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完結

コレを書こうという気力が無くなっていることに気がついたので、最小限のコンパクトさでまとめました。

コレにて完結――――――――。

異世界転生 序盤「転生したら死なない体になってた」


「お疲れ様です! お先に失礼します!」

「お疲れ様~。今日はありがとうね~」

「いえ! それでは!」


バイトのユニフォームから私服に着替えて、駅に急ぐ。

急いだ甲斐あってか、ちょうど今着いた電車に乗ることができた。


「お、ラッキー」


壁に寄りかかって揺れに備える。

電車が動き出して、揺れが安定してきた。

俺はスマホを取り出し、時間を確認する。

14:43。


「これなら遅刻の連絡いらなかったな」


授業の開始は15:00。

うん。なんとか滑り込めそうだ。

LINEを起動し、グループの一覧から「声優科 秋学期(23)」を開く。

俺はすぐにメッセージを送った。


「お疲れ様です。唯乃ただのです。遅刻しそうでしたが間に合いそうです」


少し待つと返事が送られてきた。

送り主はヒロキ。


「急いだ方がいいぞ。先生もう来たから」


おいおい……マジかよ。

いつも時間ぴったりに来るのに、今日に限って早いとは。


「なるたけ急ぐ」


返事を書くと、俺はすぐにスマホをポケットにしまった。

そして、代わりにSuicaの入ったケースを握った。


電車が目的地に着くなり一目散に駆けだした。

急げ! 授業開始までもう3分切ってる!


「ハッ……ハッ……。チクショッ……せっかく間に合うはずだったのに……こんなことで遅刻してたまるか!」


もう少し……。

そこの角を曲がれば……。

その瞬間、目の前をトラックが通過した。


「うおっと!」


慌てて止まる。

危ない……。もう少し反応が遅ければひかれていたかも……。


「って! 急がなきゃ!」


歩けば良い程度の距離も走る。

少しの時間も惜しい。

歩いて1,2分の道のりも、走ればものの数十秒だ。


よし、ついた。

玄関を通り抜け、教室に駆け上がる。


唯乃ただの 仁也ひとなりさん~」

「!」


教室から漏れた声が聞こえた。

やべえ、出欠始まってる!


「唯乃さ~ん? あれ? お休みですかね?」

「そういえばさっき、LINEで遅れるって言ってました」

「なるほど。では遅刻……」

「います! いますいます!」


ドアをバンとこじ開けて教室に入った。

教室ではちょうど先生が出席を取っていて、生徒はそれぞれパイプ椅子に座って聞いていた。


「おいおい遅刻か~? ただのん?」


ヒロキがどやしてきた。


「いや、しょうがないんだって! ホントは14時までだったのに、バイト来ないヤツいたから代わりに出てたんだよ!」

「ホントかぁ~?」

「ホントだよ!」

「はいはい、わかったわかった」


俺とヒロキのやりとりに先生が割って入った。


「唯乃くん。間に合って良かった。遅れた理由はまた後で聞くとして……準備してきな?」

「はい!」


俺は返事をして、準備を始めた。

リュックから諸々(もろもろ)の道具一式をだす。


えっと……。

教科書と、前回もらったプリントと、飲み物と、筆記用具……。

よし。

空いてる席は……。


「愛川みなみさ~ん」

「はい」


聞き流していた出席確認だったが、愛川さんの番になって耳にとまった。

チラッと、バレない程度に愛川さんを眺める。

長髪の似合うキレイな人だ。

見ているだけで赤くなってしまう。


近くにいると緊張するから、あまり近づきたくはない。

お近づきにはなりたいけど、物理的に近づけないというか……。

もどかしい。


「あ……」


よく見てみると、愛川さんの隣しか席が空いてない。

……よし。俺は気合いを入れて席についた。

すると、愛川さんが話しかけてきた。


「惜しかったね? もう少し早かったらセーフだったのに」

「いや、セーフだから! 遅刻じゃないし!」

「フフッ……そうだったね」


うっわ緊張した……。

ちゃんと返事できてたよな? 不自然じゃないよな?


「それでは授業始めま~す。よろしくお願いします」

「「よろしくお願いします!」」


全員で起立して挨拶した。

そして席に着くと、すぐに授業が始まった。


「はい。それでは前回やった詩のコピーありますね? あれの続きをやっていきましょう」

「「はい!」」

「じゃあ……1段落目を唯乃さん」

「はい!」


トップバッターか。

後に読むヤツも、俺の読み方に引っ張られる事になる。

責任重大だな。


「あれ……?」


1段落目に丸をつけようと思い、ペンケースを手に取ったところで気づいてしまった。

ペンが入ってない!?


なんでだ? 昨日ちゃんと入れたろ!

それに、さっきバイト先で使ったんだぞ?

ちゃんと持ってきてるはず……。

まさか、バイト先に置いてきたのか……?


思い返してみれば、急いでバイト先を出た記憶はある。

しかし、ペンをペンケースに入れた記憶はない。


「嘘だろ~……」


やっちまった……。

音読なんて1人で何段落も読むことになる。

メモしないと、とても覚えられない……。


「6段落目を川岸さん」

「はい」


先生にペンを忘れたって言うにしても、もうタイミングを逃してるし……。

クソォ……どうしたら良いんだよ……。


「ねえ、唯乃くん」


愛川さんが話しかけてきた。


「もしかして、ペンないの?」

「えっ?」


何で知ってるの?

彼女は笑いながら言った。


「頭抱えてたから。隣にいれば分かるよ」

「あ、そっか……」


俺、頭抱えてたのか……。


「よかったら使う? これ」


そう言って、彼女はペンを差し出した。


「いいの?」

「うん。私、何本か持って来てるから」

「……ありがとう」


忘れて良かった。心の底からそう思った。

おかげで愛川さんとしゃべれたし、ペンも貸してもらえた。


「ホントにありがとう。このご恩は必ず……」

「アハハ、いいよいいよ。それぐらいさ」


彼女が女神に見えた。

いや、彼女こそ女神に違いない。


「ちなみに」

「ん?」

「メモするところ覚えてる? 唯乃君、5個くらい読むとこあるよ?」

「あ……。わからない……」

「じゃあ、コレ見て写しなよ。私、人のもメモしてるから」

「ありがとう……! ホントに言葉が出ないです……」


感動だ……。ここまで多く言葉を交わせたことが未だかつてあったか?

今日はツイてる。バイトはちょっと長引いたけど。

でも遅刻にもなってないし。今日はツイてるぞ!


今日は何でもできる気がする。

もし愛川さんに告白したら、OKもらえちゃったりして……って!

何考えてんだ俺は!


気を取り直して、授業に集中した。


―――


「お疲れ様でした」

「「ありがとうございました!」」


授業が終わった。

今までに感じたことのない充実感だ。


「唯乃」


帰る支度をしていると、声をかけられた。

声の主はヒロキだった。


「どうした?」

「実は……お前には話しときたいことがあって、さ」

「話しときたいこと? なに?」

「いや、ここじゃちょっと……」

「? 言いづらいことなのか?」

「まあ、そういうわけでもないんだが……」


ずいぶんと歯切れが悪い。

普段はもっとハキハキ喋るのに。


「ちょっと来てくれるか?」

「ああ、わかった」


ヒロキに連れられて裏通りに出た。

すると、そこには愛川さんがいた。


「愛川さん!?」


クラスには裏通りから帰る人なんていないと思ってたのに……。


「愛川さん。悪いんだけど、今からヒロキと話が……」

「いや、良いんだ。唯乃」

「へ?」


良いって、何が?

そう聞く暇もなかった。


「実は俺たち……つきあい始めたんだ」


そこからの記憶はない。

頭がボーッとして、何も考えられない。

2人にはおめでとうと言って戻った気がする。

戻った俺はリュックを持ってすぐに校舎を出た。


何が起こったんだろう。

何を言われたんだっけ。


普段は何気なく通る帰り道。

今日は、やけに手をつなぐカップルが目に映る。


――実は俺たち……つきあい始めたんだ。


つきあい始めた?

ヒロキが? 愛川さんと?


「えぇ……?」


愛川さん……。

あんなに笑顔を向けてくれたじゃないか。

アレは何だったんだ?

ただのおすそ分け?

ヒロキに向けるついでに俺にもってこと?


というか、ヒロキとつきあってるって事は、恋人って事だよな?

ってことは、笑顔よりももっとスゴイ顔をヒロキにだけは見せてるって事か?


「……」


俺は間違いなく放心状態だった。

だからこそだろう。


「! おい危ねえぞッ!!」


ドゴン! という音と同時に、前進に衝撃が走った。


「!?」


自分が信号を無視して車道に出ていたことに気づいたとき、俺はすでに地面に転がっていた。

体が動かない。

地面に縛り付けられてるみたいだ。


歩行者信号が見える。

赤だ。

俺から広がっていく水たまりと同じ色だ。

いや、それよりはもうちょっと明るいか。


「……い! …れか警察……!」

「そのま…に救急……ろ!」


遠くから怒鳴り声と、スマホのシャッター音が聞こえる。


「おいキミ! しっかりしろ! もうじき救急車が来る!」


誰かが駆け寄ってきて何かを言ってる。

申し訳ないけど、俺には答えられる気力がない。

体中が痛い。

俺、死ぬのか?


視界がドンドン暗くなっていく。

なんだよ……。

死ぬ時って走馬燈そうまとうを見るんじゃないのかよ?

声優目指して、バイトしながら練習して? あんだけ夢追っかけてたのに?

思い出す記憶もないのか?


視界はドンドン黒に近づいていく。

……いや。

俺は本当に夢を追っかけてたのか?

確かに養成所には通ってたけど、練習は授業日にしかしなかった。

演技の勉強も大してしてなかった。

ただ、なんとなくみんなと会って、なんとなく青春っぽいことをしてただけ……?

学生気分の延長戦をやってただけ?


……ハハ。

なんだ。そういうことか……。

俺の人生は、思い出す記憶すらない薄っぺらな人生だったってことね……。


視界が闇に包まれた。

何の意味もなかった……。

俺の人生は、無価値だった……。


闇の次は沈黙だった。

さっきまで聞こえていた騒がしさも、もう耳に入ってこない。

視界は真っ黒で、音もない。

そんな空間で、俺は意識を手放した。


―――



次に意識を取り戻したとき、やはり俺は闇の中にいた。

だけど、今度の闇は少し違う。

真っ暗ではあるが、わずかに明るい。


上から光が差してる?


「うわ……星だ……」


見上げると、木々の間から星が見えた。

そう。木々の間だ。


あたりを見渡すと木ばかり。

どうやらここは森らしい。

そして、頭上には美しい星空。

都会の空でないことは明らかだ。


「なんだか知らないけど、とんでもない田舎に来ちまったってことか……」


そもそも、なぜこんなところにいるんだったか。

思い出してみよう。


「まず今日はバイトがあって……。そんで、サボった奴がいたから代わりに出て……。その後、養成所の授業に出たよな? それで次は……」


次は……車にひかれたんだ。

ってことは……。


「ホントにあったんだ……。天国って……」


改めてあたりを見回す。

写真で見たことがあるような、何の変哲もない森。

見慣れない植物も特にない。


「……こうして見ると、天国も現実とそう変わらないんだな」


今、俺は間違いなく人類史に名を残すような発見をした。

しかし、それが誰かに伝わることはない。


「いくら天国を見つけたって、死んじまったら意味ないよな……」


近くにちょうど良い倒木があったので腰を下ろした。


「はあ……」


一息つく。

ロクな人生じゃなかったな。

結局、何にも残らなかった。

誰かの記憶に残るようなデカいことはできなかったな……。


俺の葬式で泣くヤツは何人居るんだろ。

家族は……まあノーカンだろ?

バイト仲間は泣かないだろうし、クラスの仲間もそうだろうな。

友達……っていうと,ヒロキくらいだな。

ヒロキは俺が死んで悲しんでくれるだろうか?

俺だったら悲しめるか分からない。


「愛川さんはどうなんだろう」


愛川さんは俺のために泣いてくれるだろうか?

いや、泣くほど親しくはなかったか。

俺が一方的に好きだっただけで。


でもそんな愛川さんも、もうヒロキの彼女。

俺が死んでも泣かないだろうけど、ヒロキが死んだら泣くんだろうな。

付き合ってんだから。


「はあ……。愛川さん……」


なんで死んでまで気が滅入ることようなことを考えなきゃいけないんだ……。


「あ~! やめやめ!」


俺は立ち上がった。


「せっかく天国に来たんだ! せめて現世ではできなかったような楽しみを見つけないと割に合わない!」


そうさ、俺はもう死んだんだ。

だからこれ以上生前の事で悩んでも仕方ない。


大事なのは今までじゃなくてこれからだ。

まずは他に人がいないか探そう。

まさか天国が貸し切りなんて事はないだろ。

森を出れば街があるかも知れないし。


とりあえず……

ズシン


……ズシン?


「何の音だ?」


今、すごい音が聞こえたような気がしたんだが。

音のした方に目を向けると、空の黒とは違う黒が見えた。


「あれ、煙か?」


煙ってことは、山火事か?

天国に山火事があるなんて……。人類史に名を残す発見その2だな。


「もし山火事ならさっさと逃げないと巻き込まれるな……」


煙は向こうから立ってるし、反対方向に進めば大丈夫か。

よし。いこう。


ズシィィン


「!?」


音が近づいてる?

なんだ?


