序盤 簡易版
描写おさえめバージョンです。純粋にストーリーだけ追っかけたい方にオススメです。
―――
「お疲れ様でした」
「「ありがとうございました!」」
授業が終わった。
「唯乃」
帰る支度をしていると、声をかけられた。
声の主はヒロキだった。
「どうした?」
「実は……お前には話しときたいことがあって、さ」
「話しときたいこと? なに?」
「いや、ここじゃちょっと……」
「? 言いづらいことなのか?」
「まあ、そういうわけでもないんだが……」
ずいぶんと歯切れが悪い。
「ちょっと来てくれるか?」
「ああ、わかった」
ヒロキに連れられて裏通りに出た。
すると、そこには愛川さんがいた。
「愛川さん!?」
驚いた。寄りにも寄って愛川さんがいるとは。
「愛川さん。悪いんだけど、今からヒロキと話が……」
「いや、良いんだ。唯乃」
「へ?」
「実は俺たち……つきあい始めたんだ」
普段は何気なく通る帰り道。
今日は、やけに手をつなぐカップルが目に映る。
――実は俺たち……つきあい始めたんだ。
「……」
「! おい危ねえぞッ!!」
ドゴン!
「!?」
俺は地面に転がっていた。
ああ、俺、車にはねられたのか……。
「……い! …れか警察……!」
「そのま…に救急……ろ!」
遠くから怒鳴り声と、スマホのシャッター音が聞こえる。
「おいキミ! しっかりしろ! もうじき救急車が来る!」
誰かが駆け寄ってきて何かを言ってる。
申し訳ないけど、俺には答えられる気力がない。
こういう時って走馬燈を見るんじゃないのかよ?
いや。そういうことか……。
俺の人生は、思い出す記憶すらない薄っぺらな人生だったってことね……。
俺の人生は、無価値だった……。
―――
「ん……?」
上から光が差してる?
「うわ……星だ……」
見上げると、木々の間から星が見えた。
あたりを見渡すと木ばかり。
どうやらここは森らしい。
「なんだか知らないけど、とんでもない田舎に来ちまったってことか……」
そもそも、なぜこんなところにいるんだったか。
思い出してみよう。
「まず今日はバイトがあって……。そんで、サボった奴がいたから代わりに出て……。その後、養成所の授業に出たよな? それで次は……」
次は……車にひかれたんだ。
ってことは……。
「ホントにあったんだ……。天国って……」
キョロキョロとあたりを見渡した。
「……こうして見ると、天国も現実とそう変わらないんだな」
俺は間違いなく人類史に名を残すような発見をした。
しかし、それが誰かに伝わることはない。
「いくら天国を見つけたって、死んじまったら意味ないよな……」
近くにちょうど良い倒木があったので腰を下ろした。
「はあ……」
一息つく。
ロクな人生じゃなかったな。
俺の葬式で泣くヤツは何人居るんだろ。
家族は……まあノーカンだろ?
ヒロキは俺が死んで悲しんでくれるだろうか?
俺だったら悲しめるか分からない。
「愛川さんはどうなんだろう」
愛川さんは俺のために泣いてくれるだろうか?
いや、泣くほど親しくはなかったか。
「はあ……」
なんで死んでまで気が滅入ることようなことを考えなきゃいけないんだ……。
「あ~! やめやめ! せっかく天国に来たんだ! せめて現世ではできなかったような楽しみを見つけないと割に合わない!」
そうさ、俺はもう死んだんだ。
だからこれ以上生前の事で悩んでも仕方ない。
とりあえず……
ズシン
……ズシン?
「何の音だ?」
音のした方に目を向けると、煙が上がっていた。
「山火事か? もしそうならさっさと逃げないと……」
ズシィィン
「!?」
音が近づいてる?
なんだ?
