシが多いようだ。体長6ミリから4ミリくらいの子が少なくとも4匹いる。ジョロウグモやナガコガネグモは安定しているのだが、その年その年で多数の個体が現れたり現れなかったりする種があるというのはどういうわけなんだろう? バルーニングしても完全にバラバラにならずにグループ単位で着地するのか? 歩いて行ける範囲に雌と雄がたどり着いていないと繁殖に支障が出るはずだから、それが正解なのだろうが。
体長7ミリ以下のナガコガネグモの幼体たちは元気に糸を揺らしながら縦糸を張っていた。そのスイングの幅はざっと体長の一・五倍に達する。人間で言うと、漁師が反復横跳びをしながら漁網の手入れをしているようなものだろう。ナガコガネグモは円網を揺らすのが好きで好きでたまらないのらしい。
昨日見かけた白い塊は見当たらない。というか、楕円形の隠れ帯そのものすらなくなっているから雨でたたき落とされてしまったのかもしれない。
午前11時。
光源氏ポイントのナガコガネグモのカップル(その2)の雄の方は雌のお尻に脚を2本置いていた。痴漢は犯罪なんだぞ。大婆様の「雌のお尻に手を出してはならぬ」という言葉を知らんのか!〔黙れ! そのような世迷い言許さんぞ〕
冗談はともかく、なぜ交接しないんだろう? ジョロウグモのように雌が脱皮するのを待っているのか?
今日は1匹のナガコガネグモ(体長約18ミリ)が円網に隠れ帯を付けるところを観察できたのだが、この子は大きくお尻を振り上げて捕帯用の糸を引き出してから円網に押しつけるようにしてジグザグの隠れ帯を付けていた。過去一度だけ観察した別の個体は、お尻を左右に振っているだけだったような気がするのだが、自信がなくなってきた。観察例を増やしたいところだが、円網を張り終えるまで待つのは退屈なのだよなあ。
この子にはそこらで捕まえた体長10ミリほどの太めのガをあげる。コガネグモ科らしく、素早く飛びついて胸部に牙を打ち込む18ミリちゃんだった。
光源氏ポイントにはまたもコガネグモの新顔が現れた。半径20メートルくらいの範囲に6匹というのはオトナのコガネグモとしてはかなりのクモ口密度ではあるまいか。6匹は3匹ずつに分かれて、コガネちゃんグループは草地の丈の高い草を使って円網を張り、オオガネちゃんグループは高さ二メートルほどの斜面に生えている低木を利用している。それぞれの円網の間隔は2メートルくらいだ。
オニグモの仲間などでは隣の円網と枠糸を共有したりすることもあるのだが、コガネグモは排他的な性格であるのらしい。罪もないコガネグモを捕まえてきて古代ローマの剣闘士のように戦わせるという残虐非道な遊びが今も行われているのはこういう性質を持っているからだろう。これはおそらくジョロウグモなどでは成立しないはずだ。
オオガネちゃんグループの子がコガネムシのような甲虫を食べているところは何回か観察しているのだが、コガネちゃんグループではまだ見たことがない。コガネムシの成虫は広葉樹の葉を食べるらしいから、草地よりも藪の方が獲物が多いのだろう。
ああっと、今日はサツマノミダマシの姿が見えなかったな。獲物を食べられたので夜行性に戻ったのかもしれない。オニグモの仲間はマイペースな子が多いのだ。
7月5日、午前9時。
このところ観察をサボっていたのだが、いつの間にかスーパーの植え込みのゴミグモ姉ちゃんの卵囊が5個に増えていた。
午前10時。
光源氏ポイントのナガコガネグモのカップル(その2)の雌が脱皮していた。脱皮殻が残っている円網は張り替えられていないから脱皮したのは昨日だろう。体長は25ミリほどになったようだ。そして雄の姿は見えないからやはり雌が脱皮するのを待って交接したんだろう……と思ったら、雌が咥えている捕帯から生えているのは、あの雄の脚ではないか!
「雄を……食ってる……」〔こらこら〕
実際には雌に出会えたうれしさのあまり、駆け回って体力を消耗してしまって、交接した後に逃げ遅れたというところだろう。遺伝子だけでなく、肉体までも次の世代に伝えることができるというのなら、雄として本望なのかもしれない。カバキコマチグモの母親も我が子に食われるのだし。
ナガコガネグモのカップル(その3)と(その4)も現れたのだが、(その4)の雄はお尻がやや丸みを帯びているし、光源氏ポイントの雄としては脚が短めなので、引っ越しの途中の若い雌である可能性もあるかもしれない。
明日は朝から雨らしいので、冷蔵庫のコガネムシをコガネちゃんにあげてしまうことにする。コガネムシが円網にかかると「これでもかこれでもか」とばかりに、バーベキューロールまで使って捕帯でぐるぐる巻きにしてから牙を打ち込むコガネちゃんだった。
この捕帯をどれだけ巻きつけるかの判断基準もよくわからない。強い脚を持っている獲物に対しては大量に巻きつけるし、脚が弱いのなら最小限の捕帯で十分、ではあるのだが、何故それがわかるんだろう? 捕帯を巻きつけながら獲物の動きをモニターしているとでもいうのか?