音の方向を注目すると、煙の柱が増えていた。


「どうなって……」


ズシィィィィン


音と共に、今度は地面が揺れる感覚が伝わってきた。


「! 木が倒れてるのか……!」


火で燃えて倒れるような、そんな緩やかな倒れ方じゃない。

まるで、何かになぎ倒されるような……。


「! アレは……人?」


近づいてくる火の手に照らされて、人影が見えた。

走っている。

一目散にこちらへ向かっている。


「にげて~~!!!」

「え?」


女の声がした。

おそらく、あの人影の声だろう。


「逃げるってどういう?」

「いいから早く!」

「うわっ!」


彼女はすれ違いざまに俺の手首をつかんだ。

勢いに引っ張られて、俺も走り出す。


「なにすんっ……」


俺は自分の目を疑った。

彼女の横顔には見覚えがあったから。


「愛川さん!?」

「は!?」

「どうして愛川さんが!? まさか、キミも死んだのか!?」

「縁起でもないこと言わないで! 死なないわ! 私もあなたも!」


話がかみ合わない。

錯乱しているのか?

無理もない。こんな状況じゃ……。

……そういえば、今ってどういう状況だったっけ?


「ハァッ……なあ、落ち着いて話をしないか!? 走りながらじゃなくてッ!」


早くも息が切れてきた。

座って休みたい。


「言ったでしょ! 私もあなたも死なない! 死ぬわけにはいかないのよ私は!」

「死ぬってッ……ハァ、山火事なら焦らなくてもッ」

「私たちを追ってるのは山火事なんかじゃなくてド」


次の瞬間、俺のすぐ後ろの地面がはじけた。

小さな爆発が起きたのか、すさまじい熱と風が俺たちを襲う。


「キャッ!」

「うあッ!」


俺たちはなすすべもなく、吹き飛ばされた。


「いてて……」


日常生活じゃあり得ない転び方した……。


「クッ……! もうちょっとで街なのに……!」


愛川さんは後方の一点をにらみつけながらいった。

何を見ているんだろう、と同じ方を向いてギョッとした。


「リザレクトスル……」


二本足で歩く巨大なトカゲ。

その姿はまさしく……。


「ど、ドラゴン……?」


天国にはドラゴンまでいるのか……何でもありだな。


「逃げて!」

「え?」

「ここからまっすぐ走って行けば街に着く! そこならドラゴンが来てもみんなが返り討ちにしてくれるわ!」

「キミはどうするんだ!」

「私は平気よ! 一人の方が逃げやすい!」


本当か?

たしかに、俺には戦闘能力がない。

一緒にいても足手まといになるだけかも知れないが……。


「逃げて!」


彼女は声を張り上げた。

逃げる?

俺は、逃げるのか?


逃げれば確かに、俺だけは助かる。

だけど、間違いなく彼女は……。


「モタモタしないで! 早く!」


俺が生き残ってどうなる?

また悔やむのか?

無意味な人生を送ったと。

それでいいのか?

無価値な人生で……。


「せめて意味が欲しい……」

「何をブツブツ言ってるの!?」


俺の人生はこのためにあったという意味があれば……。

例えば、大切な人を守るためにあったと思えれば、俺は今度こそ満足に死んでいける。


……たぶん、俺は死にきれなかったんだ。

ただ無意味に生きて、無意味に死んでいくのに耐えられなかったんだ。

そして今が、本当の意味で死ぬときに違いない。


その時に気づいた。これはチャンスなのだと。

だから俺は叫んだ。


「……逃げるのはキミの方だ!」

「は!? 何言ってんの!」

「ここからまっすぐ行けば街なんだろ? 俺は行ったことないからキミの方が早く着く! 違うか!?」

「それは……」

「立て! 走れ! 早く応援を連れてきてくれ! それまで俺が時間を稼ぐ!」

「……わかった」


彼女は少しためらいながら頷いた。


「必ず、生きてまた会いましょう!」


彼女は走り去った。

俺は彼女に背を向けて、ドラゴンに向き合った。


「さあ……来い……!」


ドラゴンがうなりを上げながら突進してきた。

俺はそれを横飛びで回避する。


ドラゴンのタックルが空ぶった。

しかし、ドラゴンはすぐさま尻尾を振り回す。


「ぐおっ!」


尻尾は的確に俺の体を打った。

右腕の骨が砕ける感覚と同時に、吹き飛ばされた。


「ぁぁぁぁ……!」


痛え……。

泣けてきた……。

もう嫌だ。もう立てない。

体はそう訴えかけてくる。


それでも、俺は立った。


「ぐぎっ……こいよ……!」


ここで俺が倒れれば、コイツは彼女を追いかけ、追いついてしまうだろう。

せめて彼女が街に着き、事情を説明できるくらいの時間は稼がなくては。


「こいボッ」


ドラゴンの爪が体をおそった。

体がビリビリに引き裂かれる感覚がしたが、手足はついたままだった。


「あがぅぅぅ……」


もう嫌だ。

いっそ殺してくれ。

できることならあらゆる手を使ってこの場から逃げたかった。


それでも俺は立ち上がった。


「……!」


ドラゴンの前に立ちふさがる。

尻尾、爪と順調にエスカレートしていた攻撃は一つのピークに到達した。

次に繰り出されたのは火球だった。


俺の全身を炎が包む。


「ああああああああああ!!!!!!!」


ここまで来ると、もはや他人事だった。

「あ、俺こんな声出るほどの元気があったんだな」なんて場違いなことを思った。

体中が痛くて重いが、どこか自分のことではないような気分だった。


「……」


コイツ、また立ってるよ。

自分の体なのに、自分の体じゃない気がする。


ドラゴンは次々と火球をはき出す。

俺はそれを全身で喰らい、倒れ、起き上がり、再び喰らい、倒れ、起き上がり、と繰り返し続けた。


痛みすら超越しだした頃。


「いた! まだ生きてる!」

「バカな……! 丸腰でドラゴン相手に7分以上も生きながらえるとは……」

「話は後だ! まずは片づけちまうぞ!」

「おお!」


人だ。それも大勢。

その戦闘に先ほどの少女の姿が見えた。


「あぁ……よかっ……」


満足感に包まれて、俺は意識を失った。


―――


「……大丈夫です。死んでます」

「よし。念のため、心臓と頭を潰しておけ」

「はい」


ドラゴンを仕留めたことは確認できた。

であれば次は……。


「エリアミス! そっちの男は?」

「生きてるわ! 信じがたいけれど……」


生きてて良かった、と彼女は続けた。

それを受けて、青年は残りの者に指示を出した。


「ではこれより、森の鎮火作業に移る! 熱検知、索敵、水系スキル保持者は隊列を組め!」


整列した集団を率いて、青年は森の奥へと入っていった。

それを見送った少女は、地面に横たわる男に声をかけた。


「生きてまた会えたね……。良かった……本当に」



―――


「……ここは……」


俺はベッドで寝ていた。

体の至るところが包帯で覆われていて、ランタンのオレンジ色がそれを照らしていた。

窓の外は相変わらず真っ黒。

大して時間は経ってないみたいだ。


「気がついた?」

「! 愛川さん!」


ベッドのわきに愛川さんがいた。

全然気づかなかった……。


「アイカワ……ってなに? あんまり聞き慣れない単語だけど」

「え?」


自分の名前なのに、何を言ってるんだ?


「まあいいや。私、エリアミス。さっきは助けてくれてありがとう」

「エリア……? あ、いえ……」

「もし良かったら、あなたの名前を……」

「その辺にしておくんだ」


突然、俺たちの会話に乱入者が現れた。

ドアの方を見ると、そこには鎧をまとった男が立っていた。


「エリアミス。あまりなれなれしくするな。素性も知れない相手だぞ」

「それはそうなんだけどさ……」


男はゆっくり歩み寄ってくる。

暗闇に紛れていた男の顔が、ランタンの光で明らかになった。

その顔に、俺は見覚えがあった。


「!? ヒロキ……!」


その男は間違いなくヒロキだった。

どうなってる? 愛川さんに続いてヒロキまで……。

まさか。


「まさか……ドッキリか?」

「ドッキ……何?」愛川さんは聞き返した。

「……」ヒロキは無言だった。

「そうか……ドッキリか! 俺は死んだんじゃなくて、お前達に一杯食わされてたワケね! あ~。なるほどな~」


ということは、あのドラゴンは着ぐるみか何かだろう。

元々声優を目指してた連中だ。スーツアクターと知り合いでもおかしくない。

そして、舞台として雰囲気が合う森を選んだんだろう。

かなり金がかかった大がかりな仕掛けだ。


「なあ、あのドラゴンどうやって動かしてたんだ? 3人くらいじゃないと足りなッ!?」

「もういい」


フォン、という音がした。

それは、ヒロキが俺ののど元に剣先が突き立てる音だった。


「え……? ちょ……これ……?」

「ワケの分からん戯言を言ってるのか。それとも、精神錯乱者のフリをしているのか。答えようによっては、今ここで首をはねる」

「ちょっとフリオ!? 何してんの!」


エリアミスと呼ばれた少女が激しく抗議したが、男は俺から少しも目を離さず言った。


「さしたる問題はないはずだ」

「問題は大ありよ! あなたはためらいもなく人を殺せるわけ?」

「コイツが帝国の工作員で、俺たちを壊滅させようとしている可能性もある」

「いくら何でもギルド評議会は黙ってないわ!」

「そうだな」


短く区切ってから、男は愉快そうに唇をゆがめた。


「評議会で論点になるのは『飛び散った血の片づけを誰がやるか』だろう」

「フリオ!」


少女は男の肩を突き飛ばし、俺と彼の間に立った。


「……何のマネだ?」

「それはこっちのセリフ! どうして一般人だった時の可能性を考えないの?」

「最善のケースを考えて全滅するくらいなら、最悪のケースを考えて取り越し苦労になる方が良いだろ?」

「だとしても今回は例外でしょ? もしあなたが彼の首をはねて、それで彼が無実だったとすれば、あなたはギルドの剣を罪のない民に向けたことになるのよ?」

「安全のためにはやむを得んさ」

「その方便は帝国と同じよ!」

「……」


二人は見つめ合ったまま押し黙ってしまった。

風が窓を叩く音だけが響く。


意味が分からない。

ギルド? 評議会? 帝国?

一体何なんだそれは?

真面目な彼らの顔つきを見ていると、とてもドッキリとは思えない。

コレは何なんだ?


疑問はつきなかったが、とても言い出せる空気ではなかった。

俺はどうすることもできず、ただ、彼女の背中を見守った。



「……わかった」


男が沈黙を破った。

剣を鞘に収め、姿勢を崩した。

その様子から、今まで彼が臨戦状態だったことを知った。


もしかして、一歩間違えば殺されてたのか?

おいおい、俺は何回死ねば良いんだよ……。


「そのかわり、そいつはしばらく牢に入れる」


―――


「それじゃあね……。何か変なことされたら、大声出して助けを呼ぶんだよ?」


彼女は檻の中の俺に語りかけた。


「あ、ああ。ありがとう……」

「エリアミス……。キミは誰の味方なんだ……?」

「フリオ。少なくとも今は、あなたの味方になれない」

「そうかい……」

「それじゃあね」

「あっ……」


行かないでよ! すごく心細いんだから……。

こんな狭くて暗い空間に一人きりで……。


「……」


……一人じゃなかった。

フリオと呼ばれた男は無言で椅子を引っ張ってくると、これまた無言で腰掛けた。

じっとコチラを見つめている。


「あの……あなたは行かないんですか……?」

「一人で心細いだろう? 安心しろ。スパイ容疑のあるお前を一人にはしてやらないからな」


彼は無表情で言った。

だが、語気は強かった。


「はあ……そうですか……」


こうして俺がこの世界に来て初めての日が終わった。



―――


翌日、早朝。

俺は狭い部屋で、フリオと呼ばれた男と向かい合っていた。


俺は椅子に座らされ、手には手錠がついていた。

対して、フリオは立ち、手には剣が握られていた。


いわゆる尋問だ。


「名前は」

仁也ひとなりで~す」

「どこから来た」

「森で~す」

「森の前はどこにいた」

「渋谷で~す」

「……お前、真面目に答えろ」

「そうは言いますがねぇ……。同じ質問をもう何十回とされてるわけですよ? ちゃんとしろと言うのがすでに無理な話かヒッ!?」

「その三文芝居のようなしゃべり方をやめるか、首をはねられるか。好きな方を選ばせてやる」

「真面目に答えます……」


コイツ……ことある毎に剣を向けて来やがる!

物騒にもほどがあるだろ!

……逆らわないでおこう。


「気がついたらあの森にいて……。その前のことは、何も……」

「何も、なんだ?」

「覚えてません……」


本当は覚えている。

俺は元の世界で車にはね飛ばされた。

そして目覚めたとき、すでにこっちにいたんだ。


しかし、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。

「嘘をつくな!」とか言われてまた剣を突き立てられても困る。

そういうワケで、黙っておこうと決めた。


「……まあいい。少し待ってろ」


そういって、フリオは部屋を出た。

少し気が休まった気がする。


「どうだ見……は?」


壁が薄いのか、話し声が漏れて聞こえた。

フリオとその部下が、廊下で話しているらしい。


「そ……すね。使用……語彙からして、どこ…で教育を受けている可能…………」

「……教育機関に準ずる……」

「そ…こそ、帝国の……」

「では……の承認を……」


なんの話をしているんだ?

上手く聞き取れない。


語彙とか帝国とか、所々の単語は聞き取れるんだが……。

聞くことに集中していると、いきなりドアが開いた。


「うわっ!」

「……」

「び、ビックリした~」

「……」


ヤバい。盗み聞きしてたのがバレたか……?