「どうなって……」
ズシィィィィン
「! 木が倒れてるのか……!」
緩やかな倒れ方じゃない。
まるで、何かになぎ倒されるような……。
「! アレは……人?」
女性がこっちに走ってくる。
「にげて~~!!!」
「え? 逃げるってどういう」
「いいから早く!」
「うわっ!」
彼女はすれ違いざまに俺の手首をつかんだ。
「なにすんっ……」
俺は自分の目を疑った。
「愛川さん!?」
「は!?」
「どうして愛川さんが!? まさか、キミも死んだのか!?」
「縁起でもないこと言わないで! 死なないわ! 私もあなたも!」
「ハァッ……なあ、落ち着いて話をしないか!? 走りながらじゃなくてッ!」
早くも息が切れてきた。
座って休みたい。
「言ったでしょ! 私もあなたも死なない! 死ぬわけにはいかないのよ私は!」
「死ぬってッ……ハァ、山火事なら焦らなくてもッ」
「私たちを追ってるのは山火事なんかじゃなくてド」
次の瞬間、俺のすぐ後ろの地面がはじけた。
「キャッ!」
「うあッ!」
日常生活じゃあり得ない転び方した……。
「クッ……! もうちょっとで街なのに……!」
愛川さんは後方をにらみつけながらいった。
何を見ているんだろう?
「グルルル……」
二本足で歩く巨大なトカゲ。
その姿はまさしく……。
「ど、ドラゴン……?」
「逃げて!」
「え?」
「ここからまっすぐ走って行けば街に着く! そこならドラゴンが来てもみんなが返り討ちにしてくれるわ!」
「キミはどうするんだ!」
「私は平気よ! 一人の方が逃げやすい!」
本当か?
たしかに、一緒にいても足手まといになるだけかも知れないが……。
「逃げて!」
「……」
「モタモタしないで! 早く!」
「せめて意味が欲しい……」
「何をブツブツ言ってるの!?」
「……逃げるのはキミの方だ!」
「は!? 何言ってんの!」
「ここからまっすぐ行けば街なんだろ? 俺は行ったことないからキミの方が早く着く! 違うか!?」
「それは……」
「立て! 走れ! 早く応援を連れてきてくれ! それまで俺が時間を稼ぐ!」
「……わかった」
彼女は少しためらいながら頷いた。
「必ず、生きてまた会いましょう!」
「さあ……来い……!」
「グルルル……!」
「ぐおっ!」
ドラゴンの尻尾が俺の体を打った。
「ぁぁぁぁ……!」
この痛み……間違いなく骨が折れてる……。
「ぐぎっ……こいよ……!」
倒れるわけにはいかない。
せめて彼女が街に着き、事情を説明できるくらいの時間は稼がなくては。
「こいボッ」
ドラゴンの爪が体をおそった。
「あがぅぅぅ……」
できることならあらゆる手を使ってこの場から逃げたかった。
それでも俺は立ち上がった。
「……!」
次に繰り出されたのは火球だった。
全身を炎が包む。
「ああああああああああ!!!!!!!」
「……」
コイツ、また立ってるよ。
自分の体なのに、自分の体じゃない気がする。
ドラゴンは次々と火球をはき出す。
俺はそれを全身で喰らい、倒れ、起き上がり、再び喰らい、倒れ、起き上がり、と繰り返し続けた。
痛みすら超越しだした頃。
「いた! まだ生きてる!」
「バカな……! 丸腰でドラゴン相手に7分以上も生きながらえるとは……」
「話は後だ! まずは片づけちまうぞ!」
「おお!」
人だ。それも大勢。
その戦闘に先ほどの女性の姿が見えた。
「あぁ……よかっ……」
俺は意識を失った。
―――
「……大丈夫です。死んでます」
「よし。念のため、心臓と頭を潰しておけ」
「はい」
ドラゴンを仕留めたことは確認できた。
であれば次は……。
「エリアミス! そっちの男は?」
「生きてるわ! 信じがたいけれど……」
生きてて良かった、と彼女は続けた。
「ではこれより、森の鎮火作業に移る! 熱検知、索敵、水系スキル保持者は隊列を組め!」
整列した集団を率いて、青年は森の奥へと入っていった。
「生きてまた会えたね……。良かった……本当に」
―――
「……ここは……」
俺はベッドで寝ていた。
「気がついた?」
「! 愛川さん!」
ベッドのわきに愛川さんがいた。
全然気づかなかった……。
「アイカワ……ってなに? あんまり聞き慣れない単語だけど」
「え?」
「まあいいや。私、エリアミス。さっきは助けてくれてありがとう」
「エリア……? あ、いえ……」
「もし良かったら、あなたの名前を……」
「その辺にしておくんだ」
突然、俺たちの会話に乱入者が現れた。
「エリアミス。あまりなれなれしくするな。素性も知れない相手だぞ」
「それはそうなんだけどさ……」
男はゆっくり歩み寄ってくる。
その顔に、俺は見覚えがあった。
「!? ヒロキ……!」
どうなってる? 愛川さんに続いてヒロキまで……。
まさか。
「まさか……ドッキリか?」
「ドッキ……何?」
「……」
「そうか……ドッキリか! 俺は死んだんじゃなくて、お前達に一杯食わされてたワケね! あ~。なるほどな~」