7匹のガもいつまでも保管しておくわけにはいかないので、まずコガネグモの4番目ちゃんと5番目ちゃんに1匹ずつあげてしまう。4番目ちゃんはもともと小柄な子だったのだが、お尻が一回り小さくなったようだ。もしかすると産卵したのかもしれない。
残りのガも小型のナガコガネグモたちに分配する。ナガコガネグモは体長15ミリクラスなら体長20ミリのガにも飛びついてくるようだ。
さて帰ろうかと思ったら、車にはねられたらしい体長40ミリほどのガを拾ってしまった。まだ生きてはいるが、内臓がはみ出している。これは放っておくわけにはいかない。ポケットに入れて光源氏ポイントまで引き返し、コガネちゃんにあげることにする。
円網にかかったガに気が付いたコガネちゃんはすぐに飛びついて牙を打ち込み、必要最小限の捕帯でガの脚を封じてから円網に固定し、ホームポジションに戻って食事を再開したのだった。
コガネグモはオトナになるのと同時に円網の直径を2倍から4倍に拡大するし、とにかくよく食べるようになるのだが、これだけ食べれば二日後くらいには隠れ帯を3本にしてくれるのではないかと思う。〔甘いな〕
午前11時。
スーパーの東側にいた体長6ミリほどのジョロウグモの幼体に体長4ミリほどのアリを弱らせてからあげてみた。6ミリちゃんはアリに駆け寄ると、下に回り込んで脚先でチョンチョンとつつき、それから上に回り込むと第一脚と第二脚で獲物をまたいだ体勢でしばらくの間獲物の動きを観察してから牙を打ち込んだ。そこでまた間合いを取って、「安全だ」と判断してから捕帯を巻きつけ、左第四脚でぶら下げてホームポジションに持ち帰ったのだった。おそらく獲物の体長が2ミリ以下なら一気に牙を打ち込むんだろうと思うのだがね。
7月7日、午前11時。
スーパーの東側で体長40ミリほどのよく太ったガ(スズメガの仲間だと思う)を捕まえた。後で光源氏ポイントのコガネちゃんにあげようと思う。
さらに帰り道では体長15ミリほどで小柄な割に脚の長い甲虫も捕まえた。これはラッキーだ。コガネグモはガをあまり得意としていないようだから逃げられた場合のお代わりにしよう。
午後2時。晴れ。
光源氏ポイントのコガネちゃんは隠れ帯を右下の1本だけにしていた。またハズレだ。しかも、隠れ帯を減らす方へ外されてしまった。これはどういうことなんだろう? 気温が高い分、獲物を消化する能力も向上していて、すぐに空腹になるということなのか?
とりあえず昼前に捕まえたガの鱗粉を少し擦り落としてからあげる。〔過保護だな〕
せっかく捕まえた獲物は無駄にしたくないのだ。
コガネちゃんは素早くガに駆け寄って腹部後端辺りに取り付き、暴れるガの隙を突いて素早く移動して胸部に牙を打ち込んだらしかった(オニグモなら最初から胸部を狙うんじゃないかと思う)。後はガの抵抗が弱くなってからDNAロールとバーベキューロールで捕帯を巻きつけて休憩である。大型の獲物を仕留めるのは大変なのだろう。
ところで、光源氏ポイントには隠れ帯を右下と左上に1本ずつにしているコガネグモの幼体(体長約4ミリ)もいた。まったくもう、「隠れ帯は下側から付けるようだ」と言ってしまったというのに……。どうしてこうもうまくいかないんだろうか。〔人生なんてそんなもんさ〕
とはいえ、このパターンを見たのは初めてだし、この子は幼体だから、まだまだ「一般的な傾向としては下側から付けることが多い」くらいのことは言っていてもいいだろうと思う。
オオガネちゃんの隣にいるコガネグモはコガネムシに捕帯を巻きつけているところだった。この子も中身がわからなくなるくらいに捕帯を巻きつけてから休憩に入ったのだが、コガネムシはこの程度では諦めない。捕帯の下から脚3本を突き出してもがき始める。それに気が付いたお隣ちゃんは、またコガネムシに近寄って捕帯を追加するのだった。動きを封じた段階で牙を打ち込んでしまえばいいだろうと思うのだが、コガネグモの場合、大型の獲物に対しては捕帯を巻きつけたら一休みすることが多いようだ。息が続かないとか、そういう問題だろうか?
それともうひとつ、この子の円網の上側の枠糸の外側部分(「係留糸」という)が黄色くなっていた。ジョロウグモのように円網全体が黄色くなっているわけではないから、別の機能を持っているのか、あるいは太陽光を浴びているうちに変質しただけなのかもしれない。
午後3時。
オオガネちゃんがお尻の後端を太陽に向けた。今日は日陰に入るほど暑くはないらしい。
7月10日、午前11時。
ゴミグモ母さんのお尻の背面の色が薄くなったような気がする。人間の白髪のような老化に伴う変化なのか、あるいは、気温が高いので少しでも太陽光を吸収し難い色にしたのかもしれない。
午後1時。
光源氏ポイントのオオガネちゃんはお尻の後端を太陽に向けていたが、見ているうちに日陰に入ってしまった。
アスカちゃんはコガネムシらしいものをもぐもぐしていた。その体長はすでに23ミリ近くで、お尻の幅も目測で17ミリを超えている。隠れ帯は下側2本と右上1本がフルサイズ、左上だけがハーフサイズである。ほとんど見に行く度にコガネムシを食べているのに、まだXの字が完成しないのだ。少なくともオニグモよりは獲物を消化する能力が高いということだろう。
オオガネちゃんグループの3匹目の姿は見えない。産卵だろうか?
