番外編 里中すずの物語
私が現代日本に戻ってきてから一ヶ月が過ぎた。
学校で生田の死は当初大きな熱量でもって皆の口の端に上ったが、数週間も経つともう次の話題で忙しく、ほとんど話に上ることもなくなった。
彼女の存在はクラスでも忘れ去られてしまったようだった。
美玖と私は今でもたまに小さな花束を事故現場に供えに行く。
花束とか水とか缶ジュースとか色々な供え物が道端に積み上げられているのを見ると、事故は現実にあったんだと再認識する。
その時、私が異世界に飛ばされたことも現実だったんだろうか?
リシャール王国でのことも。オデットのことも。
二度と戻れない第二の故郷のことを考えると今でも胸が疼く。
美玖が心配そうに私を見た。
「さっとん・・・大丈夫?最近ちょっと変よ?」
「え・・・?そう・・・かな?」
「うん。気づくと遠くを見てる。ずっと心配しているの。やっぱり生田さんのことが・・・」
と美玖が涙ぐむ。
「大丈夫!心配かけてごめんね。生田のこともショックだったけど、最近空手の稽古が忙しくて・・・。大会が近いから空手の形のこととか考えてぼーっとしていたのかも」
と嘘を交えながら言い訳した。
「・・・そっか。でも、何か悩み事があったらちゃんと話してね」
そう言って私の目を真っ直ぐ見つめる美玖は本当に可愛い。オデットを思い出すなぁ。
恋人の上級生が美玖を溺愛するのも良く分かる。
・・・噂をすれば。美玖の恋人が手を振りながら走って来る。
生田は美玖の恋人に横恋慕して美玖を執拗にいじめていた。
彼はそれを知ってものすごく腹を立てたけど、亡くなってしまった人のことは悪く言わない。
彼はペットボトルの水を買ってきたようで、それを私達が供えた花束の横に置くとしゃがんで手を合わせた。
「あ、さっとん。ごめん。この後私達・・・」
と言いかけた美玖に
「大丈夫よ。私も予定があるから!」
と言って手を振りながら走り去った。お邪魔虫は退散です!
二人とも律儀に並んで私に手を振り続けている。
お似合いだな。美玖が無事で本当に良かった。
さっき美玖に言ったことの半分は本当で、空手の大会が近い。
私は空手の形で大会に出場予定なので、毎日道場に稽古に通わないといけない。部活も空手部なんだけど、事情を理解してくれて大会が終わるまでは休部させて貰っている。
我が家は空手の道場をしており、父が師範で長兄が師範代を務める。
残りの兄二人は普通の会社員だが、子供の頃から私達兄妹は当然のように父にしごかれて育った。
長兄の真は幼い頃から武骨な空手バカで今でも空手に全精力を傾けている。
かくいう私も格闘技バカでテコンドーまで習っており、足技には自信がある。
でも、大会が終わるまでは空手に集中したいので、とテコンドーの稽古もお休みさせて貰っている。
今日もこれから空手の稽古だ。
道場に顔を出すと、まだ人は少なかった。
「おう、すず。来たか!久しぶりだな!」
と声を掛けたのは樹先生だ。長兄の真の親友でこの道場の師範代も務めてくれている。
樹先生はしばらく遠征に行っていたので、リシャール王国から戻ってきてから会うのは初めてだ。
樹先生は私をずっと指導してくれている、いわば私の空手の師匠だ。
この道場の師範である父も、兄の真も何だかんだと私に甘い。
厳しく指導するのはやはり他人の方が良いと幼い頃から樹先生が私を鍛えてくれた。
着替えた後
「樹先生!久しぶりにご指導宜しくお願いします!」
と気合を入れて道場に足を踏み入れると、すぐに樹先生の熱心な指導が始まった。
最初の立ち方から先生の厳しい指導が始まる。
技、動き、スピード、全てをコントロールするのは呼吸だと樹先生はいつも言う。
全ての動きを統合して美しく見せるのは人体の呼吸だから、呼吸が少しでも不調和音を生み出さないようにしないといけない。
以前は良く分からなかった樹先生の言葉が最近良く分かるようになった。
それはリシャール王国での経験が活かされているのではないかと思う。