「今からお前の頭を覗く」

「……は?」

「俺も最初からそうしたかったのだが……承認を得なければならないのでな」

「え?」

「そういうワケで、これからお前の頭の中は、ここにいる者にとって公然の事項となる。だが安心しろ。俺たちはその内容を決して他言しない。プライバシーは保護される」


フリオは言い終わった後、無実であればな、と付け加えた。


「な、何を言って……」

「入ってくれ」


フリオは開けっ放しだったドアから廊下に呼びかけた。

直後、顔色の悪い青年が入ってきた。


「……彼がそうなんですか?」青年は俺を指さして言った。

「そうだ」フリオが答えた。

「見たところ、筋肉も全くついてないし……。本当に彼が?」

「分からない。だからこそ来てもらったんだ」

「なるほど」


会話に混ざれないでいると、青年が俺の顔をのぞき込んできた。


「どうも」

「あ、はい……どうも」

「僕はセンサです。あなたの記憶を見させてもらいます」

「見るって、どうやって」

「いきます」


センサは俺の頭を両手でつかんだ。


「!?」


次の瞬間、視界が完全に切り替わった。

真っ暗闇に赤い炎、黒い煙、次々と倒れていく木。

これは……昨日の記憶か?


目に映る映像はパッパッと変わっていく。

が、シーンで映像は変化しなくなった。

それは、強大な敵と向かい合った記憶。


ドラゴン……。

ドラゴンの攻撃を受けて瀕死になりながらも、ギリギリ生きながらえる俺。

今思い返してみると、異常なまでの生命力と言える。

ドラゴンの攻撃を耐え続け、助けが来たところでブツッと視界が真っ黒になった。


一、二回瞬きをすると、尋問室が映った。

元の視界に戻ったようだ。


「どうだ?」


フリオが尋ねると、センサは振り向いて答えた。


「ビックリですよ。彼の最も古い記憶にアクセスしたんですが……それが、昨日の記憶でした」

「それ以前には何もなかったのか?」

「はい。ロックがかかっている形跡もありませんでしたし……。本当に空っぽです」

「……」


フリオはあごに手を当てて考えごとを始めた。

センサは気にせず言葉を紡いだ。


「それだけじゃありません。昨日の彼の記憶では、彼は死んでいてもおかしくないほどのダメージを受けていました」

「なに?」


フリオが目をかっぴらいて反応した。


「昨日そいつを発見したとき、死に至るようなケガは……」

「ええ。発見時……すなわち傷を確認した時にはそうでした。しかし、傷を確認したのは、ドラゴンを倒して森の鎮火が済んだ頃です」

「……まさか、傷を負ってから俺たちが確認するまでの間で回復したと?」

「そうとしか考えられません」

「だとすればそいつは……」

「ええ。治癒系の能力持ち(ギフテッド)でしょう」

「……帝国のスパイどころか、帝国に追われる側、というワケか……」


さっきから何を話しているのかチンプンカンプンなんだが……。


「もういいですか?」

「ああ、来てもらって悪かったな」

「いえ」


センサはフリオに会釈すると、今度は俺に顔を向けた。


「あなた、お名前は?」

「ひ、ひとなり……」

「イトラリー?」

「いや、ヒトナリです」

「へえ……。難しい名前だ」


それだけ言って彼は立ち去ろうとした。


「あ、あの!」

「はい?」

「なぜ……名前を?」

「それは……」


センサはチラッとフリオを見てから言った。


「これから仲間になるかもしれない相手ですから」

「仲間……」

「あとはフリオさんからお話があると思いますよ」

「あの人から?」


センサから視線をそらしてフリオに向ける。

あごに手を当てて、いかにも「考えてます」というポーズだった。


「でもあの人、俺のこと嫌いみた……あれ?」


元の位置に視線を戻すと、もうセンサはいなくなっていた。


「気づいたらいなくなってるんだ。アイツはいつも」

「! ああ、そうなん……すか」


フリオがいきなり話しかけてきたのでキョドってしまった。

俺は黙って、彼の次の言葉を待った。


「……」

「……」


この男、いっこうに喋らない。


「あの……」

「……あぁ、すまない。なんだ?」

「あの、俺はこれからどうなるんですかね……?」

「そうだな……」


フリオは虚空を見つめた。

また無言で考え始めるのかと思ったが、予想に反して答えはすぐに返ってきた。


「……悪いが、しばらく待ってもらうことになる」

「待つ?」

「キミの処遇を俺一人で決めるワケにはいかなくなった。評議会と議論しなくてはならない」

「昨日からたびたび聞く言葉ですけど……評議会ってなんです?」

「それも含めて、どこまでキミに話すべきか……俺には決めかねる」

「そうですか……」

「なあ! お前達!」

「はい!」

「なんですか? フリオさん」


フリオが部屋の外に呼びかけると、廊下で番をしていた男たちがやってきた。


「彼を開いている部屋に案内してくれ」

「はい。開いてる部屋ならどこでもいいんですか?」

「ああ。かまわない」

「分かりました。お任せ下さい」

「頼んだ」


フリオは俺に向き直った。


「それでは、俺は失礼する」



―――


「なんだったんだ……」


俺は案内された部屋で独りごちた。

スパイだなんだと言われて、結局無罪放免。


「俺に対する敵意みたいなものはもう無い。そういうことか?」


俺はこの世界のことを知らなすぎる。

どうやらここは天国じゃない。

ヒロキはフリオで、愛川さんがエリアミス。


「日本人じゃないみたいな名前だよな……」


俺が知っている彼らとは別人なのか。

「じゃあ……どこなんだよ。ここは……」


―――


「外に?」

「ああ。少しこのあたりを見て回りたくて」

「う~ん……。なぁ、どう思う?」

「おい俺に聞くなよ。たまには自分で考えろ」

「自分で考えたけど決められないから聞いてんだよ」

「ホントに考えたのかよ……」

「? なんて言ったんだ?」

「いや。彼のスパイ容疑は晴れたんだろ? なら、彼はもう客人扱いしなければならない。……と俺は思う」

「なるほどな」


男は頷いて、

「じゃ、そういうワケだから。行って良いぜ」

「ありがとう」

「ひとりで大丈夫か? 迷うほど複雑な街じゃないが……」

「ああ。あまり遠くまではいかないことにするよ」

「そうしてくれ。フリオさんが評議会の結論を持ち帰った時、お前がいなかったら困るからな」


外に出た俺は、坂道を上って高台に着いた。

眼前には街が広がっている。


「やっぱり日本じゃない……」


町並みからして間違いない。

建物がみんなレンガでできている。

じゃあここは外国なのか?


「でも外国だとしたら、なんで言葉が通じてるのかって話しだし……。それに」


昨日の記憶を思い出す。

真っ赤な炎とドラゴン。


「ドラゴンって空想上の動物だろ? なんで現実にいるんだ……?」


深く考えなくても、フリオの到着を待てば何か教えてもらえるかも知れない。

だけど、今は自分の目で見て、物事を知りたかった。


「……受け身じゃだめなんだよな。現状を変えたいなら」


日本にいた頃、俺の人生は無意味だった。

それは、俺が自分から行動を起こさなかったからだ。

自分から行動を起こし、積極的に変えていこうとしなければ、何も変わらない。


「ハァ。今更気づいてもなぁ……」


それはそれとして。


「……俺、これからどうしたら良いんだ?」


ここが俺の元いた世界とは違うことは明らかだ。

となれば、俺はこれからどうすべきなのだろう。

……元の世界に戻る、とか?


「戻ってどうなる……」


俺の夢はどうせ叶わない。

一生情熱に浮かされたまま、世の中に搾取されて終わるんだ。


好きだった子には彼女ができてるし。

しかもソイツは親友だし。

良い人生だったとは到底思えない。


「……」


自分は何をすべきなのだろう。

この世界で生きていけば良いのか?

知り合いも誰もいないのに……。


「おめでとう。外に出られて」

「ん?」


振り返ると、そこには見慣れた少女がいた。


「アイ……エリアミス」

「もしかしてまたアイ……なんだっけ?」

「アイカワ?」

「そうそう。って呼ぼうとした?」

「ああ、うん。ごめん……」

「いいよ。アイカワって、友達の名前?」

「ああ」

「う~ん……。これからはアイカワって呼ぶ? 私のこと」

「え?」

「アイカワの方が呼びやすいなら、そう呼んでも良いよ?」

「ありがとう。でも、いいんだ。キミは愛川さんじゃないし……失礼だよ」

「そう? ならいいけど」

「……そういえば、何でここに?」

「キミが牢から解放されたって聞いてさ。もう気づいてると思うけど、館……キミがいた建物って、ちょうど坂の中腹にあるんだよね。坂は一本道だから、上に上って高台まで行くか、下に下って広場に出るかしかない」