ゴミグモの卵囊1個ちゃんは卵囊を2個にしていた。
午後2時。
水田の脇のカオルちゃんは1メートルほど引っ越していた。そして、そのお尻はやや細くなったような気がする。これは産卵したのかもしれない。卵囊があるとしたら元の円網の近くであろうと予想して探してみると……あった! 元の円網から一・五メートルほどのガードレールがJの字形に曲げられている部分の内側に真新しい卵囊が吊り下げられていた。
ウィキペディアの「コガネグモ」のページには「メスは卵を糸でくるみ、卵囊にして網の片隅にぶら下げる」と書かれているのだが、今のところ、作者の生息域においては円網に卵囊を取り付けるコガネグモは観察されていない。だいたい、円網に卵囊を付けたのでは円網の有効面積が減ってしまうし、獲物がかかった場合のノイズ源になってしまうだろう。検索をしてみても、卵囊が付けられた円網の画像は見つからなかったし。まあ、もともとコガネグモはオニグモやジョロウグモよりも円網に近い場所で産卵するクモのようだから、世界のどこかにはどうしようもないので円網の中で産卵してしまったというコガネグモがいた可能性はゼロではないだろうが。
どこの馬の骨が書き込んだのかわからない情報は無視するか、ネタにしてしまうのがいい。
7月11日、午前6時。
コガネちゃんの円網の隠れ帯は下側2本になっていた。途中で捕まえた体長40ミリほどのショウリョウバッタの子虫をあげると、少しだけ捕帯を巻きつけてから腹部後端辺りに牙を打ち込み、ホームポジションに運んでしまった。小型の獲物なら休憩はいらないらしい。それでもショウリョウバッタが後脚を動かすと捕帯を追加するコガネちゃんだった。
オオガネちゃんグループはまた3匹に戻っていたのだが、この3番目ちゃんがひどく小さい。体長17ミリほどと、まだオトナになっていない可能性もあるような体格だ。もともとの3番目ちゃんが産卵に出掛けた隙に入れ替わったのかもしれない。人気スポットを留守にするとこういうリスクもあるのだろうな。
体長20ミリほどのナガコガネグモが横糸を張っているところだったので隠れ帯を付けるまで観察してみた。この子も隠れ帯を付ける時にはお尻を30度くらい振り上げてジグザグの帯にしていた。やはりお尻を振り上げる動作は必要なものらしい。
7月12日、午前10時。
コガネちゃんの円網の隠れ帯は下側2本になっていた。コガネちゃんは第四脚の爪を円網に引っかけてぶら下がっている。24時間営業のクモは暑い時間帯にはこういう姿勢を取ることがしばしばある。ただし、そこから日陰に入ってしまうというのはコガネグモでしか見たことがない。コガネちゃんにはそこらで捕まえたカメムシをあげておく。コガネムシを毎日1匹ずつあげられればいいのだろうけどなあ……。
脱皮した雌と同居しているナガコガネグモの雄も見かけた。これはどういう状況なんだろう? 雄がたどり着いた時にはすでに脱皮していたのか、あるいは、交接を済ませて一休みだろうか。
また、円網に脚先の爪を引っかけたまま力尽きてしまったらしい雌に寄り添っている雄もいた。哀れである。
I字形の隠れ帯に加えて背面側にバリアーまで付けているナガコガネグモもいた。ジョロウグモのそれと違って、幅の狭い横帯のようなものだったが、そうまでして獲物を減らしたいんだろうか。脱皮の準備かな?
7月13日、午後2時。
日付が2014年11月8日になっている『東京クモゼミ報告』の第232号というPDFファイルを見つけた。そこで話題になっていたのが「クモの餌捕獲戦術」で、「絵本「たくさんのふしぎ」を作る過程で捕獲糸について確認を生じたことがきっかけでクモの餌捕獲戦術を見直すことになった」と書かれていた。どういうことかというと、クモの狩りには先に牙を打ち込んで獲物の抵抗が弱くなってから捕帯を巻きつけるのと、捕帯を巻きつけて獲物の動きを封じてから牙を打ち込んで仕留めるという2種類の手順があるということを再確認しているのである。これはいったい何なんだ? 今は2022年だから、たったの8年前である。こんなものは1シーズンか、せいぜい2シーズンの間、クモの狩りを観察し続ければわかることだぞ。
このゼミはクモの愛好家の集まりらしいのだが、いったいクモの何を愛好しているんだろう? クモのナニ、つまり、アルコールに放り込んで殺したクモの外雌器を観察したいだけなのか? いわゆる死体愛好者なのか? 作者は生きているクモこそがクモであり、死んだクモはただの有機物の塊でしかないと思うんだが……。
午後5時。
買い物のついでに体長20ミリほどのコガネムシを1匹、体長12ミリほどのコガネムシの子虫……。〔コガネムシの幼虫はイモムシスタイルだ!〕
もとい、ヒメコガネ(多分)を1匹、それから体長50ミリほどのトンボを1匹捕まえた。
7月14日、午前11時。
買い物のついでに体長6ミリほどのジョロウグモの幼体に体長4ミリほどのアリを少し弱らせてからあげてみた。ついでにその近くにいたナガコガネグモ(体長約8ミリ)にも同じサイズのアリをあげる。
ジョロウグモの方は素早く近寄ってはみるものの、脚先でチョンチョンするだけで牙を打ち込んだりはしなかった。左右の第一と第二脚でアリをまたいで、あと半歩踏み込めば牙が届くという間合いで様子を見ている。そのうちに風が吹いて円網が揺れると、急いでホームポジションに戻ってしまった。
ナガコガネグモはどうかというと、アリに駆け寄るのはわずかに遅かったものの、すぐにバーベキューロールでぐるぐる巻きにしてからホームポジションに戻って休憩していた。
捕帯で獲物の抵抗を封じることができないジョロウグモが慎重になるのは当然なのだが、こういう行動を取るためには獲物がどれだけ暴れたかを記憶していて、それに基づいて未来予測をする能力が必要なのではないかと思う。また、クモが張った円網を一回払いのけたくらいでは同じ場所に張り直すものの、二回払いのけられると引っ越しをするというのも、円網を壊されたことを記憶していなければできないだろうと思う。作者は昆虫についてはあまり詳しくはないのだが、見たこと感じたことに対して反応することはあっても未来予測まではしていないような気がする。その必要もなさそうだし。
「昆虫とは違うのだよ。昆虫とは!」〔こらこら〕
同じ個体で追試するのは難しいので、他のジョロウグモにもアリをあげてみたところでは、比較的元気なアリに対しては牙を打ち込むまでの時間が長く、ほとんど動かないアリに対してはすぐに牙を打ち込む傾向があるような気がする。なにしろ、どれくらい空腹かという条件を揃えられないので、有意なデータを得るのは難しいのだ。
午後1時。
ゴミグモ姉ちゃんの姿が見えない……と思ったら50センチほど引っ越していた。しかも卵囊を含むゴミごとだ。こういう行動は中平清著『クモのふるまい』には記載されていたのだが、実際に見るのは初めてである。これは、中平先生には見られても平気だけど、作者には見せたくなかったということなんだろうか? まあ、見せてくれたことには感謝するのだが。ああっと、これは「卵囊を守る行動」という解釈もできるかもしれない。あるいは、オトナになって力が強くなったからゴミごと引っ越しができるようになった、とか?
午後2時。
光源氏ポイントのコガネちゃんにコガネムシをあげてみた。コガネちゃんは予想通り、これでもかこれでもかと捕帯を巻きつけて獲物を真っ白なミイラ状にしていた。
コガネムシは強力な脚を持っているから、少しくらいの捕帯では糸の隙間から脚を出してもがいたりする。しっかり巻きつけるのが正解なのだが、どうもコガネムシがかかった場合は「獲物が抵抗を続けているから捕帯を追加する」だけではなく、最初から捕帯を多めに巻きつけているような気がする。いったい何を基準にしてそういう判断をしているんだろう?
