番外編 新婚生活 3
「・・・え!?なんで、そんなことになっているんだ?」
事情を説明するとクリスチャンは混乱して頭を抱えた。
自分に婚約者がいるなんて聞いたことがないと本人は言う。
「ただ、最近婚約しろというプレッシャーは大きいんだ。アランも婚約したしな・・・」
とクリスチャンは頭を掻く。
「ルソー公爵からアンジェリック嬢のことを打診されたという話は父上から聞いた、と思う。家格的には良い組み合わせだと父上は乗り気だったが、僕は仕事が忙しいしそれどころじゃないと言ったはずなんだが・・・」
と気まずそうに言う。
そうか・・・。
「明らかに敵認定されたな・・・」
とリュカが溜息をつく。
「ごめん・・・。でも、絡んで来たのは向こうなんだよ」
と言うと、マリー達もコクコクと頷いた。
「まぁ、仕方がない。大丈夫だ。お前のことは俺が守る」
と愛おしそうに私の頬を優しく撫でるリュカを見て、その場に居た令嬢たちは全員顔を紅く染めた。
クリスチャンも赤くなったが
「すまない。僕はアランのところに行かないといけないから」
と足早に去っていく。
マリー達にもそれぞれパートナーが迎えに来て、最終的に私とリュカが残った。リュカは私を見つめて抱き寄せた。
「ダメだな・・・俺はお前の女友達にも嫉妬しそうだ・・・」
「三人ともそれぞれ結婚するのよ?」
「・・・そういう問題じゃないんだが。まぁ、めでたいことだ。良かったな」
とリュカが私の頭に軽くキスをした。
うん、マリー達が幸せそうで良かったよ!
その時、会場にファンファーレが鳴り響いた。
荘厳な雰囲気の中、国王夫妻とアランとエレーヌ、そしてモロー公爵夫妻(お父さまとお母さま)が現れた。
隅っこにフランソワも立っているが居心地悪そうだ。
フランソワに熱い視線を向けている令嬢達が沢山いるのに全然気が付かないみたい。
国王陛下は歓迎の挨拶の後、アラン達の婚約を報告し祝辞を述べる。
アランが壇上で堂々と婚約者のエレーヌを紹介した。
エレーヌは信じられないくらい美しく輝いていた。元々美人だったが、最近はしっとりとした艶気が溢れて、アランが夢中になるのが良く分かる。
会場の人々も大きな歓声と拍手を惜しみなく降らせる。
その後、管弦楽団が演奏を開始した。
ファーストダンスはアランとエレーヌが踊り、その後多くの人たちがダンスの輪に加わった。
私もリュカとダンスを踊って夢心地だった。リュカの卒業パーティのダンスを思い出す。
あの後否応もなく引き離されて・・・今こうして再びダンスが踊れるなんて奇跡だよね。
リュカの顔も少し紅潮している。
「俺の卒業パーティのこと、覚えているか?」
リュカに聞かれて
「私もちょうどあの時のこと考えていたの」
と答える。
「あの後、引き離されて・・・。もう一度お前と踊れるなんて想像も出来なかった。奇跡って起こるんだな」
というリュカの言葉に、私は胸が一杯になった。
「私も同じこと考えてた」
と言うと、リュカは私の腰をぐっと抱き寄せて
「早く二人だけになりたい」
と耳元で囁く。
リュカの切なそうな吐息を耳で感じて、私の体もかっと熱くなった。
踊りながら彼の胸に顔を寄せて
「・・・私も」
と言うと、
「・・・お前、あまり煽るな。我慢できなくなる」
とリュカが悩まし気な声で呟いた。
夜会は盛況で、あちこちに社交の輪が出来ていた。大きな笑い声や楽しそうな会話が聞こえてくる。
私もリュカやマリー達と楽しくおしゃべりを楽しんでいた。
ところが、ダンスや社交を楽しむ人々の間から、突然雰囲気をぶち壊すような大きな声が聞こえた。
「国王陛下!この場にふさわしくない罪人がここにおります!」
