↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/81

12.オデット ― 天覧試合と卒業パーティ

 天覧試合の日。


 私は両親に挟まれて来賓席に座っていた。


 フランソワも同行しているが、彼は学生に混じってエレーヌの隣の席にちゃっかり座っている。


 ヤンにも声をかけたが断られた。新しい魔道具の完成が近いので集中したいのだという。


 会場で一番良い場所に設置された特別来賓席は王族のためのものだ。国王陛下と妃殿下の隣にアラン王太子が不機嫌そうに座っている。


 不意にアラン王太子と目が合い、彼が笑顔で手を振ってきた。私も小さく手を振り返すと周囲の観客がざわついた。


 し、しまったかも……。


 やっぱり王太子の一挙一動は目立つ。


 しかも、巷の噂では『我儘な公爵令嬢オデットが無理矢理王太子の婚約者になろうとして失敗した』とまことしやかに囁かれているらしい。


 今日だって何を言われるか分からない。気をつけよう、と前を向くと突然鋭い視線を感じた。


 強い敵意が感じられる……気がする。


 慌ててキョロキョロ周囲を見渡すが、視線の主は分からない。


 おっかしいなあ。気のせいかな?


「オデット、落ち着きがないわよ」


 お母さまに注意されて慌てて居ずまいを正した。


 その時、大きなどよめきと共に迫力満点の美女が数人の筋肉モリモリのイケメン男性を引き連れて会場に現れた。


 大きく胸元が開いた煽情的なドレスで、立派な谷間が強調されている。すごい。目が離せない。


 私は自分の胸元を見下ろして、そっと両手を置いた。


 ……きっと、大きさだけじゃない、と自分に言い聞かせる。


 リュカは小さくてもいいと言ってくれるかもしれないし。うん。


 肉感的な美女は、当然のように国王陛下らが座る特別席に向かう。


 国王陛下が立ち上がって彼女を迎えている。彼女の方が偉そうだ。


「お母さま、あの方は?」

「ガルニエ伯爵夫人よ。未亡人でいらっしゃるの。国王陛下の姉君でいらっしゃるので、昔はイザベル王女と呼ばれていたわ」


 お母さまが小声で教えてくれた。


 国王陛下って今おいくつだっけ? 三十代半ばくらい? それより年上ということよね?


 若く見えるわぁ。あの美貌とスタイルを維持するコツを教えてほしいくらいだ。


 その時、大きな歓声が上がった。


 試合場に決勝トーナメントの出場者が現れたのだ。


 決勝進出者は八名。


 一人一人名前を呼ばれて登場するたびに大きな拍手が巻き起こる。


「リュカ・ヴィクトル・マルタン!」


 最後に呼ばれたリュカが現れると、会場はこれまでの比ではない大歓声に包まれた。


 女性の黄色い声は悲鳴に近い。夢中になって手を振りながら泣いている女性もいて、びっくりする。


 リュカは堂々と観客に向かって手を振った。一瞬私と目が合った気がするけど、気のせいだよね。こんなに大勢の観客の中で私を見つけられるはずがない。


 試合が始まっても、リュカは絶対的ヒーローだった。


 相手に比べて、リュカの剣は段違いに早い。スピードだけではない。太刀筋の正確さや力強さでも遥かに勝っている。


 試合後の凛々しい姿に黄色い歓声がさらに高まった。


 圧倒的な力の差を見せつけて優勝したリュカの姿を目に焼きつけながら、嬉しい反面リュカがどこか遠くに行ってしまったような寂しさに襲われる。


 若い女性は皆うっとりとリュカに熱い視線を送っていた。


 エレーヌが言った通り、学院一のモテ男なんだなと実感する。


 国王陛下が優勝者と出場者を礼賛するスピーチをしている間も内容が全く頭に入ってこなかった。ただ無性にリュカに会いたかった。会ったら抱きしめてくれるかなと心の中で独り言ちた。


      ◇◇◇


「オデット、何かあった?」


 天覧試合の後、モロー邸に帰省したリュカが心配そうに尋ねた。何でもないよって言ったけど、リュカは追及を止めない。


「何かあったんだろう? 元気ないし」


 あまりに何度も聞かれるので、仕方なく口を開いた。


「リュカはすごい人気者なのね」


 どうしても拗ねた口調になってしまう。


「えっ? 何が?」

「生徒会長だし、カッコいいし、文武両道だし、きっと人気あるんだろうなとは思ってたけど。予想以上にリュカが人気者で……。リュカが遠くに行っちゃったみたいで、ちょっと寂しかった」


 こんなこと言う自分が恥ずかしい。目を逸らしながら早口に告げると、リュカが急いで立ち上がって私の両手を握った。なぜか顔が紅潮していて嬉しそうだ。


「可愛すぎてたまんない。もっと言って」

「そんなに言えないよ。恥ずかしいから」


 リュカはニッと笑うと私の手の甲にキスをする。カーッと頬が熱くなった。


「今度卒業パーティがあるんだ。オデットも俺のパートナーとして参加してくれる?」


 蕩けそうに甘い顔で囁く。


 そ、卒業パーティ!?