体長22ミリほどのナガコガネグモにはトンボをあげてみた。この子はコガネちゃんと違って、ささっと捕帯を巻きつけると、ホームポジションに戻ってしまった。当然トンボは羽ばたくので、また近寄ってごくわずかに捕帯を追加する。さらにもう一度捕帯を追加してから牙を打ち込んだようだった。
特に真夏の昼頃のナガコガネグモは積極的に獲物を仕留めようとしない傾向があるような気がする。必要最小限の捕帯を巻きつけるとホームポジションに戻って休憩に入ってしまうのが何回か観察されているのだ(ジョロウグモでも昼頃に円網にかかった獲物を3時過ぎから食べ始めたケースが観察されている)。気温が高い時間帯にはあまり働きたくないんだろうか? 今日はそれほど暑くないのだが。ああっと、あまりに気温が高いと昆虫たちも飛びたくなくなるのかもしれないなあ。
やはり体長22ミリほどでお尻がふっくらした、いかにもナガコガネグモらしい体型の子にはそこらで捕まえた体長20ミリほどのセミをあげた。この子も中身が何かわからなくなるほどの捕帯は巻きつけなかった。
別のナガコガネグモにも獲物をあげたのだが、これはちょっと軽率だった。その隣の子も同じ係留糸を使って円網を張っていたので、糸の振動で獲物がかかったことに気が付いたらしい隣の子が獲物に向かって歩み寄ろうとしたのだ。しかもその係留糸の上には雄が乗っていたのである。なんとまあ、前門の奥さん、後門のお妾さんというとてもうらやましい……。〔違うだろ!〕
もとい、雄にとっては絶体絶命の状況にしてしまったのだが、雌たちは自分の円網からあまり離れようとしなかったのだった。ナガコガネグモにとっても基本的に円網の内部が自分の縄張りであるようだ。
7月15日、午後8時。
梅雨に戻ってしまったようだ。そろそろコガネグモのカオルちゃんの卵囊から子グモたちが出てくるはずだというのに、困ったもんだ。
午後9時。
網戸にへばりついていたコガネムシを捕まえた。わざわざ獲物の方からやって来てくれるなんて! 日頃の行いというものは大事なのだなあ。
7月16日、午前11時。
ところどころに水たまりがあるが路面は乾いているので、ヒメコガネ3匹と体長10ミリほどの太めのガをポケットに入れて光源氏ポイントへ向かった。
コガネちゃんにはまず体長12ミリほどのヒメコガネを1匹あげて、それを仕留めて、ホームポジションに固定したのを確認してから2匹目をあげてみた。やはり、より大型のコガネムシよりは巻き付ける捕帯の量が少ないようだ。
2匹目はちょうどいい角度になったのでしっかり観察できたのだが、コガネちゃんはお尻を左右に振りながらバーベキューロールで捕帯を巻きつけていた。そして、脚で回転させているヒメコガネに頻繁に触肢で触れているのも観察できた。その後、ある程度捕帯を巻きつけたところで頭部と胸部の境目あたりに何回か牙を打ち込んだようだ。甲虫も関節部分の外骨格だけは硬くするわけにはいかない。弱点なのである。実は2匹とも鞘翅を外してあるので、柔らかい腹部背面もむき出しなのだが……セオリーに従っているんだろうかなあ。
思いがけずに体長50ミリ近いツチイナゴを捕まえてしまった。これは体長22ミリほどのお尻が膨らみ始めているナガコガネグモにあげた。体長で2倍ほどの獲物なので、この子はツチイナゴの斜め上辺りで円網に穴を開け、そこを通って獲物の頭部から胸部にかけての部分だけにDNAロールで捕帯を巻きつけていた。円網に穴を開けて通り道にするというテクニックはコガネグモ科のクモが大型の獲物を仕留める時に一般的に使われるテクニックであるようだ。
面白いのはこの子の円網の隅にも雄らしい小型のクモが同居していたことである。オトナになるための最後の脱皮の時に交接できなかったんだろうか?
ポケットのガはその近くにいたナガコガネグモにあげた。この子はガに飛びつくと胸部に牙を打ち込み、円網から引っこ抜いてホームポジションに持ち帰った。
体長6ミリほどのジョロウグモには体長4ミリほどの活きのいいアリをあげてみた。この子はアリに駆け寄ったものの、獲物の直前で立ち止まり、遠慮がちにチョンチョンした後、アリの上辺りで円網の糸を噛み切って穴を開けてからホームポジションに戻り、暴れるアリが円網から外れるまで放っておいた。次に同じサイズのアリを弱らせてからあげてみると、今度は慎重に歩み寄って、少し時間はかかったものの、ちゃんと牙を打ち込んでからホームポジションに持ち帰っていた。
オオガネちゃんとその隣にいたアスカちゃんの姿は見えなかった。曇っていて気温も低いから日陰に入る必要はないだろうし、円網を張り替えた様子もない。産卵だろうか?