と大声で叫んでいるのは、さっきの輩連中を率いていたバチストだ。アンジェリックがその隣で得意気な嗤いを浮かべて仁王立ちしている。
彼らの取巻き連中もわらわらと二人を取り囲み、彼らを調子づけているようだ。
嫌な予感がする・・・とリュカを見ると、彼の顔は蒼褪めていた。
バチストはリュカを真っ直ぐに指さして
「あの男!リュカ・マルタンは罪人で処刑されるところだったんです!何故この場に入りこんだのでしょうか?!あの厚顔無恥な罪人を早く取り押さえて下さい!」
と更に言い募る。
「そうだ!罪人は出ていけ!」
と取巻きの輩たちが叫ぶ。
周囲がざわざわと騒ぎ出した。お父さま達は顔色を失っている。アランとフランソワは怒りの表情を隠そうとしない。
マリー達は事情を知っているので、落ち着いてそれぞれのパートナーにリュカが潔白なことを説明しているようだ。
「しかも、あの罪人は公爵令嬢である私の妹を侮辱しました!そんなことが許されるでしょうか?!いや、許されるべきではない!侮辱罪も上乗せして罰せられるべきです!」
バチストは自分の言葉に酔っているようだった。
「そうだ!罪人は罪を償え!」
それに合わせて、取巻き連中たちも援護射撃のように野次を飛ばす。
周囲の騒めきは益々酷くなり、リュカは俯いて両手を握り締めて堪えている。
堪らなくなって私が反駁しようとした時、国王陛下の落ち着いた声が聞こえた。
「リュカ・マルタンは罪人ではない。お前こそが厚顔無恥で彼を侮辱しているのではないか?」
国王陛下の言葉にその場がシーンと静まり返った。
バチスタとアンジェリックの顔が凍り付く。
調子に乗って野次を飛ばしていた取巻き連中の顔からも色が消えた。
「皆も誤解なきように。ここにリシャール王国国王が明言する。リュカ・マルタンは罪人ではない。良いな!」
と力強く国王陛下が繰り返してくれた。
私は安堵で目頭が熱くなった。リュカもほっと肩の力を抜いた。
周囲の人たちがリュカの肩を叩いて「大丈夫か?」と気遣ってくれている。
バチスタは真っ蒼な顔で全身硬直していたが
「まさか!陛下・・・確かにあいつは罪人だと・・・」
と国王陛下に向かって言い募る。アンジェリックは足元がふらついている。
「くどい!まだ言うか?!」
と国王の目が怒りを帯びる。
「はっきり言おう。マルタン伯爵夫妻はリシャール王国を救った英雄である。先日の魔王復活の際、封印を成功させられたのは二人の尽力によるものだ。控えめな人柄ゆえ褒章を辞退したが、国王としてその恩を忘れたことはない。今後マルタン伯爵夫妻を貶めることを言うものがいたら、国賊とみなす!」
それを聞いた人々の間から思いがけない歓声が上がり、リュカと私に対して大きな拍手が贈られた。
バチスタとアンジェリックは顔面蒼白で、二人ともガクガクと震えながら互いに支え合っているようだった。
取巻き連中もブルブル震えながら立ちすくんでいる。
国王陛下は厳しい目を彼らに向け
「マルタン伯爵へのいわれなき中傷・侮辱は勿論罪として考えよう。その者達全員、後ほど沙汰を待つが良い」
と告げた。
バチスタと取巻き連中はがっくりと床に膝をついた。
アンジェリックだけは
「・・・陛下、どうかお待ちください。私がそのマルタン伯爵夫妻に侮辱されたのは事実なのです!私は公爵令嬢ですよ!私どもを罪に問うのであれば、彼らも罪に問われるべきではありませんか?!」
と猶も諦めない。
その時、疲れたような低い声が聞こえた。
「・・・見苦しいな。我が血筋を引いているとは思いたくない醜態だ」
国王陛下の背後から現れたのは頑固一徹を体現したような面持ちの小柄な中年男性だった。
「・・・ルソー公爵」
とリュカが呟く。
これが噂のルソー公爵か。さすが鉄血宰相って感じがするわ!