ということは、あのドラゴンは着ぐるみか何かだろう。
かなり大がかりな仕掛けだ。
「なあ、あのドラゴンどうやって動かしてたんだ? 中に入るの3人くらいじゃないと足りなッ!?」
「もういい」
ヒロキは、俺ののど元に剣先を突き立てた。
「え……? ちょ……これ……?」
「ワケの分からん戯言を言ってるのか。それとも、精神錯乱者のフリをしているのか。答えようによっては、今ここで首をはねる」
「ちょっとフリオ!? 何してんの!」
「さしたる問題はないはずだ」
「問題は大ありよ! あなたはためらいもなく人を殺せるわけ?」
「コイツが帝国の工作員で、俺たちを壊滅させようとしている可能性もある」
「いくら何でもギルド評議会は黙ってないわ!」
「そうだな。評議会で論点になるのは『飛び散った血の片づけを誰がやるか』だろう」
「フリオ!」
少女は男の肩を突き飛ばし、俺と彼の間に立った。
「……何のマネだ?」
「それはこっちのセリフ! どうして一般人だった時の可能性を考えないの?」
「最善のケースを考えて全滅するくらいなら、最悪のケースを考えて取り越し苦労になる方が良いだろ?」
「だとしても今回は例外でしょ? もしあなたが彼の首をはねて、それで彼が無実だったとすれば、あなたはギルドの剣を罪のない民に向けたことになるのよ?」
「安全のためにはやむを得んさ」
「その方便は帝国と同じよ!」
「……」
意味が分からない。
コレは何なんだ?
疑問はつきなかったが、とても言い出せる空気ではなかった。
「……わかった」
男は剣を鞘に収めた。
「そのかわり、そいつはしばらく牢に入れる」
―――
「それじゃあね……。何か変なことされたら、大声出して助けを呼ぶんだよ?」
彼女は檻の中の俺に語りかけた。
「あ、ああ。ありがとう……」
「エリアミス……。キミは誰の味方なんだ……?」
「フリオ。少なくとも今は、あなたの味方になれない」
「そうかい……」
「それじゃあね」
「あっ……」
「……」
フリオと呼ばれた男はじっとコチラを見つめている。
「あの……あなたは行かないんですか……?」
「一人で心細いだろう? 安心しろ。スパイ容疑のあるお前を一人にはしてやらないからな」
「はあ……そうですか……」
こうして俺がこの世界に来て初めての日が終わった。
―――
翌日、早朝。
俺は狭い部屋で、フリオと呼ばれた男と向かい合っていた。
俺の手には手錠、フリオの手には剣。
いわゆる尋問だ。
「名前は」
「仁也で~す」
「どこから来た」
「森で~す」
「森の前はどこにいた」
「渋谷で~す」
「……お前、真面目に答えろ」
「そうは言いますがねぇ……。同じ質問をもう何十回とされてるわけですよ? ちゃんとしろと言うのがすでに無理な話かヒッ!?」
「その三文芝居のようなしゃべり方をやめるか、首をはねられるか。好きな方を選ばせてやる」
「真面目に答えます……」
この人には……逆らわないでおこう。
「気がついたらあの森にいて……。その前のことは、何も……」
「何も、なんだ?」
「覚えてません……」
本当は覚えている。
俺は元の世界で車にはね飛ばされた。
そして目覚めたとき、すでにこっちにいたんだ。
しかし、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。
「……まあいい。少し待ってろ」
そういって、フリオは部屋を出た。
「どうだ見……は?」
壁が薄いのか、話し声が漏れて聞こえた。
フリオとその部下が、廊下で話しているらしい。
「そ……すね。使用……語彙からして、どこ…で教育を受けている可能…………」
「……教育機関に準ずる……」
「そ…こそ、帝国の……」
「では……の承認を……」
聞くことに集中していると、いきなりドアが開いた。
「うわっ!」
「……」
「び、ビックリした~」
「……今からお前の頭を覗く」
「は?」
「俺も最初からそうしたかったのだが……承認を得なければならないのでな」
「え?」
「そういうワケで、これからお前の頭の中は、ここにいる者にとって公然の事項となる。だが安心しろ。俺たちはその内容を決して他言しない。プライバシーは保護される」
「な、何を言って……」
「入ってくれ」
廊下から顔色の悪い青年が入ってきた。
「……彼がそうなんですか?」
「そうだ」
「見たところ、筋肉も全くついてないし……。本当に彼が?」
「分からない。だからこそ来てもらったんだ」
「なるほど」
会話に混ざれないでいると、青年が俺の顔をのぞき込んできた。
「どうも」
「あ、はい……どうも」
「僕はセンサです。あなたの記憶を見させてもらいます」
「見るって、どうやって」
「いきます」
センサは俺の頭を両手でつかんだ。
「!?」
次の瞬間、視界が完全に切り替わった。
真っ暗闇に赤い炎、黒い煙、次々と倒れていく木。
これは……昨日の記憶か?