午後1時。
最後のヒメコガネをカオルちゃんにあげた。卵囊を見せてくれたお礼である。ちなみに卵囊の周辺に子グモたちのまどいは見当たらなかった。子グモたちが旅立ったのを確認したら空になった卵囊を回収して保管しておきたいと思っているのだが、そろそろ出囊というタイミングで梅雨に戻ってしまったのである。困ったもんだ。まあ、8月末以降なら回収してしまっていいんじゃないかと思う。
午後5時。
ゴミグモ母さんの卵囊がしぼんでいるような気がする。出囊してしまったということだろうか? そうだとすると、夏に出囊して幼体で越冬、翌年の梅雨の頃、あるいはさらにその翌年にオトナになるということになるわけだが……いくら安全を最優先とするクモでも、そこまでのんびりした生き方をするものなんだろうかなあ……。
7月18日、午前10時。
一気に暑くなった。
スーパーの南側の植え込みで体長6ミリほどのジョロウグモの幼体2匹に体長4ミリほどのアリを弱らせてからあげてみた。2匹ともアリに近寄ってから慎重に脚先でチョンチョンしていたのだが、さらに踏み込んで牙を打ち込む前にも触肢でもしょもしょしているようだった。
午後1時。
アジサイの旬は過ぎたようだ。花の色が褪せている。
コガネムシをポケットに入れて光源氏ポイントに行ってみたのだが、コガネちゃんの姿はなかった。一歩遅かったか。
その代わり、というわけでもないだろうが、お尻が一回りくらい小さくなったオオガネちゃんが戻ってきていた。お産で疲れているであろうオオガネちゃんに強い脚を持っているコガネムシをあげるのも気の毒のような気がしたので、途中の草地で捕まえた体長10ミリほどのバッタの子虫をあげておく。
残っているバッタの子虫2匹はナガコガネグモたちにあげてしまおう。
翅が透明な体長8ミリほどのガを捕まえたので、これは同じくらいの体長のジョロウグモにあげた。この子はすぐにガに駆け寄って一気に牙を打ち込んでいた。何度も言うようだが、なぜ獲物がガ(飛行性昆虫)だとわかるんだろう? アリや甲虫のような歩くタイプの昆虫とは円網の振動パターンが違っているんだろうかなあ……。
午後2時。
持ってきたコガネムシを、円網の隠れ帯をX字形にしていたカオルちゃんにあげた。
もちろんカオルちゃんは捕帯を巻きつけたわけだが……これがどうにも下手なのである。かなり時間をかけて捕帯を巻きつけているのにコガネムシの左前脚だけはフリーのままなのだ。カオルちゃんもそれを感じているらしくて、ムキになって捕帯を巻きつけるのだが、そのうちにお尻から引き出される捕帯が薄くなってしまった。これは捕帯用のタンパク質タンクが空っぽになってしまったんじゃないかと思う。最終的にはまだもがいているコガネムシに牙を打ち込んでいた。
アスカちゃんのいるところは水田の側なので、円網から半径数十メートルの範囲には樹木が生えていない。もしかしたら、いままでコガネムシを仕留めた経験がなかったのかもしれない。初めての子にはもっとやさしくするべきだったな。〔やめんかい!〕
水田脇の草地では体長50ミリを超えるショウリョウバッタの雌の子虫やそれよりもやや小さい雄成虫、よく太ったキリギリス体型の黒いバッタ、体長15ミリほどの細め体型のガを捕まえた。ショウリョウバッタの雄だけをそこらにいたナガコガネグモにあげて、後は持ち帰ることにする。バッタの季節がやって来たようだ。
7月19日、午前6時。
アサガオが咲き始めている。
予報によると昼前から雨らしいので、冷蔵庫内のバッタなどをポケットに入れて光源氏ポイントへ向かう。
バッタはオトナのナガコガネグモ2匹にあげたのだが、大型の獲物だし、冷蔵庫の中でだいぶ弱ってしまっているので積極的に狩ろうとしない。こういう場合は必殺のツンツン攻撃が有効だ。「早く仕留めないと逃げちゃうぞー」というメッセージである。「逃がすもんか」という気持ちにさせれば捕帯を巻きつけてくれるのだ。それでもぐるぐる巻きにしたバッタをホームポジションに持ち帰るまでに少し時間がかかった。食欲がなかったのか、あるいは円網を張り替えるので疲れていたのかもしれない。
コガネちゃんは戻っていなかった。
午前7時。
カオルちゃんの卵囊に体長5ミリほどのアシナガグモが取り付いている。子グモたちが出囊してくるのを待っているんだろうか? 弱い獲物を狙うというのは賢いやり方だ。
本日のお土産はヒメコガネ2匹と体長15ミリほどの太めのガを2匹である。
7月21日、午前6時。
オオガネちゃんにヒメコガネをあげようとしたのだが、円網を突き抜けてしまった。オオガネちゃんの円網の前にはナガコガネグモの円網があって近くへ寄れない。そのため、円網に対して浅い角度で獲物を投げるのが難しいのだ。残りの1匹は6番目ちゃん(多分)にあげた。
光源氏ポイントを中心に庭付き一戸建て程度の面積には現在6匹のコガネグモがいるのだが、体長のようなわかりやすい違いがないと個体識別ができない。産卵のついでに引っ越しをされたりすると、どれがどの子なのかわからなくなってしまう。困ったものだ。
今日もセミを食べているナガコガネグモを見かけた。ナガコガネグモは低いところに円網を張る(ホームポジションの位置で下草から50センチ以下くらい)。それなのにセミがかかるのはどういうわけなんだろう? 産卵のために地上へ降りてきた雌だろうか。
なお、オトナのナガコガネグモが2匹姿を消していた。産卵か、ただの引っ越しかまではわからない。
持ち込んだガの活きのいい方はそこらのナガコガネグモにあげて、弱っている方を体長8ミリほどのジョロウグモの幼体にあげてみた。この子はいったんは円網の反対側へ避難したのだが、そこからガに駆け寄って牙を打ち込んでいた。確かにそれが正解なのだが、ガならば体長で2倍近い獲物でも積極的に捕食するというのは……安全第一という考えのクモなのだなあ。
午前7時。
カオルちゃんは隠れ帯を下側2本にしていた。18日には隠れ帯をX字形にしていて、その上コガネムシを1匹食べたというのに。コガネグモが獲物を消化する能力はかなり高いということなのかもしれない。そこらで捕まえた体長10ミリほどの細身のガをあげておく。
妙に首の長いカラスが飛んでいるなと思っていたら、長いのはくちばしだった。これはウだ。実際に見るのは初めてかもしれない。チシマウガラスではあるまいが、ウミウかカワウか、それともヒメウかまではわからない。
7月24日、午前10時。
スーパーの東側の植え込みでジョロウグモの円網を乗っ取ったらしいナガコガネグモの雄を見つけた。体長6ミリほどのジョロウグモはバリアーに避難している。雄にしてもオトナの雌に出会うまでは生きていなければならないのだから、他のクモの円網を乗っ取るというのもうまいやり方ではある。
面白そうなので体長6ミリほどのアリを弱らせてからあげてみると、この雄はちゃんと捕帯を巻きつけていた。もちろん体格なりの幅(太さ? 糸の本数?)ではあったが。
確かジョロウグモの雄が肉団子に捕帯を巻きつけるのを観察したことがあったと思うのだが、これらのクモが失っているのは円網を張る能力であって捕帯を造る能力は維持しているということなんだろう。とはいえ、観察例がまだまだ少ないので、後で「捕帯を造る能力は徐々に失われていく」というようなことになる可能性はある。
コガネムシサイズの甲虫を捕まえた。さて、どの子にあげようか?