「……じゃあ、なんで俺が上ったと分かったの?」

「それは……」


エリアミスは手に持っていた袋を掲げた。


「上に用事があったから、だよ」

「なるほど……」


つまり、俺がここにいると分かって来たワケじゃないって事か。


「でも、もちろんキミのことは気がかりだったからね。上にいなかったとしても、用事が済んだら広場に行ってみるつもりだったんだ」


律儀なことだ。

つくづく似ている。アイカワさんに。


「それじゃ、私もう行くね。また後で!」

「ああ」


手を振る彼女に手を振り返した。


「……この世界もアリかもな……」

「何がだ?」

「えわっ!?」


振り返ると、今度はフリオがいた。


「すまん、驚かす気はなかったのだが……」

「い、いえ……何でもありません……」


尋問中に植えつけられたクセだろうか。

堅苦しく返事をしてしまった。


「かしこまらなくていい。俺はもうお前をスパイとは思っていない。もっとラフに喋ってくれてかまわない」

「……こんな感じか?」

「ああ。上出来だ」

「ハァ……安心したよ。これなら、もう剣を突き立てられなくてすみそうだな?」

「……」

「じょ、冗談だよ! 冗談」

「すまなかった。疑わしかったとはいえ、キミがスパイと決めつけてかかっていた」


そう言うと、フリオは深々と頭を下げた。


「ああ、いや! いいってそんな! 頭上げてくれよ!」

「そうか?」


俺の慌てぶりを見て、フリオはすぐに頭を上げた。


「いや、本当にすまなかった。少し神経質になっていたんだ」


フリオの様子から、嘘偽りは感じられなかった。

本当に申し訳なく思っているようだ。


「いや、ホントに大丈夫だって! それよりさ!」


話題を変えよう。このまま謝らせるのはいたたまれない。


「良い景色だよな、この街」

「ああ、そうだな。……この街の景色は、まだ美しい」

「? まだって……」

「……ギルド評議会から回答を得た。キミさえよければ詳しい事情を教えていいそうだ」

「あ、ならお願いします」

「分かった。じゃあ、ひとまず館に帰ろう」


館というのは、多分さっきの建物だろう。


「はい」


坂を下り始めたフリオを追って、俺も歩き出した。


「ん?」


向こうに人影が見える。

アレは……。


「どうかしたのか?」フリオが振り返って尋ねた。

「いや、あそこにセンサが……あれ?」


指を指して場所を伝えようとしたが、すでにいなかった。


「センサが?」

「今確かにいたと思ったんだけどな……」

「見間違いか、それとも本当にいたか。どちらもあり得るが……まあ、どちらでもさしたる問題はないだろう。行くぞ」

「あ、ああ」


俺もフリオも気づかなかったが、俺たちを背後から見下ろす影があった。


「……」


それは、まさしくセンサだった。



―――


「……以上だ」

「……」


館に戻って

俺は声も出なかった。


「状況は飲み込めたか?」

「まぁ……。なんとなく……」

「飲み込めてなさそうだな。無理もない。お前は記憶を失っているワケなんだから」


「もう一度、ざっくりと説明しよう」


フリオは今し方した説明を繰り返した。


「現在、我々のギルド『ユニオン』は戦争状態にある。相手は多国籍ギルド『リザレクトス』。何か質問はあるか?」

「ギルドっていうのはそもそもなんなんだ?」

「ギルドの起源は労働組合だ。はじめは職業毎にいくつもの組合があったが、だんだんと一つに統合されていき、今のユニオンとなった。他の国でも似たようなモノだろう」

「ユニオンが戦争状態って言ったよな? それって国同士が戦争してるっていうのとは違うのか?」


マフィアの抗争みたいなモノを思い浮かべた。


「国の戦争とは違う。しかし、ほぼそうとも言える」

「?」

「ギルドという組織が大きくなった背景には、魔法の存在がある」

「魔法が?」


センサが使っていた頭を覗くというのも、魔法の一種らしい事はさっき聞いた。


「魔法の研究を行っている機関が、ギルドしかないんだよ」

「? 国は研究してないのか?」

「魔法を使うには少しばかりコツがいるんでね……。大人になってから学ぶというのは厳しい。幼少期から手ほどきをしなければならないんだ」

「なるほど……」


王、王妃、大臣。権威を持つ者たちは、みな魔法を扱えないという事か。


「そういうワケで、ギルドは国家をも超越した力を持った。……どうなると思う?」

「……国を乗っ取る、とか?」

「ユニオンは違う。……が、そのように動いた国があるのも事実だ。ギルドが王室を乗っ取り、革命もどきを起こしたという話しも聞く」

「じゃあ、反乱を起こさなかった国と、反乱を起こした国とがあるって事か」

「その通りだ」

「反乱を起こさなかった国はどうしてるんだ?」

「ユニオンの例だが、ギルドが国家と歩み寄って、国と提携した機関となったよ」

「国直属?」

「ギルドと国家は互いに不可侵であることを約束している。だから国が我々に命令することはできないし、我々も彼らに命令できない」

「ややこしいな……」

「まあ、あとでじっくり整理してくれ。ここからは単純だ」


フリオはフッと笑って、すぐに表情を引き締めた。


「そういう、国を乗っ取ったギルドの中で最も危険なのが、そのリザレクトスだ」

「いまユニオンと戦争してるとこか……」

「リザレクトスは多国籍ギルドだが……その理由は簡単。戦争を仕掛け、打ち負かした国家を吸収していったからだ。つまり、ヤツらが行っているのは侵略」

「侵略……」


いまいちピンとこない。


「リザレクトスはなぜ、そんなことをするんだ?」

「さあな。詳しい理由は分かっていない」


―――


フリオ、エリアミス、部屋の監視についていた2人との交流


―――



「以上で、報告はすべてです」

「ご苦労」


フリオは部下をねぎらい、手元の資料に視線を落とした。


「……」

「?」


フリオはいぶかしんだ。

報告は終わったというのに、部下はいっこうにここを離れる気配がない。


「まだ何か?」

「はい……。実は先日のドラゴンの件で」

「……ああ、森に現れたヤツか」


あの日はヒトナリが現れた日でもある。

ヒトナリに対する処遇でゴタゴタしていて、ドラゴンにまで手が回っていなかった。


「それで? アレがどこから来たのか分かったのか?」


このあたりにドラゴンは生息していない。

群れからはぐれた……とかが妥当なところだろう。


「それが……」

「?」


良いごもる部下。

フリオは急かすことなく、彼が話し出すのを待った。


「……すみません。報告するか迷ったんです。あまりにもバカげているし……。しかし……」

「どうしたと言うんだ?」

「この絵を見て下さい」


そう言って彼が提示してきたのは、頭部が潰れた小動物の絵だった。


「尻尾の形状からして、リスか……。これがどうした?」

「先日のドラゴンを詳しく調査しようと、死骸を持ち帰ったのですが……翌日にはこれになっていました」

「……? もう一度言ってくれないか?」

「ドラゴンの死骸が、一晩でリスの死骸に変わっていたんです……」

「……何者かが入れ替えたという可能性は?」

「私を含めた誰一人、部屋には入っていません」


死骸を保管していた部屋は、厳重な保護がなされた部屋だった。

あの部屋には鍵が3つあり、すべての鍵をいっぺんに刺さないと、扉は開かない仕組みになっている。


「では……一体何が……」

「ひとつ、仮説があります」

「なんだ?」

「この小動物の死骸を解剖したところ、このようなモノが見つかりました」


彼は死骸の絵の上に、別の絵を重ねた。


「これは……魔力石か?」

「はい。小動物が誤飲したと考えられます」


フリオの脳裏に、1つの可能性が頭に浮かんだ。

それは、とてもバカバカしい妄想だった。


「……まさかとは思うが、魔力石の中に『形質変化』の能力が秘められていて、それがリスをドラゴンの姿に変えた……と?」

「そうとしか考えられないかと……」

「……なるほどな。報告するか迷うわけだ」

「はい……。しかし、どうであれ、やはり伝えておくべきだと判断しました」

「うん……。ありがとう。戻ってくれ」

「はい。失礼します」


部下は礼をして部屋を出て行った。


「リスが能力を……?」


あり得ない。

アレは選ばれし者だけが使える神の恵み。

その辺の小動物に扱えるモノか?


「しかし……それ以外には考えられないのなら……」


魔力石には、まだまだ未知の部分が多い。

人類はそれを利用することばかり考えて、「魔力石とは何なのか?」という事は考えてこなかった。


フリオは振り返り、棚の上を眺めた。

そこには、フリオが能力を授かった魔力石があった。


「今がその時なのかもな。これがなんなのかを考える……」


―――



「お~い!」

「!」

「やっと会えたね」

「そうだね」

「……! 何だ!?」

「敵襲……!」

「エリアミス!」

「キミは隠れてて! 大丈夫! 私たちは負けないから!」

「あっ! ……行っちゃった」

彼女も戦うんだ。

それなのに……。

何もせずに隠れて見てるのか?