私はあの世界で常人離れした能力を授かったが、それでも魔王との戦いは一歩間違えると直接死につながるものだった。
自分の体を完全に思い通りにコントロール出来ないといけない、というプレッシャーの中で集中力を極限まで高める必要があったが、それに一番役立ったのは呼吸だったと思い至る。
自分の体の機能が呼吸と調和する動きを意識しつつ、演舞を続けた。
私の演武を一通り見終わった先生は、頭をボリボリ掻きながら
「・・・お前・・・何があった?」
と訊く。
内心ドキっとしたが、素知らぬ顔で
「何の話ですか?」
と問い返す。
「・・・いや、お前の演武の形・・・随分変わったぞ」
「同じ動きだと思うんですが・・・」
「勿論、動きは同じだが総合的に見て、受ける印象が全然違う・・・何があった?」
「え・・・?悪くなりました?」
「いや、逆だ。良くなった。今までどんだけ口を酸っぱくして言っても、全然分からなかったのに、突然出来るようになるってどういうことだ?形に一貫性が出て流れるような動きになった。お前の年でこれだけ出来たら凄いよ」
と難しい顔をする。
「良くなったんなら、いいんじゃないですか・・・?」
と尋ねると
「まぁ、そうなんだが・・・お前が何か隠しているような気がしてな・・・」
と俯きながら首の後ろを擦る。
「・・・うん。まあそうだな。いいことなんだ。ただ、俺が気になるって言うだけで・・・」
と樹先生はモゴモゴ口籠る。
・・・危ないな。樹先生は勘が良い。
リシャール王国のことは言っても誰にも信用されないだろうけど、何か隠し事をしてるとバレると色々面倒くさい。
特にうちの父と兄たちは私に関して異常に過保護なので、過剰反応しかねない。
気をつけよう・・・。
でも、演武の形が良くなったというのは純粋に嬉しい。
まあ、15年分の格闘経験があるからね、と心の中で呟いた。
その後家に帰り、部屋で着替える。
リシャール王国に戻ってきてから、私はずっと謎の視線と気配に悩まされている。
部屋にいる時、学校にいる時、ずっと視線を感じるのだ。
敵意のある視線ではない。むしろ見守るような温かい視線だ。
不思議と着替える時とかには視線が消える。
最初は神龍が見守ってくれているのかな?と思ったけど、神龍は着替えている時に配慮なんてしないと思う。
それに、この視線の感覚には覚えがあるんだよなぁ。
「・・・ジルベール?」
と部屋で一人の時に呼びかけてみると、何かの気配を感じる。
どことは言えないけど。
感覚でジルベールが追いかけて来たんじゃないかと思うのよね。
あの人、心配症だったし。
帰り方とか分かるのかな・・・?
まあ、器用で私が心配してもいつもケロッと問題解決する人だった。大丈夫だろう。
彼がオデットの居る世界に戻るんだったら色々伝えて欲しいことがあるな、と思って、部屋で独り言をいう回数が増えた。
「オデットとリュカは結婚するのかな?もし結婚するなら、おめでとうって伝えたいなぁ」
とか。
何となくだけど、(仮想)ジルベールならきっと伝えてくれるという確信があった。
そんなある日、学校に行くと美玖が頬を染めながら駆け寄って来た。
「ねぇねぇ、さっとん。あのね。神龍の絆の続編が出たの。知ってる?」
と美玖が珍しく興奮している。
私も驚いた!
「え!?そうなの?もうプレイしたの?」
と訊くと美玖は恥ずかしそうに頷いた。
「週末にはまっちゃって・・・」
「私も早速買いに行くわ。何て言うタイトル。神龍の何とか?」
「神龍の呪いって言うの」
「呪い?」
「そうなの。魔法学院で、生徒たちが呪われる事件が多発してね。ヒロインのスザンヌが攻略対象と一緒に犯人を捜すのよ」
「スザンヌ?苗字は?子爵とか・・・?」
私の名前と同じだ・・・。
「・・・えーっと?確かマルタン?って言ったかな?伯爵だった・・・かな?」
マルタン!?リュカのこと・・・だよね?国王は約束を守ってリュカを叙爵してくれたのかな?
