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番外編 ウィリアムの物語

*オデットとリュカには、スズ、ジェラール、ウィリアムという三人の子供がいます。これは末っ子のウィリアムの物語です。





僕の名前はウィリアム・ヴィクトル・マルタン。魔法学院に通う二年生だ。


父はリュカ・ヴィクトル・マルタン伯爵。母はオデット・カロル・マルタン伯爵夫人だ。


すぐ上の兄はジェラール。魔法学院を卒業して、父リュカについて領地経営について実地で学んでいる最中だ。


そんな僕らの祖父は宰相も務めるモロー公爵。父と僕はモロー公爵のヴィクトルという名前をミドルネームとして貰って名付けられた。


言ってはなんだが、かなり恵まれた立場にあると思う。血統も良い方だろう。父は伯爵だが豊かな領地を経営している。母のオデットは主席魔術師として王城で働いており、父も母も国王夫妻から信頼されているとの評判だ。マルタン伯爵夫妻は国王の懐刀だ、という噂まである。


更に現在の王妃はモロー公爵家の養女で、オデットの義理の姉である。そして、王妃の実弟のフランソワはモロー家の養子として、次期公爵となるはず・・・だった。


しかし、フランソワは僕の姉のスズが学院を卒業するとすぐに結婚して、なんだかよく分からない「冒険者になるために旅に出ます!」という無責任極まりない言葉を吐いて、二人で出奔してしまった。


いや、僕達家族はみんなで温かく彼らを送りだしたのだから、出奔というのはおかしいが。


僕はまだ子供だったから、今一つその意味が分からなかった。


公爵の後を継ぐはずだったフランソワが家を出てしまった、ということは、誰かが代わりに公爵家を継がなくてはいけない。


フランソワは


「ジェラールがマルタン伯爵家を継いで、ウィリアムがモロー公爵家を継げばいいんじゃないか?」


なんて言っていたらしい。


お祖父さまもお祖母さまも父も母も


「それは良い考えだ!」


なんて言ったらしい。


無責任にもほどがある。


確かに・・・貴族の次男、三男なんて爵位を継げないから、他の貴族の家に養子に入ったり、金持ちの令嬢を捕まえたりしないと生きていけない。生存競争が激しくて大変だ、という話はよく聞く。


だから、周囲の友人達には死ぬほど羨ましがられる。


もちろん、僕も自分が物凄く恵まれた立場にあるのは自覚しているんだ。


だけど・・・。


僕に公爵家を継ぐだけの器があるか?と訊かれると僕には自信がない。


僕は流されやすいというか事なかれ主義というか・・・可もなく不可もなく、取り柄もない。


何と言うか・・・才能に溢れていたり、強い主張を持ったり、夢や希望があったり、激しい愛情があったり・・・というような、この個性溢れる家族の中で、僕はひたすら穏やかな人生を歩みたいと願っているごくごく平凡な男なのだ。


僕の顔面は父さんによく似ているので(ついでに言うとジェラールも良く似ているので、二人でいると双子に間違えられる)かなり良い方だと思う。


背も高いし、剣技もそれなりにこなし、学院での成績もそんなに悪くはない。『そつがない』と評されることが多い。


だけど・・・祖父のモロー公爵のような海千山千の智慧もなければ、父のような妻への激しい愛情や執着がある訳でもない。


母のオデットは普段は優しそうに見えるが、我が家で一番の権力を握っている。彼女の強靭さは逆境にこそ発揮される気がする。・・・とにかく、逞しい。


姉のスズは、我儘なところがあったが、素直でやりたいことをはっきり言う性格だった。子供の頃から『冒険者になりたい』『船に乗りたい』など、毎日のように言っていた。天真爛漫で開けっぴろげな笑顔を思い出す。


僕にはそういった夢や希望もなかったから、そんな姉が眩しく見えたものだ。


兄のジェラールも子供の頃からやんちゃで活発だった。血の気が多くて喧嘩っ早いが、正義感が強く、面倒見が良いガキ大将のような存在だった。今は父の領地経営の手伝いが面白いらしく、毎日生き生きと過ごしている。