俺は。

「俺だって……やれることはあるだろ?」

「! ヒトナリ!」

「フリオ!」

「ここは危ない。避難するんだ」

「いや、待ってくれフリオ! 俺も戦う!」

「!? 何を言ってるんだ!」

「イヤなんだ! 見てるだけなのは!」

「しかし……キミは戦闘訓練を受けていない民間人だ」

「大丈夫だ! 俺はあのドラゴンと対峙して生き延びたんだぜ?」

「それはそうだが……」

「傍観者はイヤなんだ。たとえ苦しくても……当事者でありたい!」

「……これを使え」

「! これは……」

「内部に魔力を封じ込めた剣だ。少しでも擦れば大ダメージを与えられる」

「ありがとう」

「無茶はするなよ。少しでも危ないと感じたらすぐに退け」

「ああ!」


「バカな……! マリオネットだと……」

「? フリオ……?」

「! クソッ! 今はやるしかないか……!」

「キャアッ!」

「エリアミス! クッ……! 邪魔だ! エリアミス! エリアミスー!!」


―――



「ハァハァ……!」

「……」

「ハァハァ……あっ!」


転んでしまったエリアミス。


「痛っ……」

「……」

「ヒッ!」

「……」


突然四散した人形。


「え?」


見上げると、人形はバラバラに砕けていた。

そして、その横には一人の男。

人形と同じく、鉄の馬に乗り、エリアミスを見下ろしている。


「助けて……くれたの……?」

「……」男は何も言わない。

「どうして……ッ!」


男の顔を見て、エリアミスの表情が固まった。


「あなたは……」

「……」


男は去っていった。


「……」


エリアミスは何もいえなかった。


―――



「オンリ・フィーブル。ただいま戻りました」

「うむ……」


男がかしづいた相手は、仮面の男だった。

椅子にふんぞりかえるその男の前に佇んでいた男が声をかける。


「フィーブルよ。ひとつ尋ねておきたいことがある」

「何でございましょう」

「キサマ、先の戦闘で《マリオネット》を破壊したな」

「……はい」

「どういうつもりだ?」

「あのマリオネットに襲われていたのは能力者でした。捕虜として捕らえれば、取引

材料としても資源としても有効だと考え、《マリオネット》の攻撃を防ぎました」

「……では、その能力者は今どこに?」

「……取り逃がしました」

「……笑わそうとでもしているのか?」

「いえ」

「キサマ……自分のしでかしたことを理解しているのだろうな? 自分の持ち場を離れ、マリオネットは破壊し、あげく、捕虜にも逃げられる。キサマは我々を潰したいのか?」

「そのようなつもりは……」

「今のキサマの言葉が、信頼に足るとでも?」

「よい」


追求を遮ったのは、玉座に座る仮面の男だった。


「!」

「皇帝陛下……今なんと?」

「もうよい。過ぎたことだ」

「なっ!?」


男は驚いたが、それを意にも介さず、仮面の男は言った。


「フィーブルよ」

「はい」

「この度は無惨な結果となった。それは、誰よりもお前が理解しているはず」

「はい」

「……次の戦果、期待している」

「ありがとうございます」

「……もう下がれ。任に戻るがよい」

「はっ。失礼します」


フィーブルは部屋を出て行った。


「……よろしいのですか? ヤツは我らが兵に剣を振るったのですぞ」

「人形は作り直せば良い」

「しかし、製造費もタダでは」

「失敗は誰にでもある。当然、私にもあるし、キミにもあるだろう」

「それはそうですが……」

「今日は偶然、彼の番だったというだけだ。失態を犯したのならば、次で挽回すれば良い。幸いにも、此度は次がなくなるほどの大失態ではなかった」

「……皇帝がそのように仰せならば、私もそれに従います」

「すまんな」

「滅相もございません」

「キミには苦労をかける」

「何を言われますか。一番苦労しておられるのはあなただ。もうお休みになった方がよろしいかと」

「……そうだな。そうさせてもらう」


―――



「エリアミスが!?」

「ああ……。分断されてしまってな……」

「すぐ探さないと……!」

「今、探索部隊を編成している。すぐに捜索へ向かうつもりで……」

「その必要はないわ」

「!?」

「え、エリアミス!!」

「心配かけてごめんね」

「無事だったのか!?」

「うん」

「良かった……」

「……」

「? エリアミス? どうした、ボーッとして」

「ああ、ううん。安心したらちょっと疲れが……」

「ならもう休め。魔力もだいぶ消耗しているだろうし」

「そうする……じゃあね、2人とも」

「ああ」


エリアミスは部屋を出た。


「……大丈夫だろうか。本当に」

「しばらくは様子を見よう」


―――


ドアを閉め、灯もつけないままにベッドに倒れ込む。


「……あれは」


エリアミスは、自分を救った相手を思い出していた。

装備は人形達と同じだった。ということは、リザレクトスの兵士なのだろう。

エリアミスに、リザレクトスの知り合いはいない。


ただ、あの顔には見覚えがあった。


「どう見ても、ヒトナリだった……」


彼の風貌は、先日知り合った記憶喪失の青年とうり二つだった。


「……生き別れた兄弟、とか?」


もしそうなら、彼と会えば、ヒトナリの記憶も取り戻せるかもしれない。


「また会えるかな? ……そう、ヒトナリのためにも」


―――


翌日、大会議室にて。


「これが『帝国の落とし物』の解析結果です」


そう言ってセンサは資料を配った。


「材質は鉄の物から木のものまで、多岐にわたります。動力は魔力。これは間違いなく……《マリオネット》でしょうね」

「やはりそうか……」フリオが顎に手を当てた。

「マリオネット?」


俺は口を挟んだ。

すると、センサが説明を始めた。


「マリオネットというのは『人型の器に魔力を入れ、自在に動かす魔術道具』のことです。早い話が『人の形をしていながら、人ならざるもの』……そんな感じです」

「人ならざるもの……」

「かつてはマリオネットの製造、操縦を伝統芸能として受け継いだ種族がいたと聞く。が、すでにその技術は失われているんだ」今度はフリオが補足した。

「失われてる? どうして?」

「わからない。数十年前からその種族は姿を消し、歴史の表舞台から消えた。そして今になっても、技術を後継したという者も現れない」

「それじゃあ……」

「ああ。『本来動くはずのないものが動いている』ということになる」

「帝国にはロストテクノロジーたるマリオネット操縦技術が存在する、ということでしょう。そしてその技術は、何らかの手段で彼らが独占している」

「厄介極まりないな……。痛みも恐れも疲れも知らない……しかも文句も言わない。まさに無敵の軍勢だ」

「しかし、我々は今回、彼らを撃退することができました」

「ああ」


フリオが俺を振り返る。


「キミのおかげだ。ヒトナリ」

「いやぁ、そんな……」

「かしこまる必要はありません。あなたの活躍はめざましいモノでした」

「照れるな……。でも、こんな俺でも役に立てたんなら嬉しいよ」

「キミがいれば、帝国にも勝てる。勝とう。俺たちで。力を貸してくれないか?」

「もちろん!」

「ありがとう。頼もしいよ」


握手を交わした。


「……それにしても、帝国の目的はなんだったんだろうか」


―――


コンコン

フリオがドアをノックした。


「どうぞ」


中から声が聞こえた。

フリオはドアを開けて部屋に入る。

俺もそれに続いて部屋に入った。


「体調はどうだ? エリアミス」

「うん。もう良いみたい」


俺はフリオの背後から歩み出た。


「よかった。心配だったから」

「……」

「? エリアミス?」

「……あぁ、うん。ありがとう……」

「まだ本調子ではなさそうだな」


フリオの言葉に、エリアミスは「ううん」と首を振った。


「ちょっと考え事してただけ。大丈夫だよ」

「なら良いのだが……」

「昨日は仕事できなかったけど、今日からは復帰できるよ」

「……あまり無理はするなよ?」

「うん。分かってる。じゃ、早速行くね」

「……」


出て行く彼女の背中を二人で見送った。


「……ヒトナリ」

「なんだ?」

「彼女についてやっててくれないか?」

「え?」

「やはり……今日のアイツはおかしい」


俺にはそうは見えなかったが……。

しかし、フリオがそういうという事はそうなんだろう。


「本当なら俺が行きたいところだが……あいにく俺にはやることが山積みだ」

「わかった」

「頼んだぞ」


―――


「ここがギルドだよ」

「おお……」


……意外と小さい。

ギルドって言われて、モンハンとかを思い浮かべてたから小さく感じるな。


「何かやることはあるかな~」


エリアミスはカウンターの中に入ると、棚を漁り始めた。


「従業員とかいないのか?」

「今はちょうど出払ってるんだよね~。昨日の戦闘の後片づけとか、戦闘の結果を報告書にまとめたりとか……あと、研究所に手伝いに行ってたり」

「なるほど」

「う~ん……なさそうだね。じゃあ……これやろうかな」

「なにやるんだ?」

「これ」


エリアミスは1枚の紙切れを見せてきた。


「森の調査? 森ってもしかして、すぐそこの?」

「そ。私たちがドラゴンと遭遇したところだよ」


あの日のことを思い出す。

少し傷がうずいた気がした。


「あの日も実はこの依頼をこなすために森に行ったんだけど……ドラゴンに襲われちゃったからね。成果らしい成果は出せずに戻って来ちゃったんだ」

「まあしょうがないよな……ドラゴンに追い回されてたんじゃ」

「ドラゴンを倒した後、フリオ達が見て回ったんだけど……それはあくまでもざっとだったから。もう一回、ちゃんとみておきたいなと思って」

「なら、俺もついて行くよ」


「この森って結構広いんだな」

「そうだね。ドラゴンが住んでるくらいだからね」

「ドラゴンか……。そういえばさ、こういう森って、ドラゴンがよくいるもんなのか?」

「まさか! 普通に生きてれば滅多にみないよ」

「あ、そうなのか」

「本来、ドラゴンは森にいるような生き物じゃないの。だからこそ私も一人でいたワケなんだけど……」


エリアミスが立ち止まった。


「どうした?」

「今、そっちで何かが動いた……」

「え?」


エリアミスは一点を指で指した。

そこには草むらが広がっている。


「……小動物かなにかじゃないのか?」

「いや、それにしては大きかった」


そういうとエリアミスは石ころを拾った。

そしてすかさずそれを投げた。


「いてっ!」

「!?」

「誰かいるの!?」

「ヤバいッ……!」


ガサガサガサ、と草むらが揺れる。


「何かいる!」


エリアミスは飛び出していった。

俺も着いて走る。


しかし、全く距離が縮まらない。


「追いつけないぞ!」

「大丈夫! このまま行けば……!」


そしてついに行き止まりに追い詰めた。


「さあ、追い詰めたわ……!」

「ヒィ!」


追い詰められたそれは、ビクンと飛び上がった。

コイツは……。


「なんだ? コイツ……」


トカゲ? ドラゴンに近い風貌だが……二足歩行だし、体型だけで言えば、人間のこどもみたいだ。


「ヒィ……!」

「!? この人……」

「知ってるのか?」

「竜人族……」

「りゅうじんぞく?」

「ヒィ……! やだよぉ……こわいよぉ……」


―――


「それじゃ、ヒドいことしない?」

「しないよ~。私たち、調査できただけだから」

「ホントのホントに?」

「ホントに」


見た目通りという言葉がふさわしい。

そんなしゃべり方だった。


「そっちの人も?」

「え? ああ、うん。ホント」

「……よかったぁ~……」


膝から崩れ落ち、そのまま座り込んでしまった。


「私はエリアミス。で、彼がヒトナリ。キミは……?」

「僕、リュートン」

「リュートンね。リュートンは竜人族……で合ってるよね?」

「う~ん……。よくわかんない……」

「竜人族って?」

「竜人族は、伝承にのみ存在する幻の種族よ。人型でありながら、ドラゴンのような特徴を持つという……」

「なるほど、それで人間っぽくない姿なのか」

「どうしてこんなところにいたの?」

「はぐれちゃったの……。みんなと……」

「みんな? あなたの他にも竜人族がいるの!?」

「ヒッ!」

「ああ、ごめんごめん、大声出しちゃって……」

「う、うん……」

「みんなって言うのは……あなたのお父さんとかお母さんとか?」

「うん……。みんなと一緒に旅してたの……」

「それは大変ね……。みんなの行き先は分からないの?」

「忘れちゃった……」

「そう……」

「でも、『もしはぐれちゃったらここで集合ね」っていうのは決めてあるの」

「! ホントに? それはどこ?」

「ラジー山の上……」

「ラジー山!?」

「知ってるのか?」

「ここから近くの山よ。ただ……」

「ただ?」

「標高がとてつもなく高くて険しい。しかも、強力な魔物も出没する。こんな小さな子では、とても上れないわ」

「なんでそんなところを選んだんだ?」

「昔はこんなに高くなかったんだよ~!」

「昔? あの山はずっと前からあの標高だけど……」

「他に集合場所は決めてないのか?」

「決めてない……。旅が遅れるから、ラジー山の頂上にいなかったら置いてくって……」

「なら、どうにかして行かなくちゃダメだな……」

「僕……置いてかれちゃうのかな……」

「……分かった。リュートン、私たちが連れてってあげる」

「……ホントに?」

「ホントに。ホントのホントに」

「ありがとう!!」


~~~


「良いのか? あんな安請け合いして」

「もちろん、危険なのは分かってる。だけど、私たちとしても決して捨て置けない問題なのよ」

「どういうことなんだ?」

「……昨日おそってきた人形、あるでしょ?」

「ああ、マリオネット」

「それを作る技術が、すでになくなっていることは知ってる?」

「たしか、ある種族が専門で作ってたんだけど、突然消えたんだよな」


……まさか。


「その種族というのが、竜人族なのよ……」


やはりそうか……!


「じゃあ、リュートンの家族が……」

「帝国に手を貸しているかも知れない」

「ならなおのこと危険じゃないか! 帝国の仲間なら、帝国の連中もいるかも……!」

「大丈夫よ。わざわざ群れからはぐれた子どもを迎えに行く約束をしてるんだもの。子どもへの愛情はあるわ」

「……なんだよ、その物言い。まるでリュートンを……」


人質にでも使おうってのか?


「……心苦しいけれど、非情になる場面も必要よ。マリオネットの謎を解明しなければ、私たちはいつ滅ぼされてもおかしくない」

「……」

「私だって、できるならしたくないわよ……」


―――


「竜人族の子供だと!?」

「ええ」


街に戻ってフリオに報告すると、目をひん剥いて驚いていた。


「この少年が……! そうなのか!?」

「ヒッ……」

「うぉっ」


リュートンは俺の後ろに隠れた。

膝の裏あたりに触られている感覚がある。

コイツ、思っているよりもさらに小さいんだな。


「あ~、あんまり大きな声は出さないで。驚いちゃうから」

「ああ、すまん」


フリオは一歩退いた。


「それで? どういういきさつでこうなった?」

「森の調査に行ったら出会ってね。ラジー山に行くつもりだったみたい」

「ラジー山に? なぜ?」

「そこで家族と合流するそうよ」

「! なるほど……それでは、丁重にお連れしないとな。その子を」


フリオ……。お前までこの子を利用する気なのか……。


「ラジー山は道も険しいし、魔物も手強い。入念に準備していきたいところだが……」

「合流に遅れたらおいていくと言われたらしいわ。急いだ方が良いでしょうね」

「わかった。なら、必要な準備を最低限すませさっさと行こう」


フリオはしゃがみ、リュートンに優しく語りかけた。


「少年。安心しろ。我々がキミをラジー山に連れて行く。必ずな」

「あ、ありがとう……」



――― 


「ようやく頂上か……」

「リュートン、この辺か?」

「うん。たぶん」

「見たところ誰も……ん?」

「ねえ、あれって……!」

「ああ……間違いないだろう……」

「! お父さん!むぐぐ!!」

「!? リュートン!」


フリオ……コイツ、やりやがった!

仲間のもとへ駆け寄ろうとしたリュートンを、後ろから羽交い締めにしたのだ。


「ん~んん~!」


リュートンはジタバタしているが、抜け出せそうにない。

フリオは大声で問いただした。


「アンタたちは竜人族……で合ってるよな?」

「だとしたらなんだ!」

「帝国にマリオネットを渡したのはアンタたちか?」

「……? なんの話だ!」

「真面目に答えろ。でないと……」

「んんん!!! んぐぐぐ!!!」

「リュートンッ!」

「さあ。正直に答えろ」

「……知らない」

「なに?」

「何も知らないんだ……我々は」

「しらばっくれるのか? マリオネットを作れる者は竜人族の他にない……。そう。アンタたち以外にはな」

「それでも知らんのだ! 我々は……」