午後1時。
一部の水田では稲穂が出始めていた。
光源氏ポイントのコガネグモエリアにいるのはオオガネちゃんだけになっている。庭付き一戸建てくらいの範囲まで広げればあと3匹いるのだが……作者が投げる獲物は嫌われてしまったんだろうかなあ……。
体長50ミリほどのトンボを捕まえたので、一番太っているナガコガネグモにあげた。この子の円網の係留糸の部分には相変わらず雄が待機している。もしかすると、脱皮のタイミングで交接し損なったという可能性もあるかもしれない。こういう場合、雄はどうするんだろう? 食われる危険を覚悟の上で交接を試みるのか?
午後2時。
カオルちゃんの姿はなかった。卵囊も見当たらない。草が刈り払われているところを見ると、じゃまなので払いのけられたのだろう。
よく見ると、草の中で子グモたちがまどいを形成していた。その近くにはジッパー付きの小銭入れのように大きく口を開けた卵囊の残骸も落ちていた。産卵からまどい形成まで2週間くらいのはずだが、人間が手を出しているので意味のあるデータにはならない。
午後3時。
光源氏ポイントまで戻って、コガネムシサイズの甲虫をオオガネちゃんにあげた。オオガネちゃんもカオルちゃんと同じようにやたら捕帯を巻きつけたのだが、それでも甲虫は捕帯の隙間から脚を3本出してもがき続けている。オオガネちゃんは甲虫の頭部と胸部の境目辺りに牙を打ち込んで、さらに捕帯を追加していた。このサイズの甲虫は体重があるだけに牙の一撃だけで抵抗を封じるのは無理なようだ。ある程度捕帯を巻きつけたら牙を打ち込み、また捕帯を巻きつけて牙を打ち込むという手順を繰り返すしかないんだろう。大物を仕留めるためのどすこい体型なのかもしれない。
バッタの後脚も強力なのだが、あれは長いだけに捕帯を巻きつけてしまえば動きを封じてしまいやすいのだろう。
7月25日、午前5時。
スーパーの植え込みの東南の角辺りにいつの間にか多数のコガネムシが現れていたので、そのうちの4匹を捕まえておく。コガネグモたちにあげようと思う。
ジョロウグモの円網にいたナガコガネグモの雄はいなくなっていた。ちょっと立ち寄ってみただけだったようだ。目指すべきなのは同種の雌の円網なんだろうし。
午前7時。
光源氏ポイントまで出掛けて、オオガネちゃんにコガネムシをあげたのだが……コガネムシのかぎ爪を脚の1本に引っかけられてしまって、円網の端まで逃げていた。しかし、かぎ爪は引っ掛かったままなのでコガネムシまで連れて行くことになってしまう。
コガネムシの方も(意識しての行動なのかどうかはわからないが)オオガネちゃんの脚を抱え込もうとしている。これはもう「勝負あり」である。コガネムシを引きはがして、もう一度円網に投げ込むことにする。
しかし、オオガネちゃんはコガネムシに近寄ろうとせず、暴れるコガネムシが円網から外れて落ちるまで手を出さなかった。これはジョロウグモでもよく見られる行動なのだが、獲物を仕留めるのに失敗すると、少なくとも数分間は同じ獲物を狩ろうとしないのである。場合によっては円網の糸を切って積極的に獲物を落とす場合もある。どうも精神的なダメージから回復するのに時間がかかっているという感じがする。もちろん息切れしてしまって思うように動けないという可能性もないとは言えない。
かわいそうなオオガネちゃんには体長30ミリほどのイナゴの子虫をあげておく。これにはちゃんと捕帯を巻きつけていた。
ナガコガネグモのおかみさんにもコガネムシをあげてみた。おかみさんも捕帯をバッタの場合よりも余計に巻きつけてから牙を打ち込み、さらに捕帯を巻きつけるという仕留め方をしていた。ただ……気のせいか、カオルちゃんやオオガネちゃんのように獲物の動きを完全に封じるまで捕帯を巻きつけようとせずに、抵抗を弱くできた段階で牙を打ち込んで、それからまた捕帯という無理のない手順にしていたような気がする。
なお、おかみさんと同居していた雄の姿は見えなくなっていた。他の雌のところへ行くことにしたのか、食われてしまったのかはわからない。
7月26日、午前4時。
ゴミグモ母さんが上方向へ40センチほどの位置で縦糸を張っているところだった。卵囊付きのゴミごと引っ越すつもりらしい。
ゴミグモ母さんの円網の近くではナガコガネグモやジョロウグモの幼体の円網が多くなったから、その分獲物が少なくなったのだろうし、作者もあまり獲物をあげなくなったので引っ越しを決意したんだろう。しかし……光源氏ポイントではゴミグモの個体数が半分以下になっているのでゴミグモのシーズンは終わりつつあるのだろうと思っていたのだが、まだまだ食べて、どんどん産卵するつもりでいるらしい。円網が完成したらアリくらいはあげようかと思う。
スーパーの植え込みの東南の角周辺にコガネムシが10匹とヒメコガネが1匹いたのでコガネムシを3匹捕まえた。できれば、オオガネちゃんが狩りの失敗から立ち直れるかとか、隠れ帯をX字形にするのに何匹のコガネムシが必要かとかを知りたいのだ。
7月27日、午前5時。
ゴミグモ母さんにアリをあげた。ゴミグモの寿命は何によって決まるんだろう? 産卵した卵の数ではなさそうだが……オトナになってからの日数だろうかなあ。
スーパーの植え込みの南東の角には体長12ミリほどの雌と6ミリほどの雄というナガコガネグモの同棲カップルがいた。シスコン……ではないな、雄はこれでもオトナなのだろう。幸せになりやがれ!