領民の生活を守ることが生き甲斐になった、なんてことをキラキラした瞳で語っていた。


それに比べて・・・僕が欲しいのは、平凡で穏やかな生活。


それに尽きる。


凪ぎのような人生でいいんだ・・・と僕は齢17歳にして悟ってしまった


叔父のフランソワは優秀なポーションマスターで人付き合いの嫌いな変わり者だと父さんが良く言っていたが、スズと一緒に居る時ははっきり言ってデレデレの顔になる。


「にやけた顔しやがって」


と父がブツブツ文句を溢していたが、実はデレデレ具合は父もフランソワに負けていない。


年を重ねてもずっと新婚夫婦のような両親の姿を見ていると、


『僕はこんな風にいつまでも熱い愛情を注げる相手に巡り合えるのだろうか?・・・いや、無理だろう』


と絶望的な気持ちになる。


さっきも言ったが、僕は現在魔法学院に通う二年生だ。


成績も悪くないし、友人も沢山いる。ぶっちゃけると、凄くモテる方だとも分かっている。


順調な毎日を送っているはずなのに、時々ふっと何か物足りない気持ちを感じることがあるのはどうしてだろうか?


常に友人達に取り囲まれて、女子生徒たちから熱い視線を受けるのは悪い気持ちではない。


だけど・・・なんというか、こんな中身のない自分がチヤホヤされているという事実にたまに・・・罪悪感のような変な気持ちになることがある。


みんなが褒めてくれるけど、僕はそんな大した人間じゃないし、単に運が良かったから次期公爵家当主という立場にいるだけで、僕が何か成し遂げたから、という訳ではないんだ。


お世辞や追従に囲まれ、女子生徒たちの捕食動物プレデターのような鋭い視線に晒されていると、姿を隠したくなる衝動に駆られることもある。


女子生徒たちは所謂『優良物件』を一目で査定する能力に長けている。容姿とか将来性とか家柄とか血筋とか財産とか権力とか・・・。恐怖!


