第2話 隣人達
アパート内の暮らしが始まって一日がたった。
案外早く時間は過ぎるものだと感慨にふける間もなく、家具をなんとか部屋の中に置いていく。
さて、私生活の準備が整うと、次することはいよいよアパートの住人達への挨拶である。
日本人特有の“人間関係に関する敏感な考え方”というものが鈴の中でも働いたのか、とりあえず彼女は住人一人ひとりの部屋を回って挨拶をしていこうと考えていた。
彼女の住む部屋は202号室。
まずは隣人の201号室の部屋へと出向いた。
ドアの傍に設置されているインターホーンを押し、それに向かって声をかける。
「あのぉ、すみませ〜ん・・・。隣に新しく越してきた者ですが・・・」
緊張した様子を必死に隠そうとするのも隠しながら、鈴は相手側の反応を待った。
返ってきた声は男性のものだった。
よく通る、張りのある声だ。
「ああ、ちょっと待つネ」
声の後には、なにやら玄関へ向かってくるらしき足音が聞こえてきた。
ガチャリ・・・と音をたて、ドアから出てきた人物はその顔立ちからすれば東洋人である事がわかった。
「あ、どうも・・・私は日本から来ました増田、と申します」
おずおずと頭を下げ、自己紹介をする鈴を見ると、その男性のほうも名乗ってきた。
「ワタシ、中国から来た王・李いうね。ま、何かわからない事あったらなんでもワタシに聞くよろし」
短い黒髪と堀の浅い顔立ちが印象的な彼は、親切にもそういってくれた。
「ありがとうございます、では・・・」
鈴は内心でホッとしていた。
(よかった・・・とりあえず、お隣のお部屋の王さんはいい人そうだわ)
お国柄の違いのせいで上手くやっていけるかどうか不安だった鈴は、本人からすれば何気なくいったであろう王の言葉に安心していたのだった。
「さて・・・じゃあ次は203号室ね」
ここでも同じようにして、インターホーンを押して声をかける。
「おはようございます・・・新しく越してきた者ですが・・・」
「少し待ってください」
今度は女性の声だった。
スタスタと玄関に向かってくると思われる足音を響かせ、声の主はドアを開けた。
体系はやや小柄で、長いブロンドを結っている。
目は薄い翠色だ。
「どうも、新しくこのアパートに住まわせていただきます、増田という者です・・・どうぞよろしくおねがいします」
その女性は先ほどの王とは違って、すぐに反応を返してこなかった。
しばらく間をおいて、彼女は口を開いた。
「貴方・・・日本人よね?」
その言葉に、鈴は頷く。
さらに彼女の質問は続いた。
「・・・マスダ、ってファーストネームでしょ?フルネームは?」
「あ、増田鈴・・・リン・マスダです」
「そう、じゃあリンでいいわね?私はイギリス出身のロビン・ハミルトンよ」
彼女・・・ロビンは、鈴に握手の手を差し伸べてきてくれた。
鈴のほうは照れくさそうに彼女と握手を交わすと、やはりひそかに安堵していた。