その近くには、より小型のジョロウグモの円網に入り込んだ雄もいた。円網の下半分がなくなっているところを見ると、糸を食べるために乗っ取ったのかもしれない。クモの糸はタンパク質でできているので、消化できるなら栄養豊かなのだ。人間で言えば、他人の家に上がり込んで冷蔵庫を漁るようなものではあるのだが。
午前10時。
光源氏ポイントまで行ってみたのだが、オオガネちゃんもナガコガネグモのおかみさんも留守だった。多分産卵だろう。うまくいかないなあ。
コガネムシを持ち帰る気にもなれないので、おかみさんよりはお尻が細いナガコガネグモにあげてみると、この子もコガネグモたちと同じように大量の捕帯を巻きつけていた。ということは、バッタ用の捕帯の巻きつけ方とコガネムシ用(甲虫用)の巻きつけ方というのがあって、それはコガネグモでもナガコガネグモでもほぼ共有されているということになるかもしれない。ああっと、オニグモの巻きつけ方もしっかり観察しておくべきだったなあ……。
午前11時。
コガネグモのカオルちゃんと再会した。カオルちゃんは最後に円網を張っていた場所からガードレール沿いに30メートルほど離れた所に立てられている道路標識用のポールに直径約80センチの円網を張っていた。挨拶代わりにそこらで捕まえた体長50ミリほどのショウリョウバッタの雄をあげてみると、予想通り、コガネムシの場合ほど多くの捕帯を巻きつけずに、頭部と胸部の境目辺りに牙を打ち込むカオルちゃんだった。
そして、カオルちゃんのものらしい第二の卵囊も見つけた。カオルちゃんの2番目の円網の係留糸が固定されていた道路標識用のポールの円網とは反対側に取り付けられていた。コガネグモはジョロウグモと比べると円網の近くで産卵する傾向があるようだ。そして、卵囊を隠せるような産卵場所がない時にはホームポジションから直接見ることができない場所を選ぶのだろう。それも無理なら円網の外。少なくとも作者には「網の片隅にぶら下げる」理由は考えられない。
また、円網を張るクモは基本的に視力が弱いというから、見て判断しているわけではないだろう。どの方向へどれだけ歩いたかという3次元的な記憶によって円網からは陰になる位置を探り出したのではないかと思う。
カオルちゃんの円網からさらに数百メートル先の水田の脇にも体長20ミリほどのコガネグモがいた。この子にもショウリョウバッタの雄をあげたのだが、やはり捕帯の量は多くない。バッタが後脚で暴れると、少しだけ捕帯を追加してから牙を打ち込んでいた。コガネグモの場合、捕帯は獲物の抵抗を封じるのに必要なだけ巻きつけることにしているようだ。きわめて合理的な判断である。うかつなことは言うもんじゃないね。
7月28日、午前6時。
ゴミグモ母さんの円網には外側部分だけに横糸が張ってあった(バームクーヘン型とでも言おうか)。そして、卵囊を含むゴミはホームポジションの上下に伸びていた。いつ持ち上げたのかわからない。このところやや疲れ気味で観察力も低下していたのだ。とりあえず、やる気があるのは確かなようだ。
今日のお土産は体長15ミリほどのガを1匹である。
午前10時。
光源氏ポイントには白いツユクサが咲いていた。ああ、女の子にツユクサを差し出して「ツーユー」とか言ってみたいものだな。〔言ってみろ。遠慮することはないぞ〕
薄青い花もあった。
林の前のガードレールの凹んだ部分には、体長6ミリほどのコガネグモの幼体が3匹、1メートルほどの間隔を開けて並んでいた。ナガコガネグモやジョロウグモはもっと風通しがいい場所に、重なるように円網を張っている場合が多いような気がする。コガネグモは子グモのうちから密集することを嫌うクモなのかもしれない。
光源氏ポイントにいたゴミグモは全員姿を消していた。卵囊付きのゴミリボンが1個、地上50センチくらいの低木の枝に引っ掛かっている。円網を張り替えるクモがいなくなると、すぐに落ちてしまうようだ。
午前11時。
コガネグモのカオルちゃんのお尻はまん丸になっていた。隠れ帯は右下に1本だけ。光源氏ポイントで捕まえたトンボとそこらの草地で捕まえたコオロギをあげておく。
実はコオロギをクモの円網にくっつけるのは難しい。跳ねることはあっても飛ぶことはほとんどないせいか体長の割に体重があるので、円網に対してごく浅い角度でそーっとくっつけないと突き抜けてしまうのだ。飛ぶことができるバッタの場合は腹部の中がスカスカなのに対して、コオロギは体重を減らす必要がないので腹部にもお肉が詰まっているのらしい。
そして、コガネグモが見られるのはツツジの植え込みやクズが生えている場所の近くが多かったので、コガネムシやカメムシのような甲虫狙いのクモだと思っていたのだが、水田の脇にいる個体がこうも多く観察されるということは、草地にいるバッタを狙う個体も一定数存在するのかもしれない。ただ、本当にバッタを狙うのならもっと低い、ナガコガネグモと同じくらいの高さに円網を張るべきだろう。地上1メートルから1.5メートルくらいの範囲というのは捕食者から逃げるために飛び立ったバッタでないと捕獲できないんじゃないかと……ああっと、トンボか? ネオニコチノイド系農薬が使われるようになる前はトンボも多かったはずだ。トンボの大きな複眼ならクモの円網も見えそうだが、ついうっかり円網に飛び込んでしまうドジっ子も一定の割合で存在するのかもしれない。人間は環境をどんどん変えていってしまうので、クモがもともと狙っていた獲物が何だったのかわからなくなっている可能性もあるだろう。
カオルちゃんの円網から1メートルほどの場所には体長18ミほどのコガネグモもいる。コガネグモの雌成体としては小柄なのだが、お尻は丸いし、水田の脇のような開けた場所に円網を張っているところを見ると小柄なオトナなんだろう。「マリちゃん」と呼ぶことにしようかなあ。
この2匹は手の届く場所にいるので獲物をあげるのも楽だ。当面この2匹をメインの観察対象にするのもいいかもしれない。
午後5時。
ゴミグモ母さんの卵囊がしぼんでいた。ということは、子グモたちが出囊していったのでゴミリボンが軽くなり、それで引っ越しができるようになったという可能性もあるかもしれない。なお、横糸はホームポジション近くまで張ってあった。昨日の円網がバームクーヘン型だったのは、引っ越しで忙しくて横糸を張る時間が十分に取れなかっただけなのかもしれない。