目に映る映像はパッパッと変わっていく。
そして、あるシーンで止まった。
ドラゴン……。
ドラゴンの攻撃を受けて瀕死になりながらも、ギリギリ生きながらえる俺。
ドラゴンの攻撃を耐え続け、助けが来たところでブツッと視界が真っ黒になった。
瞬きをすると、元の視界に戻った。
「どうだ?」
フリオが尋ねると、センサは振り向いて答えた。
「ビックリですよ。彼の最も古い記憶にアクセスしたんですが……それが、昨日の記憶でした」
「それ以前には何もなかったのか?」
「はい。ロックがかかっている形跡もありませんでしたし……。本当に空っぽです」
「……」
「それだけじゃありません。昨日の彼の記憶では、彼は死んでいてもおかしくないほどのダメージを受けていました」
「なに? 昨日そいつを発見したとき、死に至るようなケガは……」
「ええ。発見時……すなわち傷を確認した時にはそうでした。しかし、傷を確認したのは、ドラゴンを倒して森の鎮火が済んだ頃です」
「……まさか、傷を負ってから俺たちが確認するまでの間で回復したと?」
「そうとしか考えられません」
「だとすればそいつは……」
「ええ。治癒系の能力持ち(ギフテッド)でしょう」
「……帝国のスパイどころか、帝国に追われる側、というワケか……」
さっきから何を話しているのかチンプンカンプンなんだが……。
「もういいですか?」
「ああ、来てもらって悪かったな」
「いえ」
センサはフリオに会釈すると、今度は俺に顔を向けた。
「あなた、お名前は?」
「ひ、ひとなり……」
「イトラリー?」
「いや、ヒトナリです」
「へえ……。難しい名前だ」
それだけ言って彼は立ち去ろうとした。
「あ、あの!」
「はい?」
「なぜ……名前を?」
「それは……」
センサはチラッとフリオを見てから言った。
「これから仲間になるかもしれない相手ですから」
「仲間……」
「あとはフリオさんからお話があると思いますよ」
「あの人から?」
センサから視線をそらしてフリオに向ける。
「でもあの人、俺のこと嫌いみた……あれ?」
もうセンサはいなくなっていた。
「気づいたらいなくなってるんだ。アイツはいつも」
「! ああ、そうなん……すか」
俺は黙って、フリオの次の言葉を待った。
「……」
「……」
この男、いっこうに喋らない。
「あの……」
「……あぁ、すまない。なんだ?」
「あの、俺はこれからどうなるんですかね……?」
「そうだな……。悪いが、しばらく待ってもらうことになる」
「待つ?」
「キミの処遇を俺一人で決めるワケにはいかなくなった。評議会と議論しなくてはならない」
「……評議会ってなんですか?」
「それも含めて、どこまでキミに話すべきか……俺には決めかねる」
「そうですか……」
「なあ! お前達!」
「はい!」
「なんですか? フリオさん」
フリオが部屋の外に呼びかけると、廊下で番をしていた男たちがやってきた。
「彼を空いている部屋に案内してくれ」
「はい。空いている部屋ならどこでもいいんですか?」
「ああ。かまわない」
「分かりました。お任せ下さい」
「頼んだ」
フリオは俺に向き直った。
「それでは、俺は失礼する」