20.アラン ― 魔法の属性テスト(後編)
「まあでも、取りあえず今日は新入生の属性テストを終わらせることが先決なんで、その話は別室でしてもらっていいですかね?」
ダミアンの言葉に他の教師らも渋々頷いた。
オデットも別室に呼ばれたので、俺は一緒についていくことにした。婚約者だから、と言うと教師も納得したようだった。
彼女は歩きながら小さな声で囁いた。
「アランが来てくれて良かった。一人じゃ心細かったの」
可愛すぎて鼻血が出そうなくらい心の中で悶えてしまう。
「でも、サットン先生は私の魔法は普通の、確か土属性って言ってたわ。どうしてこんなことになったのかしら?」
俺もそれは疑問だ。何があったんだ?
別室に行くと、既にピンク頭が座っている。俺たちが入室すると何が起こったのかと怪訝な顔になった。
すぐに学年主任の教師と学院長もやってきた。話は既に聞いているらしい。
「いや、今年は異例の年ですな。王太子殿下の魔力ももちろん素晴らしいですが、光属性の生徒と全属性の生徒が同時に入学するなんて……」
学院長が話し出すとピンク頭の顔色が真っ青になり、机をバーンと叩いて立ち上がった。
「全属性ですって!? その女が? あり得ない。そいつはしょぼい土属性のはずよ! 何なのそれ? 信じられない! おかしい! おかしいわよ。なんでストーリーが変わってんのよ!?」
バンバンと机を叩きながら喚き散らすのを、学院長と教師は呆然と眺めている。
「ああもう、やっぱりラッキーアイテムを探すんだったわ。私だって全属性になれば……」
訳の分からないことを喚き続けるピンク頭の狂乱ぶりに俺とオデットも絶句した。
学院長は俺(=王太子)の存在に気づいたのだろう。ピンク頭のせいで不敬罪に問われるとでも思ったのかもしれない。
慌てて主任教師に指示を出すと、学院長は俺とオデットを別な部屋に案内した。
別室で学院長は平身低頭して謝罪した。
「学院長。どうかお気になさらず。あのピンクの髪の生徒はいつもああなのですか?」
俺が尋ねると、学院長はハンカチを取り出して汗を拭いた。
「いえ、確かに変わった言動はあると報告は受けていましたが、あそこまでとは……予想外でした。ご不快にさせて大変申し訳ありません」
「あんなに訳の分からないことを喚かれると私の婚約者も恐ろしいと思うのです。彼女がオデットに近づかないように、学院側でも配慮していただけないでしょうか?」
俺は思い切って言ってみた。学院長はハンカチで額を擦りまくる。
「え、ええ、お気持ちは分かります。ただ、やはり学院生活の中で生徒同士の交流を制限するというのは難しい場面も多く……」
「もちろんです。完全に隔離しろなどと無理は言いません。何かあった時、先生方にオデットへの配慮をお願いできれば、それで結構です」
俺はにこやかに低姿勢でお願いした。
「あ、は、はい。それでしたら問題ありません。全教員に通達することにいたします」
「ありがとうございます。勝手を言って大変申し訳ありません」
俺は深く頭を下げた。オデットも一緒に頭を下げる。話がついて学院長は安心したようだ。
「それで本題ですが、光属性や全属性のように特殊な属性の生徒には、他の生徒とは別に特別なプログラムに参加していただきたいのです」
「特別なプログラムですか?」
オデットが聞き返す。
「はい。希少属性は教えられる教師の数も限られます。当校ではダミアンという先ほど属性テストを監督していた教師しかおりません。ダミアンとマンツーマンで魔法の訓練を受けていただくことになります。また、全属性となると更に希少です。記録に残っている限り『神龍の聖女』以来ではないかと。ですから、王宮に報告する義務が生じまして。その、国王陛下にご報告してもよろしいでしょうか?」
「構いません。父上にも知らせるべき案件だと思います」
俺の返答に学院長は安堵したように何度も頷いた。話し合いは和やかに終わった。
教室に戻る時に先ほどいた部屋の前を通りかかったが、ピンク頭はまだ何か喚いていた。学院長は何も聞こえないふりをして、その部屋を通り過ぎる。
俺たちが教室に戻ると、教師はおらず生徒たちが好き勝手に自習しているようだった。教室に足を踏み入れた瞬間、騒然とした教室が一瞬にして静まりかえった。全員が俺たち、特にオデットを見ているのが分かる。
すると何人かの女生徒がオデットを取り囲んだ。
「オデット様。先ほどはすごかったですわ!」