「……本気が伝わらなかったか」

「んんんんんんん!!!! ぐぅぅぅううううう!!!!!!」

「リュートン!!」

「動くな!! ただ質問に答えれば良いんだ。そうすれば殺しはしない」

「知らないんだ本当に! 勘弁してくれ!」


おかしい。

なんで誰も止めないんだ?


みんなの顔を伺う。


「!」


エリアミスも、付きの兵士達も……みんなフリオではなく、竜人族の方を向いている。

フリオの方に注意を向けている者はいない。


こんなの間違ってる。


「!? 何をするヒトナリッ!」

「ヒトナリ!?」

「ヒトナリさん! 気でも狂ったんですか!」

「こんな小さな子利用するお前らの方が狂ってるよ!」

「ブハッ……!!」

「さぁ! 両親の元へ帰るんだ!」

「あ、ありがとう……」

「リュートン!」


ボッと光がともったかと想うと、竜人族たちは消えた。


「ヒトナリ! キサマ!!」

「ぐわっ!」


フリオが殴りかかってきた!


「キサマァ! 自分が何をしたのか分かっているのか!?」

「あんな小さな子どもを人質にとるような行為が正しいことだとは思えない!! それに彼らは知らないと言っていた!!」

「だとしてもだ! 搾り取れる情報はあったはずだ……それをみすみす逃がす事になろうとはな!!」

「うぐっ」


フリオの拳が腹に食い込む。

視界がぼやけてきた……。


「チッ……この程度で根を上げるような矮小な男に邪魔されたと思うと余計に腹立たしいわッ!」

「ううッ!!」


今度は蹴りを食らわされ、飛びかけていた意識が戻ってきた。


「うっ……ゲホッ……」

「フン……行くぞ」

「コイツはどうするんです?」

「知らん。そんな阿呆は。捨て置け」

「ハッ」

「……」

「どうした。エリアミス」

「……さすがにやり過ぎじゃないの?」

「なんだと?」

「彼の言い分にも、理がないわけじゃないし……」

「キミもそいつの味方をする気か……?」

「そういうワケじゃ……」

「なら黙っていろ!!」

「……!」

「……戻るぞ。とんだ徒労だ。キサマのせいでな!」

「あああッ!!」


フリオは最後に俺の手を踏みつけた。

そしてそばに転がっていた簡易暖房装置を拾い、去った。


「……裏切り者が」


みんなもフリオに続いて、ぞろぞろと去って行った。


「ハァ……ハァ……。チクショ……俺が何をしたってんだよ……」


涙が出てきた。


「クソ……。俺はただ……正しくありたいだけなのに……」


寒い……。

暖房装置がなければ、山はこんなにも寒いのか……。


「ク……ソ……」


ぼうっと光がともった。


「お兄ちゃん、ありがと……。助けてもらったから……」

「リュー……ト……ン?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕たちは……」


再び光がともり、俺の視界は塗りつぶされた。


――そして。

このときの記憶は、ここで途切れている。



―――


「……ここは……?」

「目が覚めたか?」

「!」

「あなたは……」


誰だ、と言おうとして気づいた。

この男は……。


「たしか……リュートンの……」

「ああ。父のドラーグだ」


そうだ。

俺がフリオを取り押さえたとき、真っ正面にいたのはこの人だ。


「!」

「ん?」


今、誰かがいたような……?


「……キミには礼を言わなくてはならんな」

「あっ……いえ……」


彼は複雑そうな表情を浮かべた。


「正直、驚いたよ。キミのような人間が、まだいたとは」

「えっと……それは、どういう?」

「我々と出会った人間は、みんな同じ反応をするものだと思っていた。……キミのお仲間がそうだったようにね」

「その節は……どうもすみません……」

「謝ることはない。キミはリュートンを助けてくれたし……それに、彼にとても良くしてくれたようじゃないか。本人から聞いたよ」

「そんな……たいしたことでは……」

「……うん。まあ、キミがどういう人間かは分かった。とりあえずこの話はここまでにしよう」


―――


「ここは……!」

「ここは我ら竜人族の里。何者にも侵されぬ聖域。我々の旅の拠点でもある。」

「竜人族の里……ですか……」

「ああ。……とは言っても、ここに住む者は、もう私の家族だけだが」

「という事は、奥さんとお子さん……ですか?」


ドラーグは目を閉じ、静かに口を開いた。


「妻はずいぶん前に他界してね……。今は、娘と息子と3人で暮らしている」

「そうでしたか……。すみません……」


ドラーグは首を振った。


「気に病む必要はない。誰であろうと、等しく訪れるものだ……」

「……」


何度も死にかけたが、俺は死んでいない。

簡単に死ぬ奴もいれば、しぶとく生きる奴もいる。

俺は後者だったということだ。


……俺は、そうやって生き残るほどの価値があるのだろうか。


「キミはこれからどうする?」


ドラーグは俺を正面から見据えた。

その瞳には、とても小さな俺の姿が映っていた。


―――


「なんなんだ……ここ」


俺は里を出て、長い坂道を降りていた。

雲一つない快晴だというのに、空は灰色。

道の左右には大小さまざまなサイズの岩が転がっている。


「いや、岩じゃない……?」


よく見ると、岩の内側に折れた木材なども見える。

手近な岩に上って、見下ろした。


「これ……どこかで……」


視界に飛び込んできた倒木は、とある記憶を想起させた。

それは、かつてのユニオンでの思い出だった。


「! 嘘だろ……?」


まさか。

そんなバカな。


今まで歩いてきた道を振り返った。

長い坂道……。


「ユニオンの……坂……」


それじゃ、ここは……この岩の数々は……。


「ユニオンの……街……」


歩けば歩くほど、その疑念は確信に変わっていった。

見たことがある。ここにあるすべてが。


どうしてこんなことに?

なぜ、ユニオンはこんな惨状になってしまったのか。


――キサマァ! 自分が何をしたのか分かっているのか!?


フリオの言葉が脳裏に浮かぶ。

フリオはこうなることを予見していたのだろうか?


「ならこれは……俺のせい、なのか……?」


「これは……俺が暮らしてた館……?」


かつての形は留めていないが、面影はある。

間違いないだろう。


中を散策する。


「?」


床に何か落ちている。


「! これは……日記か」


パラパラとめくる。


――近頃、帝国の動きが気になる。ここからほど近い国も墜とされたらしい。進行ルートからすれば、次はこの国だ。対抗策を考えなければならない。

しかし、敵の手の内が分からない以上どうすれば良いというのか。


――エリアミスが森でドラゴンと見知らぬ男を発見した。まさかこんな場所でドラゴンが出没するとは。何かの前触れのような気がしてならない。不吉だ。

不吉なのはドラゴンだけではない。エリアミスが発見した男というのも怪しい。なぜあの森の中にいたのか。帝国軍が差し向けた偵察者ではないだろうか。とにかく見張りをつけなくては。

エリアミスはそいつに助けてもらったとかで気を許しているようだが……危険すぎる。

彼女は無防備だ。手放しに人を信じられるのは素晴らしいが、この時勢においては不利に働く。誰かが彼女を守ってやらねば。その役割は自分にしかできないし、他の誰かに譲ってやる気もない。


――あの男の名はヒトナリというらしい。珍しい名前だ。記憶を失っているらしく、センサに確認させたところ、事実であることが分かった。

更にもう一つ。ヒトナリには能力があるようだ。すなわち、強烈な自然治癒。帝国を出し抜く一手になりそうな気もするが……評議会がなんというか。問題はその一点につきる。


――評議会の結論は、概ね自分の考えと同じモノだった。ヒトナリの能力は活用の仕方によっては大きな効果を発揮するだろう。そんな力を帝国のモノにするわけにはいかない。

我々で囲い、保護する必要があるだろう。


「……これ、フリオの日記か?」


ページをパラパラとめくった。

これがフリオの日記ならば、当然、あの日の事も書いてあるだろう。

読みたいような、読みたくないような……二つの感情の狭間で揺れる。


それでも俺はページをめくり続け、やがて、そのページにたどり着いた。


――最悪の事態だ。竜人族の子どもは取り逃し、ヒトナリは裏切った。ヤツがあんな行動に出るとは。予想できなかったわけではない。だからこそ、余計に悔いる。あれは防げた事態だった。それによって得られた情報があれば良かったが、得られたモノは何もない。なんの意味もなかった。なんたる失態だ。父上ならこんなことはなかったのに。やはり俺は皆を救う器ではないのか? 俺には不可能なのだろうか? だとしてもやるしかない。父上はもういない。ここには俺しかいないんだ。


「フリオ……」


彼には彼の思うところがあったのだろう。

俺は、彼の気持ちを理解しようとしなかった。

それこそが、俺たちの関係に亀裂を入れてしまったのかも知れない。


経過が違えば、違った結末もあったのだろうか。


「……? 続きがある……」


俺が山で置き去りにされてから結構な日が経ったのか。


「そういえば、俺はどれくらい眠っていたんだ……?」


今はいつなんだ?


――なんの策も思い浮かばない。俺はみんなを守れなかった。こんな人生無意味だった


記述はそこで途絶えている。


「一体何があったんだ……?」


―――


「戻ったか」

「何をされているんですか?」

「人形作りだよ」

「人形? ……マリオネットのことですか」

「ああ」

「手作業……なんですね」

「当然さ」


これじゃ、大量生産は難しいだろう。

であるならば、帝国軍のように大量のマリオネットを作るのは無理だ。


帝国軍……。


「その表情を見るに……見てきたようだね? 外を」

「……ええ」

「まあ、無理もない。キミの時代からは変わり果てている」

「時代? どういうことです? ここはいつなんですか?」

「ここは、キミがいた時代から10年後の世界だよ」

「なんですって……?」


―――


「そもそも我々、竜人族がなぜ歴史の表舞台に姿を現さなかったか……。それは簡単だ。荒野を旅する獣のように、我々が時間を旅する種族だからだよ」

「時間を旅……」

「信じられないかね?」

「それは、信じがたいとしか言いようが……」

「当然の驚きだろう。時を越える能力など、古今東西どこを見渡しても存在しない。我々を除いては」


普通なら信じられるわけがない。

しかし、竜人族の情報がどこにも残っていなかったのがこのためなら、一応の説明はつく。


「我々はこの時代のこの場所を拠点とし、時代を巡っている」

「なんのためにです?」

「この世界を調停するためだよ」

「調停?」


調停っていうのは確か、バランスを取るという意味合いの言葉だったはず……。

どういうことだ?


「この世界に理由のないモノなどない。我々が他の種族にはないチカラを与えられているのも、当然、理由があってのことなんだ」

「その理由が、調停……?」

「その通り」


どういうことなんだ。


「気になるだろうが、それについてはまた話そう。今聞きたいのは、それじゃないだろう?」

「あ、はい……。」


そうだ。俺が聞きたいのはそれじゃない。

もちろん、竜人族の事も聞きたいが、今聞いてるのは……。


「ここが10年後の世界って……」

「我々に時を渡る能力があるのは知っての通りだ。我々が拠点として選んだこの場所は、キミにとって10年後のユニオンに等しい。景色にも面影があったはずだ」

「はい……」


景色だけじゃない。

フリオの日記まであった。

ここがユニオンであることは疑いようもない。


―――


「来たるべき決戦に備えて、人形を作っている」

「来たるべき決戦って、なんですか?」

「我々が調停者たる所以……。調停者として戦うことを宿命づけられた相手さ」

「はあ……」


抽象的でよく分からんが……


―――


「フリオ……」


アイツにも分かっていたんだ。

自分のやり方が正しくないことを……。

それでもアイツはみんなを守らなければいけなかった。


アイツにはアイツの正義があって、俺には俺の正義があった。

俺たちの正義が、偶然重ならなかっただけのことだ。


「俺は……正しかったのだろうか」


俺のやったことで、ユニオンは滅亡してしまった。

俺のやったことは、正しい行いだったのだろうか。


分からない。ただ一つ確かなことは……。


「……フリオはもう、考えることすらできないんだ。自分自身の正義について……」


―――


「キミは……」


誰だ?

そう言いかけて思い出した。

たしか、ドラーグさんは、息子と娘と3人で暮らしていると言っていた。

ということは、彼女は……。


「もしかして……ドラーグさんの娘さん?」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


……いつまで黙っているのだろう……。


「あの……」

「……あなたは」

「?」

「あなたは……信じるに足る人間なのかしら?」

「……は?」

「……」


それだけ言うと、彼女は去って行った。


「……よくわからん……」


―――


「どうだろう? 口に合ったかな?」

「は、はい。ありがとうございました」


今、俺は笑えているのだろうか……。

竜人族と人間では根本的に違う。


俺に翼はない。

鋭い爪もなければ、体中に鱗も無い。

であるならば、食の好みが違っていても不思議はない。


彼らの好んで食べる食物は、俺にとっては厳しいものでもあった。


「……ごちそうさま」


さっきの少女は席を立ち、そそくさと部屋を出て行った。


「あの……」

「なんだい?」

「そういえば、彼女の名前はなんていうんですか?」

「おっと。まだあの子と喋ってないのか?」

「いえ……。なんというか、避けられているような感じでして……」

「なるほどね……」


「すまない。許してやって欲しい。彼女はリューナ。私の娘だ」


それからリューナの話を聞いた。

リューナは母親が亡くなってからずっとあの調子らしい。


「人間は、我々に奇異の目を向ける。それだけなら良いのだが……危害を加えようとするものも少なくない。……キミの仲間のように」

「……」


「まあ、それも大事な話ではあるんだが……ヒトナリくん」

「はい?」

「キミは、これからどうするつもりなのかな? 過去に戻るか、それとも、ここにとどまるか」

「それは……」


俺は決めかねていた。


「正直、元の時代に戻るのはオススメできない。キミは自らの仲間を裏切る形でここにいる。……キミはリュートンを助けてくれた恩人だ。だからこんな冷たい言い方はしたくない。しかし、事実だけを述べれば、そういうことになる」

「気にしないで下さい。俺は俺の判断に従ったんです」

「……ありがとう」

「俺がこれからどうするかは……少し考えさせてくれませんか?」

「もちろんだ。時間はある。じっくり考えると良い」



―――


「はぁ……」


俺は客室のベッドに横たわった。

人間用のベッドと同じで助かった。

食べ物は全然違ったからな。

まぁ、出してもらった手前、文句を言う気はないが。


「俺はどうしたら良いんだろう……」


誰も答えなんて教えてくれない。

いや。そもそも誰も答えを知らない。

俺だけの結論はどこにある?

俺は何をするべき存在なんだ?


―――


「アレなんだろ~!」

「どれだ?」

「あの崖の上にあるの!」

「……ああ、たしかに見かけない花だな」

「見てくる~!」


リュートンは駆けていった。

傾斜が緩やかなところから登る算段なのだろう。


一方の俺は、その様子を眺めるだけ。

俺はまだ、自分がすべきことを認識できずにいた。


ドラーグさんから「これからどうする?」と問われて2日。

俺はここ最近はずっとリュートンと一緒にいる。


「気をつけろよ~!」

「う~ん!」


リュートンは好奇心旺盛だった。

目新しい植物を見つけては、それを図鑑と照らし合わせて調べる。

そうやって自分の知識を日々広げている。


「あんな子どもでも毎日一生懸命なのに。俺ときたら……」


はあ。思わずため息が出る。


「採れた~!」


リュートンが大声を上げたので顔を上げた。

目に映ったのは、満面の笑みで花を掲げるリュートンだった。


「やったな!」

「うん!」


こちらが呼びかけると答えてくれた。

が、すぐに、何かに気づいたようなに表情を変えた。


「? お姉ちゃん何やってんの~?」

「お姉ちゃん?」


振り返ると、リューナの姿が見えた。

リューナと一瞬目が合う。


「!」


リューナの肩がビクッと跳ねると、彼女は背を向け、そそくさと去って行った。


「?」


何しに来たんだ?


「……いや、というか……」


リューナって、普段は何してるんだろう。

思い返してみれば、俺は彼女のことを何も知らないんだ。


―――


ある日、敵みたいなのが来て、ヒトナリがリューナをかばう。


