3 日常
「お兄ちゃん、おはよー!」
聞きなれた声に重いまぶたを開けると、そこには茶色のストレートヘアをサラサラと揺らす緑の目をした少女がニコニコとほほ笑んでいた。
懐かしい夢を見たせいもあるだろう、その娘が母さんと重なって見えた。
あれから数年が経ち、僕は17歳、そして目の前にいる娘ーー妹のユウは15歳になった。
「おはよう、ユウ。」
「うん、おはようーお兄ちゃんっ!」
僕の挨拶が嬉しかったのか、妹のユウにお日様のような笑顔が咲いた。
さて、今日も一日この笑顔のために頑張りますか!
そんな決意を笑みを返すことによって誓うのだった。
たぶん、そこまでだったらいい話なのだが・・・
「ところでちょっといいかな? 妹よ。」
「はいはい、なにかな? お兄ちゃんよ。」
ユウが可愛く小首を傾げるその様は小動物のようで可愛い(大事なことなので繰り返す)
しかし、心を鬼にする。
今の僕は鬼いちゃんだ。
「なんで布団に入ってるんだい?」
「そこにお兄ちゃんと布団があるから♪」
最近ユウはスキンシップが多くこちらをドキッとさせるのが好きなようで、お兄ちゃんとしてはそのあたりが心配の種である、けして嫌ではないけど・・・嫌ではないけれど!
「うん、今すぐ起きようか?」
「ぶぅぶぅ!」
ユウは頬を膨らませて抵抗してきた。
くっ・・・可愛い。
胸が高鳴り、頬が赤くなるのを感じた。
しかし、ここは兄として妹のわがままに屈してはいけない。
母さんもユウの堕落した姿は見たくないだろうから。
「まぁ、このままこうしててもご飯冷めちゃうからねー・・・しかたありませんなー」
僕がもう一度お願いをしようと思っているとユウは一瞬おちゃらけ、ゆっくりと布団から出て行ったのだった。
今だにドキドキする胸と頬が熱くなっているのはたぶん、ばれなかっただろう。
母さん、ユウはある意味立派に成長してるよ・・・。
*
「そういえば、お兄ちゃん聞いた?」
「ん・・・ なんの話だ?」
ユウの作った朝食を向かい合って食べているとユウがサラダを口にしながら聞いてきた。
母さんが旅に出てから料理についてはそこそこ大変だった。
最初こそ僕が作ろうと頑張ったが、出来上がったのは黒焦げのなにか。
そんななにかを味見もせずに妹に差し出した昔の僕をいまから殴りに行きたいほどだ。
だが、そんなものを食べたのにユウは
「お、おいしい・・・よ?」
と泣きながら笑ってくれた。(その後自分でそれを食べて2重の意味で涙がでたが・・・)
それからいつのまにか僕の知らない間に料理を覚えてくれたユウの料理の腕は数年かけて、いまでは完全に僕好みの味付けになっていた。
「今日、ルクミ町からお偉いさんがこの村に来るそうだよ。」
「町からこんな田舎の村にか?」
この村--スラク村は隣にある人が集まる城下町、ルクミ町と隣ではあるが、緑豊かで都会とは時間の流れが違うんじゃないかというような田舎だ。
そんな田舎に城下町からわざわざどんな用だろう。
「んー・・・お兄ちゃんにお姫様が求婚にでもくるんじゃないのー?」
「なーに、馬鹿なこといってんだよ」
そもそもこの国には王子はいるが、姫と呼ばれるような人はいなかったはずだ。
まぁ、もしそんな人が現れても僕の答えは決まってるんだけどね。
「わかんないじゃん、お兄ちゃん勇者なんだしさ お姫様じゃないにしてもそういう可能性だってあるんじゃない? 」
ユウはすこしつまらなそうにスープに口をつける。
少し冷めてしまったのであろう、一瞬あれ? というような顔をしたが気にせず口にする。
「僕は勇者じゃないよ、それに母さんが魔王を退治してくれるんだから・・・これ以上勇者は必要ないと思うよ。」
妹の作ったスープを飲みながら僕は自分の小指を横目で見た。
「・・・うん、そうだね。」
ユウも悲しそうにほほ笑んだ。
それ以上その話題に触れることはなく、淡々と食事に口を付けるのであった。
冷めてもおいしいと思える料理にユウの腕が上がったのだと時の流れを一層かんじるのであった。
「よし、ごちそうさま!」
僕は朝食を片付けると急いで準備を整える。
軽装ではあるが、レザーアーマーに袖を通しベッドの脇に掛けてある双振りの木刀を手に取る。
使いなれた木刀はところどころ傷があり、日々の練習を彷彿とさせる。
「それじゃあ、いってきます。」
僕はユウに声を掛け家を出る。
「お兄ちゃん 気を付けてね!」
ユウが笑顔で見送ってくれる。
その笑顔に心が温かくなる。
よし、今日も一日妹の為に頑張ろう。
僕は気持ちを引き締め村にある道場に向かった。