7月29日、午前5時。
ゴミグモ母さんは横糸を張っていなかった。昨夜はかなりの雨だったようだから横糸を回収したのかもしれない。と思っていたら、縦糸1本1本に爪を引っかけて弾く様な動作を始めた。これは何だろう? 縦糸の張力をチェックしているように見えるのだが……。
体長10ミリほどのナガコガネグモと8ミリほどのジョロウグモにアリをあげた。それで気が付いたのだが、ナガコガネグモはアリが身動きしないと捕帯を巻きつけようとしないのに対して、ジョロウグモはまったく動かないアリの方が安全確認のためのチョンチョンもしょもしょにかける時間が短いようだ。捕帯で獲物の抵抗を封じてしまえるかどうかで差が付くということなのだろうが、クモに合わせて下処理というのもめんどくさいなあ。
午前6時。
光源氏ポイントに行ってみた。
コガネグモはコガネちゃんを最初に見た場所からワンルームくらいの広さの草地を挟んで道路側に2匹いるだけになっていた。
午前7時。
カオルちゃんの隠れ帯は右下1本だけだった。体長30ミリほどのよく太ったバッタをあげておく。
マリちゃんには光源氏ポイントで捕まえた体長50ミリほどのトンボ。マリちゃんはトンボの腹部や翅を脚で押さえ込みながら捕帯を巻きつけて、オニグモほどではないが、それなりにコンパクトにまとめていた。
休憩を終えたカオルちゃんがバッタを食べ始めてから、そこらで捕まえた体長10ミリほどのコオロギをあげてみたのだが、見向きもしない。ツンツンしても反応なし。食べることを優先しようというのか、あるいは小型の獲物なら放っておいても逃げられることはないという判断をしているのかもしれない。面白くないなあ。
7月30日、午前11時。
久しぶりにゴミグモ姉ちゃんの様子を見に行ったのだが、円網の直径が約20センチで横糸の間隔が広くなったような感じだった。アリをあげるとちゃんと捕帯を巻きつけるのだが、一時期よりも元気がなくなっているような気もする。
午後1時。
光源氏ポイントでは新たにオトナのナガコガネグモが2匹現れた。しかし、今までナガコガネグモが密集していたクズの茂みから数メートルのコガネちゃんたちがいた場所に円網を張っている。うーん……オトナになってから引っ越して来たんだろうが、場所が空いたから入居したのか、あるいは、そろそろイナゴの成虫が現れ始めているから狙いを変更しようということなのかもしれない。カメムシや小型のガよりはイナゴの方がボリュームがあるだろうし。
ジョロウグモの最大クラスの個体は体長12ミリほどになっていた。それぞれ体長5ミリほどのガ(このガの幼虫もクズの葉を食べて育つのかもしれない)を1匹ずつあげていく。
ガを捕まえるのがめんどくさくなったら弱らせたアリをあげるのだが、アリを弱らせるテクニックを開発したのでジョロウグモに拒否されることもなくなった。円網にかけさえすれば、すべて食べてもらえるのは気分がいい。
午後2時。
コガネグモのカオルちゃんの円網の隠れ帯は右下1本だけだった……って、これは昨日のまま張り替えていないんじゃないだろうか。産卵前で食欲が落ちても不思議は無いようなお尻の丸さだし。
とは言っても、冷蔵庫から出してきた雄のショウリョウバッタがあるのであげてしまう。隣のマリちゃんには比較的小型のバッタ。2匹とも何の問題もなく、捕帯を巻きつけてから小休止に入った。
ここでまた単なる思いつきなのだが、この小休止は省エネ殺法というか、獲物が逃げようとしてもがくことで体力を消耗するのを待っているのではないだろうか? 獲物が力尽きてから牙を打ち込めば安全だし、より楽に仕留めることができるだろう。捕帯を巻きつけた直後に牙を打ち込むこともあるのだが、それは少し無理をしてでも仕留めなくてはならないほど空腹だということなのかもしれない。
さて、その後なのだが、カオルちゃんにあげたショウリョウバッタは雄でもかなり長い後脚を持っている。カオルちゃんは今回、その2本の後脚が後方に伸びた状態で仕留めてしまったので、実質的に獲物の全長が100ミリ近くになってしまったのである。これは苦労するんじゃないかと期待して見ていたのだが、もう一度獲物に近寄ったカオルちゃんは、自分の脚を使ってショウリョウバッタの後脚を揃えてから捕帯を巻きつけて、1本の棒状にしてしまった。そうしておいて、その後脚を咥えてホームポジションに持ち帰ったのだ!
それは確かに、牙で咥えられるくらいのサイズだったのかもしれないが、これだけの大きさの獲物なら普通は第四脚でぶら下げた状態で運ぶだろう。これは学習によって身につけたテクニックなのか、それとも本能のプログラムで説明できる行動でしかないんだろうか?
7月31日、午前6時。
カオルちゃんの近くにいるマリちゃんは隠れ帯をX字形にしていた。マリちゃんはコガネグモとしては小柄なのに、昨日バッタを1匹食べたのだからX字形にするのは予想通りである。
カオルちゃんは隠れ帯を外していた。ただし、円網は張り替えていないから、マリちゃんとは別の要因によって隠れ帯だけを外したのだろうと思う。コガネグモでこういうパターンは初めてだ。ジョロウグモなら獲物を十分以上に食べた翌日には絶食することもよくあるのだが(今日の光源氏ポイントでは円網を張っていない子もいた)。
横糸の粘球は張り終えた瞬間から劣化していく。円網を張り替えなければ円網にかかった獲物に逃げられることも多くなるはずだ。食欲がない時には隠れ帯を増やし、それでも獲物が多すぎる場合には円網そのものを張り替えないという手段を取るのだろうと思う。
もちろん、獲物を食べないという方法もあるはずなのだが、どうもコガネグモ科のクモは円網に獲物がかかると仕留めずにはいられないし、仕留めた獲物は食べずにいられないのらしい。いわゆる「口で何と言おうが体は正直だぞ」というやつである。〔やめんか!〕
作者のクモ観察歴は3年半くらいになる。かなり失敗もしてきたから、クモたちに食欲があるかないかは少しずつわかるようになってきているような気がする。まあ、時には「何考えてんだよ、あんたは」と言いたくなることもあるのだがね。
クモをつつくような話2022 その3に続く