「ぐああ!」

「! だ、大丈夫!?」

「ああ……平気さ。俺、体は頑丈だから……」


「!」


ビュン!

何かが駆け抜けた。


「!」

「何!?」


俺たちの目の前の脅威に、一本の矢が突き立っていた。

一本、二本……瞬く間に三本になる。


「大丈夫か!?」

「父さんッ!」

「! ドラーグさん……」


手には弓。

どうやらあの矢は彼が放ったモノらしい。


「魔力のこもった矢だ。一発でも回路を焼き切れるはずだが……念には念を入れて三発射た。もう動き出す心配はないはずだ」

「よかっ……」

「ヒトナリ!?」

「ヒトナリくん!」


安心したら力が……



―――


「ベッドに寝かされるのも様になってきたんじゃないかね?」

「すみません、たびたび……」

「いやいや、気にしないでくれ。……リューナが世話になった」


「アレは一体何だったんですか?」

「我々が人形を作る理由だよ」

「?」

「キミには話しておくべきだろう。……というより、是非聞いて欲しい話でもある」


俺は聞かされた。

竜人族は大いなる存在と戦う為の存在であること。

マリオネットはその戦いのために使われる兵器であること。

竜人族は代々その力を受け継いで戦ってきたこと。


「じゃあ、竜人族がもう3人しかいないのは……」

「大いなる存在との戦いの中で散っていったからさ」

「大いなる存在ってどんなヤツなんですか?」

「説明しづらいな……。あるときは竜の姿をしていたり、あるときは人の姿をしていたり。その時によって様々な姿を取っている」

「決まった形がないということですか……」

「姿こそ違えど、やることは同じだ。突然現れては、世界をめちゃくちゃにする。我々はそれを、便宜上『大崩壊』と呼んでいる」

「大崩壊……」

「キミがいた時代は、直近で最も新しい大崩壊だ。それまでの大崩壊は、我々の仲間達が解決してきた」

「? 待って下さい……。ドラーグさんの言い方だと、歴史上で大崩壊は何度か行われたようでしたが……」

「自分が知っている歴史には何も記述がない……と言いたいのかな?」

「……はい」


そのツッコミを予期していたのか?


「それならば答えは簡単さ。我々が大崩壊を防ぐのは、大崩壊が起こった後だからだよ」

「! 後から防ぐ? 一体どうやって……」

「忘れたかね? 我々竜人族が、何を旅していたか」

「!」


そうだ……!

竜人族は時を渡り旅する種族だ。


「じゃあ、まさか……」

「大崩壊が起きた時代の直前に跳び、大崩壊を引き起こすトリガーを破壊する。そうやって我々は旅を続けてきたんだ」


悪い冗談みたいだ。


「……冗談ですか? それとも、本気?」

「もちろん本気だとも」

「だけどそれは……いくら何でも……」

「信じがたいか?」

「はい」

「どういうところが?」

「どういう? そうですね……」


どういうところと聞かれるとパッと思いつかない。

落ち着いて考えて、真っ先に浮かんできた質問をぶつけた。


「えっと……それはつまり、過去改変をしているって事ですよね?」

「その通りだよ」

「という事は、過去が変わった瞬間に未来も変わっているはずですよね? 例えば、大崩壊が起こった過去をなかったことにすれば、大崩壊は初めからなかったことになるはず……。それなら、大崩壊が存在していないことになるから、あなたは大崩壊を阻止できない。しかし、阻止できないという事は、大崩壊は起きるということで……という矛盾が生まれるのでは?」

「……」


ドラーグは目を見開いた。

それは明らかに驚きの表情だった。


「……ドラーグさん?」

「いや……驚いたよ。まさかそこまで……ああ、これは侮蔑的な意図じゃないんだが……そこまで人間が時間に対して深い洞察ができるとは思わなかったんだ」

「え? ああ、恐縮です……?」


そうか、この世界ではパラドックスという考え方が広まってないのか。

あれが広まったのって何年だっけ?


「何か、時間の研究でもしていたのかい?」

「いえ、してません。すみません、変な茶々を入れてしまって……」

「すまない。自分でも気づかないうちに、キミを侮っていたようだ」


謝るドラーグさんだが、俺は侮られていたなどと感じたことはない。

本当に誠実な人なんだな。この人は。


「それだけ的確な質問をされた手前言いにくいのだが……実のところ、我々にもよく分からないんだ」

「え……」

「過去が書き換われば、竜人族以外は過去改変の事実を忘れる。書物からもそういう記述はなくなる。しかし、我々だけは例外なんだ。過去が変わっても、それを認知し続けることができる。しかし、その理由については一切分からない」

「それは……キツいですね……」


理由が分からないというのは恐ろしい。

つまりそれは、意図的に再現できないということだ。

さらに、いつその効果が失われてもおかしくない、ということでもある。

そして、失ってしまえば取り戻せない。


「とはいえ、ある程度の目算はあるんだ」


ドラーグは明るくも暗くもない表情で続けた。


「おそらく我々は、時間から切り離されたんだ。この地に里を築き、時間を渡るようになってから……。時間からはみ出したという経験を持つことで、過去改変の影響を受けない特異点となったのではないか……。私はそう考えている」

「なるほど……」


つまり、時間を飛び越えたことがあれば、過去改変に気づけるという事か。


「その理屈で言えば、ヒトナリくん。キミもまた、我々と同じ存在になったと言える」

「!」

「おそらくキミにも備わったはすだ……過去改変に対する耐性が」

「俺にも……!?」

「きっとそうさ。もっとも、確かめるすべはないが……」


俺も知らず知らずのうちに、時間から切り離されていたというワケか……。


「ハハッ……。人間社会からはじき出されたヤツにはちょうど良いですね」

「ヒトナリくん……」


俺はきっと、ユニオンに戻ることはないだろう。

俺はすでに、人としての人生を手放してしまったんだ。


「こんなことを言ってからというのは、逃げ場をなくして追い詰めたようで嫌なのだが……聞いてくれるか?」


ドラーグさんは、やはり申し訳なさそうだった。

彼が言おうとしていることは……もう分かっている。


「我々と一緒に戦ってくれないだろうか。大いなる存在と」


切実な問いかけに、俺は二つ返事で応じた。


―――


コンコン……。

ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


入るように促すと、姿を現したのはリューナだった。


「リューナ」

「その……元気?」

「ああ、元気」

「ごめんなさい。私をかばって……」

「良いんだ。俺がしたくてしたことだし。それに言ったろ? 俺、体は丈夫なんだ」

「ヒトナリ……」

「……あんまり気負うなよ」

「ありがとう……」


―――


「おとうさ~ん、ヒトナリ兄ちゃんは?」

「リューナと一緒に出て行ったよ」

「え~? また~?」

「最近よく一緒にいるな」

「ヒトナリ兄ちゃんもお姉さんも最近僕と遊んでくれないんだよ~」

「ハハ……。気持ちは分かるぞ、リュートン」


ドラーグは作業をやめ、リュートンと向き合った。

そしてリュートンの瞳をのぞき込むようにかがんで言った。


「けどな、リュートン。少しだけ勘弁してやってくれ。リューナとヒトナリくんは、少し二人きりになりたいのさ」


「え~……でも、仲間はずれみたいで寂しいよ」

「……そうだな。父さんも寂しいよ……」


ドラーグは、喜びと寂しさが入り交じった笑顔で言った。


―――


「こうかな……?」

「あ、上手い! そうそう、そんな感じ」


俺はリューナと共に人形作りに従事していた。


「だいぶ板に着いてきたね」

「おかげさまで。でもリューナにはかなわないな」

「そりゃそうだよ。たくさん練習したんだから」


リューナは笑顔で答えた。


「でも、私も習い始めた頃は上手くできなかったの」

「そんなもんか」

「そうだよ。私もお母さんに習ってるとき、『私じゃ絶対こんなに早くできない!』って思ってたもん」

「お母さんに習ってたのか」

「うん」


リューナのお母さんはたしか……。


「お母さんはね……すごく優しい人だった。上手くできなくて、文句ばかり言う私につきっきりで丁寧に教えてくれたの」


優しくつきっきりで、という点に関しては、今のリューナと同じだ。


「お母さんと一緒に作りたかったな……」

「……」

「あ、ごめん。湿っぽい話になっちゃって……」

「いや……」

「そうだ!」


リューナは元気よく声を上げた。

その様子は、少し痛々しく見えた。


「これだけできるなら、今度は人型以外も作れるんじゃない?」

「人型以外にもあるのか?」

「鳥とかトカゲとか……色々作れると思うよ」

「……じゃあ、人型がもう少しできるようになったら、そういうのも練習してみようかな」

「うん、そうしなよ」

「その時は……一緒に作ろう」

「……!」

「お母さんはもういないけど……俺で良ければ、いつでも付き合うから」

「……ありがとう」


リューナはほほえんだ。


―――


月日は流れ……。


「はぁッ!」

「やった!」


襲撃してきた敵を蹴散らし、鎮圧した。

あれから俺も剣術を磨き上げ、人形作りの技術も学んだ。

戦力としてはめざましい成長だろう。


「さすがねヒトナリ。また腕を上げたんじゃない?」

「そんなことはないさ。リューナこそ、日に日に強くなってる。頼もしいよ」

「そうかな?」


えへへ、と笑うリューナ。

出会った頃から比べて、ずいぶんと笑顔を見せてくれるようになった。


照れそうになった俺は、話題を変える。


「……それにしても、最近多いよな」

「そうだね……」


敵が来る頻度が上がっている。


「早いところ討ち取りに行かないといけないね……」

「大いなる存在……か」


―――


「うむ……。やはり大いなる存在を叩きに行く必要があるか」

「はい。我々も十分に力をつけていると思いますし……何より、もう時間もないかと」

「時が定着してからでは、過去改変ができなくなる……。今が最後のチャンスかも知れないわ」

「……よし。では、現在作成している人形が完成し次第、ヤツの元へ行こう」


それからの日々は、今までとどこか違った。

穏やかではあるが、言いようのない不安も混ざり合う、不思議な日々だった。


―――


そして俺たちは、再びこの時間に降り立った。

まだ幼いリュートンを里に残し、俺たちは歩みを進めた。


「……」

「この先にヤツがいるのね……」

「準備は良いか?」

「……行きましょう。そして、必ず戻りましょう」

「ええ」

「そうだな」


―――


大いなる存在との戦いはすんなりと進んだ。

尖兵が何体かいるだけだった。


「これで終わりだ!」

「やった!」

「待て、奥に何かが……!」


突然、奥にあった何かがはじけた。


「! しまっ」


もう手遅れだった。

まばゆい閃光が、俺たちを覆った。


「!」


体が引き裂かれていく……。

だが不思議なことに、痛みは感じない。

苦しむことも泣き叫ぶこともできず、俺はただ、自分の体が崩壊していくのを眺めていた。


「俺は死ぬんだな。今度こそ」


確信があった。

俺は間違いなくここで終わりだという確信が。

それくらい明らかに、自分がバラバラになるという体験は死をちらつかせた。


「悪い人生ではなかった気がするな」


こんな状況でも、俺はまだ笑えていた。


「あなたは生きて……」

「!」


この声は……!


「リューナ!? リューナなのか!?」

「あなたはまだ……生きる資格がある……」


リューナの姿は見えない。

真っ暗闇に、彼女の声だけが届いている。


「何言ってるんだリューナ! キミは無事なのか? どうなんだ!」

「お願い……私の……私たちの分まで……」

「リューナ!」


景色が少しずつ白ずんでゆく。


「そんなっ……待ってくれ! リューナ! リューナァァァ!!」


―――


「……」


もう見慣れたここは……間違いない。

竜人族の里だ。


「……なんで戻って来てんだよ……」


自分でも驚くほどしゃがれた声だった。

しかし、そんなことはどうでも良い。


俺はリューナをおいてきてしまった。

きっとあの暗闇の中に、彼女はまだいるんだ。


「連れ出してやるでもなく……。一緒にいてやるでもなく……。俺は……!」


体を起こそうとした。


「うぐぅっ!?」


体に激痛が走り、力が抜けた。

ベッドにたたきつけられたことで、さらなる痛みが襲いかかる。


「ぐぅぅぅ……」


クソ……俺は……。

再び意識を失った。


―――


「……」


俺は丘の上から大地を見ていた。

過去を改変しても、この場所は何も変わらない。


時間から切り離されたこの空間では、今より良くも悪くもならない。

ここでこうしていても、失われたモノは戻ってこない。


「……」


あの後、目が覚めてからドラーグさんに聞かされた。


大いなる存在を破壊するには、誰かが犠牲にならなければならないらしい。

初めて戦いに参加したリューナは知らなかった。

当然俺も。


だからドラーグさんは、自らが犠牲になろうと考えていたという。

だが、状況はそれを許さなかった。


突然、大いなる存在は爆発を起こした。

爆心地に最も近かったリューナは消滅し、その次に近かった俺は全身を負傷した。


「……」


改めて、自分の体を見る。

至る所に包帯が巻かれ、杖をついてでないと歩けない。


「回復の能力がなくなったんだな……」


俺には、この程度の傷はすぐに直せるだけの回復力があった。

そのおかげで幾度も危機を脱したし、守りたいモノを守り通すこともできた。

だが、その力を行使することは、もうないのだろう。


「俺には……何も残らなかったよ……」


手の中にあったものがすべてなくなってしまった。

と、すでにいない者に向かって泣き言を言った。


―――


ある日、転機が訪れた。


「ヒトナリ……」

「!」


いつものように外で景色を眺めていると、声が聞こえた。

その声は、聞き間違うはずのない、暖かな響きだった。


「リューナ……? リューナなのか!?」


声を荒げて辺りを見回す。

誰がいるわけでもない。

しかし、確かに声が……!


「ヒトナリ……」

「! リューナ!」


間違いなくリューナだ。

どこにいる?


「ヒトナリ……」


声は絶えず聞こえた。

俺は次第にその方向をつかみ、声の発生源に向かって歩き出した。


「ヒトナリ……」

「リューナ……!」


リューナが俺を呼んでいる。


「リューナ……! リュー……うわっ!」


転んでしまった。

自分が松葉杖を着いていることも忘れ、無理な速度で歩いたからだ。


「ッ……! リューナ……」


足だけじゃない。体全体が痛む。

しかし、だからなんだというのだ。


「リューナ……!」


うわごとのようにつぶやきながら、俺は再び歩み出した。


―――


「ここは……」


声に導かれてやってきたのは、里から近くの丘だった。

ここには思い出がある。


「よく、ここで人形作ったな……」


リューナと一緒に人形を作るときはいつもここでだった。

彼女と談笑しながら人形を紡ぐあの時間がいとおしかった。


「リューナ……」

「ヒトナリ……」

「!」


声がさっきまでより鮮明に聞こえる……。


「リューナ! リューナどこだ!」

「ヒトナリ……」

「……?」


下の方から声が聞こえた気がして、視線を下げた。

すると、そこにはちょうど一つの石があった。

青く、水晶のように透き通った小さな石。


「これは……魔力石……?」


それを手に取った瞬間、頭にビジョンが浮かんだ。


「!?」


それは、暗闇の中で目を閉じ、闇の中にたゆたうリューナの姿だった。


「……ッ!」


一瞬頭に浮かんだそれはすぐに消えてしまった。

しかし、その一瞬は脳裏に焼き付けるには十分すぎた。


「リューナ……」


リューナは今もどこかで生きているのか?

そして、彼女は苦しみ続けているのか?


どうすれば君を助けられる?

俺は君に何をしてやれる?


「……ハア……」


答えなんて、そう簡単に出てこないよな……。

俺はしゃがんで松葉杖を拾った。


「ん?」


しゃがんで立ったのに足が痛まない。

腕を振り回したり、その場で駆け足をしたりしたが、痛みは訪れない。


「ケガが……回復している?」


バカな。

慌てて腕の包帯をほどいた。

そこには痛々しい傷跡はみじんもなく、俺は確信した。


「……リューナだ。リューナが治してくれたんだ」


―――


「……つまり、魔力石はリューナのかけらであり、これを集めればリューナを取り戻せると?」

「はい!」

「これがそうなの?」


リュートンが尋ねる。

俺は答えた。


「ああ、そうだよ。これを集めればきっと……!」

「……リュートン。すこしあっちで遊んでなさい。良いね?」