ってことは、リュカとオデットの娘がヒロイン?
と考えて、私も早速学校帰りにそのゲームを購入することに決めた。
パッケージを眺めてついニヤニヤしてしまう。
ああ、やっぱりこの世界観好きだな。
パッケージに描いてあるヒロインは白い髪。蒼い眼の正統派美少女だ。
顔立ちはオデットに似ている・・・ような気がする。
ヒロインだったら悪役令嬢ほど酷い目には遭わないはずだけど・・・。
一応プレイしながら内容をオデットに伝えたい、と(仮想)ジルベールに向けて乙女ゲームの解説をしながらソフトを起動した。
もし、オデットとリュカの娘だったら・・・と思うと、ヒロインへの感情移入も半端ではない。
学院で起きる呪いは悪役令嬢のクラリス・ルソー公爵令嬢が企んだものだった。
明るい緑色の髪の毛をしたきつい顔立ちの美少女だ。
クラリスは「神龍の魔女」を名乗る女を雇い、呪術や薬を使い生徒たちを自分の都合が良いように操っていく。
取りあえず王道であろうパトリック・ルートを目指そうかな・・・?
パトリックは学院で会ったスザンヌに恋をする。そして、スザンヌは嫉妬に駆られたクラリスから酷い嫌がらせを受けるのだ。
クラリスに操られた他の生徒からの嫌がらせもエスカレートし、攻略対象が協力してスザンヌを守りながら、クラリスの陰謀を暴く。
最終的にクラリスは男達を雇いスザンヌを誘拐させた。
スザンヌは人身売買のネットワークでタム皇国へ売られそうになったところを、パトリックに助けられる。
その後卒業パーティで婚約破棄イベントがあり、クラリスは違法危険薬物だけでなく、人身売買にも手を出していたことが判明し断罪される。
クラリスは国外追放になるが、彼女の叔母がタム皇国の皇子に嫁いでいたので、クラリスはタム皇国に渡り今度はタム皇国の皇帝を誑かす。
その結果、タム皇国はリシャール王国に宣戦布告する。
強大な軍事国家タム皇国の攻撃を辛うじて退け、リシャール王国を守ったパトリックとスザンヌが最後に結ばれる。
クラリスは敗戦の責任を取って処刑された。
他のルートも多かれ少なかれ似たような流れだ。
クラリス・ルソー公爵令嬢って・・・あの鉄血宰相のルソー公爵の娘・・・にしては若すぎるから、孫・・・?
頑固一徹、謹厳実直を絵に描いたようなルソー公爵を懐かしく思い出す。
まさか孫娘がそんな風に育つとは思っていないだろう・・・。
更正の機会が与えられればいいのにな・・・。オデットみたいに良い子になるかもしれないよ。
いずれにせよ、今回オデットの娘らしきスザンヌはヒロインだ。悪役令嬢じゃない。
だから、心配することはないだろうと思ったけど、一応ネットの書き込みをチェックしてみることにした。
すると、スザンヌが全員の攻略を失敗した時に神龍の呪いがかけられるという書き込みを見つけてしまった。
慌てて、実際に全員の攻略が失敗したらどうなるか試してみたけど、どんな選択肢を選んでも簡単に好感度が上がるので、失敗のしようがない・・・。
知〇袋に質問してみたけど、全然回答がつかない。
うーん、と困っているところに、神龍の呪いがかけられたスザンヌが隠しキャラを見つけて攻略すると呪いが解ける、という書き込みを見つけた。
何それ?「詳しく」と説明を求めたが、返信は無かった。
結局詳細は不明で、もどかしい部分はあるが、取りあえず分かる範囲で情報は全て(仮想)ジルベールに伝えられたと思う。
それにしても・・・スザンヌがオデットとリュカの娘だとしたら、私のリシャールでの名前を選んでくれたんだな、と少し胸が温かくなった。
忘れないでいてくれるんだ。嬉しいな・・・。
あっちのスザンヌが無事に幸せになれますように、と考えながら空手の稽古をしていたら、樹先生に怒鳴られた。
