43. オデット ― 魔王
『・・・ん?このドアはなんだ?』と私が考えている間に、先生は迷いなくドアを開いた。
ドアの向こうには火の海が広がっている。
それが第一の試練を受けた森だと分かった時、私は衝撃で眩暈がした。
あんなに青々と茂っていた森が今では囂々と燃え盛る火に焼き尽くされようとしている。
皮膚に強い熱気を感じる。黒煙のせいで息が詰まりそうだ。
「これを口に巻いて」
先生に渡された布を鼻と口に巻く。
ああ、私も黒装束で来るんだったと死ぬほど後悔するが仕方がない。
少しでも動きやすいようにビリッとドレスの裾を破いた。
「オデット!行くわよ!」
先生の声に合わせて私もドアに突っ込んでいった。ジルベールも私の後に続く。
ジルベールも完全装備だ。ちょっと羨ましい。
***
火の海の中心に巨大なヒヒのような生物が立っていた。
その生物が口から炎を連続して発射すると、ものすごい振動と共に爆発が起こり、黒煙が立ち上る。
あまりの恐ろしさに体の震えが止まらない。
「・・・あれは・・・・?」
「魔王よ。まず水を使うわ」
先生がきびきびと言いながら、両手を広げると大粒の雨のような水滴がザーッと森に降り注ぎその一帯の火が一瞬にして消えた。
熱気が消え、ようやく息がつける。
さすが先生、すごい力だ。
「オデット。異次元の扉を探してちょうだい。赤子が位置を教えてくれるわ。扉の位置が分かったら魔法陣を描くのよ。そしたら私が魔王をそこに引きずり込む。神龍が手助けしてくれるはずだし、私はそのまま自分の世界に戻れるから心配しないで」
え・・・・自分の世界に戻るってことは・・・
「そう。お別れよ。でも、私は一生あなたのことを忘れない。あなたの幸せをずっと祈っているわ」
お別れ・・・永遠に・・?
「それからこれを」
そういって先生は自分の耳につけていたイヤーカフを私の耳につけてくれる。
「それはリュカにも直接つながるわ。リュカに呼びかけて話しかければ彼のイヤーカフに繋がるの。二人には幸せになって欲しい」
そういって私を抱きしめた後、先生は一目散に魔王に向かって走って行った。
・・・ちょっと待って。色々情報の整理ができない。
私は混乱して呆然と立ちすくんだが、魔王と闘い始めた先生を見て、異次元の扉を探すという自分の使命を思い出した。
神龍の赤子はフワフワと私の肩の辺りに浮いている。
「異次元の扉がどこか分かる?」
もう教会は残っていないし、赤子だけが頼りだ。
赤子は頷いたようだった。フワフワと飛ぶ赤子の後を必死に付いていく。
教会の跡なのだろう。瓦礫の山の間を赤子は飛んでいく。
歩きにくいが赤子を見失わないように足を踏ん張りつつ歩き続ける。
するとある一点で赤子が止まった。
赤子が口から息を吐くと空中に透明な何かが見えた気がした。
あそこが扉だ!
私は確信を持って、魔法陣を描き始めた。
背後からものすごい爆音が聞こえるのは先生が闘っているのだろう。急がないと。
ダミアン先生はできるだけ大きな魔法陣にしろって言ってた。
その分魔力を消費する。私は限界まで自分の魔力を高めた。
でき得る限り大きな魔法陣を描く。イメージが大事だと習った。この中に魔王を閉じ込めるという明確なイメージを思い描く。
先生の方を見ると、ものすごいスピードで魔王を翻弄しているところだった。
目や耳の中など弱そうなところを狙って魔法を打ち込んでいるらしい。
さすがの強さだ・・・。
その時、空に稲光が走った。
暗い空に真っ白に輝く神龍が現れ、まだ燃えている部分を雨で消火していく。
神龍は私が描いた魔法陣に向かって吠えた。口から発せられた強烈な光に当たると私の魔法陣が力を帯びてくる。一つ一つの術式が輝きながら効力を増幅されるのが分かった。
神龍が私を見た。準備ができたと言いたいんだと思う。
「サットン先生!準備が出来ました」
私が怒鳴っても先生には聞こえない。両手で大きく手を振っても見えないようだ。こちらを見ずに戦い続けている。
大きく輝く魔法陣が宙に浮かんでいるので視界に入りそうなものだけど、戦っている最中は敵に集中していて分からないのかもしれない。
どうやって合図しよう?
逡巡しているとイヤーカフから振動を感じた。
何だろう?通信しろってことかな?
『応答します』と心の中で唱えるとジルベールの声がした。
「オデット様。魔法陣の準備はできましたか?」
「はい!神龍からも力を貰いました」
「分かりました。神子姫に伝えます」
今更だけど、そっか。サットン先生は神子姫だったんだよね。ジルベールは神子姫に仕えてるって言ってたもんね。まさかサットン先生のことだとは思わなかったけど。
私には知らないことが沢山あるな・・と戦場に似つかわしくない感傷的な気持ちになった。
その隙に、背後から唸り声が聞こえて、一頭の魔獣が襲ってきた。
光の魔法で弱らせてナイフで片付ける。
それなのにまだ「うぅ――」という唸り声が聞こえる。
周囲を見回すと他にも魔獣の群れが居て、私を狙っている。
・・・しまった!先生。早く!
魔王を見ると神龍とサットン先生が、魔王をこちらの方角に押してきている。
私は魔法陣が崩れないように集中した。
魔王は咆哮しながら抵抗しているが、神龍が口から発する強い光を浴びる度によろめいてこちらに押されてくる。
私も必死だった。
魔獣に応戦しながら魔法陣を維持し、魔王が魔法陣に近づくのを待つ。
じりじりと魔法陣に近づく魔王。
サットン先生の鋭い攻撃は確実に魔王を弱らせていく。鮮やかなその動きに見惚れてしまうくらいだった。
先生の強烈な魔法に押され、その度に魔王は少しずつ後退して魔法陣に近づいて来る。
ほんの数十秒が何時間にも感じられた。
ようやく至近距離に来た時に、サットン先生は魔王の肩の辺りまで飛び上がり、魔王の首根っこをがしっと掴むとそのまま魔法陣の中に飛び込んだ。
でも、魔王は足をしっかりと地につけ踏ん張っている。
『・・・・力が足りないかも!?』と思った瞬間、神龍の尻尾が強烈な一撃を魔王に喰らわす。
魔王がバランスを崩して、後ろ向きに魔法陣の中に沈んでいく。
サットン先生が笑顔で私に手を振るのが見えた。
やった!!!
これで奴が魔法陣の中に完全に入った瞬間に扉を閉じて封印するんだ。
扉の封印の準備を始めた時、魔法陣に沈みかけた魔王が突然吠えた。口から激しい炎を吐き出す。
激しい炎が私目掛けて降ってくるのが見えた。
見えたが何もできない。
魔法陣のことに集中していたので、咄嗟に身を守る魔法がでてこない。
私は恐怖でギュッと目を閉じた。