オデットは初めてクラスメートに話しかけられて嬉しそうだ。俺は聞き耳をたてながら、そっとその場を離れた。
「全部の色が入っていましたわよね? ということは全属性?」
「まあ、全属性なんて今まで聞いたことありませんわ」
「さすが王太子殿下の婚約者でいらっしゃるから」
「素晴らしいですわ! さすが公爵令嬢の面目躍如ですわね!」
今までの悪口は何だったんだよと言いたくなるくらいのおべんちゃらだな。
「それに比べてミシェル・ルロワ嬢ときたら……」
一人がバカにしたように嗤う。
「聞きまして? あの方、ご自分は希少な光属性だからこの学院の唯一無二の存在になるっておっしゃっていたのよ。オデット様のことを土属性の平凡な魔力しかないって言ってましたわ」
「嘘までついてオデット様を貶めたいのかと」
「そうそう。あの方はオデット様の悪口をずっと色々な方に吹き込んでいて」
「酷い噂を流してましたわ。品性が疑われますわね」
そこでオデットが立ち上がった。
「あ、あの。悪口を言われたからって悪口で返すのは良くないと思うんです」
オデットの言葉に、取り巻いていた女生徒たちはポカンと口を開ける。
「私は、悪意ある言葉は多くの場合、嫉妬から生まれると習いました。皆さんもそんな言葉を使っていると嫉妬していると勘違いされてしまうかもしれません。だから、止めたほうがいいと思います」
それを聞いた彼女たちの顔が怒りで真っ赤になるのを、俺はこの目ではっきりと見た。全員がワナワナと震えている。
「な……し、し、失礼な!」
親分格の令嬢が踵を返して教室から出ていくと、他の女生徒たちも慌ててその後を追った。
(それにしてもオデット、もう少し歯に衣着せようよ)
俺が内心頭を抱えていると、隣で一部始終を見ていたクリスチャンがふっと噴き出した。そのまま肩を震わせて笑っている。
オデットは途方に暮れた幼児のような表情で再び自分の席についた。何をするでもなく机に置いた自分の両手をじっと見つめている。
あぁ、自分がまずいことを言ってしまったのかと悩んでいるんだな。
やれやれ慰めにいくかと立ち上がりかけたところで、大人しそうな三人の女子生徒が彼女に近づくのが見えたので取りあえず静観を決めた。
「あの、オデット様」
女子生徒の一人が声をかけると、オデットは顔を上げた。半べそなオデットを見て萌えてしまった俺を許してほしい。
「はい?」
オデットが小さい声で答える。
「さっきオデット様がおっしゃっていたこと、私はその通りだと思います」
「ホント? 本当ににそう思います?」
オデットの顔は紅潮して、目がウルウルしている。その可愛さに俺が内心悶えていると、クラスの他の野郎どもも顔を赤くしてオデットを見つめていやがる。くっそっ、見るな! 減る!
「はい。実は私たち、オデット様は噂とは違うんじゃないかって思い始めていたところだったんです」
「公爵令嬢でいらっしゃるのに、偉そうな態度なんて取らないし、お話ししてみたいなって思ってました」
「人の陰口は大抵の場合、嫉妬からくるって同感です。私も嫌な気持ちになるから聞きたくないです」
口々に言い募る女子生徒にオデットの瞳が輝きだす。
「あ、ありがとうございます! 嬉しいです」
オデットが泣き笑いの表情で返すと、三人の女子生徒もその愛らしさに胸を打ち抜かれたようだ。
「殺人的な可憐さ」
「ヤバいですわね」
「野放しにしたら危険……」
三人三様によろめきつつ、オデットに笑顔を向ける。
「あの、良かったら私たちとお友達になっていただけませんか?」
オデットは満面の笑顔でぴょんと立ち上がった。
「もちろんです! よろしくお願いします!」
その姿にクラスの野郎全員のハートにピンク色の矢が刺さったのは言うまでもない。
三人の女子生徒は、ソフィー、マリー、ナタリーと名乗った。楽しそうに談笑している姿に、ほっと安堵の息を吐く。
ふと気づくとクリスチャンが面白そうに俺の顔を観察していた。
なんだ? 面白くないぞ。
「アランが言っていた通り、僕はオデット嬢のことを誤解していたのかもしれませんね」
「そうだろ? 彼女はホントいい奴なんだよ」
力を込めて言うと、クリスチャンがまたふっと笑った。
「アランは彼女のお母さんみたいですね」
なんだ、お母さんって!?
「アランは昔から面倒見が良かったからなぁ。僕も彼女と話をしてみたいです」
俺はクリスチャンに、週末一緒に飯を食わないかと誘ってみた。