特に伯爵家以上の令嬢達の執着やプライドの高さたるや恐ろしい。過去の経験を思い出すと身震いがすることもあるほどだ。


女って怖い・・・。


はぁ~、と溜息をついていると


「ウィル、どうしたの?」


と隣の席にいたマーガレットに声を掛けられた。


マーガレットは侯爵令嬢だが、気さくで話しやすいので僕達と仲が良い。


僕達のグループの中では紅一点という存在なので、彼女に好意を持っている男達も多いのだが、彼女は歯牙にもかけていない。


「恋愛とか今は興味ないし~」


と笑っている彼女は、僕にとっては話しやすい貴重な女友達だ。


貴族令嬢たちの強い香水の匂いは苦手だし、何かと言うと腕や肩を触ってくる、媚びたような言動にもうんざりしていたから。


「いや、何でもないんだけど・・・。ちょっと憂鬱だなって。僕は生き甲斐みたいなことがないからさ」


とマーガレットに応えると、彼女は人差し指を顎に当てながら


「うーん、だったらさ。学校が終わったらどこかに一緒に出掛けない?気分転換しようよ」


「え?そうだなぁ。でも、今日は剣術の訓練が入っているから遠慮しておくよ」


「何言ってるの?たまにはいいじゃない?ウィルは頑張り過ぎなのよ。一日くらいサボったって大丈夫よ」


というマーガレットの言葉と対照的な母オデットの言葉を思い出した。


『一日サボっただけでも、体はなまるのよ。人には分からないかもしれないけど、絶対に自分には分かる。鍛錬というのは毎日続けることが重要なのよ』


大真面目な母の顔を思い浮かべて、気づかぬうちに微笑を浮かべていたらしい。


「その気になった?ね、一緒に出掛けようよ。でも、ウィルの笑顔を見たら女の子たちがついてきちゃうかも。変な女の子に近づかないように気をつけてね」


マーガレットが少し顔を赤くしながら、僕の肩に手を置いた。


「ああ、でも、今日は剣術をするよ。予定を変更するのはあまり好きじゃないんだ」


と言うとマーガレットはがっかりした様子だった。


「ごめんね」


と言うと首を振って


「ううん、いいの。でも、埋め合わせに今度の土曜日に私の寮の部屋に遊びに来ない?手料理を振舞うわよ。私、結構料理は得意なんだから!」


という。


「ありがとう。でも、女子寮に男一人で入るのは無理だろう?ドミニクを誘って一緒に行くよ。許可も取らないといけないな」


「え~。男子はみんなそんな規則無視してこっそり女子寮に入って来てるよ。大丈夫よ。こっそり入れば。ウィルは先生方も一目置いてるんだから、平気だって!」


「いや、それは僕の主義に反するから。ちゃんと許可も取るし。大丈夫だよ」


そういうことに厳しい両親の顔を思い浮かべながら応えると、マーガレットは肩を竦めた。


「ま、いいよ。ウィルがしたいようにして」


「うん、じゃあ、楽しみにしているね。ありがとう」


その時、教室の扉が開いて、担任の先生が入って来た。


「おはよう!今日は転入生がいるぞ!」


大柄な先生の後ろに隠れるように立っていた細身の生徒が顔を出した。


女子・・・?男子・・・?


と一瞬迷ってしまったのは、その子が男子の履くようなパンツを着用していたからだ。


でも、顔を見るとどう見ても女生徒だ。


真っ黒な大きな瞳に、雪のように真っ白な肌。艶々した黒髪は一つに後ろでまとめているだけの簡単なものだ。


化粧っけが全くないのに、真っ直ぐとクラスメートを見つめる瞳に不思議と惹きつけられた。黒曜石みたいに光っている気がする。


服装も地味で黒いシャツに黒のパンツ。それに皮のブーツを履いている。そういう服装も魅力的だと感じた。もしかしたら、母やスズが着ている忍者服に似ているからかもしれない。


この学院の女生徒たちは毎日とっかえひっかえ豪華なドレスを身につけている。それに比べたら、彼女の服装は『ありえない!』というレベルだろう。


案の定クラスの女生徒たちがヒソヒソと陰口を言いだした。


「・・・何かしら?あのみすぼらしい恰好。場違いに過ぎませんこと?」


「ここは王族も通う由緒正しい学院なのに・・・どうしてあんな人が?」


「・・もしかして、平民?いやだわ。平民なんかと同じクラスなんてあり得ない」


ああ、僕はそういうのが大嫌いだ。


転入生はそんな陰口を気にする様子もなく


「ジル・フォーレと言います。平民です。どうか宜しくお願いします」


と堂々と頭を下げた。


「嫌だ~!やっぱり平民なの?」


「近くに来て欲しくないわ。なんでこのクラスに来るのよ」


「身分をわきまえなさいよ」


という声を聞いて、僕は思わず立ち上がっていた。


「あ、あの、先生!僕の隣の席にして下さい。分からないことがあるでしょうから、僕が面倒を見ます。僕の父も平民でした。この学院は魔法が使える者は誰でも学ぶことが出来る。学院内で身分差別などない、はずでしたよね?」


ジロリと陰口を叩いていた令嬢達を睨みつけながら言うと、彼女らは気まずそうに下を向いた。


先生は嬉しそうに


「ウィリアム、ありがとう。助かるよ。じゃあ、マーガレットと反対側の隣に机を持って来るといい」


と壁際にあった誰も使っていない机と椅子を運ぼうとしたので、僕も慌てて手伝った。


僕の隣に座ったジル・フォーレはニコリともせずに


「ありがとう」


と言うと、そのまま前を向いた。


僕なんかは全く眼中に入っていないと言う様子で、先生の言うことを真剣にノートに書きとっている。


反対側から腕を突かれて、振り返るとマーガレットが不機嫌そうにむくれていた。


「ウィル。何やってんの?あまりそっちばかり見てたら授業の邪魔でしょ」


と小声で言われて、それもそうか・・・と授業に集中することにした。


教科書がないんじゃないかなとか、困ったことがあるかもしれないと心配だったんだけど、大丈夫そうだ。でも、昼休みに学院内を案内した方が良いだろう。


そう考えると少しワクワクした気持ちになった。




不定期更新になりますが、読んで頂けたら嬉しいです(*^-^*)。

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