「ち、父上・・・」
バチスタが絶句する。しかし、彼がルソー公爵に向ける視線は父親というよりは仇敵に向けるもののようで、ゾッとするほどの敵意が込められている。
アンジェリックはポカンと口を開けている。
ルソー公爵は
「・・・陛下。何度言っても懲りない不肖の子らには罰が必要です」
と国王陛下に言うと、陛下は頷いた。
「衛兵。その者らを捕えて地下牢に連れていけ!」
とルソー公爵が命令するとアンジェリックと取巻き令嬢らが悲鳴を上げた。
衛兵らがルソー公爵に
「ご令嬢方も・・・宜しいので?」
と訊くと
「令嬢は一晩。男どもは1週間ほど地下牢に入れておけ」
と命じる。
バチスタが殺意の籠った目でルソー公爵を睨みつけるが、公爵はどこ吹く風だ。
すごいな。感情が全く表情に出ない、とルソー公爵を見つめていると彼がこちらに向かって深く頭を下げた。
「不出来な子供達が迷惑を掛けた。申し訳ない」
抵抗するもあっさり衛兵に捕まえられたバチスタ達の目は驚愕で見開かれ、信じられないという表情でルソー公爵が頭を下げるのを見ている。
リュカが慌てて
「とんでもない!宰相閣下が頭をお下げになる必要はありません!」
と言い募ると、ルソー公爵は黙ってその場から去っていった。
バチスタ達はギャーギャー喚きながら衛兵らに連れて行かれる。
彼らの声がようやく聞こえなくなった時に、国王陛下が人々に散会を告げた。
人々から大きな歓声と拍手が巻き起こり、夜会は終了した。
・・・リュカが無事で良かったとほっと胸を撫でおろす。
国王陛下の後ろに控えていたお父さまとお母さまも安堵の表情を浮かべている。
国王陛下のおかげだと感謝の気持ちを込めて深く一礼すると、陛下が微笑みながら手を振ってくれた。
参加者らは興奮冷めやらぬ様子で、三々五々家路に就く。
私とリュカが馬車に向かって歩いている時、リュカが突然動きを止めた。
「どうしたの?」
リュカは驚いたように手で口を覆っている。
「・・・いや。気のせいだと思うんだが・・・。今、昔の知り合いを見かけたような気がして。こんなところにいるはずないのに・・・」
「知り合い?」
「知り合い・・・というか、以前ガルニエ伯爵家の密偵をしていた男なんだが・・・」
「転職したのかもよ?」
「・・・そうだ、な」
リュカはまだ何かが気にかかっているようだ。
「探してみる?」
「いや、大丈夫だ。・・・俺はいつも考えすぎるから」
とリュカは私の手を握って再び歩き出した。
私はリュカと一緒に馬車に乗り込むとふぅ――っと長い溜息をついた。
今日は色々なことがありすぎて、疲れた。
リュカは複雑そうな表情で考え込んでいる。浮かない顔だ。
「どうしたの?」
「・・・いや、俺は魔王の封印については何もしていない。それなのに国王陛下にあんな風に言って頂くのは・・・何と言うか、罪悪感というか・・・」
「でも、サットン先生は自分の褒美は全てリュカにって言ったんでしょ?そしたら、当然じゃない?」
「・・・それでいいのか?オデットは聖女として確かに国を救ったけど・・・。俺はやってもいないことで褒められているみたいで居心地が悪い」
「リュカ!あなたは真面目過ぎると思う。そんなに悩まないで。リュカは頑張ってドアを修復してくれたでしょ?あのドアが無かったら魔王封印が遅れて人々に被害が出ていたと思う。それに、私を助けてくれたじゃない?あの時助けて貰わなかったら、私は聖女になれなかったかもしれない。そしたら、魔王の封印だってきっと出来なかったよ」
「・・・なんだそれは?随分俺に都合のいい考え方だな」
とリュカが笑う。ああ、やっぱりこの人の笑顔は格別。素敵だなと見惚れてしまう。
「自分の都合のいいように考えてよ。だって、本当のことだもん」
そう言いながら私がリュカの手をギュッと握るとリュカも私の手を握り返す。
リュカは握った手をそのまま引っ張って、私を自分の膝の上に乗せた。
「クリスチャンに口付けされた手はどっちだ?」
訊かれて右手を差し出すと、リュカが突然私の手の甲を舌で舐めた。
「ひゃっ・・・な、なにするの!?」
「消毒だ」
と言いながら、リュカは指や掌に口付けを繰り返す。くすぐったい。
「俺以外の誰にも触らせたくない」
と私を抱きしめたリュカは耳元で
「さっき言ったこと覚えてる?」
と訊く。なんだっけ???
「早く二人っきりになりたい」
と言うと私の耳たぶを甘噛みする。
顔がカーっと紅潮した。
「ま、まだ、は、早い。あの・・後で・・ここじゃ・・・ダメ・・・」
と言うとリュカが片手で顔を覆って
「だから煽るなって・・・」
と呟いた。
リュカは私の眼を真っ直ぐ見つめて
「俺はお前に相応しくなれるように一生努力していくつもりだ。そして、生涯お前だけを愛する」
と誓う。
「私も愛する人はあなただけです」
乗り越えるものが大きかった分だけ、私達の絆は強いと信じられる。
人生は長い。辛いこと、悲しいこと、難しいこと、これからも沢山あると思うけど、きっと二人なら乗り越えられる。
そして、楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことを二人で分かち合いたい。
唇を重ねながら私達は強く互いを抱きしめた。