「私でいいの?」

「俺が他の誰かを望むと思う?」


 私は真っ赤になって頷いた。胸のドキドキが止まらなかった。


      ◇◇◇


 卒業パーティの日は朝から大騒ぎだった。


 リュカとお母さまは私の知らないところで結託して、新しいドレスを作ってくれていた。


 緑色のドレスは私の瞳の色に合わせてくれたんだろう。


 お母さまや侍女たちと一緒に相談しながら、髪型やアクセサリーを決めていく。そんな作業も楽しい。


 迎えにきたリュカは、私を見て数秒間固まったまま動かなかった。


「……言葉にならないよ。綺麗だ。この世の何よりも。ドレスも似合ってる」


 感極まった表情で優しく私の手を取った。



 卒業パーティの会場は豪華に飾りつけられていた。


 色とりどりのドレスが舞う華やかな空間で、私は自分が場違いな存在に思えて気後れしてしまった。


 来年には私も魔法学院に入学する予定なのに、そこにいる女性たちは全員私よりも遥かに大人に見えた。


 リュカが「大丈夫だ」と言うように手をギュッと握ってくれる。


「オデット、俺だけを見ていて」


 蕩けるような笑みを浮かべるリュカ。それを見た女性たちが黄色い歓声をあげた。


 彼女たちの囁きは嫌でも耳に入ってくる。


「リュカ様、はぁ、なんて素敵」

「一緒にいるのは誰? 随分地味ね。まあ多少顔は整ってるけど、華やかさはないわね」

「まだ子供じゃない?」

「ああ、例の婚約者?」

「我儘を言って強引に王太子と婚約しようとした公爵家の……」

「公爵閣下も手を焼いているそうね」

「リュカ様もお気の毒に……。変な令嬢に引っかかって。お断りできなかったのでしょうね」

「親戚だから、きっと無理強いされて……ねえ?」


 相変わらず悪意がある。


 リュカが怒って、そちらを睨みつけると令嬢たちが慌てて散っていった。


「くそっ、男だったら決闘を申し込んで叩き潰してやるのに!」


 苛立つリュカにサットン先生の『愚か者の悪意は傷つく価値もない』という言葉を伝える。


「オデットは強いな」


 リュカは優しい笑顔で褒めてくれる。


「そういえば、来年からオデットは魔法学院に入学だろう? 学院は全寮制だし、サットン先生はどうするんだ? フランソワのために残るのか?」

「ううん。サットン先生はもう辞めることが決まっているの。私が入学する前に屋敷を離れるって。寂しいけど」


 厳しいサットン先生は最初こそ怖かったものの、今では何でも相談できる大切な存在になっていた。


「そっか、先生がいなくなるなんて信じられないな。公爵邸の主みたいな迫力があったからな」

「確かに!」


 私は噴き出した。


「そういえば、天覧試合でリュカが登場した時、私リュカと目が合った気がしたの」

「ああ、オデットがどこにいるかすぐに分かったよ。オデットに向かって手を振ったんだ」


 至極当然のようにリュカは答える。


「あんなに人が沢山いたのに!?」

「俺はオデットがどこに居ても、どんなに人が多くても絶対に見つける自信があるよ」


 リュカは甘く微笑みながら、私の頭を撫でた。


 卒業パーティの最初にリュカは多くの賞を授与され、国王陛下直々に賞詞の言葉を賜った。


 大きな拍手の中、リュカは私の手を取りそっと指に口づけをする。蕩けそうな甘い笑顔を私だけに向けながら。突然のことで顔が熱くなる。


 冷やかすような歓声と令嬢たちの悲鳴で、会場が喧騒に埋め尽くされた。


「静粛に!」


 国王陛下が直々に声をあげ、ようやく会場が落ち着いた。


 代わりに管弦楽団の美しい音色が会場に響き渡る。ダンスの時間だ。


 私とリュカも踊り始めた。


「突然あんなことするからびっくりしたよ」

「俺が誰のものなのか分からせるには一番効果的だったと思うよ」


 彼は平然と言ってのける。


「俺はオデットにしか興味がない。それをアピールしないとな」


 リュカが完璧なウインクを決めた。


 その夜、私の目にはリュカしか映らなかったし、リュカも熱い視線をずっと私だけに向けていた。


 私が魔法学院を卒業する三年後には結婚できる。楽しみだけど待ち遠しい。待ちきれない気持ちが逸る。


 それでも自分たちの未来が明るいと信じて疑わなかった、そんな夜。


 翌日あんな事件が起こるなんて、誰も予想もしていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。