いけない!集中していないと、樹先生にはすぐにバレてしまう。
散々お説教を喰らって、反省する。
しゅん・・・としていると、樹先生が溜息をついて
「お前、最近本当に変だぞ。真はクラスメートの事故死を目撃してしまったショックのせいかもと言っていたけど・・・。それだけじゃない気がする」
と真面目な顔で問いかける。
私は言葉に詰まって、下を向くことしか出来なかった。
樹先生はぐしゃぐしゃと私の頭を撫でると
「今夜どこかで飯でも食わないか?」
と言う。
「えー、焼き肉って気分じゃないんだけど・・・」
お兄達と外食すると必ず焼き肉だ。
樹先生は苦笑いしながら
「お前の行きたい店でいいよ。どこがいい?」
と聞いてくれる。
私は香辛料が好きなので、気分はスパイシーなメキシコ料理だった。
「グズマンイーゴメズに行きたい!」
と言うと、樹先生は目を丸くして
「は!?何だそれ?日本語で言え!」
と大声を出す。
私がクスクス笑って、
「メキシコ料理だよ。ブリトーが食べたいんだ。スパイシーな食べ物がいい!」
と言うと
「この女子高生が!」
と額にデコピンされた。
結局樹先生は私のリクエストを聞いてくれた。
ブリトーの良いところはテイクアウトして食べ歩きしやすいところだ。
しかも、ガツンと腹に溜まるからお腹一杯になるし、スパイスの効いた肉と野菜が山ほど詰まっていて、栄養バランスも取りやすい。
お店は混んでいて騒がしかったので、ブリトーと飲み物をテイクアウトした私達は近くの公園のベンチでそれを食べた。
美味しい!と頬張っていると樹先生が
「・・・美味いな。初めて食べるが、想像してた以上に美味い」
と言ってくれた。
二人で他愛のないおしゃべりをしながらブリトーを食べて、食後にゴミを片付けると、樹先生が真剣な顔で
「すず、お前が何か隠していることは分かってる」
と話し出した。
私は何と言っていいのか分からず黙っていた。
「お前のさ、その克己心というか我慢強さはエライと思う。でも、どこかでガス抜きしないと溜まっていくばかりだぞ。何か悩んでいるなら、吐き出した方がいい。俺はお前のことをもっと知りたいと思うし、お前が何を考えているのか知りたい。最近のお前は心ここにあらずの時も多いんだ。空手の形が変わったことといい、何でもないと言われても俺は納得できない」
ときっぱりと言う。
こうなった時の樹先生が絶対に退かないことは分かっている。
信じて貰えないだろうけど、リシャール王国での私の経験を正直に話すことにした。
私の嘘のような経験を全部話し終えたのは約1時間後で、私の喉はカラカラに乾いていた。
樹先生の表情を見るのが怖くて、明後日の方向に顔を向けた。
先生は顎に手を当てて思案気に考え込んでいる。
しばらく経って最初に言った言葉が
「その世界に行くと魔物と対等に戦えるくらい強くなれるのか?」
だった。
さすが格闘家!気になるのはそこなんだね。
「うん。重力が無いみたいに体が動くの。10階建てくらいの建物だったら簡単に屋上までジャンプできると思う」
「マジか!?すげーな。俺も行ってみてー!」
と言う樹先生。
「・・・樹先生。私の言うこと信じてくれるの?」
「お前はこんなことで嘘をつく人間じゃない。何年お前を見てると思ってんだ?お前はそんな世界で頑張ったんだな。偉かったぞ」
と言って私の頭を撫でる。
思いがけない肯定の言葉に目頭が熱くなった。
でも、涙なんて見せられないので、私は暗くなった空に浮かんだお月様を見ている振りをした。
その後も私は大会に向けて順調に稽古を重ねていった。
実家の道場は毎週月曜日がお休みだけど、私は月曜日の夕方に道場で自主練習をした後、掃除をするのが習慣になっている。
いつもお世話になっている道場に感謝を込めて、丁寧に雑巾がけをする。