ドラーグさんがリュートンに言った。

穏やかな声だったが、そこには有無を言わさぬ凄みがあった。


「う、うん……」


リュートンが部屋を出るのを見計らって、ドラーグさんは口を開いた。


「……ヒトナリくん」

「はい」

「切り離したモノをくっつけても、そこには縫合したあとが残る。壊れたモノは二度とその形では取り戻せないのだよ」

「……本気で言ってるんですか……? それ」

「ああ」

「どうかしてますよ……自分の娘でしょう!? 助けたくないんですか!?」

「……」

「ドラーグさんッ!」

「……正直ね、分からないんだよ」

「何がですか」

「何をすべきか、だよ」


ドラーグさんは目を伏せた。


「我々竜人族はこの世界を守るために生きてきた。そしてついにすべての困難を乗り越えた。……それでその先は? 今度は何をすれば良い? 何と戦えばいい?」

「……」

「竜人族はもう私たち親子しかいない。その意味が分かるかね……?」

「分かりませんよ、そんなの……」

「竜人族は子孫を残せない。滅びが確約された種族ということだ」

「……」

「私には分からないんだ……。これから先、私はどうやって生きていけば良いのか……。リュートンは幸か不幸かまだ幼い。生きるの意味とか、そういうことは考えずに済む。しかしリューナは……聡いあの子ならば、考えてしまうだろう……」

「だからと言って……娘の人生を閉ざす気ですか!?」

「……そういうことになる」

「!」


ダメだ。

話にならない。


「……すみません。少し、頭を冷やしてきます」


もうここにはいられない。

俺はここを離れなければならない。

……だからこそ俺は、ドラーグさんの最後の言葉を聞き流すしかなかった。


「……お父さんはどうしたら良いのかな、リューナ……」


―――


「リュートン。リューナに会いたいか?」

「うん。会いたい……」

「だよな」


リュートンならそう言うと思っていた。


「この石を集めれば、リューナを取り戻すことができるはずだ」

「ホントに!?」

「ああ」


多分あの時……あの爆発の瞬間。

爆心地に最も近かったリューナはバラバラに砕け散った。

その次に近かった俺は、どういうわけか能力だけが吹き飛ばされた。


つまり……


「この石は、『リューナのかけら』なんだ」


―――


ドラーグの部屋の前で深呼吸をした。


「……よし」


多分、何を言われても大丈夫だ。

俺は……いや、俺たちは胸を張って旅立てる。


ドアをノックした。


「俺です。ドラーグさん、入ってもよろしいですか?」



しかし、返事はなかった。


「……ドラーグさん?」


いないのか?


「入りますよ? ドラーグさん」


ドアを開けると、椅子に座るドラーグさんの姿が見えた。


「確かに昨日は言い過ぎましたけど、返事くらいしてくれたって良いじゃないですか。ドラーグさ……!」


我が目を疑った。

ドラーグさんの胸には、ナイフが突き刺さっていた。


「な……」


まさか、自殺……?

どうして?

昨日のやりとりが原因なのか?

だとしたら俺が殺したようなモノじゃないか……!


「落ち着け……」


パニックになりかけたが、なんとか平静を取り戻した。

部屋を見回す。特に変わった様子は見られない。

遺書のようなモノも見当たらない。

手がかりは何もない、という事か。


ドラーグさんの体を改めて観察すると、奇妙な点に気がついた。


「傷口から血が流れてない……」


見たところナイフにも血はついていないし、机や床にもついていない。

竜人族は流血のない種族だったのか?

いいや、そんなことはない。

リューナが指を切って血が出ていたのを覚えている。


「だったらなぜ……」


ドラーグさんの体に触れないように、傷口をのぞき込んだ。

ドラーグさんの体の内部は、およそ生物のモノではなかった。

それは、まるで……。


「人形……?」


ドラーグさんは人形だったのか?

思考が追いつかない。


「クソ……何だってんだよ……。今から出発するっていうのに、なんでこんな問題ばかり起きるんだ……」


頭をかきむしった。

どうしようもない。

対処のしようもなければ、相談できる相手もいない。


ドラーグさんとリュートンと俺の3人だったのが、いきなりリュートンと俺の2人になってしまった。

こんなこと、とてもリュートンには話せない。


「……さっさと出よう」


リュートンに父親のこんな姿は見せられない。

部屋を出た。


すると、向こうからリュートンが歩いてきた。


「! リュートン、どうしたんだ?」

「これからヒトナリ兄ちゃんと行くから、おわかれ言おうと思って」

「!」


お別れという単語が、耳に響いた。


「リュートンダメだ!」

「え?」

「行くんだ! 今すぐに! ドラーグさんには何も言わずに!」

「で、でも……」

「良いから! 行くぞ!」

「あっ!」


俺はリュートンの手をつかみ、足早に歩き始めた。


「どうしたんだよ! ヒトナリ兄ちゃん!」

「……」

「なんかヘンだよ……。今日の兄ちゃん……」


すまない……リュートン。

だけど俺は、立ち止まるわけにはいかないんだ。


―――


「かけらはどこにあるか分かるの?」

「……いや」

「わかんないの!?」

「分からないから探すんだ」

「でも、ちゃんと見つかるのかな……」

「大丈夫だ、リュートン。アテはある」


俺は魔力石を取り出した。


「俺たちが時間を飛び越えるとき、これを使っていたな?」

「うん」


これをポータルとして設置することでその場所に飛ぶことができるのだ。


「これも、リューナのかけらなんだよ」

「え!? でも、形が全然違うよ?」

「魔力石は、バラバラになったリューナの破片なんだ。全部が違った形をしていても不思議じゃない」

「そうなの?」

「そうさ」


俺は続けた。


「とりあえず、今までに竜人族の人々が設置した魔力石を回収する。そうすれば、大部分のかけらは集まるはずだ!」


―――


「……よし。この辺で良いかな」


最初に訪れたのは平原の上にそびえる丘だった。

建物一つない、広大な原。

ここなら、テントを張っても誰も文句は言うまい。


「リュートン、今日からしばらくはテント生活だぞ」

「ワクワクするね!」

「まあ、初めのうちは楽しいだろうな」


慣れてきたら唯々辛いだけだろうが……。

辛くなるまでには文明的に休める場所を見つけたい。

とはいえ、ここがどこで、いつなのかすら分からない身だ。

ベッドで眠るのはずっと先になるだろう。


「じゃ、テント張るか。リュートン、これをそっちに刺してくれ」

「こう?」

「ああ、そうそう」


慣れない手つきで設営して、終わる頃には日も暮れていた。


―――


「……」


明かりを消し、床についても、俺はいっこうに寝付けなかった。


過去へ渡るのに特別な準備は必要ない。

魔力石を手に、ただ念じれば良い。

自分はこの場所に行きたいのだと。


時間を行き来するのは術者の能力ではない。

石その物の能力なのだ。


しかし、そうなれば当然この疑問も出てくる。

「魔力石がリューナのかけらであるならば、なぜ魔力石は時間の行き来を可能にするのか?」

それは、リューナ自身に時間を渡る能力があったことを意味する。

ドラーグさんやリュートンにはなくて、リューナにだけあった能力。


なぜリューナにだけ、そのような力が備わっていたのか。

リューナが生粋の竜人族だったから?


その可能性はあり得る。

時間移動能力を持たないドラーグさんは、生身の竜人族ではなく、人形だった。


彼がホンモノではなかったから、能力もなかったと思えば納得できる。

しかし……そう考えると疑問は更に増える。

まず、リューナに時間移動能力があるなら、なぜ今までそれを行使しなかったのか。

なぜ家族にも、俺にも黙っていたのだろう。

何か、隠しておかなければならない理由でもあったのだろうか。


そして、そもそもドラーグさんは誰が作ったのか?

人形を製造する技術が竜人族にしかないならば、作り手はリューナということになる。

つまり「リューナが自分の父親として人形を作った」という事になる。

自分が作った人形を「お父さん」と呼び、娘を演じる。

そんな事があるのか?


それに……。

隣を見やると、暗闇。

そこから聞こえてくる寝息が、リュートンの存在を知らせてくる。


もしかしたら、リュートンも?


「……」


いくら考えても答えは出てこない。

それでも、考えずには射られない。

今までは特に気にもしていなかったが、彼女には謎が多い。


「……まあ良いさ」


こんなことは、リューナを取り戻してから本人に聞けば良い。

合っていれば「そうだよ」、違えば「違うよ」とはっきり言ってくれるはずだ。


そうさ。すべて終われば明らかになることだ。

なにも今考えなくて良い。

そう自分に言い聞かせて、静かに目を閉じた。


―――


幾つか目のかけらを手にした頃……。


「お父さんの分からず屋!!」

「リューナ! 待ちなさい!」


竜人族の男に向かって怒鳴りつけ、光のトンネルをくぐる記憶。


「……できたッ!」

「……」

「あなたの名前はドラーグ」

「ドラー……グ」

「あなたは今日から、私の父親よ」

「父……親」

「よろしくね。お父さん」

「……ああ。リューナ」


初めて人形を作ったときの記憶。


「リューナ」

「! ヒトナリ……」


誰かを好きになった記憶。



「ハッ!」


今のビジョンは……。


「リューナ……早く君に会いたい……」


君に聞きたいことが、たくさんあるんだ。


---


それから俺たちは旅を続けた。

野を越え山を越え……時には激戦区、時には神秘の洞窟。

数々の敵と戦い、勝った。


そんな日々に10年は費やしただろうか。

魔力石は着実に集まろうとしていた。

しかし、かけらが合わさり、半球の形を呈してきた頃、魔力石の反応が途絶えた。


「そんな……どうして!?」


最初は戸惑ったが、すぐに気づいた。

魔力石は持つ者に魔力を与える。

ならば当然それを欲するのも俺たちだけではない。


魔力石で満ちた街は大きく発展し、そこに住む者は豊かになる。

すでに豊かな国はいくつもあるし、そうでない国も豊かになるため躍起になっている。


今や、魔力石の収集は、国家を上げてのプロジェクトにまでなっていた。

俺たち以外にも、魔力石を集める者たちが……。


「ふざけるな……」


食いしばった歯がギチギチと音を立てた。

俺たちはともかく、他の連中はこれがなんなのか知らない。

これはただの石じゃないんだ。リューナのかけらなんだぞ。

リューナが生き返るかどうかは、この医師が集まるかにかかっているんだ。


俺たちは死にものぐるいで集めているというのに、なぜ何も知らないヤツらに邪魔されなければならないんだ?


俺たちは国という国を片っ端から巡った。

そこで魔力石を見つけてはどうにか手に入れた。

盗み、脅し、やれる限りのことは何でもやった。

目的のためなら、気がとがめることもなかった。


何件目かの国で、俺たちは国同士の戦争に巻き込まれた。

発展途上国同士で、互いが保有する魔力石を奪い合っていたのだ。


「アレは……!」


兵士達が手にする剣には、輝く石が埋め込まれていた。

それは間違いなく魔力石だと見て取れた。


「リューナを……ッ! リューナを切り刻んだのか……!」


口の中が塩辛い。

気づけば、かみしめた唇から血が出ていた。


「やめろォォォ!!!」


俺たちは戦いをやめさせようとした。

かくして、戦いは終わった。

両国の相打ちという形で。

戦いのあとに残ったのは、兵士の死体と、焼けただれた大地だけ。


魔力石は残らなかった。ひとかけらも残らず、砕け散ってしまったのだ。


「リューナ……ぁぁ! リュぅぅナぁぁぁ……」


あのかけらが彼女の何を司っていたのかは分からない。

優しさだろうか? 顔つきだろうか? それとも声?

それがいずれであったにせよ、同じ事だ。

あのリューナのかけらは、永遠に失われてしまった。


俺たちが何かをしたわけではない。

ただ、何もできなかっただけだ。


「……力を持たなくては」


俺たちは軍隊を作ることにした。

人形の軍隊だ。


俺たちは数にして2人。

こんな人数では、国相手にどうこうはできない。

しかし、人形なら話は別だ。


彼らは恐れを知らない。

痛みも疲れも感じない。

進めと命じれば進むし、止まれと命じればそうする。


きっと一体で数人分の働きをするだろう。


初めのうちは手作業で人形を作っていたが、それでは効率が悪いので、人形を作る人形を作った。

これにより、材料さえある限りは人形を作り続けることができるようになる。


軍勢は瞬く間にふくれあがった。

国をおそい、魔力石を奪い、ついでに材料も手に入れる。

このループを続ければ、世界の果てまででもいけるだろう。


ユニオンにたどり着く。

ユニオンも今まで通り、人形で制圧を試みるが、この国には他ならぬ過去の自分がいた。

過去の自分が、今の自分の願いを妨げる事になるとは、なんたる皮肉か。

いつだって自分の首を絞めるのは過去の自分だ。

俺は自分の過去に決別しなければならない。


そして見事過去の自分を倒した。

しかし、それによって「自分がここまで来た」という軌跡を失い、存在その物が消えていく。

体が徐々に分解され、光の粒になって行く。


だが、すぐに消え去るようでは無かった。


俺はゆっくりと彼女が待つ部屋に向かった。


「最期くらい……君のもとで……」


やっとの思いで部屋に着く。

所々穴の空いた魔力石を捧げた。


「……」


彼女は何も言わずにほほえんだ。

何しろ、魔力石をいくつか集めることができなかった。

発声を司る部分を失って、言葉をしゃべれなかったのかも知れない

記憶を司る部分を失って、思い出せなかったのかも知れない。


それでも……


「よかった……また君の笑顔を見られて……」


彼女はかすかににほほえんだ。




―――


後日譚


「お疲れ様でした~」

「は~い、おつかれ! どうだい? 調子は」

「ええ、まあ。だいぶ戻ってきました」

「そうなの? 前はなんか忙しそうだったけど……大丈夫?」

「ああ……。あれは、まぁ、やらなくても良いことをやっていただけですよ。今はもう忙しくありません」

「そうか……。ま、無理はしないでさ。何かあったら遠慮なく良いなよ?」

「はい……ありがとうございます。それじゃ、失礼します」


俺は元の世界で元の生活に戻っていた。


車ではねられて意識を失った俺は、病院に担ぎ込まれた。

しばらくは意識が戻らす、回復も危ぶまれていたらしい。


奇跡的に意識が回復し、目が覚めると、俺はベッドに寝かされていた。

周りは家族が囲んでいて、母は俺の目を見るなり泣いていた。

そんな母をなだめる父も、涙ぐんでいた。


「っ……」


リハビリを経て、体の調子は取り戻した。

しかし、時々体が痛む。

今日はもうバイト終わりだから良い物の、バイト中に痛み出したら最悪だ。

休憩を入れてもらわなきゃいけないし、そうすれば、バイト先にも迷惑がかかる。


「早く治さないとな……」


そのためにも、今日は薬を飲んでさっさと寝よう。


「……さっさと寝たとしても、どうせ起きちまうんだろうけどな……」


―――


――ヒトナリ……。


リューナ。悲しむことはないんだよ。

俺たちはようやく、檻の中から抜け出すことができたんだ。


――だけど私たちは……檻の中でしか出会えない……。


そんなことはないさ。

俺たちはきっと、また出会う。

檻の中だろうが、外だろうが関係ない。


――違うの……ヒトナリ……。


違うって、何が?


――檻で私たちが出会うんじゃない……。私たちが出会う場所が檻なのよ……。


リューナ?

何を言ってるんだ?


――私たちはもう、出会ってはいけない……。私たちが出会えば、また……。


リューナ……。

俺は……君に会えるなら、どんな運命だって受け入れる。

たとえまた……


―――


「……ん……」


真っ暗な自室

午前4時を示す時計。

ベッドに横たわる俺。


まごう事なき俺の部屋。


「はあ……また同じ夢……」


意味が分からない。

俺は誰かと会話していたはずだが、その相手に心当たりはない。

そもそも姿も見えなかったし。


「……寝るか」


―――


「おはようございま~す」

「ああ、ちょうど良かった」

「?」

「彼女、今日からこの時間のシフトに入ることになったから。ほら、彼がそうだよ」

「初めまして!」

「ああ、どうも、タダノです……?」


この顔、どこかで……?


「私、ルナです。よろしくお願いします」


懐かしくも見知らぬ笑顔。

そうか、彼女は……



最後の方は適当です。すみませんでした。

そしてありがとうございました。読んで下さって

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