掃除をしていると自分の心の迷いや醜い部分も綺麗に洗い流されていく気がする。
雑念を払い、ひたすら自分の目の前の床と雑巾にだけ集中する。
心が真っ白になるこの瞬間が好きだ。
すると突然
「おぅ。精が出るな!」
と大きな声を掛けられて、私は飛び上がるくらいびっくりした。
樹先生が笑顔で立っている。
「い、樹先生!?どうしたんですか?今日はお休みですよね?」
と言うと
「いや、お前がどうしてるかなって気になって・・・」
と照れくさそうに頭を掻いた。
「俺も手伝おうか?」
「いえ、もうほとんど終わりなんです」
私は雑巾がけを終わらせて、水場で雑巾を丁寧に洗った。
全てを片付けて道場に戻ると樹先生が正座で、父が書いた道場訓に向かい合っていた。
「どうしたんですか?」
と尋ねると
「いや・・・煩悩と戦っていた」
と小さい声で言う。
『我欲と煩悩を捨て、何事にも動じない精神力をつけるべし』
と道場訓の一つに書いてある。
「樹先生には煩悩なんて無さそうですけどね」
「何言ってんだ?俺は煩悩だらけだよ・・・」
と樹先生は笑う。
笑うと目尻に優しい皺が出来る。
「・・・あのさ、ジルベールって言ったっけ?違う世界で護衛を務めてたって?」
「はい」
樹先生の口から突然ジルベールの名前が挙がってびっくりする。
「彼はきっとお前のことが好きだったんだな」
「・・・は!?」
一体全体なんの話だ?!
「今気配を感じるのもそいつがお前に会いたくてやって来たんだと思うぞ」
「樹先生・・・いや、ジルベールはそんな感じじゃなかったですよ・・・どっちかというと同志というか、兄貴というか・・・面倒見が良くて、異世界での樹先生みたいな感じでした」
「だから!・・・だから俺はそいつの気持ちが分かるんだ!」
と大声を出した後、一瞬の間が空いて樹先生の顔面が真っ赤に染まった。
・・・私も驚きで声が出ない。
えーと・・・今のは・・・?
色々考えると頬がカーっと熱くなった。
「・・・樹先生?」
と声を掛けるが、先生は正座したまま頭を抱えて俯いている。
ちらっと見える耳元まで真っ赤だ。
「樹先生。男らしくないです。今の言葉の意味をちゃんと説明して下さい」
と私も正座で座り、先生と相対した。
「・・・ジルベールはお前より年上だったんだよな?」
「はい。10歳年上でした」
「くっ。負けた・・・。俺はお前より12歳も年上なんだ。もう三十近いんだぞ。・・・犯罪だよな」
と呻く。
「年齢は関係ありますか?」
「ある、だろう?お前はまだ女子高生だし・・・」
「わ、わたしは、ずっと樹先生のことを敬愛しています。す、素敵だなってずっと思ってました」
つかえながらも、思い切って告白する。実はずっと先生に憧れてた。子供だから相手にされないと思っていたけど。
私の言葉を聞いた樹先生はその場でカチーンと固まった。
「・・・お前が高校を卒業するまで待つから」
と樹先生がボソッと呟いた。
「え?!待たないと駄目ですか?」
「当り前だ。俺は大人だから、そこはきちんとさせる」
「でも・・・先生からは何も言ってくれないんですか?」
と上目遣いで睨みつけると、先生が完熟トマト並みに真っ赤になった。
樹先生は
「う・・お・・おう」
と言いながら、自分の頬を自分で往復びんたする。
先生の頬が益々赤くなった。
樹先生はふぅっと息を吐いて、呼吸を整える。
しばらくじっと動かなかった先生が顔を上げて私を正面から見つめた。
「すず。俺はお前に惚れてる。お前が高校を卒業したら、俺と付き合ってくれ!」
ときっぱりと言った。
私は嬉しくて
「はい!」
と叫んだ。
その後、私は空手の形の部門で全国優勝した。
その時の樹先生のドヤ顔と笑顔は一生忘れられない思い出だ。




